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      普段と普通は意味が違う


 ある日、僕等はいつものように腕を組んで、朝の道を学校へ歩いていた。

 何がそんなに嬉しいのか、塔子は満面の笑みを浮かべて、僕と歩いていた。

「ねぇ、「ユウト・∨・ヘンリッツ」、今日は帰りに古本屋に寄らない?」

 珍しく塔子が話しかけてきた。

「古本屋って、お前そんなに読書家だったけ?」

 僕は少し驚いて、塔子に聞き返していた。

「私の愛読書が、どうしても揃わないのよ。アマゾンで検索しても出てこないし。これは、古本屋巡りをするしか無い、って思っててね」

 そうか。そうなんだ。僕は塔子がそんなに読書家とは思ってもみなかった。幼馴染と言っても、細かいところまで全て知っているわけではない。普通はだ。

 しかし、塔子なら僕の事を、事細かく知っているだろう。何せ、考えはダダ漏れだし、透視能力で、僕の部屋の隅々まで覗かれている。あげくの果ては、夢や僕も局部まで余すところ無く観察されているのだ。塔子にとっては僕は、籠の鳥や檻の中のハムスターにも等しい存在なのだろう。

 こんな僕を哀れと思っている方がいたら、感謝しなくてはいけない。何事にも慎みが大切だ。

 まぁ、それはそれとして、僕は不思議に思って塔子に訊こうとした。すると、僕が口に出すよりも早く、彼女が答えた。ああ、また接触テレパスである。

「私が何を集めてるかってぇゆうとぉ、実は『超人○ック』っていう漫画なのよ」

 それを聞いて僕は驚いた。今でさえ、超能力であらゆる事が出来るのに、今更、超能力漫画を揃える必要がどこにあるんだ!

「いやぁ、人間、やっぱり精進って大切よね。私も『超人○ック』を読んで、新しい超能力の使い方とか、新必殺技とか研究してんのよ」

 いや、これ以上危険な超能力とかを覚えて欲しくない、っていうのが僕の正直な感想だった。

「そうは言うけどね、勇人。私、まだ『ラフノールの鏡』とか作れないし、水中や真空中での戦いなんかにも慣れていないのよ。そういう事を『超人○ック』を読んで研究するの。わぁ、私って勤勉。凄いでしょう」

 ああ、研究熱心で凄いな。僕は心の中で、そう思うしか無かった。

「やっぱり覚えたいのは、『第三波動』かしらね。時間を超越する能力って、スゴくね? どうやったら出来るのかなぁ。もっと、読んで研究しないと」

 ああ、そうか。凄いな。立派だよ。その超能力でダーク・トリニティーとかを探し出しては叩き潰してるんだから、敬服に値するよ。

 と、僕は心の中で思った。

「でしょ、でしょ。私って凄いよね。だから勇人、いい子いい子して」

 そう言われて僕は開いた方の右手で、ポンポンと彼女の頭を軽く撫でるように叩いた。

「うんうん、そうよね」

 された方の塔子は、満面の笑みを浮かべて、嬉しそうにしてくれた。

(これが、普通に可愛い女の子だったら、どんなに嬉しいか……)

 と、僕はうっかり心の中に思ってしまった。

「良いじゃない、勇人。実際、私は可愛いんだから。しかも超人なのよ。我儘いうんじゃ無いの!」

 と、案の定、釘を刺されてしまった。

 これが普段の僕達なのだ。普段の生活が普通じゃないって言うのは、苦痛でしか無い。おっ、うまく韻をふんだな。久し振りに僕は自分の言葉に酔っていた。

「何よ、「リー・リック・ユウト」。上手い事言ったと思ったでしょう。そんな事考えるより、もっと勉強したら。でないと、私とおんなじ大学入れないわよ」

 と、塔子に言われてしまった。

 どうせ僕はただの人だよ。塔子みたいに頭よくないよ。ってか、また僕の名前が変わっているぞ。一体、僕の名前っていくつあるんだ?

「そんな事は気にする事ないのよ。どうせ思い付きなんだから」

「えっ、僕の名前って塔子の思い付きで決まったのか!」

「そうよ。何かおかしい?」

 そう言う問題じゃ無いだろう。じゃぁ、僕のこの「勇人」って名前も、両親が考えたのじゃなくって、塔子が思いついて、マインドコントロールで刷り込んだのか?

「そうだけど」

 と、塔子は僕の思考を読み取ると、さも事も無げに応えた。

 ふ、不幸だ。名前すら僕は塔子のなすがままなのか……。僕は、自分がその出自すら塔子の管理下にいると思うと、頭がクラクラするような気がした。

 そのうちに、学校の正門が見えてきた。僕達が正門を通ろうとした時、生徒指導の先生が僕達に気が付いた。何か怒ったような顔をして睨みつけている。男女が朝っぱらから腕を組んで通学してきたのである。指導する方としては、一言いいたいところだろう。

 しかし、先生は、一瞬、呆けたような顔をすると、また正門から外を眺めた。

 きっと、塔子のマインドコントロールだろう。こいう時には便利だな、超能力。とは言っても、自分が欲しい訳では無いのだが。

 僕達は、靴箱の前で上靴に履き替えると、教室に向かった。そして普段通りに、二人並んで椅子に座った。普段通りに。

 何度も言うが、これが僕の毎日なのでさる。僕等の普段の生活が、普通じゃないってことは、普通の人間である僕には耐え難い苦痛であった。出来れば早く解放されたい。

 僕は毎日の生活で、いつもそんな事を考えていた。



      『超人○ック』を探せ


 その日の放課後、僕達は、塔子のバイブルとも言える『超人○ック』の単行本を探しに、古本屋街へ来ていた。

 『超人○ック』は、四十年近くも続いている、不死の超能力者が主人公の漫画である。主人公の『超人○ック』はラーニングという能力を持っていて、敵の超能力を学習して自分の能力として使えるという、究極の超能力を持っているそうだ。いくら敵が強大な超能力を使おうと、それを学習して、倍返しが出来るのである。これ以上に便利な能力は他には無いだろう。どんなに強力な超能力で挑もうとも、すぐに学習されて、更に強力になった技が自分に返って来るのである。

 僕と塔子は、取り敢えず古本屋街で一番大きな店に入ると、丹念に漫画の並んでいる棚を見つけては、目的の本を探して店内を歩いていた。

 塔子は、それらしい本を見つけては、「違う」と言って、次を探して行った。

 三十分程も探し歩いたところだろうか、やっと『超人○ック』の単行本が並んでいる棚を見つけた。

「あったぞ、塔子」

 僕が塔子に声をかけると、他を見ていた彼女が、

「どこどこ」

 と、言って、小走りでやって来た。

「ここだよ。この棚」

 僕が指差すと、塔子は眼をキラキラさせながら、丹念に棚を見つめていた。

「えーと、この辺のシリーズは、もう、持ってるのよね。無いやつは、……うーん、全部持ってるやつだわ」

 と、残念そうな顔をしていた。

「私、文庫本サイズの方を探してくる」

 塔子はそう言うと、別の棚の方へ行った。

 『超人○ック』って、そんなに面白かったかな? 僕はあまり読んだ事が無かったので、この際、少し読んでみることにした。

 基本、古本屋の本は立ち読みオーケイである。僕は『超人○ック』の適当な巻を引っ張り出すと、その場で読み始めた。


 僕は読み進める度に、塔子とイメージが重なって、二重の悪夢のようだったが、主人公のロックが、人類を助けようとしたり、結果的に大虐殺をしてしまい葛藤したりする所に、感銘を受けた。

 塔子も、少しはロックを見習って、人類に貢献すれば良いのに。僕は本心からそう思った。

 しかし、未来とはいえ、対超能力用の武器や機械が多々開発されているのには、僕も驚いた。ESPジャマーとか、絶対に欲しい。

 おっと、ESPジャマーとは、超能力者に対して、特定の波長の電波のようなものを照射して、超能力者の脳波を狂わせて、苦しめる装置のようだ。これさえあれば、僕のような凡人でも、超人の塔子にダメージを与えられる。

 ただし、ロックのような超強力なエスパーには、効く事は効くのだが、ジャマーの妨害を乗り越えて、逆に破壊してしまうという。この辺は、出力の勝負と言う事だろう。

 あと、欲しいと思ったのは、ESPバリアだ。これは名前の通り、超能力を遮るバリアのようなものだ。僕の部屋に設置すれば、塔子の透視能力を妨害して、見られたくない本を隠したり、エッチなゲームなどをすることが出来る。是非、一家に一台欲しい機械だ。

 小型化して身につければ、テレパシーやマインドコントロールも防げるし、僕の局部も見られる事がなくなって、安泰だ。

 人類の文明が、早く進んで、このような対エスパーマシンが作られないだろうか。期待してるぞ、技術力世界一の日本の職人芸。


 僕はしばらく立ち読みをしてから、ロックと同じ作者の漫画を三冊手に取ると、レジまで歩いていった。塔子はまだ探しているのかな? 僕はレジで支払いを済ませると、漫画本の棚を、塔子を探して見て回った。

 しばらくすると、僕の後ろから声がかかった。

「勇人」

 塔子である。

「なんだ、こんなところにいたのか。探したぞ」

 僕は後ろを振り返ると、塔子にそう言った。

「捜し物は見つかったのか?」

 僕がそう訊くと、塔子は、

「全然。この店には置いてないみたいね」

「そうか。ならどうする? 諦めるか?」

 と、僕が尋ねると、

「もう一・二件、探してみようと思ってる」

「はしごするのかぁ」

 僕は、少し疲れたようにそう言った。

 こんな探し物くらい、超能力でどうにかならんのか? 店の店員の脳をハックするとかして、サーチ出来ないものかなぁ。

 塔子は僕のそんな考えを読み取ったのか、

「データベース化されてれば、簡単にわかるけど。古本の在庫管理なんて、そんなに細かくするわけ無いでしょう」

「そりゃそうだ」

 僕は塔子に言われて、ある種、納得してしまった。

「それに、この店は大きいけれど、漫画の専門店じゃないし。もっと漫画を扱ってるとこに行きましょう」

 そう言われて、僕は、

「分かったよ。じゃぁ、次の店な」

 と、応えて、また塔子と腕を組んで次の店に行くことにした。


 三件程、古本屋をはしごして、これが最後という事で、四件目に行く事になった。ここも、主に漫画を取り扱っている、専門店である。

 塔子は、ここでも丹念に本棚を見て回っていた。しばらく店内を探し回ってると、塔子が、

「勇人、ちょっとそこの一番上の本を取って」

 塔子が僕にお願いしてきた。塔子にしてみれば、念力で何の苦もなく取れるのだが、いかんせん、ここは人が多すぎる。そこで僕に頼んできたのだ。

 塔子の指さした棚には、『超人○ック』のシリーズが、所狭しと並んでいた。

 僕は手を伸ばすと、一冊の漫画に手を伸ばして、

「これか?」

 と、訊いた。

「えと、その二つ右のやつ」

 と、そう言われたので、その本を棚から引っ張り出すと、塔子に渡した。

 本を手に取った塔子は、

「あったぁ。これこれ。これを探していたのよ。勇人、ありがとね」

 と、満面の笑みで、僕に話しかけた。目的の本が見つかって、本当に嬉しかったのか、凄くイイ顔をしていた。

「良かったな、塔子」

「うん。ありがとね、勇人。ずっと探していたんだ。本当に嬉しい」

 塔子は漫画本を抱きしめると、レジに小走りで行った。

 支払いを済ませると、僕等はベンチを見つけて少し休憩することにした。ベンチの隣には、自動販売機が並んでいた。

「勇人、お礼にジュースか何かおごるよ。何がいい?」

 と、言い出した。僕は普段の塔子の財布の状況を知っているために、念の為にこう訊いた。

「小銭とかあるんだろうな」

 それに対し、塔子はちょっと不貞腐れたような口調で、

「今日はちゃんと持ってるわよ。勇人のイジワル」

 と、言い返してきた。

「ゴメンゴメン。じゃぁ、コーラを頼むよ」

「じゃあ、勇人はコーラね。私は、えーと、オレンジジュースにしようっと」

 と言うと、財布から百円玉を取り出して、自販機でコーラとオレンジジュースを買った。

「はい、勇人、コーラだよ」

 僕は、

「サンキュウ」

 と言って、コーラを受け取った。そして、ペットボトルの蓋を開けると、コーラーを口に流し込んだ。良く冷えていて上手い。

「おいしい、勇人」

「ああ、上手い」

「そか、良かったぁ」

 塔子はそう言うと、ニコニコしながら、ジュースを飲んでいた。


「さっき、『超人○ック』を立ち読みしていたんだけど、ロックって凄い超能力者だよな。ほとんど何でも出来るし、死なないんだもんな」

「私の尊敬する超能力者の一人よ」

「でも、地球クラスの惑星を、粉々に砕いたり、ちょと洒落にならない力の大きさだよな。お願いだから塔子は地球を砕いたりしないでくれよ」

 僕は、塔子に釘を刺しておいた。

「分かってるって。ロックの世界みたいに、移住用の惑星どころか、火星にすら人間を送れてないんだから、そんな無茶はしないわよ。私ってそんなに信用無いかなぁ」

 塔子は少し悲しそうな顔をして俯いた。

 それを見た僕は、ちょっと心が傷んだ。

「塔子はそんなことしないって信じてるよ」

 と、僕は、塔子の事をフォローした。

「うん。ありがとね勇人」

 彼女はそう言って、にっこりと笑った。

(こうしてる分には、可愛いんだけどなぁ)

 僕は、塔子が実質的な彼女なのが、嬉しいだか悲しいんだか、良く分からなくなっていた。

 きっと、僕は塔子の超能力が暴走せずに、人類の役に立つように導くのが、使命なのかも知れない。そう、思っていた。


 しばらくすると、塔子は、

「じゃぁ、そろそろ帰ろっか」

 と言って立ち上がった。そして、

「今日は無理に誘ってゴメンネ。それで、こんなとこまで付き合ってくれてありがとね」

 と、言った。そうだよな。洒落にならない超能力を持ってはいても、彼女も普通の女の子なんだ。と、僕は塔子の事を少し見直していた。

 そうして、今日も二人連れ立って自宅へと帰ったのである。



      浮気? 不倫?


