上
「あなたのSFコンテスト」参加作品です。
ここで言う「SF]は 『エスパー(Sper)はファンタジー』です。
超能力を持っていても迷惑なだけの時はありますよねぇ
これは、私がとある偶然から手に入れた手記である。
書いてある事は荒唐無稽で、一見、ライトノベルのようである。とある、高校生カップルの日常を描いているのだが、それが普通では無いのだ。
この内容が本当なのかどうかは分からない。だが、思うところあって、インターネット上に公開する事にしよう。間に合えばいいのだが。
内容については、後は皆さんで解釈して欲しい。
では、話を始めようか。この不思議で不気味な手記の事を。
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序
僕の名前は鷲崎勇人。訳あって、この手記を残そうと思う。
僕は、ただの高校生だ。何の変哲も無く、特殊な技術も能力もない平凡で、平凡な、平凡なだけの、どこにでも、そこにでも、あそこにでもいそうな、ただの高校生だ。はぁ、はぁ、ぜいぜい。
分かってもらえたろうか? 僕が何の力の無い、平凡な一般市民である事が。もしも、もしもだ。もしもそれでも、僕に何かしらの能力や非凡さを期待するようなら、何度でも言おう。僕は平和が好きで平穏が大好物な、純朴な平民だ。平凡なだけが取り柄の高校生だ。分かってもらえただろうか?
これからここに記す事は、多分、読んでいるあなたには、理解できないかも知れない。いや、理解してもらおうと思うこと自体が、無謀なのかも知れない。しかし、事実である。かく言う僕も、事実であって欲しくないことを切に願っていた。もしも夢であるなら、早く覚めて欲しいと思わずにはいられないような、不幸な事実である。
前置きが長くなった。それでは、僕の置かれた状況──いや、設定を説明しよう。どうして、『設定』と書いたのかは、そのうち分かるだろう。
では、設定を説明する。
僕は、地方の中堅どころの高校に通う、ごく普通の高校二年生「鷲崎勇人」だ。
僕は今、高校に徒歩で登校しているところだ。そして、僕の隣に並んで歩いているのが、僕の幼馴染にして、同級生の四之宮塔子である。
『四之宮塔子』、この名前を是非とも頭に叩き込んでおいてもらいたい。そして、もし、あなたの身近に、四之宮塔子と思しき少女が現れたら、この手記を最大限に利用して、遭遇するかも知れない不幸を回避して欲しい。これが、僕にこの手記を書かせている最大の理由の一つだ。
先にも書いた通り、僕自身は極々平凡な普通の高校生である。しかし、彼女──四之宮塔子は違った。彼女自身によると、四之宮塔子は『太古より存在する悪の秘密結社=ダーク・トリニティーから、千五百年以上に渡り密かに人類を護り闘い続けてきた正義の超能力美少女』なのだそうだ。
この部分だけを聞けば、大概の人は、「あっ、中二病なんだな、彼女は」の一言で片付けるだろう。確かに彼女は、れっきとした真性の末期的中二病である。しかし、彼女のこの設定には、一つだけ事実が含まれている。それは、恐ろしいことに、彼女が『超能力者』だと言う部分である。
解ってくれただろうか。彼女は中二病で、しかも超能力者なのだ。それも、ただの超能力者ではない。テレビや雑誌て出てくるような、スプーンを曲げられるとか、念写ができるとか、封筒の中身を読めるとかと言う類のレベルではない。某少年漫画の『超人○ック』に匹敵するほどの超能力者なのである。しかも、中二病の。
これが、どれほど恐ろしいことかを理解するには、たぶん若干の時間がかかるだろう。だが、決して忘れないで欲しい。中二病の超能力者──たぶんSクラスの──が、どんなに恐ろしい存在であるかを。
では、ここに書いていこう。僕が体験した、四之宮塔子との思い出したくない事実を。
超能力者 四之宮塔子
冒頭の部分で、四之宮塔子については分かってくれたと思う。いや、まだ分かってもらえていないかも知れない。全てが僕の妄想によるところのモノと、勘違いされているかも知れない。しかし、四之宮塔子が、悪性の重度の中二病で、強力なエスパーであることは間違いない事実なのだ。不幸な事だ。
塔子に設定があるように、僕にも設定がある。
塔子によると、僕は『千五百年間、塔子の傍らで転生を続け、彼女を支援してきた聖勇者「ユウト」の現代に転生した姿』なのだそうだ。しかし、当然ながら僕には前世の記憶が無いし、彼女を支援して悪の秘密結社と戦おうなんて事は、髪の毛一本程も考えたことは無い。
以前、塔子に、
「僕が本当に聖勇者「ユウト」であるなら、その前世の記憶を思い出させて見せろ」
と、言った事がある。すると、塔子は、
「前世の記憶を思い出させる事は出来るわ。私になら簡単に出来るわよ。でも、千五百年分の記憶を一度に思い出したあなたの脳は、膨大な情報を処理できずに、「ボンッ」てなっちゃうけど、いい?」
と、言い返された。「ボンッ」となるということは、つまり脳がパンクして廃人になってしまうと言う事だ。
塔子の設定を確認するという下らない事で、廃人にされたらたまったものじゃない。それ以来、僕は塔子に前世の事は訊かなくなった。
塔子の外見は、身長141センチ、体重?キログラムの、高校生としては随分小柄な女の子だ。髪の毛は、やや長めのボブカット。普段は。それを頭の後ろで縛ってポニーテールにしている。顔は、やや小顔で、僕が公平に見ても、カワイイ部類に入ると思う。
高校の制服を着て、僕と並んで歩いて登校する様は、端から見れば『非常に仲の良い普通のカップル』に見えるだろう。それ程、塔子は僕によくスキンシップをしてくる。今も僕の左腕にぶら下がって、手をシッカと握っている。
「勇人、さっきから道の反対側で、私達をずっと監視しながら歩いている男子がいるわ」
と、塔子は僕に囁きかけた。僕が振り返ろうとした時、
「見ないで。きっと、ダーク・トリニティーのエージェントだわ。私達を監視しているのよ」
と、塔子は釘を刺した。
(そんな事があるはず無いだろう)
と、僕は思った。またいつもの塔子の中二病だろうと。
「信じてないのね。でも、憶えておいて。彼は、私達を監視しているエージェントだという事は」
と、塔子は僕にそう言った。
【接触テレパス】
この手記を読んでいるあなたなら、もうご存知の能力だろう。でも念のために説明しよう。接触テレパスとは、触れた人間の思考を詳しく読み取る超能力だ。この能力があれば、他人が心の中でどう思っているかを、事細かく自在に知ることが出来るのだ。
