戸惑い
輝明の顔は、雅直に似ていた。
双子とまではいかないが、兄弟のようだ。雅直の方が繊細に見えるが、顔の作りはほぼ同じに見える。いとこなのだ、血がつながっているから似るのは仕方がない。しかし、雅直の兄弟よりも、雅直に似ているではないか。
桜は、輝明から目が離せなかった。こんな事があるなんて……。雅直の言っていた驚くこととは、このことだったのだ。
「雅直、姿が見えないと思ったら、姫君と楽しそうに。隅におけぬな」
輝明は、からかうように言うと、桜ににっこりと笑顔を向けた。
あ……違う。雅直さまじゃない。
白い歯を見せて大胆に笑うその表情は、雅直の笑顔とは違っていて胸に違和感を覚えた。雅直は、目を細め口の端を上げ、はにかむのだ。
「こちらは、篠田山の叔父上、早瀬友信どのの一の姫、桜だ。」
雅直はからかいに動じることもなく、輝明に桜を紹介した。慌てて桜も前で手を合わせて頭を下げる。
「桜と申します」
「ああ!そなたが桜どのか!わしは、高科輝明だ」
どっしりと構えた感じで、人の良さそうな青年に見える。この方が輝明さま……。とりあえず、怖そうとか無口な感じではなさそうなので、桜は胸をなで下ろした。すると、輝明は、真顔で桜をじっと見つめて、ややあって口を開いた。
「うん。思っていた通りだ。名と同じで可愛らしいな」
輝明は納得したように頷いた。
「そんな……」
そんな褒められるなんて、桜は男の人に言われた事はなく、ただ照れて顔を赤くした。両親に可愛いなんて言われても、ただの身内の欲目だ。言われ慣れないので、ただ、ひたすら照れて赤くなるだけで、反応に困る。
困って、隣りの雅直を見ると、こちらに気が付き、目が合った。
「ははっ。桜、照れておるな」
雅直が桜の顔を覗き込んで笑った。
「雅直、女子をからかうものじゃないよ」
「すまん、桜。でも、こう見えて桜は逞しいのだ。子供の頃、篠田山城の近くの山に二人で迷子になった時など、年下なのに私の手を引き、歌など唄って励ましてくれたものだ。あの時は、桜の背中が頼もしかったものだ」
逞しいなど……女に使う褒め言葉ではない。桜は余計に俯いて、輝明の顔が見られない。雅直さま、初対面のお方を前に……ひどい。
「ふうん。桜どのは、しっかりした女子なのだな。幼き頃より知っている、雅直が言うのであれば間違いはないであろうな。うん、ますます気に入った」
は?何がどういう流れで気に入られたのだ。
「どういうことでございますか?」
訳がわからず顔を上げると、輝明が説明してくれた。
「わしの妻になるということは、後々の河野国の主の妻になるのだ。ただ美しいだけの女子では困る。多くの者の上に立つのだ、しっかりしている方が良いに決まっている。」
そういうことか。
まてよ……今、輝明さまは妻になると言われた。それは決まったことなのか?父上は縁談と言われた。これから進める話であって、決定ではないはずだ……と思うのだが。
桜が色々と考えを巡らせていると、廊の方から声がかかった。
「若、よろしいでしょうか」
浜名の家臣だった。片膝を付き、頭を下げる。若と呼ばれたのは、雅直だった。雅直は、先ほどとは違い、途端に引き締まった顔になった。ああ、そうだ。若くても、上に立つ者なのだ。
「何かあったのか?」
「はっ。殿が御呼びでございます」
「わかった。今行く」
雅直は、桜たちの方へ振り返ると、まだ引き締まった表情のまま、桜と輝明の顔を交互に見た。
「悪いな、また後で、な」
「ああ。わかった」
「はい」
雅直さま、待って!
桜は澄ました顔をしながらも、内心焦っていた。そんなに人見知りだとは自分では思わなかったが、今は二人きりにしないで欲しい。何を話したら良いのか……。
もちろん、これからの事なのだろうが。武家の娘としての覚悟、国を共に背負う覚悟を問われるのか。桜は思わず体の前で重ねた手に力が入った。そして、雅直は、すっとあまり足音を立てずに、桜たちに背を向けて歩きだした。片膝を付いていた家臣も立ち上がり、雅直の後に続いた。桜と輝明は、雅直の背中を見送った。雅直の音も立てない歩き方は美しい。
歩き方など、全く違う。
先ほどの輝明の歩き方は音を立てて、いかにも男という歩き方だった。
頭の中で、勝手に雅直と輝明の違いを探している。自分の中で、違う人物と認識したいからだろうか。全く別の顔をしていたら、こんな風に二人の仕草に違いを探したりしないのだろうか。勝手に胸がざわめく。
また風が、ふっと桜と輝明の間を通り抜けた。ゆるりとお互いの髪と着物の袖を揺らし、木の良い香りがかすめる。そして、輝明は、隣に立つ桜へ体を向けた。桜も輝明を見上げる。視線が重なる。
息をのんだ。無意識に。
黙ったままだと、先ほど席を外した雅直かと勘違いしそうになった。まだ、会ったばかりで輝明の輝明らしい所が見つからない。頭の中で雅直と輝明がごちゃごちゃになる。笑い方や歩き方など、一つ一つ違いを探すしかないのか。
「桜どの。少し話したいのだが、よろしいか?」
「はい……」
返事をしたものの、自分は今、どんな顔をしているのだろう。不安と焦りが募っているのを感じたのだろう。輝明はにっこり笑ってみせた。
「何も取って喰いはしない。桜どの、少し歩こう。桜はもう散ってしまったが、緑がきれいだ」
そう言って庭先へ視線を向けた。風が木々の緑と池の水面を揺らしていた。