 翌日の午後、六時限目は体育であった。僕はどちらかというと、身体は丈夫な方では無かった。そのため、体育の授業は得意では無かった。しかし、体育は男女別の授業である。学校で塔子と離れていられる貴重な時間だ。それで、得意では無かったものの、楽しみな時間でもあった。

 今日の体育は、トラック競技であった。要は走ると言う事である。普段、塔子とテレポートで移動することが多く身体を使っていないので、授業の最後には、ヘトヘトになっていた。しかし、心地よい疲労感であった。あー、良い汗かいた。

 僕達男子は授業を終えると、それぞれに着替えて、だらだらと教室に戻っていった。

 ふむ、女子の方は、まだ終わっていないようだ。

 僕はノロノロと帰り支度をしていると、やっと女子がチラホラと帰ってきた。塔子もである。

「塔子か。すぐ帰るんだろう」

 僕がそう訊くと、

「ゴメン、勇人。今日はすぐに帰れないんだ。委員会の集まりがあって」

 塔子がそう答えたので、僕はちょっと驚いた。塔子が、何かの委員になっているなんて初めて聞いたからだ。今までは、塔子の超能力で、面倒な委員や係にならないようにしていたのだ。

「何の委員だ。ってか、お前委員なんかやってたんだ」

 僕のこの問に対して塔子は、こう応えた。

「美化委員。さすがに記録まではごまかせなくって、押し付けられたんだ」

 と、塔子は僕にそう言った。

「じゃぁ、先に帰っとこうか?」

 僕がそう言うと、

「たぶん、すぐに終わると思うから、ちょっとだけ待っててね」

 と、言われた。あくまでも一緒に帰れと言うことだ。仕方がない。待つか。

 僕はそう思って、自分の席に座った。


 しばらくそうしてボーっとしていると、クラスの男子が声をかけてきた。

「鷲崎、今日は四之宮と一緒じゃないんだ。珍しいな」

 彼は、吉岡健一。小学校からの顔見知りである。友達? 幼馴染? 僕が誰かといる時は、大概側に塔子がいた。やはり、顔見知りというのが正解だろう。

「あいつ、美化委員会があるんだって。終わるまで待ってろってさ」

 僕は、フランクに応えた。

「そっか。お前ら、かかあ天下だったよな」

 吉岡は、ニヤニヤしながら僕に言った。

「そんなんじゃないよ」

 僕は少しムッとして応えた。

「しっかし、お前らくらい堂々と仲良しのカップルって珍しいよな。普通は恥ずかしくって、秘密にするのに」

 と、吉岡は言った。僕だって、出来れば秘密にしたかった。っていうか、塔子に関しては、秘密だらけだ。存在そのものが国家機密扱いだ。

 吉岡には塔子の事を言ってもいいかな、と思ったが、やめておいた。そんな事が塔子に知れたら、彼が何をされるか分かったもんじゃない。最悪、消されるかもしれない。僕は、人道的な意味でも、塔子の事は隠しておくことにした。

 さて、委員会はまだ終わらないようだ。僕は席を立つと、教室の出口に向かった。

「どこ行くんだ、鷲崎」

 吉岡が、訊いてきた。

「トイレ。それから自販機で何か買ってこようと思う」

 僕がそう答えると、吉岡は、

「そっか。貴重な一人の時間だもんな。せいぜい羽を伸ばしてこいや」

 と、言った。コイツ、僕等のことを分かってるのか分かっていないのか、絶妙なことを言う。ある意味、隙を見せられない相手である。

 僕は、吉岡に向かって手を挙げると、教室から出た。そのまま、トイレで小用を済ませると、自販機へ向かった。

 自販機の前で何を買おうかと逡巡していると、グランドで、まだ体操着のまま右往左往している女子がいた。同じクラスの笹丘だ。下の名前は……忘れた。とにかく、同じクラスの女子だ。

 こんな時間まで何をやっているのだろう? 僕は気になって、下駄箱で上履きをスニーカーに履き替えると、グランドを目指した。

「やぁ、笹丘さん。こんな時間まで何やってんだ?」

 僕は、ボールを回収していると思われる笹丘に、こう話しかけた。

「あっ、や、わ、鷲崎くん? 何でこんな所に?」

 笹丘は、驚いて僕に聞き返した。

「ああ、自販機まで来たら、笹丘さんがグランドでウロウロしてたから、どうしたのかなって思って」

 と、僕は正直に言った。

「わ、鷲崎くん、きょ、今日は四之宮さんと一緒じゃないんだ」

「ああ、塔子か。あいつ、美化委員会なんだって。終わるまで待ってるとこ。笹丘さんこそ一人で何やってるの?」

 僕が、そう訊くと、彼女は次のように応えた。

「あ、あの、私、体育委員だから……、授業の片付けをしているとこ」

 と、笹丘は、少し赤くなってモジモジしながら応えた。半袖の体操着は汗でしっとりとして少し透けており、紺のショートパンツからは白い太ももが伸びていた。セミロングの髪の毛を両脇で二つに縛って、眼鏡をかけた吉岡は、どちらかというと僕好みの外見をしている。

 僕は、少し焦りながら、彼女に訊いた。

「体育の授業の後片付けくらい、皆でやればあっと言う間なのに。皆、君一人に押し付けたのかい。友達がいのない奴らだなぁ」

「そ、そうじゃないの。ボールが散らばったから、集めるのに時間がかかっただけ。本当はすぐに終わらせるつもりだったんだよ。でも、私、鈍くさいから」

 笹丘は、どちらかというと奥手な方だ。体育委員も、押し付けられてなったようなものだった。

「じゃぁ、僕も手伝うよ。塔子が返ってくるまで、暇だからな」

 僕がそう言うと、笹丘は、

「そ、そんなの、悪いよ。四之宮さんだって、いい思いはしないだろうし……」

 と、赤くなって、俯きながら応えた。

「塔子の事なんか、気にする事ないよ。ボールはあと何個集めればいいの?」

 と、僕は聞き返した。別にボールを体育倉庫に返しに行くだけだ。僕には、これが悪い事をしているという自覚は無かったし、別段、悪いことだとは言えないだろう。

「あっ、えっと、ボールはもう集め終えたんだ。これで終わり。あとは、このカゴを、体育倉庫にしまうだけなんだ」

 と、笹丘は応えた。

「じゃぁ、一緒に持っていこう。このカゴ、車が付いているけど、全然機能しなくって重いもんね。僕が引っ張っていくよ」

 と、僕が言うと、笹丘は一瞬「えっ」て言う顔をしたが、少し考えたあと、

「あ、えと……、じゃ、じゃぁ、お願いしてもいいかな?」

 と小声で言った。

 基本的に僕はフェミニストである。困っている女子がいたら、助けてあげるのが紳士のかくあるべき姿だ。

 僕はカゴを引っ張ると、

「じゃ、行こうか」

 と、笹丘に声をかけた。彼女は、

「はい」

 と、恥ずかしそうに応えると、残ったボールを手に持って、僕について来た。

 ふむ、塔子もこれくらい恥じらいがあると良いのに。僕は心の中でそう思いながら、ボールの入ったカゴを、体育倉庫まで引っ張って行った。


 先にも言ったように、僕はどっちかというと、脆弱な方だ。ボールを詰め込んだカゴは、そんなに重いはずは無いのだが、倉庫まで引っ張って行くのは少し難儀だった。しかし、ここで根をあげたら、何のために僕が手伝いに来たのか分からない。

 僕は足腰が痛くなるのを顔に出さないようにして、倉庫前までカゴを引っ張って行った。

 そして、体育倉庫の引戸をガタガタと言わせて開くと、笹丘と一緒にカゴとボールを中に運び込んだ。

「さて、これで終わりかな?」

 僕が笹丘に訊くと、彼女は、

「ええ。ここで良かったはず。あ、ありがとうね、鷲崎くん。疲れた?」

 と、言った。こういった心遣いの出来る女子は貴重だ。塔子も見習って欲しい。超能力でやりたいほうだい出来るのだから、塔子には我慢とか心遣いとかがヌケテいる。

 僕は、ちょっと新鮮な気持ちで笹丘を見つめていた。彼女もなんとはなく恥ずかしそうに俯いている。そうしていると、入口の方で、

「扉が開けっ放しじゃないか。誰かいるのか」

 と、声をかけてきた。きっと、先生だろう。

「ひ、ひゃ」

 と、笹丘は小さな悲鳴を挙げると、僕の手を引っ張って、棚の影に逃げ込んでしまった。

「誰もいないんなら閉めるぞ」

 と、声が告げると、ガタガタと音がして、「ガチャリ」と鍵のかかる音がした。

 えっ? これって、閉じ込められたって事?

 クラスの女子と二人っきりで閉じ込められるなんて、あまりにもベタな展開だ。

「あっと、……閉じ込められちゃったね」

 僕は、目の前の笹丘にそう言った。

「あっ、ご、ごめんなさい。隠れる事なんて無かったのに。私のせいで、鷲崎くんまで閉じ込められちゃって。本当にごめんなさい」

 笹丘は、泣きそうになりながら、僕の顔を見上げた。

「そ、そうだよな。悪いことしてるわけないのに。返事すりゃよかったんだな。ははは」

 僕は笹丘にそう言った。

「えーと、笹丘さん、ここの扉って、確か……」

「うん。外からしか錠が開かないの。どうしよう」

 笹丘の困った顔を見て、僕は、

「大丈夫だよ。委員会が終わったら、塔子が気がついて来てくれるよ」

 と言うと、彼女は真っ青な顔をして、

「し、四之宮さん! こんな鷲崎くんと二人っきりなところなんて見られたら、四之宮さんに変に誤解されちゃうよ。どうしよう」

 と、笹丘はパニックになりかけていた。

 仕方がない。僕は笹丘の肩を両手で掴んで引き寄せると、

「大丈夫、大丈夫。怖くない、怖くないよ」

 と、言いながら彼女の頭を撫でた。

 彼女はしばらくガタガタと震えていたが、僕が抱き寄せて頭を撫でているうちに、落ち着いて来たのか、震えがおさまってきた。

 うん、よしよし。女の子って皆おんなじなんだな。塔子もこうやって、撫でてやると落ち着いたもんなぁ。

 しばらくそうしていると、笹丘が「ガバッ」っと顔を上げた。何故か真っ赤になっている。僕を見つめる眼が涙で潤んでいた。なんだ? どうしたんだ?

「何だ? 笹丘さん。大丈夫? どうかした?」

 僕がそう訊くと、彼女は、

「だ、だって、男の人にこんな風に抱きしめられるなんて、は、初めてだから。……やだ、こんな事してると、本当に四之宮さんに誤解させちゃう。は、離れて下さい」

 と、言うと、僕の腕の中で暴れ始めた。

「ちょ、ちょっと待って。そんなに暴れると、うわっ」

 そして、僕は彼女を押し倒すような格好で、折り合わさって体育倉庫の床に倒れてしまった。

 彼女は、僕の身体の下で、耳まで真っ赤になっていた。その熱い体温が僕に伝わって来るようだった。心臓がドクンドクンと鳴っている。これは僕の心臓か? それとも彼女の心臓か?

 事、ここに至って、やっと僕は自分の行動の過ちに気が付いた。塔子じゃない普通の女子には、こんな事しちゃいけないんだ。

「ご、ゴメン、笹丘さん。す、すぐ離れるから」

 僕は、アタフタしながら身体を起こそうとした。すると、笹丘は、

「あ、あの、……もう少しこのままでいてくれても良いですか?」

 と言った。

「え? あっと、笹丘さん、重くない?」

「ごめんなさい。男の人とこんなになるなんて初めてだったから。わ、私、鷲崎くんの事、ずっと気になってて。でも、鷲崎くんには四之宮さんがいて。こんな横恋慕、ダメだって思ってたんだけれど……」

 彼女は潤んだ瞳で僕を見つめながら、続けた。

「さっき、鷲崎くんに声をかけられた時、心臓が飛び出るくらいビックリして。それで、ものすごく嬉しくって。四之宮さんに悪いって思ってたんだけれど、今だけ……今だけって思って、手伝って貰ったの。でも、体育倉庫に閉じ込められる事は、ワザとじゃないんだよ」

 塔子とは違った、女性の上気した香りが登ってきている。女の子って、こんなに柔らかくって、か細くって、暖かいんだ。何もかも僕には初めての経験だった。

「笹丘さん……」

 僕は理性が無くなって、何か間違った事をしようとしていたんだろう。この時の僕は自分が何をしようとしていたのかよく分かっていなかったんだろう。

「わ、鷲崎くん……」

 僕はそのまま身体の下の彼女に体重を預けると、そのまま顔を彼女に顔に近づけていった。唇と唇があと少しで重なり合おうとした、その時、

「何やってんのよ、アンタ達!」

 と、もの凄い怒りを込めた声が聞こえた。僕は驚いて笹丘から身体を離すと、その場に座り込んだ。笹丘も、驚いたように床から身体を起こすと、両腕で胸を抱くようにして僕から離れた。

「全くもう、ちょっと眼を離すとコレだ。だから、男っていう生物は」

 この声の主は……。僕が恐る恐る振り向くと、小学生くらいの体格の、制服を来た女子が立っていた。塔子である。

 塔子の顔は、耳まで赤くなっており、目も血走っていた。

「と、塔子。こ、コレは、ちょっとした不可抗力があって。ちょっとした偶然でこんな事になっちゃったんだ」

 と、僕は弁解をした。

「鷲崎くんは悪くないの。四之宮さん、ごめんなさい。私が悪いの。だから、だから、……」

 笹丘も、塔子に弁解をしようとしていた。

「だから? だから何だっていうのよ、この泥棒猫。おとなしそうな顔をして、勇人を誘惑するなんて。一瞬だって、眼を離せないったらありゃしない」

 塔子は、笹丘を睨みつけると、こう罵倒した。

「そんな言い方は無いんじゃないか、塔子」

 僕は笹丘を庇うように、そう言った。

「そりゃぁ、私は心が広い女だから、愛人の一人や二人、許してあげるわよ。でも、あなたはダメ。許してあげない」

「どうしてだよ、塔子」

 僕が反撃に出ようとすると、塔子は僕達を指さして、

「それは、アンタ達が欲情してるからよ。それから、笹丘、あなたダーク・トリニティーのスパイでしょう」

 そ、それは……間違ってない。確かに、僕は欲情していた。それは認める。でも、愛人を認めるって言いながら、欲情するのは認めないって、矛盾してないか? それに、彼女のことをダーク・トリニティーのスパイだなんて、いれ以上に無いくらい、有り得ないことだろう。