塔子が、他人にやたらとスキンシップをしてくるのは、この能力を使うためだ。
案の定、塔子は僕の思考を読み取ったのだ。つまり、塔子と触れている間は、考えている事が、全て彼女にダダ漏れになっていると言う事だ。普段の生活で、滅多な事を考えられないという事は、苦痛でしか無い。この事だけでも、僕の不幸さを分かってもらえるだろうと思う。
高校の教室でも、塔子と僕は隣同士の席だった。塔子の超能力をもってすれば、席替えで席を隣同士にするなんてちょろいもんだ。
そして前述したように、塔子は僕とよく腕を組んで、くっついて歩くため、僕は塔子の彼氏としてクラスに認識されている。そのため、幸いなことに、塔子に告白しようなんて無謀なことを考えるバカな男は皆無であった。
なお、塔子が超能力者である事は、この世で僕しか知らない。それは、塔子が『秘密結社ダーク・トリニティーから秘密裏に人類を護るためであるから』だそうだ。その為には、塔子の秘密は厳守されなくてはならない。塔子はそう思っているようだった。そのため、塔子は、滅多な事で派手な超能力を使わない。この事に関しては、僕は安堵している。超能力者四之宮塔子に注目が集まるという事は、僕も巻き添えを受けると言う事だった。
そんな洒落にならない事態に陥らないという点では、塔子のこの設定は、パンドラの箱に残った唯一の「希望」と言うべきモノだった。
さて、お昼休みだ。僕は弁当を取り出すと、机の上に広げた。隣の席の塔子も、自分の分のお弁当を取り出すと、それを持って僕の机の前まで来ると、前の席の椅子を反転させて僕と対面して座った。
「勇人、一緒におべんと食べよ」
と、塔子が言った。お昼を一緒に食べるのは、別に構わない。しかし、それによって僕等に注目が集まるのは、勘弁して欲しい。彼女のいない男子は、羨望の目で僕を睨みつけるし、恋に夢見る乙女達は、僕達の仲の良い所を見ては、憧れの言葉を口にする。
お陰で、クラスの中で、僕達はちょっと浮いた存在になっていた。今まで暴動が怒らなかったのは、ひとえに塔子の超能力によるところが大きい。
気まずい思いをしながら、僕達は時たま言葉を交わしながら、昼食を摂っていた。その間も、塔子は、とても嬉しそうな笑みを浮かべていた。こんな平凡な僕と付き合って、何の見返りがあるのだろうか? 僕には、それがとても不思議に思えた。
「勇人、お昼の後のデザートにフルーツを持ってきたんだよ。一緒に食べよ」
塔子はそう言うと、少し大きめの包を開いた。その中には、リンゴやバナナ、パイナップルなど、旬の果物が一口サイズに切りそろえられて詰まっていた。
「勇人、リンゴ好きだったよね。食べさせてあげる。はい、あーん」
塔子の行為に、僕は恥ずかしくなって、
「いいよ、リンゴくらい自分で食べられるよ」
と、反論したが、塔子はこれを一笑に付すと、
「またぁ、もうもう、勇人ったら恥ずかしがりやさんなんだから」
と、追い打ちをかけてきた。仕方がない。ここは言うとおりにしないと、後でどんなお仕置きが待っているか分からない。僕が口をあーんと開くと、リンゴの切れ端が口の中に入ってきた。
僕はそれを咀嚼すると、飲み込んだ。
「どぉ、おいし?」
と、塔子が訊くので、僕は、
「うん。美味しかった」
と、ようよう答えた。周りの視線が何だか痛い。まるで、針のむしろに座っているようだった。
「いっぱいあるから、どんどん食べていいんだよ」
塔子は満面の笑みで、半ば強制的にフルーツを僕に食べさせていた。
こんな、ラブラブの行為を日常的にしているため、僕も塔子も、あまり友達という者を持ち合わせていなかった。しかし、別に虐められているわけでもないので、僕は今の立場に甘んじるしか無かった。
そうやって、回りから見ればラブラブの昼休みも、あっという間に過ぎ、午後の授業が始まった。
五時間目は数学だった。無機質な講義を聞いていても、面白くもなんとも無いので、僕は少し眠たくなって、こっくりこっくりし始めていた。そこへ、数学の先生から声がかかった。
「鷲崎、この問題の答えは?」
急にそう訊かれて、僕は少しパニックになった。うたた寝をしていたため、どの問題か分からない。僕が困っていると、頭の中に塔子の意識が伝わって来た。
(2x + 3 だよ)
僕は、聞こえたままを答えた。
「ふむ、正解だ。だが、鷲崎、もう少し、授業に熱心に取り組んでもらいたいところだな。次、太田。問題集の五番目の答えは?」
てな具合に、数学の先生は、生徒を指さしては、答えを聞き出していた。
ああ、危なかった。こんな時は、塔子の超能力があって助かる。まぁ、そんな事は滅多には無いのだが。
そうやって、今日もいつもと同じく、だらだらと授業が進み、六限目も終わった。
さて、今日も退屈な授業が終わったし、帰るとするか。僕も塔子も、部活動に参加していない帰宅部であった。
「勇人、今日の帰り、ちょっと寄り道してもいい?」
塔子が僕にそう尋ねた。
「いいよ」
僕はそう答えた。断る理由が思いつかないのと、この『寄り道』に、思い当たるフシがあるからだ。
十数分後、僕は塔子に付き合って、駅前の宝くじ売り場に来ていた。
「ゴメン、勇人。五百円くらい貸してもらえる? 後で何倍かにして返すからさぁ」
「いいよ。五百円でいいか?」
僕はポケットから財布を取り出して、五百円玉を一枚取り出すと、塔子に手渡した。塔子はそれを受け取ると、嬉しそうに宝くじ売り場に向かった。
【透視力】
この超能力を知らない人はいないだろうが、念のため説明しておく。透視力とは、壁などの障害物の向こうの物を見透す能力だ。塔子にかかれば、壁の向こうに潜んでいる人物を知る事も、引き出しの中の答案も見放題である。
当然、スクラッチの「インスタント宝くじ」の当たりくじを見通す事など朝飯前だ。僕は、塔子のこの小遣い稼ぎに時々付き合わされる。
塔子の父親は、日本有数の企業グループ、四之宮ホールディングスの会長である。普通なら、小遣いなどは月に何万円ももらっているだろうと思うだろう。しかし、彼女の父親は、塔子が十歳の時にリストラされ、貧乏のドン底に落ちたことがある。その時、決死の思いで立ち上げたIT会社が大当たりして、今や数々の企業を傘下におく、大企業体に成長させたのだ。もちろん、その影には、塔子の超能力による援助があったのだが……。
