第2節:それは突然に
という話は半月前、今日は鍛冶屋の売り場の店番の日だ。
一応念のために言っておくが、俺が働いている鍛冶屋は、売り場業務と錬金術を用いた武器・防具・アクセサリー鍛冶業務の2部門に分かれており、スタッフをずっと同じ作業で飽きさせないために数日ごとに部門交代するローテーション体制をとっている。
売り場ですることと言えば、客の特性に合う商品を選定し、売り込む。そして、買わす!
ある意味単純だが、この選定というのが意外と厄介なことがあり、どうしても適性度外視でデザインを最優先で選ぶ客もおり、そういう明らかに適性皆無な装備を何が何でも買おうとする客は一定数必ずといってもいいほどいる
最優先事項は、美人教師にしてほしいもんだ、全く。
長々解説してると頭こんがらがるので、売り場業務に集中集中!
お、早速お客さんのご来店だ。
「店員さん、私、魔法使いで、魔杖が壊れたので、新しいものが欲しいんですけど、何がおすすめです?」
魔法使いを名乗る女性が来店した。
体格は、やや華奢な印象を受ける。
「これはどうでしょう?」
俺は、時代劇の岡っ引きが持っている十手の様な形状の武器を紹介した。
「へ?何?これ」
「え~と、魔杖というのはあなた達魔法使いの標準的な武器と言われています。しかし、私の見る限り、お客様の体格にはちょっとヘビーだと思うのです。これは、魔十手といいまして、片手での魔法操作が容易で、敵に攻め込まれて接近戦に持ち込まれたときの防具としても使えます、結構自信作なんですこれ」
仕事なので、こういう時の一人称は“私”にしている。
この魔十手という武器は、俺考案の武器だ。武道の杖術みたいな魔杖は、ある程度の体術スキルが要求され、腕力が弱い者だと武器自体が使いこなせなかったり、呪文詠唱の邪魔になることさえあると思い、日本にいた時の外国の小説原作の某ファンタジー学園バトル映画に登場する片手で振る杖と時代劇とかに出てくる岡っ引きが持つ十手からインスパイアしたものだ。
刃物を受ける強靭さと、腕力の弱いものでも音楽の指揮者のタクト棒の様に振れるような軽量性を錬金術で作り出した、俺渾身の逸品だ。
ちなみに、錬金術には大きく分けて2種類あり、即興錬成と呼ばれるものと半永久錬成と呼ばれるものがある。
前者は、一時的に刀剣やゴーレムを地面や岩などの素材などで錬成するが、これは素材の一過性の武器化に過ぎず、一定時間たつと武器が崩壊し元の素材に戻る。
後者は錬成に加え“熟成”と呼ばれる工程が入るため、前者のような武器崩壊は起きず、素材が半永久的に固定される。
これにより、半永久錬成した武器は商品として売ることができる。
中間の“偽熟成”という技術も存在し、主に長期戦の戦闘などで使われることもあるが、これを悪用して低予算・低魔力で武器を製造し、客からぼったくる悪い武器商人もいるという事例もあるので、客はそういった意味での警戒心を持っていることが多い。
「この棒の横に付いてる返しのようなものは何ですか?」
彼女がおそらく差している物は“鉤”と呼ばれる部分だ。
俺は、近くにある商品の中から安めのナイフを持ってくる。
「その魔十手を少し貸していただけますか?」
「は、・・・はい」
魔十手を借りると、魔十手の“鉤”の隙間に滑り込ませるように、ナイフの刃を入れる。
「刃物との鍔迫り合いになったときに、このような状態に持っていき・・・」
魔十手をナイフの鍔方向にスライドさせる。
「これでより近い間合いに入ることもできるし、挟んでいる間にもう一方の手で相手の手首を取り、刃物を奪うこともできる。杖型の武器より小回りが利くからおすすめですよ」
「うん、とりあえず買ってみようかしら、お幾ら?」
「750アーウーです」
ちなみにこの町の平均初任給は17000アーウーくらいとのこと、日本円の10分の1くらいの数値と非常にわかりやすくてよかったとは思っている。
女魔法使いは、銀貨1枚を出した。
ちなみに銀貨1枚は1000アーウーである。
「250アーウーのお返しです。毎度ありがとうございます!」
我ながら元気な声で、客を送り出す。
―――その後の数人の接客を行ってからのこと、
次の来客だ。
町の衛兵数人がどたどたと騒がしく入店してきて、
「大賢者ワイズ・インテリジェンヌ様のお成りだ!」
といいその後に、何者かが入店してきた。
「ええい、恥ずかしい!べ、別に衛兵に案内されなくても武器屋くらい行けるわ!」
「申し訳ありませぬ!一応、この町の規則として賢者様などの上級職は道案内をするとのこととなっておりますが故・・・」
衛兵の一人はやたらとうやうやしい態度で返答した。
青髪の少女である。
彼女がワイズとかという賢者か?