 僕が更に弁解しようとすると、塔子は、

「あなた、確か同じクラスの笹丘宏子だったわね。上手く偶然を装っておいて、清純そうに振舞って勇人を誘惑しておいて情報を引き出そうなんて、姑息にも程があるわ。その任務、あなたにとっては渡りに船だったようね。勇人を誘惑してる時、あなただって欲情してたじゃない。すっごく濡れてるでしょう。ホント、もう発情期のメス犬みたい」

 と、言ってのけた。

「塔子、その言い方は、笹丘さんに失礼じゃないか? こうなったのは偶然って言ってるだろう。ダーク・トリニティーは関係ないだろう」

 僕は、なんとか彼女を助けようと、弁解を続けた。

「私にそんな事も分からないって思ってた? 体育倉庫の中で何が起こってたかなんて、一から十まで知ってるわよ。欲情した男女が何をしようとしていたかって事もね」

 そうか、千里眼か。でも分かってたんなら、早く助けに来て欲しかった。そうすれば、こんなややこしい事にならなかったのに。

「勇人は黙ってて。美化委員会がついさっきまで続いてて、動けなかったのよ! さて、このメスブタがぁ。どうしてやろうかしら」

 僕の考えはテレパシーで伝わっていたのか、塔子はそう言うと、サイコキネシスで笹丘の襟首を掴んで空中に持ち上げたのだ。

「あ、や、やめて。く、苦しい」

 僕はビックリして塔子に叫んでいた。

「やめろよ塔子。やり過ぎだ」

「勇人は黙ってて。本当にイヤラシイ女。どうしてやろうかしら。子宮も卵巣も引っこ抜いて、二度と男と遊べない身体にしてやろうかしら。それとも、本当に豚に変えて、切り身にしてハムにしてあげようかしら」

 塔子の言うことは、全部塔子に実行可能な事だ。単なる脅しでは無いところが洒落にならないところだ。

「ご、ご、ごめんなさい。ごめんなさい、四之宮さん。……だ、だから、許して。た、助けて」

 空中に浮いている笹丘が、苦しそうに、そう言った。

「今更、命乞い。イヤラシイったらありゃしない。あんたの勇人への思いは、それっぽっちだったの? だから、あなたは認めないって言ったのよ。ホント、どうしてくれようか」

「ごめんなさい。四之宮さん。ごめんなさい」

 笹丘は、さっきと打って変わって、真っ青な顔をしていた。塔子の言う事が本能的に単なる脅しではないと分かったからかも知れない。

「塔子。僕も悪かったん本当に後生だから彼女は許してやってくれよ。お仕置きなら僕がいくらでも負うから」

 僕は本気で塔子に命乞いをしていた。このままじゃぁ、笹丘は本当に塔子に殺されかねない。彼女は僕達のクラスメイトだ。その辺のチンピラとは違うんだ。

「ふぅー。分かったわよ、勇人。結局あんたは私以外の女は知らないんだからね。今回は勇人に免じて許してあげるわよ」

 塔子はそう言って笹丘を睨みつけると、彼女は糸の切れた人形のように、その場にへたり込んだ。

「笹丘さん! 塔子、笹丘さんに何をしたんだ」

 僕は驚いて塔子に訊いた。

「何も。気絶させて、記憶を消しただけ。ついでにダーク・トリニティーの関係情報も消しておいたわ。後はここから出て、笹丘を適当な所に置き去りにすれば、万事オッケイ。これでいいわね、勇人」

 僕はホッと胸を撫で下ろすと、

「そうか……、ありがとう塔子」

 と、塔子に礼を言った。

「勇人。これに懲りたら、今度から下手に女の子に声をかけないように。二度目は無いと思いなさい。そ、それから……」

「それから、何だよ」

「わ、私にもさっきみたいな事して。勇人がいなくって心細かったけど、頑張って、たった一人で美化委員会に出席してきたんだから……」

 と、塔子は、少し恥ずかしそうに、斜め下を見ながら言った。

 僕は、「よいしょ」と立ち上がった。そして、扉の近くに立っている塔子に近付くと、ギュって抱きしめて、彼女の頭を撫でた。

「頑張ったな塔子。いい子いい子」

「うん、勇人。嬉しいな。エヘヘへへ」

 はぁー、やっと塔子の機嫌がなおったようだ。

 今度から下手に浮気はしないようにしようと、僕は心に誓ったのだった。



      出張 隣町の水族館


 休みの前日のある日、僕に向けて塔子がこんな事を言ってきた。

「明日は隣の街に行くわよ」

 隣町に行くって、一体全体何をしようっていうんだ。

 僕が呆気に取られていると、

「この街は私達の活躍で、悪の秘密結社のアジトはほとんど壊滅状態よ。だから今度はお隣の街まで出張して、正義の活動をするのよ」

 ああ、そうなのか。要するに、チンピラを駆除しきって、もう構う相手がいないから、隣町まで出向くってことだよな。正義の味方ごっこもいいけれど、少しは何の裏もなく「デートに行こう」って、言えないかなぁ。

「で、隣町って、西か? 東か? それとも、北? 南?」

 と、僕は、さも興味が無さそうに塔子に訊いた。

「決まってんじゃん。東よ、東。この前、オープンしたばかりの水族館があるんだよ。そういう、遊び場があるところには、人もお金も集まるから、悪の秘密結社も大掛かりなアジトを設置するの。どう、私のこの論理的推論は。上手くつじつまがあってると思わない?」

 何だ、そういう事か。どうして素直に「水族館に行きたい」って、言えないかなぁ。その辺が塔子の中二病たるところだが。

「どこに敵がいるか分からないからね。如何にも、『私達はカップルで水族館に来ました』っていう格好じゃないといけないわよ。いきなりの戦闘服姿を見られると、反って警戒されちゃうからね」

「それって、明日、おしゃれして水族館にデートに行きたいって事だろう。素直にそう言えば良いのに。何でそこに、悪の秘密結社が出てくるんだ」

 僕がそう言うと、塔子は少し涙目になって、

「うるさい、うるさい、うるさい! 勇人は、私をエスコートする振りをして、ダーク・トリニティーのエージェントを誘き出せばいいの! ただのデートじゃないんだからっ」

 と、反論してきた。

 おっと、これ以上言うと、また電撃を食らってしまう。塔子をからかうのは、この辺にしておこう。

「分かった、分かったから。じゃぁ、明日は、水族館へ悪者退治に行くんだな」

「そうよ。勇人も最初から素直にそう言えばいいのよ」

 と、塔子は、あくまでも自分が正しいと言う事を強調した。


 さて、次の日の朝、僕がまだ布団の中でモゴモゴやっていると、急に声がかかった。

「勇人ぉ、もう朝だよ。いつまで寝てんの? 早く水族館行こうよ」

 塔子である。お前、そんなに水族館に行きたかったのか。

 僕が布団の隙間から、部屋の中を覗くと、塔子がベッドのすぐ側に立っているのが見えた。

 白のブラウスに、モスグリーンのフレアスカート。今日は髪を下ろしてセミロングのボブカットで、頭の左上で髪の毛をピンでバッテンに止めてある。上着は白に近い薄いブルーのパーカーで、チェック柄のポシェットを斜めにかけていた。どれも塔子のお気に入りの品である。

 どうやら唇も、リップクリームを塗ってるようで、薄く光っている。ここまで入念なオシャレをしてくるのは、塔子にしては珍しい。超能力なんて使わないで、黙って立っているだけなら、スゴくカワイイ女の子なのにな。この辺に僕の不幸の源泉があるようだ。

 僕がなかなか布団から出てこないので、塔子は念力で僕を布団ごと揺すった。

「ゆ・う・と、早く起きてよっ」

「おいおい、塔子。分かった、分かったから、サイコキネシスは止めてくれ。眼、眼が回る」

「ホント。すぐに速攻で支度してよ」

 塔子はそう言うと、サイコキネシスで僕の布団をひっぺがすと、ベットから床に転がり落とした。

「い、痛ってぇ。分かったから、そう、乱暴にするなよな」

「分かってるわよ。だから、早くぅ、早くぅ」

 こいつ、今日は相当テンション高いな。そんなに楽しみなのか、水族館。

「勇人、あなたの服装は私のチョイスでコーディネートしてあるわ。早く着てみて」

 何だ、そこまで用意万端なのかよ。仕方がない。まだ少し眠いが、塔子に付き合ってやるか。

 僕は、ベッドの傍らに立ち上がるとパジャマを脱いで肌着のランニングシャツを着た。ええっと、シャツとズボンは?

「これだよ、これ」

 有無を言わさず、塔子が青と白のチェックのワイシャツと、グレーのチノパンを差し出してきた。

「ありがとう」

 と、僕はそう言って、上下を手に取ると、のろのろと身につけた。靴下は、グレーである。その上は萌葱色のブレザーだった。僕は、塔子が手渡してくれたブレザーに手を通すと、少し上から撫で付けて、格好を整えた。

「どうだ? 塔子、似合ってるか?」

 念の為、僕は塔子に確認した。

「うん、似合ってる。格好いいよ! さっすが、私の相棒。……でも、別の女の子が近付いてきても、この前みたいにノコノコついて行っちゃぁダメなんだからね」

 この前って……ああ、あれか。あんな騒ぎになるとは思わなかったなぁ。最初は単なる親切心だったのに。女って怖いな。

「大丈夫だよ。今日は、塔子とのデートなんだから」

 僕がそう言うと、塔子は少し赤くなって、

「で、デートじゃないわよ。威力偵察任務なんだからね。あくまでも任務。任務よっ」

 と、意地になって訂正してきた。

 そうか、任務なのか。じゃぁ僕の任務は、塔子をエスコート(護衛)することだな。

「分かったよ。はいはい、任務ね。……あっと、朝飯が未だだった。顔も洗ってない。どうしようか。折角余所行きに着替えたところなのになぁ」

 と、僕が言うと、

「洗顔は無用よ。分子分解で綺麗にしたから。それから、朝ご飯はオニギリ作ってあるよ、すぐ食べられるように。お茶やお味噌汁が欲しかったら、パイロキネシスで、温かいのをすぐに作れるよっ」

 そこまで入念に準備してあるのか。よっぽど楽しみなんだな、水族館。

「分かったよ。じゃあ、行こうか」

 と、僕は返事をすると、当事一緒にダイニングまで、降りて行った。

 ダイニングのテーブルには、なる程、作りたてと思しき三角オニギリが三個ほど、ノリにまかれて鎮座していた。僕は、テーブルに座ると、オニギリを頬張った。時々お新香を噛じったり、お茶を呑んだりしながら、僕は朝食を進めていた。その傍らで、塔子は満面の笑みで、僕の食べる様子を眺めていた。

「僕の顔、何か付いてるか?」

 あまりに塔子が僕を見つめるので、そう訊いてみた。すると、

「ふふふ、何でもな〜い」

 と、これまた、笑顔で切り返すのだ。

「塔子は朝ご飯、済んだのか?」

「うん。もう食べ終わったよ」

 等と、他愛のない掛け合いをしながら、僕は朝食を終えた。さて、出発するか。

 僕は、玄関で靴を履くと、家の中に向かって「行ってきまーす」と声をかけてから、玄関を抜けた。

 さて、現場までどうやって行くのかな。テレポートか?

「さぁさぁ、勇人ぉ、早く行こうよぉ」

 と、塔子はそう言うと、いつものように僕の左腕に手を絡めてきた。そうか、歩きか。

「急がす割には、瞬間移動とか使わないんだな」

 僕が、ちょっと訝しんで訊くと、塔子は、

「あ、あれはお腹が減るのよ。水族館の中で、お腹の鳴る音なんか出せないよ。私だって立派な女の子なんだから」

 そうか。テレポートって体力使うんだ。

 一応、僕はそれで納得することにした。それで、僕達は駅まで腕を組んで歩いて行った。まるで仲良しこよしのカップルのように。


 電車で隣町まで行って、駅前からバスで水族館まで行く道のりには、さしてこれといった異常は見受けられなかった。至って平和である。エスパーや悪の秘密結社のいる方が異常なのである。

 さて、水族館に着いたぞ。僕が窓口でチケットを買おうとすると、塔子が、

「チケットならもう買ってあるよ。はい、勇人の分」

 と言って、水族館のチケットを差し出した。いつ、どうやって手に入れたんだ?