このように、塔子の父親は、貧窮時代を経験していたためか、大企業のトップにしては珍しく質素な暮らしをしている。塔子の家は、やや大きめだが、ごく普通の庭付き一戸建ての民家である。また彼は、通勤には、自転車と電車を使い、その辺の極普通のサラリーマンと同様に、毎朝満員電車に揺られていた。
ちなみに、塔子の家の隣に建っている小さな民家が、僕の実家だ。
まぁ、そういう事があったため、塔子の小遣いも月に五千円と、ごく普通の高校生並である。
だが、塔子も、その辺の女子高生と同じように、キラキラしたモノに興味があった。カワイイ服も着てみたいし、オシャレもしたい。帰りに寄り道して、ファストフード店にも行きたい。だが、その為には、先立つ物が必要だ。『金』である。
案の定、今日も小遣いを使い果たしたのだろう。僕から小銭を借りて、自慢の超能力で当たりくじを手にしようという魂胆だ。
塔子が行ってからしばらくすると、宝くじ売り場から威勢のいい声が聞こえてきた。
「このお嬢ちゃんが、当たりくじをひいたよ。五万円だ」
「キャー、嬉しいぃ」
と、塔子は、さもわざとらしい声を上げた。もちろん、塔子にとってみれば、五万円などのはした金ではなく、百万円の当たりくじを引くことも造作のないことだ。しかし、大衆の面前で大金を手に入れるのを見られるのはリスクがある、と彼女は考えていた。『どこで悪の秘密結社ダーク・トリニティーが見ているか分からないから』である。
「あれ? お嬢ちゃん、この間も、当たりくじを引かなかったっけ?」
宝くじ売り場のおじさんが、少し不信げに塔子の顔を見ていた。が、それも一瞬の事、
「あっははは、ゴメンゴメン。おじさんの思い違いだったようだ」
と、売り場のおじさんは訂正した。
【マインドコントロール】
この能力はご存知だろうか? 塔子は、近くにいる人間の思考に介入して、その記憶や考えを操作し、書き換える事ができるのだ。
ただし、それは一次記憶に関してのみで、二次記憶として固定された記憶は、接触テレパスと併用する必要があるのだが。
それでも、ちょっとしたことを勘違いと思わせるなどは、朝飯前である。
ちなみに、塔子の両親も、この能力で彼女がエスパーである事を忘れさせられている。
今回も、売り場のおじさんに不信を持たれないように、この能力を使ったようだ。千五百年間悪の秘密結社と戦っていたにしては、超能力の使い方がチープである。
塔子は、そそくさと僕の側に戻ってくると、
「ありがとう、勇人。助かったわ。これ、お礼ね」
と言って、彼女は、一万円札を二枚、僕に手渡した。僕が塔子の、この『イカサマ』に加担するのも、こういった見返りがあるからである。僕は手渡された二万円を、自分の財布に大切にしまい込んだ。
「お礼に、ジュースおごるね。何がいい?」
と、塔子は僕に言ったが、財布の中を見て、
「あっ、ゴッメーン。私、小銭を全然持ってなかった」
そりゃそうだろう。たかだか一枚二百円のインスタント宝くじを買うのに、僕に金を借りようとしたのだ。塔子の財布の中に、千円札はおろか、百円玉さえ一枚も無いのは、超能力を持たない僕にさえ想像できた。
「いいよ、塔子に二万円ももらったんだ。僕がおごるよ。何がいい?」
「それじゃぁ、このグレープフルーツジュースで」
僕が自動販売機に百円玉を二枚投入すると、塔子は少し背伸びをして目的のジュースのボタンを押した。「ガコン」と音がして、ジュースの缶が販売機の下方の取り出し口に落ちてきた。塔子はそれを嬉しそうに取り出すと、
「ありがとね、勇人」
と、満面の笑みで言った。塔子が、中二病の超能力者でさえなければ、こんなカワイイ彼女がいて嬉しくないはずがないだろうな、と僕は遠い目をして思っていた。
僕は、自販機からおつりを取り出すと、再度百円玉と十円玉を投入して、自分の分のジュースを買った。
そうやって、僕等は自販機の横のベンチで並んで缶ジュースを飲んでいた。僕は、ジュースの缶に触れる彼女の唇を眺めていて、不覚にもカワイイと思っていた。
「何考えてるの?」
塔子が、不思議そうに僕の方を向くと、腕に触ろうとして来た。僕は慌ててさっき思った事を頭の中から弾き出すため、今日の授業で出された宿題の事を必死で思い出そうとしていた。
「なぁんだ、宿題の事か。帰ったら、一緒に宿題しよっか」
ふぅ。塔子には、僕がさっき考えていたことは、バレなかったようだ。
「そ、そうだな。塔子は頭良いから、一緒に宿題してもらえると助かるよ」
と、僕はこう言った。これは本当の事である。塔子は、学年でも十位以内のトップクラスの秀才だった。ちなみに、塔子はテストの答えをテレパシーで読み取っているわけではなく、これは彼女の実力である。
しばらくして、缶ジュースを飲み終えると、僕は自販機の横のリサイクルボックスに、空き缶を捨てようとした。しかし、ボックスは空き缶でいっぱいで、もうこれ以上は入らないように思えた。と、突然、「グガシャン」と音がして、リサイクルボックスの中に余裕が出来た。
【サイコキネシス】
この超能力を知らない方はいないと思うが、念のために説明しておこう。これは、物体を手を触れずに移動させたり変形させたり出来る能力である。念力とも言う。
能力者によって大小の力の違いはあるが、塔子のサイコキネシスは、きっと群を抜いていると思う。塔子にかかれば、巨大なコンクリートのビルを持ち上げることも、それを分子レベルにまで粉々に粉砕することも造作のない事なのだ。もしかしたら、地球を粉々に砕いてしまう事も出来るかも知れない。
今、塔子は、サイコキネシスを使って、リサイクルボックスの中の空き缶をペチャンコに潰して、ボックスの中に空きを作ったのだ。
僕は、ジロっと塔子を睨んだが、彼女はそっぽを向いていた。仕方なく、僕は空き缶をボックスに捨てると、続いて塔子が自分の空き缶を投入した。
缶ジュースを飲み終えた僕等は、家に帰るために二人並んで駅前通りを歩いていた。
と、その時、塔子が僕に囁いた。
「勇人、誰か悪意を持った人達が着いて来るわ。きっとダーク・トリニティーからの刺客だわ」
【テレパシー】
この能力はきっと誰もが知っているだろうが、やはり念のために説明しておこう。塔子は、離れた所にいる人間の意思や感情を、感じ取れるのだ。ただ、この能力は、接触テレパスほど詳細な思考は読み取れない。しかし、悪意や殺気のような強い意思がこもっていれば、それは離れた所にいる彼女に、すぐに察知されるのだ。
また、彼女が自身で特定の人物の思考を読み取ろうとすれば、接触テレパスほどではないが、ある程度の思考を読み取る事も出来る。しかし、始終テレパシーを使って、周りを監視するには限界がある。また、訓練を行った者の思考を読み取ることも難しい。そのため、塔子は普段はこの能力は積極的には使わない事にしているようだ。
