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桜物語  作者: 橘弓流
9/9

自覚

 結局、桜が選んだ物は、扇だった。櫛の蒔絵や香を入れる小箱の螺鈿細工も素敵だった。しかし、せっかくだから身に着ける品を選んだ。雅直の心遣いを身に着けておきたかった。

 選んだ扇は、名前にちなんだ桜の柄が入ったものにした。扇の留め具にある飾りも、また桜の花の飾りが付いてあり、可愛らしかった。

「桜の扇子か。可愛らしいな。しかし、一つと言わず、もっと選んで良かったのだぞ」

 城へ帰る途中、馬に乗っている時に、雅直が店の中で見せた扇を思い出して言った言葉だった。

「いえ、恐れ多いことでございます。私には、この品だけで十分過ぎるほどでございます」

「しかし、身に着けてもらえる物だとは、嬉しいことだ」

 背後から、桜の耳元で囁いた。これは、分かっていてからかわれている。しかし、近くに雅直を感じる度に顔を赤くするのを止められない。思わず、俯いてしまった。


「これで、そなたが嫁に行っても、その扇が私の代わりに見守ってやれるだろう。他の男から貰った物など、嫁ぎ先まで持ってきてと、輝明は怒るかもしれないが、私は、そなたのもう一人の兄だから、勘弁してもらうか」

 ははっと雅直は笑ったが、桜は笑えなかった。もう一人の兄……。兄という言葉が、桜の胸を締め付けた。昨日からの胸の内の霧が濃くなった気がする。雅直が兄では、いやなのだ。それだけは、直感で分かった。

「それにな、昨日、父上から話があったのだが……」

 そこまで、言って雅直は黙ってしまった。

 沈黙が続き、堪らず桜が振り向くと、雅直は苦しげな表情をして、桜を見ていた。真っ直ぐ見つめられ、穴でも開きそうだ。

 しかし、また、桜も目が離せなかった。掛ける言葉も出ない。雅直が何を言いたいのか分からないが、ただひたすら無言のまま、口が開くのを待った。見つめ合っていたのは、ほんの一時だったのだろうが、それは、とても長く感じられた。やがて、雅直は気が付いたように、はっとすると、口を開いた。


「私も妻を娶ることとなった」

 頭が真っ白になった。

 周りの喧騒も聴こえない。ただ、自分の胸の鼓動だけが、やけに大きく聴こえる。雅直さまは、今何て?結婚すると?自分の耳が信じられない。お互い見つめ合ったまま動けなかった。そして、口を開いたのは雅直だった。

「そんな、顔するでない。そなたと違って、これから相手を探すのだ。娶るのは、もう(しばら)く後の話だ」

 目を細めて笑顔を作った。後のことにしても、雅直が結婚するのには違いない。


 いやだ。

 雅直に妹と思われるのも、妻を迎えるのも、いやだ。家のため、国のための婚姻なのは分かっている、いやというくらい。自分では、どうしようもないのだ。

 分かっているのに!頭では分かっているのに気持ちが追いつかない。

 いや、もう十分に分かっている。いくら何でも、自分の気持ちに気が付いた。

 

 雅直さまが好きなのだ。

 雅直の言葉や態度に動揺すること、妹と思われるのを拒絶する心、雅直の結婚話、全て好きという気持ちを自覚すると、するすると紐が解けるように理解できた。輝明の仕草の違和感は、雅直ではなかったからだ。全然違う顔の男だったら、夫になる人物として受けとめられたのだろうか。これから、一生を好いた男に似た輝明と共に歩んで行かねばならないのだ。

    

 桜が自分の気持ちを理解したからといって、事態が好転するわけではない。

「桜?どうかしたのか?」

 様子がおかしいのを気遣って、雅直は前に座る桜の顔を覗きこんだ。桜は先ほどと同じように、雅直の顔を見上げたまま動かなかった。そして、追いすがるように、雅直の着物を両手でぎゅっと握りしめた。力を入れ過ぎて、指が白くなってしまうくらいだ。今だけでも、雅直に寄り添いたい。城に戻り、輝明と皆に会うまでは、雅直を自分ひとりだけで感じていたい。

 

 すると、雅直は抱えていた腕に力を込めて、桜を自分の胸に引き寄せた。驚いて我に返り、埋めた顔を上げそうになったが、雅直に押さえこまれて身動きが取れない。雅直の心臓の音が聴こえる。雅直の体温が伝わる。

 なんて心地良い。

 雅直は何も言わなかった。明らかに、馬に乗るのを後ろから支えるのではなく、抱きしめてくれている。桜が握りしめている(たもと)はしわになるだろう、それでも、何も言わなかった。桜は、それに甘えて雅直をより近くで感じている。こんなことは、二度とない。分かっているのに、目が熱くなり、雅直に気づかれないように一筋、涙をこぼした。


 城に辿り着かなければ良いのに。

 そう思うが、城下町に出ていたのだ。光ヶ崎城は、すぐに大きな城郭の姿を現したのだった。その立派で荘厳な天守が、涙でにじんで見えた。


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