 僕が心の中で不思議に思っていると、

「さっきテレポートでここまで来て買っておいたんだ。準備万端でしょ」

 と、ニコニコしながら塔子は言った。

 えっ、テレポートでここまで来てたって? 僕を起こす前に? なら何で、家から一気にテレポートしなかったんだ? 僕には塔子の頭の中のロジックが理解できなくって、クラクラした。

「どうしたの勇人。立ちくらみ? 貧血? 朝ご飯、足りなかったかなぁ」

「いや、いい。……じゃぁ入るか」

 と、僕が諦めてそう言うと、

「うんっ」

 と、塔子が応えて、僕達二人は水族館の入口に向かった。


 水族館の中は、未だ早い時間だったからだろう、あまり人はいなかった。薄暗い中に、円筒形の水槽がライトアップされていて、それぞれに熱帯魚やエビなどが浮かんでいた。

「勇人、見てみて、このお魚。青く光ってて綺麗」

 塔子はさも嬉しそうに、それぞれの水槽を巡っては、中を覗き込んで、はしゃいでいた。

「勇人、勇人ぉ、このクラゲさん達、私達に驚いてるみたい」

 そりゃそうだよな。クラゲくらいの下等生物になると、さすがにテレパシーでも頭の中は読めないらしい。ってゆうか、クラゲの頭って、どこなんだ? カニなら、カニ味噌っていうくらいだから、ちゃんとした脳味噌くらいは付いてるんだろうが。

「で、ダーク・トリニティーのエージェントは潜んでいたか?」

 と、僕が訊くと、塔子はハッとして我に返ると、

「いや、そうね。今のところ悪の波動は観測されていないわ。まだ、新しい施設だから、組織の基地も未完成なのかも知れないわね」

 と、やや上ずった声で応えた。それで、僕が「クス」っと笑うと、

「もお、勇人のイジワルゥ。ちゃんと任務はしてるのよ。あくまでも任務なんだから。水槽の中に危険な生物がいないか確認するのも、任務なんだからね」

 と、慌てて普段の振る舞いに戻った。

「もぉ、勇人ったら。任務の合間に、少しぐらい水族館で楽しんでも良いじゃない。てか、勇人も楽しんでよぉ。私だけ、はしゃいで、子供みたいじゃない。ヒドイよぉ」

 と、少し涙目で、僕に訴えた。

「分かった、分かってるよ」

 と、僕が弁解するように応えると、塔子は再び僕の左手に腕を絡ませてきた。

 未だ涙目の彼女に、僕は右手を挙げると、ポンポンと軽く頭を撫で叩いた。いつもの、いい子いい子である。

 すると、彼女は、「エヘヘ」と、満面の笑みで応えた。

 少し機嫌が戻ったようである。

 そうやって、僕等はしばらく小さな水槽が並ぶ中を、魚達を観ながら散策していた。


「ねぇ、勇人、勇人。あっちに大きな水槽があるんだって。行こ行こ。早く行こ」

 と、塔子が館内の案内図を見て、僕を引っ張った。

「分かった。分かったから、引っ張るなよ」

 塔子がはしゃぐのを、僕は遠い目をして見つめていた。

(平和っていいよなぁ)

 正直な感想である。

「そうよ、勇人。その平和を守ってんのが、私達なんだよ」

(そうか……、やはりそこが落ちか)

 僕は一つため息をつくと、彼女の半歩後ろを着いて行った。

「わぁ、おっきな水槽だね、勇人。あっ、エイだ。エイが泳いでるよ、勇人」

「ああ、そうだな」

「うわぁ、エイって裏側から見ると変な顔」

「塔子、アレ鼻の穴だから」

「え? 目じゃないの。鼻? 鼻の穴? って、チョー受けるぅ」

「良かったな」

「あの集団で泳いでるのは? アジ? イワシ? サバ? サンマ?」

「ここ、料亭じゃないから」

「あの大っきいのは? ブリ? マグロ? トロとか美味しいかな」

「ここ、寿司屋じゃないから」

「カニだよカニ。足長ぁい。茹でたてが美味しいんだよね」

「食用に置いてるんじゃないから」

「エビだ。エビも大っきいのがいるよ。伊勢海老? ロブスター? どっちかな」

「美味そうだな」

「そうだよね。お持ち帰り出来ないかなぁ」

「こら、アポーツなんか使うんじゃない」

 と、こんな感じで、塔子は眼をキラキラさせて、はしゃいでいた。


 そんな時、一人の壮年の男性が、僕等に声をかけた。

「お嬢ちゃん、写真はどうだい。今日はお兄さんと一緒に来てるのかなぁ」

 ふむ、サービスで写真を撮ってるのか。いくらくらいかな?

 僕はこう思っていたが、言われた塔子は、一瞬で怒ってしまった。

「兄妹じゃないわよ。恋人どおしなんだから」

 と、塔子は反論していた。すると、男性は、

「ああ、ゴメン、ゴメン。随分と歳の離れたカップルだね」

 と応えた。それに対しても、塔子は、

「同い年。私、これでも高校生なんだから。子供扱いしないで!」

 と、更に語気を強めたのである。

「ありゃりゃ、そうかい。ゴメン、ゴメン」

 と、男性はかなりバツの悪そうな顔をしていた。

「塔子、それぐらいにしておけよ。折角だから写真撮ってもらおうよ。いつまでもふくれっ面してると、変な顔に写るぞ」

「もう、勇人もイジワルなんだからぁ」

「じゃぁ、やめとくか?」

 僕がそう訊くと、

「折角だから、撮ってもらってあげるわよ。……ちょっと待ってて」

 と、塔子は手鏡を取り出すと、髪の毛を少し整え始めた。

 僕は、男性に、

「すいません。二人のところ、撮って下さい。いくらですか?」

 と訊くと、男性は、

「いやぁ、今回はサービスにしとくよ。お嬢ちゃんに失礼しちゃったからね」

 と、照れながら言った。

「そうですか。すいません。塔子、こっち来いよ。写真撮ってもらえるぞ」

「うん、分かった」

 と、塔子はそう答えると、僕の左側に来て、腕を組んだ。

「二人共仲良しだねぇ。それじゃぁ撮るよ。はい笑ってぇ。……はい、もう一回。オーケイ。綺麗に写ったかな」

 と、男性は腰に括りつけてある小型プリンターの出力ボタンを押した。

 シュルシュルと、音がして、二枚の写真が程なく印刷されて出てきた。男性はそれを手に取ると、僕達に手渡してくれた。

「うわぁ、綺麗に写ってる。ねぇねぇ、勇人。ちゃんと恋人どおしに見えるかな?」

「ああ、見える見える」

「そっかぁ。おじさん、ありがとう」

 そう言って、写真を受け取ると、塔子はそれをポシェットにしまった。


 大水槽を抜けると、壁面が輝いている廊下に出た。なんだろう? 僕等が近づくと、そこはイルカのプールの底だった。

「勇人、勇人、イルカさんだよ。イルカさんイルカさん、お友達、お友達」

 と言いながら、塔子はガラス越しに擦り寄ってくるイルカに手を差し伸べていた。

「そう、そうなの。仲良し仲良し」

 どうもイルカと話をしているようだ。

「塔子、お前、イルカが何言ってんのか分かるのか?」

 僕は不思議になって訊いた。

「メンタリティーも言語仕様も違うから、人間の言葉に翻訳するのは難しいけれどね。感情みたいなモノは伝わるよ」

 そうか。凄いな、テレパシー。イルカと話せるんだ。

 僕はイルカとテレパシーで、楽しそうに話している塔子をニヤニヤと眺めていた。

 と、塔子はそれに気が付くと、我に返って、

「こ、これだって、に、任務の一つなんだから。イルカさんに、不審な人がいないかを訊いてたんだからね」

 と、僕を睨みつけると、そう訂正した。

 塔子もこんな時くらい、任務(笑)を忘れてしまえばいいのに。

 一方、僕は、入口でもらったパンフに眼を通していた。確か、イルカのショーとかがあったはずだが。……ああ、あった。イルカのショーだ。タイムテーブルを見ると、三十分後くらいにショーがあるらしい。

「塔子、この後、イルカのショーがあるらしいぞ。見ていくか?」

 僕がこう尋ねると、塔子は、

「イルカさんがね、この後、『お遊び会』があるって言ってるよ。「見てってね」、だって」

「そうか。なら、いっぱいにならないうちに、席を取っとくか」

「うん、そうだね。イルカさん、バイバイ。見に行くからねぇ」

 と、塔子はガラス面に集まってくるイルカに手を振ると、僕と二人で廊下の先へ進んだ。


 廊下を抜けて地上へ出て、道なりに歩くと、観覧席に囲まれたプールが見えた。何頭かのイルカが、水の中を泳いだり、水面からジャンプしているのが見えた。

「勇人、勇人。あそこだよ。あそこのプール。イルカさん、イルカさん達だ」

「ああ、分かっているから、そんなに引っ張るな。階段になってるから、足下気を付けて」

「分かってる。分かってるわよ」

 そう言いながらも、塔子は駆け足で、観覧席の最前列まで行くと、ド真ん中に座った。

「こっちだよ、こっち。勇人ぉ」

「分かったから、急かすな」

 僕はようやっと塔子に追い付くと、彼女の隣の席に座った。最前列のせいか、イルカがジャンプする度に、水しぶきが降りかかる。

 塔子は、降りかかる水しぶきに、キャイキャイ言いながら、イルカに手を振っていた。

「ねぇ、勇人。イルカさんてジャンプするのが得意なんだよ。高く飛べると嬉しいんだって」

 そうか、イルカとテレパシーで話をするなんて、塔子の超能力は何でも有りだな。

「イルカさんだってね、嫌々ショーをしてる訳じゃないんだよ。こうやって皆の前でジャンプしたり、輪っかをくぐったりしてるのが楽しいんだよ。難しい玉割りだって、成功して皆に拍手をしてもらえるのが嬉しんだよ。だから勇人も、イルカさんがジャンプしたら、手を叩いて褒めてあげて。そうやって、皆が喜んで拍手してくれるのが嬉しいって言ってたよ」

 イルカ達は、自分の芸を人間に披露するのが楽しいらしい。

「勇人、勇人。今度はね、大ジャンプをするんだって。成功したら、褒めてあげてね」

「褒めるって、どうやって?」

「頑張ったねって思いを込めて拍手すればいいの。それだけで、すっごく嬉しくなるんだよ」

「塔子は何でもお見通しだな」

 そうするうちに、長い竹竿に、ボールを付けたものが、会場に運ばれて着た。飼育員の人達はそれをプールの上に掲げた。水面からボールまでの高さは、三メートル、いや五メートルくらいはあるように見えた。

「勇人、いよいよやるよ。頑張って、成功させて」

 塔子は祈るように固唾を飲んでいた。

 果たして、大ジャンプしたイルカは、水面からかなり上に吊るされたボールを見事につついたのだ。観客席から拍手が鳴っていた。僕も、手を叩いていた。

「うん、やったね。偉いよ、偉いよ」

 塔子は、またテレパシーでイルカと話しているようだった。

 そうするうちに、イルカショーは、最後を迎えた。プールの中の全てのイルカが、水上に表れ、立ち泳ぎで、手を振ったのである。

「イルカさん、カッコよかったよ。また今度遊ぼうね」

 そう言って、塔子はいつまでも手を振っていた。


 さて、時間も一時半である。そろそろ腹が減ってきたところだ。

「塔子、食事どうする。館内の売店や簡易食堂で何か食べるか。それとも外のレストランで食べる?」

 塔子は、ちょっと首をかしげて、何かを考えていたようだが、

「やっぱり、お昼は美味しいところがいいね。一旦外に出ようよ」

 と、これが答えだった。

「この辺にファミレスとかあればいいんだけどな。ファーストフードなら、何件かあったようだけど」

 すると、塔子が何かを見つけたらしい。

「勇人ぉ、あそこにイタリアンレストランがあるよ。私、パスタ食べたい」

 僕が塔子の指差す方を眺めると、確かにイタリアンがあった。ちょっと油っこそうだが、取り敢えず行ってみることにしよう。


 そのイタリアンレストランは、チェーン店ではあったが、それなりの作りをしていて、好感が持てた。店員に通されたテーブルは、質素で清潔だった。これは当たりを引いたかな。

「勇人は何食べる?」

「イカスミのパスタとシーザーサラダだな」

「じゃぁ、私はミートソースにしようかしら。それから、ピザもあるみたいだから、頼む?」

「そうだね、マルガリータがいいかな。後ドリンクは?」

「私はオレンジジュース。勇人は紅茶?」

「ああ、アイスティーにしようと思う」

「これで、メニューは決まりね。じゃぁ店員さん呼んでよ」

 僕達はそんな風に、頼むものを決めると、店員さんに、オーダーを告げた。

 しばらくすると、まずドリンクがやって来た。

 味は……、まあまあか。

 もう少し待つと、本命のパスタがやって来た。

 おお、美味そうだな。

「勇人の、イカスミで真っ黒じゃない。そんなの本当に食べれるの?」

 塔子はいぶかしがっているのを、無視して、僕はバスタを口に頬張った。

 うん、美味い。やっぱり、専門店は違うな。僕はパスタを少し食べると、サラダを食べ始めた。「勇人は野菜好きね」

「うん、野菜は好き嫌い無く食べるのが良いんだ。博物学的には、人間は草食動物なんだ。だから、野菜や穀物を摂取する事は、理にかなってるんだ」

「何それ、ホントの話?」

「そうだよ、人間の歯には、肉を切り裂く牙がない代わりに、野菜をすりつぶすための奥歯があるだろう」

「勇人は変なところで物知りね」

 塔子に言われて、僕は本で読んだ雑学をしゃべり始めた。

「逆のケースもあるぞ。パンダだ。パンダの歯って、どう見ても肉食動物のそれなんだけど、不思議な事に主食は笹の葉なんだよなぁ。生存競争を生き残るため、他の動物の食べない物を食べるようになったんだろうな」

「ふぅーん。やっぱり勇人は博学ね」

 塔子に褒められ、僕は少し嬉しくなった。

 そうして、僕はしばらくパスタやサラダをつついていると、塔子がメニューを見ながら、店員に追加オーダーをした。

「この、ナスと旬野菜のパスタをお願いします。あと、ミネストローネを一つ」

 さっき食べていた、ミートソースのパスタはというと、……もう皿は空になっていた。特技の大食いである。一体いつの間に食べ終えていたのだろう。いつもの事であるが、驚愕してしまう。

 追加でオーダーした物が届く間、塔子はピザをちぎって口に詰め込んでいた。ただでさえ脂っこいものを、ここまで連続で口に入れられるとは、恐るべし塔子の【大食い】。

 そして、追加した食べ物が届くと、それをもあっという間に平らげたのである。

「勇人、デザートに何か食べる?」

 こう訊かれて、僕は、

「そうだな、さっぱりして、甘酸っぱいものが欲しいな。じゃぁ、このレモンのジェラードで」

「そう。私はどうしようかな。このジャンボパフェにしよう」

 塔子の選んだ物は、巨大なクリームパフェであった。写真からだけでもその大きさが推察できる。こんなにたくさん食べ切れるのだろうか? まぁ、余ったら、僕が片付けることにしよう。

 僕は店員さんに追加オーダーを告げた。店員は、さすがに、塔子のジャンボパフェには驚いていたものの、塔子のゴリ押しで、渋々オーダーに従った。

 しばらくすると、注文した物が運ばれてきた。レモンのジェラードは、よく冷えていて、舌に心地よかった。一方、塔子のジャンボパフェは、彼女の顔が隠れるくらいの大きさだったが、塔子はそれをものともせず、口にかき込んでいた。

 普通なら「太るぞ」の一言も言ってやりたいくらいだが、塔子の場合は違う。いつも、これくらいは当たり前なのである。しかも、太らないどころか、背も伸びないのである。食事で得たエネルギーは一体どこに貯蔵されるのだろうか? 謎である。

 もうそろそろパフェを食べきろうという時、塔子は、

「やっぱりもう少しパスタとかを頼んだら良かったかしら。料理の中に危険な薬物が混じっているか、確かめたかったんだけど」

 こんな時にも任務か。ご苦労さん。しかし、こんな普通の店で、危険な料理なんて置いてあるはずはなかろうに。

 その時、塔子が一瞬厳しい眼をした。

「どうした? 塔子」

「何かの悪意を感じる」

「ええ、こんなところでか?」

「ちょっと待って。サーチしてみる」

 塔子が眼を瞑って、神経の輪を広げているところだった。今は邪魔をしてはいけない。

「いた! 店内、五時の方向」

 そう言われて、塔子の言う方向を見ると、アルバイらしき女性店員が、四人ほどの男に絡まれていた。

「バイト上がるの何時」

 とか、

「今日一緒にどっか行こうよ」

 とかをねちっこく訊いていた。

「あいつら」

 僕が見かねて立ち上がろうとした時、

「その必要はないわ」

 と、塔子が言うと、急に男達が大人しくなった。

 何だ? 一体何をやった?