ダーク・トリニティーの刺客かどうかは別として、僕等に悪意を持った人物が後を着けて来ているのは間違いないだろう。僕は、道の門を曲がる時、チラリと後ろを見てみた。チャラチャラした格好の、如何にも不良っぽい姿をした男達が数人ほど、僕等の後を着いて来るのが分かった。
きっと、宝くじ売り場で塔子が当たりくじをひいたのを見て、僕達をカツアゲしようと思っているのだろう。僕はそう思った。
「油断しないで、勇人。彼等は、きっとダーク・トリニティーからの刺客だわ。カツアゲではなく、私達を拉致しようとしているのよ」
接触テレパスで僕の考えを読み取った塔子が、訂正した。どっちにしても、厄介事に巻き込まれようとしているのには間違いない。
僕等がもう一度、道の角を曲がると、塔子は僕の手を取って走り出した。しばらくすると、僕等の後を何人かが追いかけて来るような足音が聞こえてきた。
塔子は、暗いビル街の細い路地を、右に左へと曲がって、どこかに向かっているようだった。きっと、人気の無いところへ誘い出して、お仕置きか何かをする気なのだろう。
しばらく道を左右に曲がりながら走っていると、やや大きい広場に出た。僕は、広場を見渡してみたが、空になった缶や一升瓶などが転がっていて、とても衛生的とは言えなかった。しかも、出入り口は、僕等の入ってきた道の一つしか無い。ここで、一体何をする気なのだろうか?
しばらくすると、僕は、足音がこちらに近づいてきた事に気が付いた、
「塔子、こんな行き止まりに来て、どうするんだよ」
僕は塔子にそう訊いたが、彼女は黙ったままだった。
「……、やっと捕まえたぞ。もお、何処にも逃げられないぜ。痛い目に会いたくなかったら、さっきくじであてた五万円をとっとと出すんだな」
(ほうら当たった。ただのカツアゲじゃないか)
しかし、彼女はそう思ってはいないようだった。
「お兄さん達、何処までもトボくれるのね。では、仕方がありません、聖勇者「ユウト」、出番ですよ」
と、塔子は真顔で僕にそう言った。
「え? あれ? 僕があんなのと戦うの?」
驚いて、僕が塔子に訊くと、
「大丈夫よ勇人。あなたの身体に封印された力を解放すれば、こんなチンビラなんて一瞬で片付け終わるわよ」
と、事も無げに応えた。
四之宮塔子のこの発言に、現場にいた男達は、大爆笑だった。
「へぇ〜え。こんな生ちょろいガキが、俺達を叩き潰すんだとよ。ナイスだ、ナイスギャグだよ、お嬢ちゃん」
「へへへ、こんなモヤシが、俺達を潰そうってか。怒っていたのが、一回展して大爆笑だよ」
口汚い哄笑が、辺りに響き渡った。
不良達の罵声をよそに、塔子は僕の目の前に立つと、右手を僕の胸前にかざした。
「アロ・エルス・ホ・アカバリ・キルマ、解けよ封印」
すると、僕は身体の奥底から力の湧いてくるのが分かった。
「フォッォォォ、ォォォォ、ァァァァ」
僕が我知らず雄叫びを挙げると、全身の筋肉が膨張していくのが分かった。その力は留まることを知らず、遂に着ていた制服が粉々になって弾け飛んだ。
【代謝制御】
この超能力は、あまり知られていないと思うので、今回も説明しよう。
塔子は、他人や自分の新陳代謝の機能をコントロールして、歳をとったり若返ったりさせることが出来る。本来はヒーリングの一種なのだが、このように筋力を倍増させることも出来るのだ。ちなみに、他人のDNAマトリクスを使うと、その人に変身することも出来る。超人○ックもよく使う、なかなか便利な能力だ。
「オオオオオォッォ、フォォォ。ハァァァァァ」
僕の声をあてている声優さんも、神○明さんに変わってしまったようだった。
「な、何だぁ。服がはじけ飛んだぞ」
「北○の拳かぁ?」
僕は首を左右に振ると、「コキリ、コキリ」と首の鳴る音が響いた。
「さぁ、闘いの時は来ました。行くのです、ユウト・アルゲリア・フォロン」
塔子の命令に対して、『オレ』は不良達にこう言った。
「怪我をしたくなければ、この場を去るんだな」
この言葉に不良達は、
「何だよ。声まで変わっているじゃねぇか」
「へっ、所詮こけ脅しさ」
「俺達に怪我させるんだとよ。どっちが怪我するか、賭けでもするかぁ」
と、オレの変身にも動じず、不良達は挑みかかってきた。
「ホアチャァ」
オレの拳で、『グギャギ』と、嫌な音がして一人目が倒れた。
「ほぉおお、アタァ」
「ヒブギャ」
と悲鳴がして、次の不良が吹き飛ぶ。
「ハァァァァァ、アタァ、チョァー」
オレは襲い掛かる不良共を、次々に倒していった。
「ホァギャ」
「プッシャー」
「アベキ」
と、異様な悲鳴をあげながら、不良達はオレに吹き飛ばされていった。
「おい、残りはお前だけだぞ」
オレは威圧するように、リーダーと思しき少年に言った。
「くっそう、くたばりやがれ」
リーダーらしき少年は、ナイフを取り出すと、オレに向かって来た。
しかし、少年のナイフは、オレの身体に触れる前に奪い取られていた。手元が空になった少年が、身体ごとオレにぶつかった。
「何だ、それでお終いか?」
オレがそう言うと、少年は驚いたように後ずさった。オレは左手のナイフを、無造作に後ろに放り投げると、後退りする少年に、情けも容赦もなくこう言った。
「お前は、特別にオレの必殺技で葬ってやろう」
最後に残ったリーダーは、ジリジリと後退っていたが、オレはそれを許さなかった。
「オオオオ、ワチャァー、アータタタタタタタタタタタタタ、アタタタタタッタタタタタ、ホウァータタタタタタタタ、アチョウワワワァタタタタ、チョウワァ」
無数のオレの連続突きに、不良は空中に浮かび上がりながら、為すすべもなく殴られ続けていた。
「必殺、百烈拳。これは、息継ぎを間違えると自分が酸欠になってしまうという、危険な技だ。どうだ、参ったか」
オレは、非情にこう言い捨てた。塔子がいれば、どんなにひどい怪我になっても治してくれる。オレは、安心して相手をブチのめす事が出来るのだ。
案の定、塔子はオレの倒した不良達を治療しながら、接触テレパスで思考や記憶を読んでいた。
【ヒーリング】
この能力は言うまでも無いだろうが、一応説明しよう。塔子は、触れた人間の細胞を活性化させたり、念力で骨や神経をつないだりして、怪我や病気を治療する能力を持っている。
脳が死んでさえいなければ、首からだけでも、時間をかければ全身を復元できるのだ。これは便利でスゴイ能力だが、人前でやたらと使うと目立ってしまうので、塔子は人の多い中では滅多には使わない。
