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6 ジャック〝ザ・スラッシュ〟


「名持ちを知りませんかな」

「知らんよ。話はおわりか?」


 テムズに沿い、ホワイトチャペルくんだりまでわざわざ来てやったというのに、老人の対応はひどく雑だ。


「ではあまり見ない風貌の奴が通りかかりはしませんでした? ホラ黒髪とか。白髪とか。鼻の低い、若く見える連中です。十代後半のようですがな」

「知らん。話はおわりか?」

「いやーそのですな、どうしても行方を知りたい次第でございまして。ならいっそ、このへんで少し変わったことがあった、程度の情報でもいいのですが」

「生体があまり増えない。テムズの資源が枯渇しているんだろう。これでいいか?」

「いえ……あの。人探しにまつわる話でお願いいたします」

「じゃあ知らん。話を、終われ」


 言われてそうですかと引き下がるわけにもいかない。この生体資源社会において、名持ちは重要な存在なのだ。

 それが二人も、この地区の近くに潜伏しているのなら。なんとしてでも捕らえなくてはならない。

 執行人は粘り強い笑みを見せ、老人からなんとか話を聞き出そうと頑張る。


「お教えいただければ戻るポストをご用意いたしますよ」

均一化委員会イコライザに興味はない。私の人生においちゃぁな、奴らと一緒にこの星を覆う生体網と、それを是とするプロパガンダをつくっちまったことが最大の汚点なんだよ」


 道の端に積まれたレンガの上に腰かけていた老人は、しわに埋没したような目で灰色の空を見上げている。

 なにが見えているのやら、と彼の正面に立つ執行人は呆れる。視線は空ではなく大地に、そこに在る生体網に向けるべきだろうに、と。


「どうしても、だめですか。連中、極東ジパングの生き残りかもしれないのですよ? 生体資源の考えに同調しない連中です、『名』を持ち続けて他者と己の区分を明確にしている連中です。ここにも滅びを招くやもしれません」

「彼の国は生き様の果てを選んだだけだ、他者に強制することはない。つまらんことに気を回していないでさっさとスモッグの対策に戻れ執行人。出口はあちらだ、さっさと帰」

「しかし片方は、名持ちにして不死人なのです」


 相手が突き離そうとした瞬間に、一番気になるワードをささやく。

 どうしても気になって詳細を聞きたいと思うのなら、下手に出るほかなくなる。執行人は会話の押し引きに長けていた。

 老人は言葉を途中でぶつぎりにしたまま、唇を噛んで黙り込む。


「まだ彼の国が亡ぶ直前、不死人(生体資源)化を受けさせたものがいくらかいたこと、ご存知でございましょう? 連中、なんだかんだで総玉砕、とはならなかった」


 残党がいるのだ、と執行人はささやく。


「どうか、ご英断を」


     /


 少年は、懺悔室で目覚めて、顔を洗うと表へ出た。

 なんとはなしに、礼拝堂の裏手にある墓地へおもむく。己が斬り殺したシスターと、川辺から引っ張ってきて埋めた男の墓前にも、水の一杯をくれてやろうと思ってのことだった。

 ところが、シスターの墓のほうはともかくも。

 引っ張ってきたナイフの男の墓に、掘り返した形跡があった。


「……?」


 まさか墓荒らしか。いやな気分になった。

 しかし土はへこんでは、いない。遺体を持っていったのなら、そのぶん土がへこんでいて然るべきだが……

 気になったので墓地の隅に打ち捨てられていたスコップを拾い、少年はざくざくと地面に突き立てた。

 汗が額に滲みだしたころ。

 がきりと硬い手ごたえに行き当たり、そこからは手探りで掘り返す。

 出てきたのは窮屈そうなヘルムだ。

 中身もある。刎ねられたがおさまっていた。だがその顔は知らない。

 ナイフの男が、消えている。不思議に思いながら、少年はさらに掘り進める。

 すると。

 どうしたことか。


「……これは」


 埋められていた男は、首だけでなく腰でもまっぷたつに両断されていた。

 甲冑を着ていたにもかかわらず。鋼の防りも、綺麗に分断されていた。

 斬られている。

 鋭い一太刀である。

 見覚えのある、太刀筋だ。


「……お前か。やっと、会えるのか」


 傍らに置いていたステッキをつかみ――そこに納められた小太刀(、、、)を思いながら、少年は身を震わした。

 こんな芸当ができる人間ではなかったが、おそらくは漂泊の月日で彼も腕をあげたのだろう。

 その目に、嫌悪と忌避と、わずかに情をのぞかせて。


じん


 少年は、探し人の名を呼んだ。

 倉内、仁。それが彼の探していた、ただひとりの仇敵の名だった。


  /


 どちらかが、成るしかないといわれた。

 少年と少年と、どちらかが。

 自決もできず、生死どっちつかず。

 そんな、中間を漂う半端者ミディアンズに、ならねばならないといわれた。

 ……どちらも、いやだった。

 剣の道は生か死か、片方のみだ。それを否定する生き方など生き恥だ。武士ではない。

 しかしそのままでは、どちらかが殺されるといわれた。

 だから選ぶしかなかった。

 別室に分けられた二人は、

 森須喜助もりすきすけと倉内仁は、

 同じ剣の流派に属した二人は、

 選択して、

 別々の道に生き、


 いままた。道を交えんとしている。


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