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桜物語  作者: 橘弓流
5/9

違和感

 肩をぽんと叩いた―その輝明の大きく固い掌の感触が、着物越しに残っている。

 桜は、ふうとため息を吐くと、後退りして太い木の幹に寄り掛かった。

 輝明が去って、ほっとした。最初は、雅直と似た顔で驚いた。似ていることにひどく動揺していることにも驚いた。


 そして次に、自分に驚いた。気持ちがなぜ定まらないのか。光ヶ崎に来るまで輝明に逢いたかった。とても、楽しみにしていたのに……。

 私の覚悟が足りないからか、それとも輝明さまのことをよく知らないからか。そして、輝明に会ってからの胸引っ掛かる違和感……。自分の事がよく理解できないなんて、初めての経験だった。

 きっと、輝明と一緒になれば幸せになれるだろう。逞しく頼りになって、思いやりにあふれた男に見えた。夫婦になるのになんの文句のつけようもない。良かったではないか、良さそうな人と夫婦になれるのだから。大切にしてくれるとも言った。なんて幸せなことか。


「そうか……あの方と一生を共にするのか…」

 桜は口に出して言ってみた。誰が聞くわけでもない言葉、いや自分に言い聞かせているだけかもしれない。しかし、胸にある違和感が消えることはない。

 やがて、しばらく俯いて沈黙していたが、ゆっくりと(まぶた)を開けながら顔を上げた。瞳に白壁の天守が映った。(とんび)がピーヒョロロと鳴いて風に乗り、上空を旋回していた。風が通り抜ける。桜は被りを振って、もたれていた木から体を起こすと背筋を伸ばした。胸の前で両手に力を込める。

 私らしくもない。考え過ぎだ。雅直さまも言ったではないか……私は逞しい、と。そうだ、これからは輝明さまのお力になれるよう、(つと)めなければ。

 一人納得して頷いた。違和感を打ち消すかのように。

 大丈夫。私は篠田山城主の娘であり、浜名国の娘…国の期待に応えなくては。


 桜は部屋に戻るため、歩き出しそうとした。

「桜、一人か?」

 雅直だった。伯父の話が終わって、追いかけて来てくれたのだ。

「はい。輝明さまはお戻りになられました。雅直さまは、伯父上さまのお話は済まれたのですか?」

「あ?あぁ……終わった」

 反応が変だった。何かあったのだろうか。桜の窺う様子に気づいて、雅直は、目を細めて口の端を上げた。はにかむ笑顔……しかし、いつもと違い、少し困ったような感じを受けた。先ほど、苦笑いを浮かべた輝明を思い出させる。思わず、はっと息を吞む。

「どうせ、そなたとの婚姻のことを言われたのだろう」

「はい。私と結婚したいと……」

「そうだろうな。輝明は、そなたと同じで逢いたがっておったからな」

 どういうことか。輝明はそんなことを、一言も言わなかった。雅直は、鳶が飛んでいる空を仰ぎ見た。桜も隣に並び立ち、空を見上げた。

「幼き頃より、輝明は浜名に来る度に、そなたの父や私の父から、そなたの話を聞かされていたからな。可愛い、可愛いと」


 なんてことだ……。身内に甘いのにも程がある。外でも言いふらしていたのか。父はまだしも、伯父までも。恥ずかしい……。

「伯父上さままで……。雅直さまは、私のことを輝明さまに何も仰らなかったのですよね?」

「言ったら桜は、怒るであろう。わざわざ、桜の怒りを買うこともあるまい」

「雅直さま!それでは、私の行いが悪いみたいではありませぬか!」

 雅直は、桜の方を見ずに肩を揺らし、口元を押さえている。しかし、堪りかねたのか、ぷっと吹き出すと、今度は腹を抱えて笑い始めた。その笑いは、桜の言ったことを肯定している証拠か。桜は、面白くなくて口を尖らせた。

「すまぬ、許せ。桜の幼き頃は、活発だったからな。色々と思い当たる節はあるであろう?例えば……」

「わーっ!!もう良いです!何も仰らないでくださいませ!!」

 堪りかねて桜は雅直に飛び掛かる勢いで制した。


「分かった、分かった。もう何も言わないから。さ、桜、戻るか」

「はい」

 何となく腑に落ちなかったが、雅直に促されて、部屋へ戻ることにした。先に歩く雅直の背を見ながら、雅直のおかげで少し気が紛れたことに感謝した。


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