「どうやら記憶を操作されたようね。有効な情報は得られなかったわ。取り敢えず、よく頑張ったわ、ユウト・フォン・ブリリアントⅣ世」
塔子は淡々と、オレにそう告げた。
「名前、違ってるじゃねぇか」
「あなたは千五百年も転生をしているんだから、名前なんかいっぱいあるのよ。気にしないで」
そう言う問題なのか? それよりも、この姿を元に戻してもらわないといけない。
「塔子、そろそろ、オレの身体を元に戻してくれないか。オレの声を吹き替えてくれている、神○明さんが帰れないぞ」
「待って。その前に、見張りをしてる子、こっちに来なさい」
何だ? 見張りまでいたのか。遠くで、立ち去るような足音が聞こえた。
「逃さないわ」
塔子はそう言うと、目を瞑って精神を集中しているようだった。と、突然、空中に走っている格好そのままの小柄な少年が現れた。
【アポーツ】
この超能力はご存知だろうか? これは、離れたところにある物体を、手元に引き寄せる超能力である。
遠隔透視や空間把握がちゃんと出来ていないと、今回のように移動している人間を呼び寄せる場合には、まかり間違うと首が無かったり、上半身だけやって来たりと、中々にグロイ結果となるような、繊細で危険な能力だ。
普通の超能力者なら、遠くに転がっている刀剣などを引き寄せるのに使うのだが、塔子は動き回る生物にも容赦なく使う。彼女は、この能力で少年を瞬間的に呼び寄せたのだ。
地面に落ちた少年は腰を抜かして、引きつった顔をしていた。塔子は少年の額に触れると、その記憶を読んでいるようだった。
「この子も外れね。大した事は知らないわ。それじゃぁ、眠って忘れなさい」
塔子がそう言って、額にデコピンをすると、少年はバッタリとその場に倒れ込んだ。
「今度こそオレの番だぞ。神○さんが……ハァハァ、さ、酸欠になりかけてるんだ。早く帰してあげないと」
オレがそう言うと、塔子は少し赤い顔をして、こちらを見上げた。
「封印するのって、ちょっと恥ずかしいんだけど……」
「しようがないだろう。封印する時は『キスが必要』って設定は、塔子がそうしたんじゃないか。違う方法があるなら、そっちでも良いからさぁ」
「もぅ、我儘なんだから」
「どっちがだよ! 早くやってくれよ」
オレが悲痛な叫びを挙げると、塔子は念力で空中に浮かび上がり、
「ア・エホバル・クラ・クーマ、封印……」
と、唱えて、オレの唇に自分の唇をそっと重ねた。すると、「シュウシュウ」と言う音と共に僕の身体も声も元に戻っていった。ありがとう、神○明さん。ご苦労様でした。
「塔子、僕の制服も、元に戻してくれよ。裸じゃ帰れないだろう」
「分かってるって。分かっているわよ」
塔子は、少しウンザリしたようにそう言うと、周りに飛び散っていた布切れが集まってきて、僕の身体に張り付いて復元されていった。
【物体復元】
この手記を読んでいるあなたには、もう解りきった事だろう。これは、サイコキネシスの応用技だ。破れた服の布地の分子を再結合して、服を復元しているのだ。塔子の数々の超能力の中でも、特に神経を使う、繊細な能力だ。
ああ、腹減った。塔子の超能力で変身したものの、そのために新陳代謝が上がって、自分の体力を使うのは仕方がない。
「ああ、お腹空いちゃった。帰りにラーメンでも食べようよ」
塔子も超能力を使って、空腹になったのだろう。
「さぁ、行きましょうよ」
と、塔子はそう言うと、僕の身体に触れた。その瞬間、僕達の周りの景色が変わった。実際は僕達が移動したからだが。
【テレポート】
この能力は、皆が知っていると思うが、これも説明をしておこう。塔子は、自分や触れている他人や物体を、離れた場所に瞬間移動できるのだ。
僕には、塔子がどの位の距離を瞬間移動できるか知らないが、きっと太陽系内なら、冥王星まででも移動できるに違いない。
僕等は、路地の入り口の角を曲がったすぐ近くまで、瞬間移動していた。
そのまま、角を曲がって大通りに出ると、僕達は近くのラーメン屋に入った。
「おじさん、とんこつラーメン大盛りの半チャーハンセット。餃子もつけて」
と、塔子はカウンターに座るなり、おじさんにオーダーを告げた。
【大食い】
これは別に超能力ではないと思うが、塔子の特技の一つなので、触れておこう。塔子は様々な能力を使える超能力者だが、それを使うためのエネルギーは無尽蔵に湧いてくる訳ではない(と思う)。超能力を使えば、それだけ体力は消費されるだろう(たぶん)。そのため、塔子は小学生並みの小柄な身体にもかかわらず、やけに大食いであった。
今回は連続して超能力を多用したため、空腹になったようだ。今も、ようやく運ばれてきた大盛りラーメンを頬張っている。塔子がすぐに小遣いを使い果たす理由の一つでもある。
「おじさん、換え玉お願い」
ラーメンの大盛りを、あっという間に食い尽くすと、塔子は更に換え玉を要求した。こんな小柄な彼女のどこに、食物が消えていくのだろう。僕には、超能力よりも不思議な事であった……。
僕達は、ラーメン屋で小腹を満たすと、家に帰ってきた。僕は自宅の玄関を開けて、
「ちょっと塔子んちで宿題やるから」
と言ってから、塔子の家の玄関に急いだ。家の中に入ると、塔子が僕の分のスリッパを揃えてくれているところだった。
「おじゃましまーす」
僕はそう言うと、階段を上がって塔子の部屋まで着いて行った。
塔子の部屋に入ってドアを閉めると、彼女は、ちょっとムッとした顔で、
「着替えるから、あっち向いてて」
と言った。僕は仕方なく窓の方を向いて、床に座った。
気がつくと、塔子が着替えているのが、窓ガラスに映っていた。
(塔子も、中学の頃よりも少しは成長したかな)
なんて事を、僕はガラスに映る彼女の下着姿を見ながら、ボンヤリと考えていた。中学の時は、グン○のお子様パンツだったのに、今は同じ白でも、レースの飾りの付いた上下の下着を着けていた。
塔子は、僕に見られているのを知ってか知らずか、制服を脱ぐと、ジャージに着替えた。部屋着とまでは言わないが、高校生なんだから、もう少し色っぽい服にすりゃあ良いのに。まぁ、身長が小学生並みなので、仕方がないかぁ。
「勇人、もうこっち向いて良いわよ」
塔子の許可が出たので、僕は身体の向きを変えた。塔子は僕の目を見つめると、僕の心の内を確かめるように、ジッと睨んだ。
「勇人、手を出して」
「何でだよ、塔子。僕は、お前の言うとおり後ろを向いてたぞ」
