表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜物語  作者: 橘弓流
8/9

贈り物

 そして、何とも落ち着かないまま城門を通り抜けて、城下へ出た。

 着いた所は、立派な店が立ち並ぶ一画だった。かなり城から離れてしまったようで、遠くに城が見える。この城下が賑わっているのもあるが、延々と店や家々が立ち並び、大きな町であるのを思い知る。それもこれも、国主の伯父が治めるこの国が安定しているからだろう。

 ここは、いつも行くような市で見かける店構えではない。桜が行くのは、もっと庶民的で町の人々で賑わっているような所だ。そこへ、いやいや付き合う乳母のきぬを連れて、町人に紛れて見て回るのだ。初めて来た場所が珍しくてきょろきょろと辺りを見回した。いつもの町とは違い、落ち着いた雰囲気がある。歩く人々も、武家に仕えている家人のようだったり、どこかの奥方と娘のようだったり。


 二人は馬から降りた。桜が今来た道を振り返ると、少し遠くに城の天守が見える。あまり、落ち着かない様子を気にしたのか、雅直は、ふっと目を細めて笑った。

「大丈夫だ。二人で歩いていても、気にすることはない」

 ああ、雅直さまも嫁入り前の私のことを気遣ってくれている。武家屋敷も近いので、変な噂でもたてられ、輝明の耳に入ったら問題になる。ちゃんと理解した上での行動だと思うと少し安心した。

「しかし、誰か知っている方に見られたりしたら……」

「その時は、篠田山の母への土産を選びに連れて行ってもらったとでも言えばよい」

「はい」

 頭が切れると言うか、嘘が上手いと言うか……。最初から言い訳まで考えていたのではと思う。しかし、何事もなかったように、雅直の進むがまま歩き出した。桜がいるからだろう、女の歩幅に合わせて歩いてくれたので、着物の裾を気にしなくても歩くことが出来た。

「どこへ行かれるのでございますか?」

 堪らず、桜は後ろから声を掛けた。

「母上が、贔屓にしている商人がいてな。そこに行くつもりだ」

 雅直さまの母上?だったら、いつもは城に呼びつけられているのではないか。なぜ、わざわざ店まで行く必要があるのか。ますます、分からない。

「では、城へ呼べばよろしいではありませぬか」

「すぐさま必要なのだ。待っておられぬ」

 そう言って、雅直は振り返り一際、立派な店構えのところで足を止めた。ここが、雅直の母上の贔屓の商人の店か。さすが、城へ出入りしている商人だけある。信用や格もなければ、城へ上がるなど出来ないだろう。

「ここでございますか?何を扱っている所でございますか?」

「ここは、そうだな、女人の好きそうな物を扱っておる。そなたの目で確かめてみると良い」

 雅直が女人の物を?伯母上への贈り物だろうか。雅直の後に続き、店へ入ると誰かの合図があり一斉に、使用人たちは動いていた手を止めて、振り返って床に手をついて平伏した。奥から店の主人らしき人物が出てきた。先触れがあったのか、皆、落ち着いているように見えた。目じりの下がった、白髪の初老の男とその息子だろうか、少し若い主人似た面差しの男が慌てた様子で平伏す。

「これは、これは。若さま。御呼び下されば伺いましたのに」

「今日は急ぎだったからな」

 城によく来ているのだろう、雅直と主人は親しそうに見えた。そして、主人は桜の方を見ると、にっこりと微笑んだ。うんと一つ頷くと、何か納得したようだ。また、雅直の方へ顔を向けた。

「今日は、この姫さまに似合う物をとのことでしたな」

「ああ。頼む」

 何が?桜の分からない所で話が進む。伯母上への贈り物を選びに来たと思っていたが、私?