「小さなサイコボムをぶつけたわ。廃人にはならないけれど、小学生くらいまでは精神年齢が落ちたわね」

 ふむ、塔子にしては冷静な判断だ。

 だが、あの男達、最初から精神年齢が低そうだったが、結局効果はあったのか?

「やはり、この街で、ダーク・トリニティーの暗躍を感じるわ。食事が終わったら、街を一回りするわよ」

 はあああ、今日のデートは長引きそうだった。夕方には帰れますように。僕はそう、おてんとう様にお願いしたのだった。



      隣町のエスパー


 水族館に行った日の午後、僕と塔子は、隣街に、悪の秘密結社の動きを感知したため、街のパトロールをすることになった。塔子がすると言ったら、てこでも動かない。僕は言われたままに従うしか無かった。

 何ブロックかを渡り歩いたところで、塔子が急に足を止めた。

「どうしたんだ? 塔子」

 僕は立ち止まった理由を塔子に訊いた。

「誰かが助けを呼んでいる。ちょっと静かにして。位置特定してるから」

 僕は塔子が集中している間、傍らで黙ってそれを見ていた。

「見つけた! 勇人、着いて来て」

 そう言うなり、塔子は駆け出した。僕も遅れないように、必死で着いて行った。

 何ブロックか先の門を曲がると、如何にも不良っぽい、男が四人ほど塊っていた。何をしているのだろうと、良く見てみると、彼等の真ん中に中学生と思しき少女が座り込んで半べそをかいていた。

「なに大きな男が、塊って、女の子を虐めてんのよ」

 と、塔子がいきなり、大声で注意した。そのため、男達の意思は、少女から僕等に移った。

「何ほざいてんだ」

「何だと思ったら、小学生のガキか。さっさとあっち行ってろ」

 などと、僕達をからかってきた。

「もう、うっさいわねぇ。勇人、やっちゃいなさい」

 塔子の命令に、

「あ? え? へ? 僕? 僕が戦うの?」

 と、僕は同様した。

「男だろう。行ってこい」

 と、僕は塔子に背中を蹴飛ばされて前に出る格好になった。

 最初の男が眼の前にいる。どうしようかと思った時、僕の右手は、僕の意思に関係なく、拳をその男の顔面にぶつけた。

「やりやがったな、小僧」

 そう言って、殴りかかってきた二人目の拳を、僕はひらりと避けると、足を引っ掛けて転倒させた。どれも僕の意思とは関係なく行われていた。


【サイコマリオネット】

 日本風に言うと傀儡の術である。ターゲットの神経組織の電気パルスを乗っ取って、自分の意のままに操る力である。その動きに、塔子の念を乗せた念力パンチなどの必殺技も出せる。

 自分は傷つかずに人の身体でしたいほうだい出来る、悪魔の能力だ。


 三人目は少し、警戒したようである。ガードの姿勢をしていた。にも関わらず塔子は、僕を前進させた。男はジャブを放ってきた。僕の顔面はボコボコにされたが、それとは何の関係もなく、僕のパンチや蹴りが、男を襲った。少しスキが見えたところをすかさず右ストレートで、その男も轟沈した。

 四人目の男は、僕と距離を取ったが、そんな物は無意味だった。僕は空高く怪鳥のように飛び上がると、男との間合いを瞬時に縮め踵落としを食らわせたのである。

 勝負は着いた。男達は揃って愚痴をたれながら去っていったのである。

『よかった、敵を撃退しぞ』と、格好良くは行かなかった。何故なら、僕の手足も顔面もボロボロだったのである。手加減なしのパンチで拳はダメージを受け、殴られた顔にはアザが出来ていた。

 一方塔子はというと、襲われていた女の子を介抱していた。

「あなた、大丈夫? テレパシーで助けを求めてきたのは、あなたでしょう」

「はい、そうです。助けていただいでありがとうございます。でも、そこの男の方、大変なお怪我をされて。申し訳ありません、私のせいで」

 取り囲まれていた少女は、半べそをかきながらも、僕の心配をしてくれた。

「あなた、テレパシー以外に何が使えるの?」

 塔子が尋問するように訊いた。

「えと、透視が少しと、ヒーリングが使えます」

 少女は、オドオドと応えた。

「じゃあ、勇人の手を診てちょうだい。私は顔の方をするから」

「分かりました」

 と、少女は言うと、僕の手を取った。

「ああ、ひどい。骨にヒビが入ってますわ」

「ああ、やっぱり。手加減なしで殴らせたからね。骨くらい折れるでしょう。繋げられそう?」

「やってみます」

 少女は真剣な顔をすると、僕の両手を握って精神を集中しているようだった。

「さて、じゃ、私は顔を何とかするか。う〜ん、鼻も頬も骨折なんかはしてないようね。打撲と内出血。後は軽い裂傷ね。勇人、ちょっとしびれるけど我慢して」

 と、塔子は僕の顔を両手で包むようにすると、シュウシュウという音がして、痛みが少なくなっていった。

「これでよし。勇人、前よりちょっと男前にしといたから、勝手に身体を使ったことを許してね」

 まぁ、あの場合はしょうが無いだろう。

「私の方も出来ました。どうでしょうか?」

 僕は両手を握ったり開いたりしていた。取り敢えず治ったようだ。

「うん、大丈夫みたいだ。ありがとう」

 僕は襲われていた少女に礼を言った。

「勇人、私は? 私は?」

 少し面倒くさかったが、塔子にもヒーリングで治してもらったんだっけ。

「塔子もありがとうな」

 と言って、治ったばかりの右手で、塔子の頭をポンポンと撫でるように叩いた。

「えへへへ」

 と、塔子は上機嫌になった。

「君は怪我とかしてない?」

 と、僕は少女に訊いた。

 彼女は、立ち上がってくるりと回ると、

「大丈夫みたいです」

 と応えた。

「しかし、隣町にもエスパーがいるとは。正直驚いてるよ」

 すると、少女は、

「あなた方もエスパーなのですか?」

 と訊いた。僕は塔子を指さすと、

「エスパーなのはこいつだけ。僕はただの人。何の能力も持ってないよ」

「そうなんですかぁ」

 と、少女は、眼を白黒させていた。

「そういや、自己紹介が未だだったね。僕は鷲崎勇人。気軽に勇人でいいよ。で、こっちのエスパーの女の子が、四之宮塔子。君は?」

 僕がそう訊くと、少女はちょっと慌てて、

「わ、わ、私は、緑川真琴。中学の三年生です」

 と、応えた。

「そっかぁ、中学生かぁ。僕等は高校二年生。隣町のT高だよ」

「T高ったら、スゴく偏差値の高い高校じゃないですか。私の、受験しようとしているとこです。それじゃぁ、こちらのお嬢さんは、妹さんですか?」

「ち・が・う。私も高校生。勇人のクラスメイトで、生涯を共にするって誓いあった仲よ」

 と、塔子がムキになって訂正すると、真琴ちゃんは、

「あ、ごめんなさい。あんまりちっちゃくて可愛かったから、てっきり……。でも、苗字も違いますからね。すいません、四之宮先輩」

 と、焦って謝った。

「塔子でいいわよ」

「あっ、そうですか。じゃぁ、トーコ先輩。……、トーコ、トーコ?、トウコ! もしかしてあなたは伝説の超人、「トウコ」ですか!」

 塔子は、満更でもないという感じで少しニヤニヤしながら、

「まぁ、そうなるわね」

 と、応えた。

「塔子、凄いな。伝説だってよ。そのうち人間国宝になるんじゃないか」

「そんなのならないわよ」

 と、僕と塔子はバカな話ばかりしていたが、もう一人のエスパーである真琴ちゃんは、目に大きな涙を溜めて、

「ご、ごめんなさい。私知らなくって。ごめんなさい。だから、許して下さい。何でもしますから、殺さないで」

 と、塔子に命乞いをしてきたのである。

「塔子、お前、昔何やったんだ。なんか、悪い意味での伝説になってるらしいぞ」

「ええっ。私、何にも悪いことしてないよ」

「少しもか。ほんの少しもか」

 俺が重ねて訊くと、

「まぁ、少しは見せしめのために、大掛かりなお仕置きをしたことはあるけれど……」

 と、少し口ごもりながら応えた。

「ねぇ、真琴ちゃん。トウコの伝説って、どんな風に伝わってるの? 良ければ訊かせて」

 と、僕は真琴ちゃんに訊いてみた。彼女は、塔子の方を時々チラチラと見ながら、おっかなびっくりに話し始めた。

「私が聞いてる「トウコ」の伝説は、地球をも破壊できる超強力なエスパーで、一度怒らせたら地の果てまでも追ってきて、五体をバラバラにちぎって、その血をすするような怪物と聞いてます。そして、トウコに遭遇したら、見つからないように隠れろ。もし、見つかったら、力を振り絞って逃げるように、と聞いてます。私は、母方の祖父がエスパーだったので、色々な事を教わりました。それで、私がエスパーである事も祖父が両親の記憶から抹消してくれました。おかげで、両親や親しい人達の中でも、私は疎んじられずに済みました。私のような弱い力しか持っていない超能力者が社会で無事に行きていくための方法も祖父に教わりました」

 僕は、それを聞いて、当たらずとも遠からじの印象を受けた。

 一方の塔子は、大激怒である。

「一体誰がそんなひどい噂を振り撒いているのよ。本当の私は、悪の秘密結社ダーク・トリニティーと、人類の平和を守るために日々戦う、正義の超能力少女よ。よく覚えておいて!」

 ああ、塔子様は、ご立腹の様でございますね。

 一方の緑川真琴は、「ごめんなさい」を連発していた。

「でも、何故、塔子先輩は、こんな街まで来て、何をしようとしてたんですか?」

「何言ってんのよ、真琴。私は本来正義の味方。悪の組織ダーク・トリニティーのアジトを探し出し殲滅するのが、その目的よ」

「は、はぁ……、ダーク・トリニティーですかぁ」

 真琴ちゃんは塔子の「設定」に、半ばついて行けないようだった。

「真琴は。攻撃技を持っていないようだけれど、今まではどうやって自分を守ってきたの」

 と、塔子が改めて訊いたのに対し、次のように応えた。

「いつもはテレパシーで、人の悪意や自分への脅威を感じ取って、近づかないように注意してたんです。今日は、道の門のところで、靴紐が解けたので、結び直してた時に、あの人達に偶然鉢合わせしたんです。どうも、ミニスカートでしゃがんでたので、足が出てて、……それが彼らに扇情的と映ったようです」

 そうか。いくら気を付けておいても、鉢合わせとか、不可抗力とかあるよなぁ。

「塔子、派手でなくていいから、真琴ちゃんに護身用の超能力くらい教えてあげられないのか?」

 僕はダメ元で、塔子に訊いてみた。

 塔子は少し考えると、

「そうねぇ。そう言えば、真琴はテレパシー使えるんだよね」

「はい」

「なら、マインドコントロールを覚えなさい。まぁ、テレパシーの応用だから、すぐに覚えられるわよ」

「そんなもの、私に出来るでしょうか……」

「大丈夫よ。テレパシーで、相手の一次記憶を捕まえて、改ざんするの。もっと簡単に消去しちゃってもいいわ。とにかく敵に自分の存在を忘れさせればいいのよ。その間に逃げるのよ」

「ああ、なる程。さすが塔子先輩ですね。でもどうして、こんなに私に親切なんですか。噂では孤高のエスパーって聞いてたのに」

 緑川真琴は、不思議そうに塔子に聞いた。

「それはね真琴、あなたに仲間になって欲しかったから。一緒にこの街の悪の組織を倒してもらいたいからなの」

「仲間、ですか?」

「そう。相手は世界中にアジトを持つ悪の秘密結社なの。さすがに、未だ高校生の身分じゃ、退治しに行こうにも、いけない時もあるし。そもそも、どこでどんな風にダーク・トリニティーが暗躍しているか、私一人では把握できないの。だから、真琴には、この街の支部長になって欲しいの」