「だったら、思考を読まれても平気じゃない。早く手を出して」
僕は渋々、塔子に左手を差し出した。
塔子は僕の手を握ると、目を瞑って念を集中していたようだった。
しばらくすると、塔子はカッと目を開くと、顔を真っ赤にして怒り出した。
「何よ! 窓ガラスに映っていたのを見てたんじゃないの! 勇人のエッチ、スケベ」
「何だよ、つい中学まで、一緒に風呂入ってたじゃないか。頭とか背中とか一人で洗えないからって」
「べ、別に勇人になら見られても構わないわよ。私が怒っているのは、勇人が私の下着姿を見て欲情したからよ」
そう言って、塔子は僕の股間を指差した。
「ひ、ひ、人の局部を透視力で眺めんなよ。それでも、お前は女の子か?」
「話をすり替えないで。勇人のエッチ! バカ!」
彼女がそう言うなり、僕の身体に電撃が走り抜けた。
「う、ウギャー」
【エネルギー電撃波】
これは珍しい能力なので、やっぱり説明しよう。生物の身体には微弱な電気が流れている。電気ウナギなどは、それを増幅して高圧電流に変えて獲物を捕えたりする。
塔子も、体内電流を操って電撃に変えて、敵──というか、気に入らない連中を高圧電流で感電させる事が出来る。バビ○2世も多用した、必殺の攻撃技である。
僕は今それを、もろに食らったのである。
「す、すいませんでした。塔子様」
僕には、ようやくそう言う事しか出来なかった。
「私だって、立派に成長してるんだから。もう、勇人ったら。やっぱり、おっぱいが大きい方がいいんだ」
僕は床に倒れ込みながら、
「そりゃそうだろう。僕だって男なんだから」
「それが気に入らないっていうのよ。私、明日から巨乳キャラにしようかしら」
「ちょっと待てよ。一晩で巨乳になったら、怪しまれるぞ。やるなら、計画をたてて、コツコツと少しずつ大きくしないと」
僕は、塔子の無謀な考えに意義を唱えた。
「私の事、イヤラシイ目で見ていたくせに。もう、男って勝手なんだから」
塔子は、そう言いながらも、ヒーリングで僕の治療をしてくれていた。
「ついでに、勇人の好みを『ロリコン』にしておこうかしら」
「待てよ! こんなところで、簡単にマインドコントロールなんて使わないでくれよ。人権侵害だ!」
僕は、慌てて塔子の手を振りほどくと、彼女と距離をとった。
「冗談よ。それより、宿題を終わらせましょう」
「あ、ああ、そうだな」
こうして、僕は塔子と宿題を終わらせると、自宅に戻った。
……ああ、今日もしんどい一日だった。僕は自室にたどり着くと、ベッドに倒れ込んだ。
解ってくれただろうか? これが僕の日常である。正直に言うと、ツライ。非常にツライ。下手な事を考えると、塔子にすぐに察知されるし、大衆の面前で派手な立ち回りをするのも勘弁して欲しい。エロゲやエッチな事も、すぐにバレてしまうので、絶対許されない。
かと言って、妙な決断をすると、いつの間にかマインドコントロールで記憶を改ざんされているかも知れない。この手記事態も、ひょっとしたら内容が変わっているかも知れない。
僕は平和な日常を、ただ平凡に過ごしたいだけなのだ。それをも塔子と過ごしていると、許されない事なのか?
誰か代わってくれる人がいたなら、是非、当方までご連絡していただきたいくらいだ。
しかし、これが超能力者 四之宮塔子なのだ。超能力を持っているだけでも、側にいるのが苦痛なのに、その上、塔子は世界平和のためにダーク・トリニティーと戦う自分を夢見ている中二病なのである。
もしかしたら、死ぬまで、この苦痛から開放されないのかも知れない。いや、もしかしたら、死ぬことも出来ないかも知れないのだ。
解ってくれただろうか? 四之宮塔子の恐ろしさを。
この手記を読んでいるあなたには、四之宮塔子と思しき人物が近くに現れたら、すぐに逃げることをお薦めする。逃げ切れればだが……。
こんな不幸な現実を、僕は生きているのである。もしかしたら、千五百年以上に渡ってである。同情して欲しいとまでは思わないが、せめてあなただけは、逃げ延びて欲しい。こんな不幸な人生を生きるのは、僕一人でたくさんだ。
僕は、正直、心の底からそう思っている。
四之宮塔子は中二病
翌日の放課後、僕と塔子は、コンビニの前にやって来ていた。
「開け、地獄の扉よ」
塔子は、コンビニの入り口で右手を水平に振った。ほどなく、入り口のガラス戸が、静かに中央から分かれて開いていった。別に超能力でも何でもない。ただの自動ドアである。
それでも塔子は、満足そうに入口をくぐると、店内に入って行った。僕もとぼとぼと彼女の後ろについて歩いていった。すると、塔子は僕の手を握ると、接触テレパスで僕に思考を伝えてきた。
(勇人、不用意な事はしないで。私達は監視されているわ。しかも、複数の目で)
そりゃそうだろう。コンビニの中なんだから。監視カメラや万引き防止用のミラーくらい、普通に置いてあるだろうに。
(勇人、目的の物を探しに行くわよ)
塔子は僕にそう伝えると、足早に店内を見て回っていた。僕は彼女の後ろをカゴを持って着いて行った。
すると、塔子はいきなり立ち止まると、ドリンク剤を取り上げてこう言ったのだ。
「フフフ、あった、あったわよ。私の超能力を倍増させる秘薬──スーパーウルトラポーションよ」
僕は、そんな塔子にこう言った。
「塔子、それ、タダの栄養ドリンクだぞ」
「マスターと呼びなさい、勇人。それに、タダじゃないわ。ちゃんと三百五十円って書いてあるじゃない」
「あ、そうじゃなくて、……もういいよ。勝手にしてくれ」
僕は塔子と話をしてること自体が苦痛になってきていた。もう、突込みをいれる気力も無い。しょうがなく、塔子の後について、買い物カゴに放り込まれて行く物を眺めているだけだった。
「フハハハ、これさえあれば、秘密結社ダーク・トリニティーのエージェントを見破る能力が身につく、究極の秘薬だわ。これも買わなきゃね」
「そうか、良かったな。ところで塔子、じゃなくて、マスター。そろそろ重くなってきたんだが、買い物はこれくらいにしないか」
「未だよ。聖勇者「ユウト・ハッシュバルト・クラン」、これも鍛錬と思いなさい。強くならなければ、ダーク・トリニティーのエージェントに打ち勝つことは出来ないわよ」
「おい、また僕の名前、変わってんぞ」
「別に気にする必要はないわ。名前なんか記号なんだから。……おお! これこそ、秘技を記された、秘密のガイドブック。これも買うわよ」
そう言って塔子がカゴに放り込んだのは、ネットゲームのガイドブックだった。