「では、若さま、姫さま、奥へどうぞお上がり下さいませ。」

 主人が案内し、奥の座敷へと雅直の後へ続いた。商家になど来たことがないので、落ち着かない。雅直は前にも来たことがあるのか、さっさと歩いて行く。

「少々、お待ち下さいませ。ただ今、お持ち致します」

 桜と雅直を座敷に通すと、主人は品物を取りに出て行ってしまった。見渡すと、座敷の柱に一輪の花が活けてあり、庭は質素ながら手入れが行き届いているようだ。立派な店構えなのに、派手ではないようだ。

「雅直さま、私は、伯母上への贈り物かと思っておりました」

 隣に座る雅直の顔をちらりと窺うと、雅直はぴんとした背筋で、にあぐらの上に手を乗せ、真っ直ぐ前を見据えていた。凛とした横顔に目が離せない。見惚れるとは、こういう事だろうか。雅直は何か考え事をしていたようだ。が、桜の声にゆっくりと反応し、桜の方を見ると、いつものふっと目を細めた笑顔を見せた。

「今日は、桜への贈り物だ」

「なぜ?私に何かございましたでしょうか?」

「あるだろう」

 桜は首を傾げた。雅直に贈り物をされる憶えがない。

「結婚の祝いだ」

「え?あぁ……はい」

 そうか、結婚か。他人に言われると現実味を帯びる。何となく、結婚という言葉を雅直の口から聞きたくなかった。


「若さま、姫さま、お待たせ致しまして大変申し訳ありませぬ。ほれ、こちらへ。」

 先ほどの主人が戻ってきて、店の者たちに品物を運ばせた。そして、桜たちの前へずらっと品物を並べると、主人だけを残して、手際よく退室していった。並べられた品物はというと、きれいな化粧道具や(くし)などだった。

「専門の店ではないから、数はそれほどありませんが、扇子などもございます」

 そう言って、何点かのきれいな扇を開いて見せてくれた。どれも華やかな柄だ。櫛も日常使っている実用的な感じではなく、花の彫が入っていたり、化粧の箱にしても、蒔絵が鮮やかだ。

「まぁ、なんだ、文箱や(すずり)、反物なども考えたが、女子はこのような物の方が好きであろう?それでここへ連れて来たのだ。私も姉や妹がおるわけではないから、よく分からぬのだ。それに立派な婚礼道具は、そなたの両親が用意してくれるだろう?私は好きな物が良いかと思ってな」

 言い訳めいた言葉だった。自分のためにあれこれ悩んでくれたのかと思うと、素直に嬉しい。桜はぷっと吹き出してしまった。

「お心遣い、ありがとうございます」

 手を付き、頭を下げると雅直は、片膝立ちになり、その上に手を当て立ち上がった。

「私がいると、ゆっくり選べぬであろう。別室で待つゆえ、そなたは焦らずゆっくり選ぶとよい」

 桜を見下ろした顔は、いつもの雅直の笑顔だった。

「はい。ありがとうございます」

 もう一度、礼を言うと、雅直は「ああ」と返事をし、外に控えていた小姓たちと立ち去ってしまった。桜と主人は雅直が出て行くのを見送ると顔を見合わせた。主人は、目じりを余計に下げてにっこりと微笑んだ。

「若さまはお優しいですな」

「はい」

 そういえば、桜に対していつも優しかった。言葉では、からかわれたりする事もあったが、意地悪をされたり、困らせられることも無かった。基本、いつも周りを見て状況を把握し、気遣いができる。それは他人に対してもそうなのだろう。上に立つ者として教えられてきたことなのだが、ふいに、雅直と共に一緒に遊んだ雅直と同じ年の兄・高信を思い出してしまい、眉間にしわを寄せた。同じ早瀬家の血筋なのに、こうも違うとは……。高信は、もっと呑気で威厳や風格、優しさ、心構えなど雅直とは全く違う。それは、背負っているものの大きさの違いかもしれない。

「それでは、姫さま。お手に取ってご覧下さいませ。こちらなどは……」

 主人は、桜がうわの空なのに気付いて、華やかな品物の説明を始めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