白のワンピースを腰のあたりでベルトがとめており、その周りを白のローブで包み込むという身なりないかにも賢者らしい格好ではある。
俺の見立てだと、年齢は15、6歳くらいか。
顔は人形の様に整っており、脚はすらりと長い。
だが、胸の方はというと・・・・・・・・・・何とも、まな板同然な絶壁具合であった。
「いらっしゃいませー!何かお探しでしょうか?」
「この店の売ってるもん商品全部じゃ!」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
まさかの買占めかよ。
それにしてもこの女賢者、口調が爺臭いな。
「この店の商品はみんなものが良くてな、金はたんまりあるぞい。おい、ゴブスケ!」
「御意」
すると割と身なりの整ったゴブリンが現れる。
ゴブリンはどちらかというとぼろぼろの服を着ていることが多いので、ゴブスケと呼ばれるゴブリンは珍しい部類に入る。
彼は巨大な巾着袋を重そうにずるずると引きずってきた。
「全部で20万アーウーでございます。ご確認を」
ゴブスケはそう言ったので、俺は勘定魔法を使い確認をする。
うぉ、マジか。20万アーウーあるよこれ・・・。
「釣りはいらんよ」
こんな大金難なくはたけるなんて、どんな金持ちなんだ。
「確かに確認いたしました・・・お客様」
「まあ、そんなことより、もっと怠惰に―――遊び人になりたくないか?青年」
は?何言ってんだこの賢者。
「遊び人にならないか、と聞いておるんじゃ、そこの青年」
「いや、私、錬金術師という職業があるんで、いちいち社会の最底辺の遊び人になる気はありませんよ」
「そうか、まぁ良い。近いうちにわしの言っとる意味が分かるかもしれんぞ、青年。じゃあな」
あっけない完売だったので俺はその場でぽかんとなった。
―――――その夜、
久しぶりの完売とのことで、今夜はそれを祝して“村コン”と呼ばれる、日本の頃では街コンとかがあったがそれに近い合コンパーティを急遽開くことになった。
折角の嫁探しだし、一丁気合入れますか!
町なのになぜか村コンである。
おやっさんによると、こういうイベントがあちこちの村で流行ったことが、村コンという言葉の発祥だそうだ。
最近のおやっさんは、何だかすっかり痩せたな。
ダイエットでもしたのかな。
いや、そんなレベルではない気がする。
例えるなら、俺が日本にいたときに大晦日の番組で特定の芸人縛りで往復ビンタを食らわせていたりしていたり、比較的近年は“ギャルバンおじさん”とかネットの世界で呼ばれたりしていた元プロレスラーみたいな屈強な体格の持ち主だったのに、今では2人そろってジェンガジェンガジェンガとか言ってたガリガリ芸人コンビみたいな体格になっていた。
ちなみにギャルバンとは、ギャルズ&バンと呼ばれるTVアニメの略称で、美少女女子高生たちがワンボックスカーを洗車してワンボックスカーの美しさを競う“洗車道”という部活動に打ち込むという作品である。
日本にいた時のアニメ界隈では、このギャルバンに登場した夏海と呼ばれるキャラが、「自動車オタクの上澄み液を美少女化した存在が夏海殿」と言われていたそうだ。
上澄み液って何だよ・・・。
そんなことは置いといて、女の子来るの遅いな・・・。
まさか、バックれたのかな?
少しは落ち着け、俺。
某一時代を築いた武将も、辛抱強く待てとか言ってたしな。
「みなさん、村コンを楽しみにしているところ恐縮だが、ここで大事な話がある」
おやっさんが突然口を開く。
「今日、みなさんに集まってもらったのには理由がある。それは、今日が俺らの店の閉店日ということだ。本当に申し訳ない!」
・・・・・何・・・・・だと・・・・・?