(こいつ、ネトゲなんかやってたっけ? その気になれば、電子使いの能力でサイバーダイブ出来るのに)
おっと、これは塔子の超能力の一つなので解説しなければならない。
【電子使い】
これは、ネットワーク内のサイバースペースに精神を同調させ、ダイブする(ネットに潜り込む)事で、様々なネットワーク機器やプログラムにアクセスし、データを入手したり改ざんしたり出来る超能力者の事である。塔子がその気になれば、NSAの中枢にもファイヤーウォールをすり抜けて侵入が可能だろう。
ネトゲなどは、コンソールやコントローラーを使わずとも、裏技や秘密のアイテムを手にすることも簡単だろうに。
等と考えながら、僕は次々と放り込まれていく品物を眺めていた。昨日、三万円も手に入れて懐具合が良くなったせいか、塔子は思い切りよく品物を放り込んでゆく。
「ふぅ。こんなもんかしらね。今日は、珍しいアイテムを手に入れられたわ。アッハハハハ、ラッキーよ、すごくラッキーな日だわ」
僕は腕が痺れつつあるのを堪えながら、買い物カゴをレジまで運んでいった。
「締めて、一万百五十円です」
塔子は店員の言葉をきいて、ポケットから一万円札を取り出すと、
「釣りはいらないわよ」
と、言った。
「塔子、釣りどころか、百五十円足りないぞ」
「端数は勇人に任せるわ。取っときなさい。フッフフフフ、今日もいい買い物が出来たわねぇ」
「あっ、そう……。僕の収支がマイナスなんだけど」
僕はそう言うと、仕方なくポケットの財布から百五十円を取り出すと、レジの横に置いた。
「一万百五十円、ちょうどいただきます。ありがとうございました」
店員にそう言われて、僕は二つのレジ袋をぶら下げて、塔子についてコンビニを出た。
よろよろとレジ袋をぶら下げて、僕は塔子の後ろを歩いて着いて行った。全く、こういう時くらい、アポーツやテレポートを使えばいいのに。
「早く来なさい、勇人。今日は、対ダーク・トリニティーのための作戦会議をするわよ」
へいへい、分かりやした。僕は、平の戦闘員一号かい。この場合、「イーッ」とでも答えるべきなんだろうか。
僕は帰宅すると、一旦荷物を塔子の部屋へ運び込んだ後、着替えをするために自分の部屋まで戻った。制服を脱いで、GパンとTシャツに着替えると、窓のカーテンを開けた。目の前に見えたのは、着替えをしている塔子の下着姿だった。そう、僕の部屋と塔子の部屋は、向かい合わせだったのだ。
(あっ、ヤバイところを見ちゃったかな)
僕がそう思ってカーテンを閉めようとした時、塔子が僕の方を見た。
(あ、しまった。見つかった)
と、思う間もなく、目の前に下着姿の塔子が現れると、僕は頭を掴まれて床に叩きつけられていた。
「い、痛え」
「当たり前よ。何で、人の着替え見てんのよ!」
塔子はテレポートで僕の部屋に瞬間移動してきたのだ。僕は頭をさすりながら、下着のまま僕に馬乗りになっている塔子に反論した。
「だったら、着替える時は、カーテンぐらい閉めろよ。透視能力を使えるのは、お前くらいなんだから」
「別に勇人になら、下着姿だろうと裸だろうと見られたって平気よ。私が怒ってんのは、それであんたが欲情してることよ」
と言って、僕の股間を指差した。
「お前も、何で人の局部ばかりピンポイントで透視してるんだよ。僕のアイデンティティーは、股間にしかないのか?」
と、僕は反論した。すると塔子は、
「そうね。こんな物が付いているから、いけないのよね。……今のうちに引きちぎっておこうかしら」
「待って! 何てひどいこと考えてるんだよ。それより服を着ろよ。年頃の女の子が、男を床にねじ伏せて、下着姿で馬乗りになってるなんて、ハレンチだぞ」
「あっ。もう、見るな!」
そう言うと、塔子の姿が消えて、圧迫感がなくなった。塔子がテレポートで自分の部屋へ瞬間移動したのだろう。
僕は、念のために塔子の部屋の方を恐る恐る見てみると、部屋のカーテンが閉じられていた。
ふぅ。毎日がこの調子である。不幸だ。不幸過ぎる。この手記を読んでいるあなた、解ってくれるだろうか。
僕は、平穏な日常を、ただ普通に過ごしたいだけなのに。
しばらくすると、頭の中に塔子のメッセージがテレパシーでとんできた。
(早く来なさい、勇人! 作戦会議をするわよ)
その爆発的な思考波で、僕の頭は崩壊寸前になっていた。キーンと、まだ耳鳴りがしている。
ああ、行かなくては。アポーツで呼び寄せられる前に行かないと、どんな事をされるか分かったものじゃない。
僕は急いで階段を駆け下りると、玄関から飛び出した。そのまま隣へと走る。そして、塔子の家の玄関を開けると、
「おじゃましまーす」
と言って、中に入った。そのまま階段を上がって塔子の部屋へ向かった。
部屋の前で、一応ノックをすると、
「おい、入るぞ」
と言って、ドアを開いた。
「遅かったじゃない。もっと早く来れないの」
と、塔子は偉そうな態度で僕に言った。
「僕は、お前みたいにテレポートとか使えないんだよ。これでも急いで走ってきたんだ」
「そ。なら許してあげる」
僕は一瞬、イラッとしたが、塔子には絶対に勝てるはずがないので、渋々彼女に従っていた。
今日の塔子は、いつものジャージではなく、デニムの短パンにダボダボのトレーナーを着ていた。左の肩がはみ出して、肌が見えている。
「勇人、見て見て。今日はジャージじゃないんだよ。少しは高校生らしく見える?」
そう言われて僕は、塔子の姿をじーっと見ていた。
(何かあまり代わり映えしないなぁ。元々色気なんて無いし)
僕が不思議そうに黙って観ていると、塔子は、
「何で黙ってるのよ。「ジャージは高校生らしくない」って思ってたのは勇人じゃない」
と言って怒り出した。
「もう、しょうがないわねぇ。ほらほら勇人、肩紐が見えてないでしょう。この下、ノーブラなんだよぉ♡」
彼女のその言葉にも、僕は何を言っているのかよく分からず、ホケーとしていた。すると、塔子は、僕の股間をジッと睨むと、
「何で欲情しないのよ! 私、色っぽくないの?」
と言ったので、僕はこう応えた。
「いや、特に代わり映えしないけど」
「どうして欲情しないのよ! 頑張って色っぽい服を選んだのに。勇人のバカ!」
と言うと、僕の身体に電撃が走った。
「ウギャァァァァ」
僕は彼女の怒りの電流で、完全に三途の川の岸辺まで行ってしまった。
(な、何が気に入らなかったんだ? ああ、死にそう)
塔子はヒーリング能力で、僕の治療をしていた。一体、彼女の望みは何だったんだ? 僕はどう答えれば良かったんだ?