 いきなり大きな事を言われて、真琴ちゃんは少し、ビビったようだ。

「大丈夫よ。何かの悪意を感じたらテレパシーでも、メールででも知らせてくれればいいわ。すぐに飛んでくるから」

「塔子先輩は瞬間移動も使えるんですね」

「その通りよ。だからあなたは深追いしなくていいのよ。危ないところは私と勇人でやるから」

「わ、分かりました。私には微々たる力しかありませんが協力させて下さい」

 と、真琴ちゃんは、目を輝かせて、応えた。

「やったー、仲間が増えたぞぉ」

「この街に、拠点が出来たので。これで私達の使命も果たせるようになるわ。真琴、期待してるわよ」

「あそうだ、真琴ちゃん、携帯持ってる?」

 と、僕が訊くと、真琴ちゃんはカバンの中から携帯電話を取り出した。

「こんなのですが、大丈夫でしょうか?」

 僕は、真琴ちゃんの出した携帯を見て、

「うん。赤外線も付いてるようだし、今のうちに、携番とメアドを交換しとこうと思うんだけどいいかな?」

 と、訊くと、

「あ、ああと、喜んで」

 と、真琴ちゃんは応えた。

「じゃぁ、ついでに私もいいかな?」

 と、塔子も便乗してきた。

「構いませんよ。私、この能力のせいもあって、あんまり友達もいないんです。先輩達から、携番交換してもらえるなんて光栄です」

 そうして、僕等は、それぞれ携帯番号とメールアドレスを交換したのだった。


「そうだ、三時には少し早いけれど、どっかでお茶でもしない。こういった沈んだ時は、お茶と甘いものがいいんだよ」

 塔子のこの一声で、僕達三人は、手近のカフェに行く事になった。

「ここです、ここ。ここの紅茶が超美味しいんですよ。勇人先輩も塔子先輩も来て下さい」

 店のチョイスは、地元と言う事で、真琴ちゃんに任せることにした。落ちついてて、感じの良さそうな店だ。俺達は、並んで、店に入った。

 店員に導かれて、席に座ると、それぞれにメニューを眺めだした。

 店員がやってくると、口々にオーダーを述べていった。

「僕は、アイスティーお願いします」

「私は、このケーキセットで」

「お飲み物はいかがされます」

「ダージリンでお願いします」

 次は塔子の番だ。

「え〜と、じゃあ私は、この、ビックリパフェで」

 一瞬、店員の顔がこわばる。

「えーと、ビックリパフェですと、かなりの量になりますが、食べ切れますか」

「ノープロブレム。全部いただくわ」

「分かりました。アイスティーが一つ、ケーキセットがお飲み物ダージリンでお一つ。それからビックリパフェがお一つで宜しいですね。では、しばらくお待ち下さい」

 ここでも、塔子得意の大食いが発揮された。目の前の真琴も驚いていた。

「この店のビックリパフェって、超特大なのが売りなんです。頼んでも、数人の友達で食べ合うもので、一人じゃ到底食べきれませんが」

「いいんだよ、真琴ちゃん。塔子の食事量と言ったら、超能力みたいなもんだからね」

「ですが」

「まぁ、黙ってみておいで」

 僕はそう言うと、テーブルの水を一口含んだ。マズイ。水道水をそのまま持ってきてやがる。仕方なく僕は、腕を組むと、椅子にふんぞり返った。すると塔子が、眼をキラキラさせて、緑川真琴に食いついてきた。

「ねえねえ、真琴、この街の子? お家どのへんなの?」

 訊かれた方の真琴ちゃんは、少しどもりながら、おっかなびっくり答えていた。

「えと、私はこの街の生まれです。駅前から伸びる商店街の先に分譲住宅があって、そこで暮らしています」

「ふむふむ。で、真琴の見た限りでいいんだけれど、この街の治安はどぉ? さっきみたいな乱暴な人とか増えた?」

「確かに、水族館が出来てからこっち、色々な人が外から入ってきますんで、治安は、正直言って悪くなっています。私は、悪意ある人と会わないように、テレパシーを使ってますんで、さっきのが初めての被害です。でも、道を歩いてても、被害を受けているのはよく見ます。でも、私、大した能力も無いので、見てみぬふりをして、通り過ぎるしか無かったんです……」

 そこまで話して、緑川真琴は泣き出してしまった。

 たぶん、今まで助けたかったのにそれを見過ごした事に、自分が罪悪感を感じたんだろう。

「それは、真琴ちゃんのせいじゃないよ。普通の人は、そんな怖いところへは、なかなか飛び込んでいけないんだよ」

「そうでしょうか? 私にも塔子先輩くらいの力があったら、困らない人がいたんだと思うと、悔しくて、自分が情けなくって。……うっ、ひっく」

「真琴、この辺りで、そういった悪さをするような人達の集まる場所ってなあい? この際だから一気に本丸を潰しちゃおうと思って」

「それって、かえって危険じゃないか? 上で締めてる奴がいるから、まがりなりにも無法地帯になってないんであって、上がいなくなったら、下っ端がどう動くかなんてわかんないぞ」

「組織と繋がってないチンピラなんて、烏合の衆よ。見つけた時に、ぶっ潰せばいいのよ」

 ああ、だんだん塔子の考えが、乱暴になってゆく。これは、僕が舵取りを何とかしないと。

 とか、話しているうちに、注文した物が届いた。中でも眼を引いたのが、例のビックリパフェであった。さっきのパスタ屋のそれよりもふた周りは大きかった。塔子は、やって来た特大のパフェに眼をキラキラさせながら、スプーンを突き刺しては、クリームを救って口に運んでいた。

「上を潰して組織的な動きを出来なくするって事は、組織として流通している物が滞るということよ。例えば、ドラッグとかシンナーとか。持ってるかは知らないけど、銃器類もそうね」

「ドラッグとか、公共の場で、物騒な事言うなよ」

 僕は一応塔子に釘を刺した。

「そこまでやってるかは分かりませんが、街の中に、何箇所か拠点があるみたいです。そして、それぞれ違うチームが、集まっているようです」

 と、緑川真琴がだいたいの街の現状を教えてくれた。

「じゃぁ、今日は手始めに、一番目立たないところをぶっ潰そうか」

 と、塔子は半分くらいになったパフェを突っつきながら、事も無げに言った。

「潰すって、またいつものようにか。今日は真琴ちゃんもいるんだぞ。そんな危なっかしい事が出来るか」

 俺は、できる限りの反抗はしたが、

「だめよ、勇人。これはもう決定事項だから」

 と、有無を言わさず、討伐が決定してしまった。

「さて、腹も膨らんだし、真琴、その奴らの拠点ってところへ連れてって。もう、大きかろうが小さかろうがどっちでもいいわよ。どうせ、腹ごなしなんだから」

 と、塔子は空になったパフェの容器にスプーンを投げ入れると、平然といった。

 あれ、こいつ、いつ食ったんだ。もう、空っぽだぞ。向かいに座っていた真琴も眼を白黒させていた。

「あんなにあったのに、もう食べちゃったんですか?」

「ああ、まぁまぁ美味しかったわよ。真琴も今度頼んでみる?」

「い、いえ、結構です……」

 と、緑川真琴はそういうと、まだ残っていたケーキを慌ててかき込んだ。僕も、アイスティーの残りを一気飲みした。

「ここは私が払っとくわ。仕事の前払いね」

 と、塔子はウキウキしながら、会計を済ますと、店を出た。

「それじゃぁ、真琴、道案内お願いね。勇人、真琴が危なくなりそうだったら、ちゃんと守るのよ」

「それぐらい分かってるよ。ゴメンね、真琴ちゃん。変なことに巻き込んじゃって」

「いえ、いいんです。この力も、ただ逃げ回るために使う力じゃないはずです。私の能力は、きっとこの時のためのモノだったんだと思います。だ、だから、大丈夫です、勇人先輩」

 と、真琴ちゃんは僕の眼を真剣な眼差しで見つめると、そう言った。

 ああ、年下の女の子っていいなぁ。年上への尊敬や信頼とかがあって。彼女、胸も大きそうだし。僕は、今まで暗黒だった僕の人生に、一筋の光が射したような気がした。

「ああ、そうそう勇人。守れとは言ったけど、入れあげろとまでは言ってないからね。気を付けとくように」

 うっ、塔子にはすっかりバレてる。愛人くらいは許すって言ったのに。くそっ。


 しばらくして、僕達三人は店をでて、緑川真琴の言う不良のたまり場──もとい、ダーク・トリニティーのアジトに案内してもらっていた。

「なる程、段々悪意の波動が強まってるわね。真琴の言った通りのようだわ」

 真琴ちゃんは、道の前方を指さすと、

「あそこの地下の、元バーだったところを拠点にしてあるグループがあるんです」

「ふむ。どれどれ〜え。……男ばっかり、十人てとこかしらねぇ。タバコかドラッグを吹かしてるわねぇ。むわぁ、こっちまで臭ってきそう。真琴はこれ付けて」

 と言って塔子から真琴ちゃんに手渡された物は、使い捨てのマスクだった。

「すっごく煙そうだし、顔を見られなくて済むしね」

 真琴ちゃんはそれを受け取ると、

「塔子先輩は凄いです。千里眼も出来るんですね」

「まぁ、それほどでも。あと、透視とかサイコメとリーとかも使えるけどね」

「凄いです、塔子先輩」

 緑川真琴は、超能力のデパートである塔子に、少なからず憧れを抱いたようだ。それに反比例するように、僕への評価が下がっていくように見えた。

「そんじゃぁ、ぶっとばすぞぉ」

「おー」

 と言う事で、僕等は組織の溜まり場へと乗り込んだのだった。


 彼等のアジトは、タバコか何かの煙で曇っていて、一見、誰がどこにいるのだか、分からなくなっていた。その中へ塔子は躊躇せず入り込んでいった。

「おーい、何だよ。ここは小学生の来るとこじゃないぞー。おにーさん達にイタズラされないうちに、お家へ帰ったほうがいいぞぉ」

「イタズラって、こんなガキにかぁ」

「だってさぁ、保坂とかいるじゃん。あいつロリコンだじぇ」

「マジか。そっりゃぁ、あぶねーわな。悪いこと言わんから、お帰りぃ」

 こう、口汚く罵られても、塔子はまだ冷静だった。

「ここのボスはどこ?」

 と、冷たい声で訊いたのである。

「ボスかぁ。俺がボスだよ、俺、俺」

「なぁにかっこつけてるんだよ、ボスは俺だろうが」

「嘘つけ、おーれが、ぼすだよぉ」

 塔子は、このふざけた対応に頭に来たらしい。

「野蛮な原人には話が通じないようね。それじゃあ、しょうがないわね」

 と、塔子はそう言うと、左手を開いて、胸の高さで上向けに晒した。すると、塔子の手のひらの上に真っ黒い小さな球体のようなものが出来ると、回りの煙を吸い込み始めたのである。


【ミニブラックホール】

 これは、塔子の超能力の中では、極端に危険な能力である。テレポートでひねった空間を念で固定する事で、超小型のブラックホールを発生させるのだ。その重力は凄まじく、近傍のあらゆるものを無差別に吸収するのである。

 ちなみに吸収されたものがどこに飛んでいくのかは、僕は知らない。たぶん塔子も分かっていないと思う。


 今、塔子は、そんな危険な物体を生成させてしまった。

 今では、煙だけでなくテーブルのチラシなどの軽いものが、一斉にツブレて飲み込まれていた。

 椅子やテーブルも、カタカタと音をたてて、吸い込まれようとしている。勿論人間もだ。

 幸いなことに、僕や真琴ちゃんは、塔子のサイコバリアで守られているので、なんとも無い。

 しばらくして、室内のほとんどの物がブラックホールに吸収されるのを見届ける、塔子は左手を握って、ニッと、邪悪な笑みをみせた。

「さぁて、このブラックホールの吸収力でも生き残っているあなた。あなたがここのボスね」

 と指摘された男は、ソファに寝そべって、耳の穴をほじくっていた。

「お嬢ちゃん、いきなりやってきて、オレチンの大事な友達を、あっという間に消しちゃうなんて、ちょっとヒドイんじゃなぁーい」

 ソファの男が応えた。

「ここに蔓延していた煙。タバコのだけじゃないわね。旧ナチスで、開発が噂されていた、「戦闘薬」ね。怒りなどを増長し、痛みや疲労を麻痺させる、戦闘用麻薬だわ」

 すると男は、両手をパチパチと叩いて絶賛した。

「お嬢ちゃん、スゴイねぇ。何でもお見通しなんだぁ。じゃぁ、オレチンのことも?」

「当たり前でしょ。ブラックホールの奔流の前で、微動だにしなかったなんて、普通の人間じゃないわ。あなたもエスパーね」

「あったりぃ。良く出来ました。んで、オレチンはこれからどうなるのかな?」

「まぁ、あなたのような社会のゴミは、取り敢えず地上から消えてもらいましょう」

 と、塔子が言うと、彼女の回りで圧搾空気の弾丸が発生し始めた。エリアルビュレットである。それは、塔子の意思で、男を四方八方から狙い撃ちしたのだ。

 しかし、男は平然としていた。

「エリアルビュレットとか、ブラックホールとか、お嬢ちゃんには危ないオモチャだ。気を付けないと、そのうち自分が飲み込まれるよぉ」

「私の読み間違いね。この男、かなりランクの高いエスパーだわ」

「せーかぁーい。お兄さんはねぇ、つよーいエスパーなの。だからぁー、お怪我をしないうちにぃー、お家へ帰ってくだちゃい。わかりましたかぁー」

 と、いつまでも子供扱いする男に、とうとう塔子が切れてしまった。

「甘い顔してれば、いい気になりやがって。じゃぁ、これはどぉ」

 と、言うなり、塔子は頭上に両腕を挙げると、掌の間でプラズマの火花が輝き始めた。光の剣である。塔子はそれを、無造作に、男に向け投擲しようとした。

「え? あれ? それって、サイコスピアじゃん。そんなんぶつけるなんて、反則、反則だよう。ゴメン、悪かった、許して」

 と、男は床に土下座をすると、急に卑屈になって命乞いを始めた。

 へんなとこで、ゆるいなぁ。この兄ちゃん。

「騙されないわよ。そうやって謝るふりをして、麻痺フィールドを形成してるでしょう。ホントに一瞬も目が離せないわね」


【麻痺フィールド】

 これは、人体の中枢部を刺激する電波やプラズマ波動を浴びせることで、生体活動を一時的に麻痺させ気絶させるような檻の事である。この中では、高いランクの超能力者でも、動けなくなるらしい。


「あんたは、今ここで分子に還ればいいわ」

 塔子はそう言うと、サイコスピアを、男に投擲したのである。

 眩い光が瞬くと、ソファの前に男が立っているのが見えた。

「ほう、やるわね。それも薬のおかげ?」

「そ、それもあるかなぁ」

 男は、サイコスピアを、とっさに部分的に作り出したサイコバリアで受け止めていた。

 さっきよりも蒼い顔をしている。脂汗が、頬から顎を伝って滴り落ちているのが分かる。それほど男には、危機が迫ってるのだろう。塔子の能力を甘く見たつけを今ここで払わされているのである。