「今日、丁度良く坊主が在庫を売り切ってくれた。在庫一掃セールやる手間が省けたってもんだ、ガッハッハッハ・・・・・ガハッ!」
「「「おやっさ~ん!!」」」
おやっさんが突然泡を吹いてその場で、ひっくり返った。
先輩が脈を確認し、生存確認できたので、気絶とのことだ。
どうやら過度のストレスが原因のようだ。
激痩せしていたのもおそらく上記が原因なのだろう。
まさか生存確認の現場を、こんなところで見るとはな。
一瞬ヒヤリとしたぜ。
ブラコン妹が屋上のコンテナに引きこもる兄にするやつじゃなくて、屈強な男がおっさんにするやつだったけどな。
暫くして、おやっさんは目を覚まし、
「いやぁ、すまないなみんな。まぁ、最後の晩餐と思って。思いっきり食べなっ。残念ながらこんな状況だから女の子は集めていないが」
一気にお通夜ムードだこれ。
「今日の売り上げは、みんなの退職金に充てる。暫くは食つなぐことはできるとは思う」
「「「お、お疲れさまでした・・・」」」
このあと、鍛冶屋の幹部の人に聞いた話によると、自動錬金技術の進歩により、武器・防具製造が自動化され、低コストで大量生産が可能となり、俺が所属している鍛冶屋のような手作業の錬金鍛冶屋は時代とともに淘汰されていたとのことだ。
―――――そして、1か月後、
ここは、職業酒場の求人コーナーの一角。
そう、俺は就活をしていた。
次の面接で33件目となる。
1日1面接以上のハイペースである。
俺は、職業酒場の受付のお姉さんに、申請して、次の面接の日程を調整してもらった。
所変わって、面接会場。
俺は、緊張の中、扉をノックする。
「どうぞ」
「失礼いたします」
「お名前をどうぞ」
「マコト・カミヤと言います、よろしくお願いします」
「では座ってください」
「失礼します」
俺は着席し、面接官数人と対面する。
この世界でも、日本にいた時と変わらず、中年男の面接官が3人という人員構成だ。
「―――では、最後に質問はありますか?」
3人の面接官の中で比較的若い面接官が言う。
「はい、魔動箒での通勤は可能なのでしょうか?求人票に記載がなかったもので・・・」
魔動箒とは、一言でいえば空飛ぶ箒のことだ。
この世界では、日本でいう自転車のような扱いである。
少し魔力を消費するが、箒に浮遊術式が組み込まれており、特別な魔法は必要とされてはいない。
但し、持続して飛行できるのは10分ほどで箒の現状回復時間は5分ほどなのでその間は飛ぶことができないという欠点をもつ。
ちなみに町中に魔動箒を立てかけておく“放置駐箒”をすると、公的機関に撤去されてしまうことがあるので、基本的には認可の通った駐箒場に魔動箒を駐箒する決まりとなっている。
俺が質問すると、3人の中でとりわけ年上な、おっさんというより初老といった方が分かりやすいだろうか、といった男が突然くわっと目の色を変え返答した。
この初老男は、他の面接官のうちの1人の親であるようだ。
同族ギルドだね、ここ。
「そんなの当然わが社にはありますよ。私の息子になんて失礼な質問するんだ君は?」
「いや、どうしてもわからないことで、ギルドによっては魔動箒での通勤不可な場合もあるので、質問しておこうかと・・・」
「帰れ!帰りたまえ!」
何か、すんげぇ強引に面接終了となった。
俺は面接会場を後にする。
「おっとと!」
何かに躓いてバランスを崩し、どかっと目の前にいた人にぶつかりながら転倒した。
しかも、女性だと思われるが、胸に両手を添えながら。
日本にいた時によく見かけた青少年向け挿絵付き小説によくみられる、ラッキースケベと呼ばれる現象なのだろうか?
最近やたら躓いてコケそうになるのだが、そこにないと思われた場所に何故か石があったりすることがほとんどだった。
それに何故か突然耐え難い睡魔に襲われることも多い。
ひょっとして、疲れているのだろうか?
サイズは控えめではあるが・・・って、いやいや・・・ヤバい!
今すぐ謝って、弁解しないと、通報される!
事案になっちまう!
「す、すいません!すいません!」
俺は大焦りで目の前の女性に謝罪する。
が、胸を触られたことに関して全然気にする素振りを見せず、うんともすんともひゃんとも言わずに、爽やかににぱっとした表情で、
「おー、君か。久しぶりじゃな!」
「あー!お、お前は!?あの時のわけわからんこと言ってた賢者!」
突然の再開であった。