「かなり、ねばるわねぇ。じゃぁ、これならどぉ」

 と、塔子は更に二本目のサイコスピアを作り出したのである。

「あっ、それダメ。もうよして。お兄さん、さっきの謝るからぁ。許してくんない。ちょ、助けて」

「問答無用」

 と、塔子はそれだけを死刑執行人のように呟くと、これまでにないくらい邪悪な笑みを浮かべて、光の剣の二本目を男に投擲した。

 案の定、男は、日本の光の剣を受け止めきれずに、焼け崩れたのだ。

「ふん、散々偉そうな事を言った罰よ。さて、これでダーク・トリニティーのアジトを一つ殲滅。やったね」

 と、塔子はそう言うと、右手の親指を立てた。そして、仕方なく僕達も、震えながら親指を立てて、応じたのだった。

「あっ、そのう、塔子先輩。ここにいた人達って、皆、どうなったんですか?」

 真琴ちゃんが、恐る恐る、塔子に訊いた。僕も気になってはいたが、大体の結末は想像できたので、斜め上を見て、気にしない振りをしていた。

 そんな中で、塔子は事も無げに応えたのである。

「皆、時空の彼方に飛ばしちゃったわよ。最後のお兄さんは、灰になっちゃったし。これで、悪の芽を摘み取れたから、大成功ね」

「って事は、まさか、死んじゃったとか」

「うん、死んじゃったよ」

 緑川真琴は、しばらく呆けた顔をしていたが、急に我に返ると、

「死んだ? 死んだって、死んじゃったんですか!」

 と、顔を蒼くして、叫んだ。それに対して、

「そうだよ、真琴。これで、虐められる確率がちょっと減ったよ」

 塔子は、そう言って、ブイサインをしたのである。

「死んだ、死んだ……、死んじゃった。わ、私が、案内なんてしたから、ここの人達が死んじゃったんだ」

 緑川真琴は、あれだけいた男が、一瞬のうちに消え去った事に、死んでしまった事に恐怖していた。

「勇人先輩は分かってるんですか? 死んだんですよ。不良みたいな事をしてただけなのに、殺されたんですよ。何にも感じないんですか!」

 僕はそう訊かれて、

「う〜ん、マズイとは思うけど。どうせ社会のゴミなんだから、いなくなっても良いんじゃないかな。ボスがエスパーだったって事は、何らかの組織の下部組織じゃないのかな。そんな、危ない組織を教えてくれた真琴ちゃんには感謝だよ」

 と、応えた。すると、真琴ちゃんは、

「それって、変ですよ。死んだんですよ。どうしたらこんな不条理に、無関心でいられるんですか?」

 と、震えながら言った。

「真琴、彼等は、悪の秘密結社ダーク・トリニティーの手先なのよ。ここを拠点にして、街に薬をバラ撒こうとしてたのよ。それを防ぐことが出来たのだから、真琴も影の功労者ね。立派だったわよ」

 塔子や僕がなだめようとしたが、真琴ちゃんは死者が出た事にショックを受けていた。

 それで、塔子は仕方なくマインドコントロールで、ここ十数分の記憶を改ざんして、家に帰したのだ。


 これが、今日の顛末だ。そう、隣町に行ってさえ、僕の日常は塔子に取り込まれているのだ。しかも、いつの間にか、人が死ぬのに何も感じなくなってしまっていたのだ。

 不幸だ。やっぱり僕の生涯は不幸だ。

 僕は首をうなだれながら、とてつもなく良い顔をしている塔子と腕を組んで帰ったのだった。



      緑川真琴


 今日僕達は、先日知り合いになった、緑川真琴と言うエスパーに会いに行くところだった。

 彼女は、精神感応系のエスパーである。塔子ほどでは無いが、強力なテレパシーと透視能力を持っている。先日は、彼女の能力で薬の売買をしようとしていた不良達を見つけ出し、塔子の力によって彼等はブラックホールの彼方に葬り去られたのである。

 真琴ちゃんは死者が出たというショックで、狂乱状態になりそうになった。それで、一時的に記憶を消去したのだが、これは問題の根が深そうである。


 取り敢えず、俺達はテレポートで駅前近くに移動すると、塔子はテレパシーで緑川真琴に連絡を取っていた。

《真琴、聞こえる。今どこ?》

《あ、塔子先輩ですか。今、駅前に向かっているところです》

《じゃぁ、そこで待ってて。こちらから行くから》

《はい。分かりました》

「勇人、真琴の場所が分かったわ。今すぐ行くよ」

「了解」

 と、僕が言い終わる前に、目の前の景色が変わっていた。お馴染みのテレポートである。

「は〜い、真琴。元気だった。寂しくなかった?」

「ふぅ。あっ、真琴ちゃん、具合大丈夫か? この前テレパシーの使い過ぎで引っくり返ったからなぁ」

 前回の戦闘で、あまりにもあっさり死人が大量発生してしまったため、真琴ちゃんはパニックになった。そのため、その間の記憶を改ざんして、僕と塔子は口裏を合わせて、真琴ちゃんはテレパシーの使い過ぎで倒れていたと言う事にしたのだ。

「塔子先輩、勇人先輩、お久しぶりです。その節はありがとうございました。塔子先輩がマインドコントロールを教えてくれたので、危ない目に会うことも無くなりました。ありがとうございます」

 真琴ちゃんは、塔子の事を超能力者として、尊敬し憧れるようになった。そのため、塔子先輩のためとか言って、隣町の不良達の情報を提供してくれるようになった。それで、僕達は、『出張任務』と称して、隣の街へ来ることが最近比較的多くなったのだ。

「しっかし、エスパーって、僕が思っている以上に生息してるんだな」

「勇人、野生動物みたいに言わないで」

「でもさぁ、塔子に、真琴ちゃんだろう。うちの街の不良の中にもいたし、この前潰したこの街のグループのボスもエスパーだったじゃないか」

「やはりこれは、ダーク・トリニティーが、組織の基礎堅めをするために、下位幹部のエスパーを要所要所に配備し始めたからだと思うの。この街には、未だ数カ所のアジトがあるそうじゃない。そこにもエスパーがいる確率は高いわ」

 塔子は、珍しく渋い顔をして言った。

「そうですね。でも、残念ながら、私の力では、ダーク・トリニティーを殲滅できないんです。本当はお忙しい塔子先輩をお呼びするのは、申し訳ないのですが。ここは塔子先輩にお願いするしか無いので」

「真琴ちゃんもそんな暗い顔しないで。君のお陰で、この街の不良達の巣窟が分かるんだから」

「そうそう、後は、私と勇人の実行部隊に任せればいいのよ」

 僕達にそう言われて、真琴ちゃんも少し元気が出たようだ。しかし、真琴ちゃんも塔子の設定通りにダーク・トリニティーの事を信じてしまった。結局、中二病患者が一人増えてしまうことになった。

「でわ、今日の出入りはどこかな?」

「塔子、出入りなんてヤクザのケンカみたいじゃないか。僕達って正義の味方だろう」

「そうよね、……じゃぁ、本日の殲滅作戦の目標は何処」

 何か急に言い方が軍隊じみてきたな。この間貸した、第二次大戦の戦史ものの小説に影響を受けたのか?

 あっと、それよりも、今日の目標だ。

「えーと、今日の目標なんですが、ここを少し行った所に寂れた商店街があるんですが、その中の空きビルに、どうも潜伏しているようなんです。通るたんびに、もの凄い悪の波動が伝わってきます。今、思い出しただけで、身震いしそうです」

「そう、でかしたわよ、真琴。じゃぁ、勇人、今日もちゃっちゃとやってしまいますか」

「やっちゃいますかね」

 と言う事で、僕等三人は、商店街の中を歩いて行った。かつてはここも、駅前の要所として潤っていたんだろうな。車社会になって、このような商店街は今は寂れつつある。

 そんな中でも、より荒廃が進んだような空き店舗が見えた。

「あそこです」

 真琴が指をさした。

「確かにそのようね。もの凄い悪意が伝わってくるわ。後、嫌な匂いも」

「ええ、多分ドラッグだと思います」

「この街の不良共の間でだけ流通してる分にはいいんだけど。これが、一般の学生や会社員に回ってきたら、手のうちようが無くなるわ。ここは、私と勇人で片付けるから、真琴はその辺に隠れて見張ってて。何かあったら、テレパシーを送って。すぐに行くから」

「分かりました、塔子先輩。勇人先輩もご無事で」

「ありがとう、真琴ちゃん」


 さて、戦闘準備だ。僕は背負っていたザックの中からヘルメットを取り出すと、それを頭にかぶった。そして、鉄パイプを改造したスタンスティックを手に持った。部屋の隅をカサカサ蠢くゴキちゃんも、一発でノックダウンの超強化版だ。

「じゃ、行くわよ」

 と、塔子が僕の肩に触れると、回りの景色が変わった。店の中にレテポートしたらしい。

「真琴ちゃん、一人で置いてきたけど、大丈夫かなぁ」

「あれで、あの子もエスパーよ。勇人よりもよっぽどちゃんとしてるわ」

 ありゃりゃ、言われてしまった。僕もまぁ、真琴ちゃんくらいは守れる程度には強くなりたいものである。

「勇人、皆二階にいるようね。人数は六人程。この匂いじゃ、”葉っぱ”祭りのようね」

 塔子の言に、僕は思わず鼻をつまんでしまった。

「じゃ、乗り込むわよ」

 塔子のこの一言で、僕等は、煙たい部屋に移動していた。

「うぉぉい、何だ? お前たちも、吸うか。気持ちよくなるぞ。うひひひひ」

 ドラッグを吹かしていた男の一人が、そう言った。

「こいつらもう末期だな。病院に放り込んでも元に戻らないぞ」

「そんなの分かりきってるじゃない。それじゃぁ、お掃除、お掃除」

 と、塔子は、前にも使ったミニブラックホールで煙も葉っぱも、人間ごと一切合財を吸い込んでしまった。

「本当に何にも無くなっちゃったなぁ。これでお終い?」

「そう、お終い」

「今日は、エスパーも大ボスいなかったね」

「ここは、ちょっと外れだったみたいね」

 塔子もあっけなく終わってしまったので、呆けた顔をしている。

「じゃぁ、返ろうか。真琴ちゃんに心配かけちゃうから」

「そうね。じゃぁ、勇人、つかまって」

「オーケイ」

 すぐに景色は変わった。ここは、商店街の真ん中である。テレポートで瞬間移動してきたのだ。

「塔子先輩、勇人先輩、ご無事で何よりです」

 すぐに、真琴ちゃんが気がついて、駆け寄ってきた。

「真琴ちゃんの方は何か変なことあった?」

 僕は念のため、訊いてみた。

「こっちは問題無しです」

「私達の方も終わったわ。これで、あの部屋で葉っぱを吸う人もいなくなるでしょう」

「塔子先輩も、お疲れ様でした。私の方は、今、葉っぱやドラッグの流通ルートを探っているところです。もうすぐ、流通元がわかりそうなんです」

 と、真琴ちゃんは目を輝かせて塔子に報告していた。

「でも、真琴ちゃん。君は塔子みたいに、強力な攻撃技とか持ってないんだから、無理しちゃダメだよ。危なくなりそうだったら、すぐに知らせて逃げるんだよ」

 僕は、真琴ちゃんに、そう言った。真琴ちゃんは未だ中三なんだから、そんなに危ない目に会わす訳にはいかない。いや、二十歳過ぎても任せられるものじゃぁ無いが……。

 そんな僕の胸中をテレパシーで察したのか、真琴ちゃんは、

「もう、勇人先輩は心配性ですね。大丈夫です。私だってエスパーなんですから。そう言う、勇人先輩こそ、ご自分の事を心配して下さい。先輩には何の能力も無いんですから」

 胸を張ってそう言う真琴ちゃんを、僕はボーっと見ていた。


(やっぱり、真琴ちゃんは可愛いなぁ。胸だって塔子より大きそうだし。真琴ちゃんが彼女だったら、僕も嬉しいんだけどなぁ)


 などと、叶いもしない夢を思っていた。

 と、突然塔子が、

「勇人のアホンだらぁ!」

 と言って、ゲンコで僕の頭をてっぺんから殴りつけた。念力も少し混じっていたかも知れない。それくらいに、痛かった。

「いっつ、痛ぇぇぇぇぇ。何するんだよ塔子」

 すると、塔子は真っ赤になって、怒りを顕にしていた。

「いくら真琴が可愛いからって、真琴で欲情するんじゃないっ!」

 と言って、塔子は僕の股間を指さした。真琴ちゃんも、

「欲情って、勇人先輩、……き、きゃぁぁぁぁ。勇人先輩のエッチ!」

 と、叫んで手で顔を覆ったのである。

 塔子は真琴ちゃんの側に寄り添うと、

「真琴、あれが男の本性よ。あれで私達の大事なものを奪ってしまうのよ。気を付けるのよ、真琴」

「はい、塔子先輩。で、でも、わ、私、男の人のアレを、始終透視してる事なんて、恥ずかしくて出来ません。どうしたらいいんでしょう」

 と、二人で庇いあったのだ。

「二人して僕の事を色欲魔神のように言うな! てか、女の子が男の股間なんて一々チェックなんかするなよ。はしたない」

 僕はそう反論した。しかし、塔子は、

「口では何とも言えるけど、勃ってるのは隠せないじゃない。この間の、緑川の事と言い、勇人はホント心が安定してないんだから」

 と、叱咤してきた。

「普通に服着てる分には、誰にも気が付かれないよ。一々男の股間を透視してるのは、お前くらいだよ、塔子」

 と、僕は負けずに反論した。

「いくら真琴が初心だからって、てごめにしようと思うなんて、勇人の卑劣」

 と、言い返された。

「そんな事、思ってねぇよ。てか、お前、『心の広い女』じゃ無かったのかよ。自分より真琴ちゃんの方が成長してるからって、僕に当て付けんなよな」

 と、今回は少しゴネてみた。後輩の前でまで赤っ恥かかされっぱなしじゃ、納得がいかない。

「ゆ、勇人ぉ……」

 塔子は、涙で潤んだ目を僕に向けて、こううめいた。

「勇人の、バカァ。おたんこなす。色情凶!」

 あ、や、ヤバイかな。怒らせすぎた。超能力を持たない僕にも、一瞬自分の未来が予知できたように思えた。

「ギィヤァァァァァ」

 案の定、僕は塔子の電撃で焼かれてしまった。


 不幸だ。何て不幸なんだ。可愛い後輩が出来たと思っても、僕の毎日は不幸の連鎖で続いているのか? 誰か助けてくれ。塔子以外なら、神、いや例え悪魔だったとしても、その力で助けて欲しい。ああ、でも彼等でも塔子には敵わないかも知れないな。

 ホント、誰でもいいから、助けて……。



      秘密結社ダーク・トリニティー


 今日もしんどい一日だった。今日、僕と塔子は、町外れの河原で野犬を一匹始末した。

 彼女は、野犬を「ケルベロスの眷族」と称して、サイコキネシスでさんざんなぶりものにしたあげく、念力パンチで粉々にしたのだ。お陰で、僕等は返り血で、血みどろだった。

 僕が無精っ面をしていると、塔子は少し不満げに、こう言った。

「これくらい、私の力で、綺麗に出来るんだから」

 と、彼女は事も無げに言うと、分子分解で返り血だけを分解して綺麗にしてくれた。しかし、返り血を浴びたという記憶だけはどうしようもない。早く帰って身体を洗いたかった。

 すると、塔子が、

「勇人、何か返り血が気持ち悪い。今日、帰ったら、頭と背中洗ってよ」

 え? それって、一緒に風呂入れって事か?

「もしかして、お風呂一緒に?」

 僕は思わず、塔子に聞き返していた。

「当然でしょ。勇人の頭と背中は、私が洗ってあげるから、おあいこよね」

「年頃の男女が、一緒にお風呂って、ヤバくないか?」

「大丈夫よ、勇人。あなたを襲ったりしないから」

 そうか、いいのか……。そうだよな、僕が塔子を襲ったりしたら、何をされるか分かったもんじゃない。さすがに殺されはしないだろうが、マインドコントロールされたり、局部をもがれるかも知れない。危険な目に会うのは、彼女じゃなくて僕の方だった。僕が塔子から開放されるのは、一生かかっても無理かも知れない。

「じゃあ、帰ろうか、勇人」

 と、塔子は言うと、僕の左腕に自分の手を絡めてきた。何か凄く嬉しそうな顔をしている。こんな時くらい、テレポートを使えば良いのに、彼女は僕と二人で歩く事を選択した。今も、満面の笑顔で、僕と歩いている。

 ケルベロスの眷族を始末できて、そんなに嬉しかったのか。僕は塔子の設定にどんどん巻き込まれて行くようで怖かった。

「何? 勇人、怖かったの。そりゃぁそうでしょぅ。何せ地獄の番犬、ケルベロスの血につながる怪物だったものね。私じゃなけりゃ、食い殺されていたかも知れないわね。ダーク・トリニティーも、あんな怪物を飼ってたなんて、油断できないわ。今度から人間やエスパーだけじゃなくて、魔獣にも気を配らないとならないわね。真琴にも言っておかなくっちゃ」

 と、彼女は言った。

 そうやって二十分ほど歩いて、僕達は自宅に到着した。

「勇人、家よってきなさい。頭、洗わなくっちゃね」

 と、彼女は自宅に帰ろうとした僕を呼び止めた。

 そっかぁ、確かそういう約束してたよなぁ。もし、ここで断ったら何をされるか分かったもんじゃない。僕は渋々塔子の後について門をくぐった。

 バスルームの前まで来ると、塔子は、

「私、先入るから、勇人はここで待っててね。準備できたら呼ぶから」

 彼女はそう言って、先に脱衣所に入って行った。

 暫くすると、バスルームから「もういいわよ」と声が聞こえた。それで僕は脱衣所に入った。

 塔子はもう風呂に浸かっているようだった。僕は服を脱ぎ始めた。

「タオル借りるぞ」

 と、僕が尋ねると、

「いいわよ。その辺のを適当に使って」

 と返事があった。勝手知ったる塔子の家。僕は棚の一番上のタオルを取ると、裸の腰の周りに巻いた。透視能力を使える塔子に、タオルで隠しても意味が無いが、それでも一応礼儀として、隠すところは隠しておいた。

「入るぞ」

 と言って、僕はバスルームの引戸を開けると、中に入った。湯けむりに香りが混ざっている。入浴剤かな? 僕は身体に湯をかけて軽く洗うと、バスタブに入ろうとした。ふと気がつくと、塔子が睨んでいた。お湯は入浴剤で濁っていて、塔子の肢体の全てが見えている訳では無かった。

 とは言うものの、この場合どう入るべきかな? 僕は若干悩んでいた。まぁ、取り敢えずは対面だな。僕は塔子と向かい合う形でバスタブに浸かった。

「湯加減はどぉ」

 と訊かれたので、僕は正直に、

「うん、ちょうどいいよ。熱からずぬるからず、適度な温度かな」

 と応えた。

「そう。適温になるように、パイロキネシスで温め直したのよ。勇人の好みの温度で良かったわ」

 と、塔子は少し頬を染めながら言った。

(塔子の超能力があれば、何でも有りだなぁ)

 と、僕は心の中で思っていた。


 しばらくお湯に浸かっていると、

「さ、温まったから、髪洗ってよ」

 と、突然に塔子が言い出した。

「分かったよ。シャンプーハットいるか?」

「私も、もう高校生だから、いらないわよ。早くお風呂から出てきて、髪洗ってよ」

「へいへい、分かりましたよ、塔子様」

 僕はそう答えると、バスタブから出て、塔子が座っている後ろに回った。

「まず、お湯で流すぞ。眼ぇちゃんと瞑ってろよ」

「そんなの平気よ。もう高校生なんだから」

 高校生になっても、一人で頭洗えないって、その方が変でしょう。僕はそう思いながら、今度はシャンプーを少し手の上に流しだすと、

「シャンプーするぞ」

 と言って、塔子の髪を洗い出した。つい中学までこんなことしていたんだから、僕は平然として洗髪をしていた。

「塔子、痒いとことか無いか?」

「うん、大丈夫。でもやっぱり勇人は、洗髪上手いよねぇ」

「まぁ、小さい頃からだったからなぁ」

 僕は、小さい時の事を思い出そうとした。すると、


  『小さい時はよく一緒にお風呂入ってたよな』


 という言葉が頭に浮かんだ。しかし、その頃の映像や音声は、浮かんでこなかった。

(アレ、何かおかしいな? 何でこんな変なふうにしか思い出せないんだ?)

「勇人ぉ、まぁだぁ」

 おっといけない、僕は塔子の髪を洗っていたんだっけ。

「よーし、流すぞ。目ぇつむってて。……それ」

 そうやって、僕は塔子の髪を洗い流した。

「リンスするかぁ?」

「お願いするわ」

 そんなこんなで、僕は塔子の頭を洗い終えた。


「ありがと、勇人。今度は私が勇人の髪を洗ってあげよう。向こうむいて」

「へいへい」

 と、僕は腰掛けに座った。暫くすると、頭にお湯がかかる感触があって、今度は指で洗い流す感覚が伝わってきた。

「どう、勇人。気持ちいい?」

「ああ、いい加減だ」

「じゃぁさぁ、こ、これは?」

 と、塔子が言った後、背中にポツンと二箇所、やや生温かい物が当たる感触があった。もしかして、これは……。

「あー、勇人。やっぱり欲情している。じゃぁさ、こうするとどぉ?」

 今度は柔らかいものが背中でつぶれる感触があった。やっぱり、これは塔子の胸か。

「わーい、もっと欲情した。どぉ、私を襲いたくなった♡」

「ならないよ。なったって、しない。僕みたいなのが、無敵のエスパーに敵う訳無いじゃないか」

「もう、勇人ったら。私の処女は勇人にあげるって決めてるんだよ」

「で、でも、初めてって、い、痛いって言うじゃないか。そのはずみで首なんかが飛んじゃうかも知れないし」

「そうならないように、超能力は手加減するからさぁ」

「たとえ、元通りに治療してくれるのが分かっていても、痛いのは嫌だ」

「なぁんだ。勇人の意気地なしぃ」

 コイツはいったい僕に何を望んでいるのだろう。僕は早く塔子から逃れようとして、洗髪が終わると、ささっと身体を洗って、湯船に浸かった。


 僕は身体を暖めると、先に風呂場を出た。塔子はもう少し温まってから出るという。

 僕はさっさと、服を着ると、塔子に一言声を掛けた。

「僕は、もう帰るからな。湯冷めしないようにするんだぞ」

「はいはーい。ご心配無く。それじゃぁね」

 と、明るい返事が帰ってきた。


 はぁぁぁぁ、今日もしんどい一日だった。僕は自室に帰ると、ベッドに突っ伏した。

 確かに、僕は塔子の幼馴染みのはずだ。だが、小さい頃の記憶が、何故か曖昧なのだ。思い出そうとしても、


  『僕と塔子は小さい時からの幼馴染だ』


 と、言葉が反ってくるが、その時のイメージが全く思い出せないのだ。

 確か塔子が十歳の時には、貧乏生活で安アパートに住んでいたはずだ。僕は彼女のアパートが何処にあるか知らなかった。クラスは同じだったろうか?


  『僕と塔子は隣り合った席に座っていた』


 また、言葉だけだ。

 もしかして、僕は記憶を改ざんされているのだろうか? だとしたら、僕はいったい何者なんだ?


  『ダーク・トリニティー』


 不意にその言葉が頭に閃いた。

 えっ? 何なんだ今のは。僕はダーク・トリニティーと何か関係があるのか?

 僕は、机の前に座ると、ノートパソコンを起動させた。分からない時にはネットで調べるのが手っ取り早い。取り敢えず、Googleさんにきいてみよう。

 僕はパソコンの画面に『ダーク・トリニティー』と入力すると、検索ボタンをクリックした。

 検索結果はすぐに表れた。さすが、Googleさん、何でもよく知っているな。

 何々、ウィキペディアに載っているのか。凄いな、ウィキペディア。何でも載ってるんだ。

 僕は、検索結果のリンク先をクリックした。程なくページが切り替わる。どれどれ、『ダーク・トリニティー』とは……何だぁ、ゲームのキャラクターなのか。僕は、ホッとしたような、拍子抜けしたような気持ちだった。そうだよな。そんな変な組織なんてあるはず無いよなぁ。

 僕は、ついでにネット配信のアニメを一時間ほど視聴すると、パソコンをシャットダウンして、寝巻に着替えた。さて、寝るか。でも、僕には何か見落としがあるような、違和感を持っていた。それも、眠ってしまえば関係ない。僕はベッドに横たわってしばらくすると、眠ってしまったらしい。


 次の日の朝、僕が起きた時には、陽が既に高く上がっていた。

 どうしたんだっけ? 何か忘れている気がする。昨夜眠った時、僕は夜中に一度目を覚ましたような気がする。だが、記憶が不鮮明だ。そして、その時、ベッドの傍らにボブカットのいつもの見慣れた塔子が立っていたような気がした。もしかして、僕は何かされたのか?

 僕はベッドから起き上がろうとした時、枕の下に紙と鉛筆がある事に気が付いた。何かのメモだろうか?

 僕は枕の下から紙切れを引っ張り出した。何か拙い字でメモが書かれていた。これは僕が書いたのか? でも、内容がへんちくりんだな。こんな物ゴミだなぁ。と、そのまま捨てようかとも思ったが、念の為に、この手記に貼り付けておくことにした。以下がその内容だ。


『ダーク・トリニティー、それは太古から連綿と続く錬金術集団。……ダーク・トリニティーは、錬金術の成果として、超人である「トウコ」を産み出した。

 トウコの力は凄まじく、ダーク・トリニティーは、制御できなくなった……

 ……は、トウコのセーフティーアンチプログラムとして、ホムンクルスから「ユウト」を産み出し──

 ユウトの目的は、トウコの力の暴走を止めることにある。


 トウコは不老不死であった。そのためユウトも不死に近い生命力と転生のできる身体を……

 ユウトが……思い出すと、セーフティープログラムが……となる。

 危険が迫っている。……を止めねばならない。

 ……プログラムにバグが生じた。……の危険がある。そこで、……の記憶は封印させる』


 ところどころ文字が崩れていて、メモの内容は断片的だった。でも、僕はそれが何か大事な事のように思えて、そのメモを貼り付けたのだ。

 貼り付けたメモを改めて読んでいると、頭に激痛が走った。何だ? 何かを思い出しかけているのか?

 僕は、……僕はトウコの……。ダメだ! これ以上思い出したら、僕は、……。僕が思い出したことを、塔子に知られたら、僕は……。

「ごめんください」

 玄関の開く音がして、塔子の声が聞こえた。まずい。このままでは。

「あら、塔子ちゃん。勇人なら上よ。遠慮なんかしないで、上がって、上がって」

 と、母の声が聞こえた。

「じゃぁ、おじゃまします」

 塔子が答えた。

 ますいぞ。このままでは塔子に。……僕は塔子に。

 トントントンと、床を歩く音が聞こえる。もうすぐだ。もうすぐ塔子が来てしまう。

 どうしよう。この手記もだ。

 どうしよう、どうにかしないと、塔子が来る。塔子が来たら、僕は……僕は。

 階段を上がってくる。塔子がくる。まずい。このままでは、僕は塔子に、……トウコに。

 もうすぐそこまで来ている。扉の前まで。

 トウコが。トウコが……。



────────────《◆》────────────



 これ以降のページは破り取られていて、続きがどうなったかは、私にも分からない。

 手記のインターネットへの登録はこれで終わりだ。程なく情報の拡散が始まるだろう。

 私は少し安堵したが、それも長くはないようだ。階下で物音がしている。何かが近付いてきている。この部屋は、対ESP防御も含めた様々なセキュリティーシステムで防護されているはずだ。しかし、それをモノともしない何者かが近づいている。

 逃げなくては。あれから逃げなくては。でも、それは可能なんだろうか? 凄まじい能力を持ったアレからは、私でも逃げられないかも知れない。だから、この手記を見つけた人は、気を付けて欲しい。

 アレが来る。扉が高熱で溶けかかっている。もうダメなのか? 私の脳髄はフル回転で危険をどう避けるかを考えていた。だが、それも無駄な行為かも知れない。

 入口が溶けている。アレがこちら側に来るのに、もう大した時間が無い。

 この手記を読んだ方々は気を付けて欲しい。この世に、何者をも受け付けない、途方もない化物がいる事を。どうか……



     (了)


参考文献

 1)聖悠紀,『超人ロック』(少年画報社)

 2)武論尊、原哲雄,『北斗の拳』(集英社)

 3)横山光輝,『バビル2世』(秋田書店)

 4)石森章太郎,『イナズマン』(東映)




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