「聖勇者「ユウト・アキレアス・カイン」は、私をメロメロに愛してるのよ。だから、私が色っぽい格好の時は欲情しないといけないのっ! ……もぅ、いいわ。欲情なんて、自分でコントロール出来ないしね」
また、名前が変わってるぞ。それより何だよ、その設定。じゃぁ僕は、塔子をどこまでも愛していないといけないのか? 僕は普通の彼女がいいのに。ふ、不幸だ。
「じゃぁ、作戦会議をするわよ」
塔子はそう言うと、床にあぐらをかいた僕の前に、数枚の紙を並べた。
「これは昨日の不良……じゃ無くって、ダーク・トリニティーの手先の記憶から、私が念写した画像よ」
今、不良って言いかけたよな。確かに言い直したよな。
ところで、念写は塔子の超能力の一つなので、触れておく必要があるだろう。
【念写】
これは、もう完全にお馴染みの能力だろう。だが、一応念のために解説しておく。塔子は、記憶の断片や関係のある物体から、それが関係している画像を、思念でもって描き記す事が出来るのだ。
インチキ紛いの超能力者がよくやるような、ポラロイドカメラなど必要ない。タダの紙切れがあれば、彼女は画像をその上に焼き付けることが出来るのだ。
塔子の並べた念写画像は、どれも廃ビルの中を表しているようだった。
「たぶん、これが奴等のアジトの中だと思うの。場所は町外れの廃ビルね」
塔子がそう言うのに対して、僕は次のように訊いた。
「その廃ビルをどうするんだよ?」
「もちろん、乗り込んで、悪の組織ダーク・トリニティーを叩き潰すのよ」
と彼女は、悪魔のような笑みを浮かべると、そう言った。
「そこに乗り込んでも、あの不良達がいるだけじゃぁないのか」
僕が疑問を言うと、塔子は、
「大丈夫。あいつ等の頭の中の記憶は、全て消しておいたから、このビルの事も忘れてるわ。言葉も忘れてるから、もう一回赤ちゃんからやり直しね」
と、平然と言ってのけた。なんてひどい事をするやつだ。僕は、彼女の逆鱗に触れる事は絶対にしないようにしようと、再度、心に誓った。
「じゃぁ、明日、決行だから。釘バットとかチェーンとか、凶器を用意しておいて」
と、塔子は言った。
「物騒だな。そんな物が要るのかよ」
「勇人の分よ。私は、凶器が無くったって戦えるから」
そうだった。むしろ塔子は凶器で戦ってくれた方が、被害者が少なくてすむかも知れない。
どっちにしても、僕は塔子の行動に巻き込まれるんだ。家に防弾チョッキなんかあったかなぁ。無いとは思うが、念のために調べておこう。
そうして、その日、僕はやっと彼女から開放されたのだ。
ああ、疲れた。僕は自宅のダイニングで、夕食のカレーライスを突きながらボーッとしていた。こんな毎日が続いたら、身が保たないぞ。と言うか、今までよく保っていたものだ。
塔子によると、僕は千五百年以上に渡って、こんな事を続けていたと言う。もしそれが本当なら、僕に転生の能力を付けてくれた人を僕は恨むぞ。もう、死んでしまいたい。死んだ方がマシかも知れない。
前途有望な若い少年時代が、塔子との黒歴史で埋め尽くされていくのに、僕は随分疲れていた。そのお陰で、なんとなく食も進まない。このまま、即身成仏してしまった方が、幸せなのかも知れないなぁ。
等と、いつまでも後ろ向きな事を考える僕だった。
突撃、町外れの廃ビル
次の日は休日で学校は休みだった。
僕は、朝から塔子の家の玄関にリュックを背負って立っていた。左手には鉄パイプと工事現場で使うようなヘルメットをぶら下げていた。傍らの塔子は、手ぶらで立っていた。作戦のために動きやすい服装を選んだのだろう。半袖のTシャツに、デニムのスリムなハーフパンツを履いている。足元は当然スニーカーだった。
「さて、塔子、準備は出来たぞ。行こうか」
と、僕は塔子に話しかけた。そして、玄関のドアを開けようとした時、
「その必要は無いわよ」
と、彼女が言った。そして、塔子は僕の肩に手を乗せると、一瞬で風景が変わった。いつもの瞬間移動である。
「着いたわよ」
彼女が言うとおり、僕達は町外れの廃ビルの前に立っていた。
「どうする、塔子。シャッターが閉まってるぞ。裏口とか探すか?」
僕がそう訊くと、彼女はニヤリと薄笑いを浮かべると、
「もちろん、正面から押入るに決まってんじゃん」
と物騒な事を言って、両腕を挙げた。すると、彼女の両手の間に火花が散り始めた。
「おい、こんなところで「光の剣」を使うのか? 物騒だぞ」
「内部に直接テレポートするのは、トラップを考えると危険なの。それに、この方が手っ取り早いでしょ」
【サイコスピア】
別名、「光の剣」とも言う。ESP波をプラズマに変えて凝縮したエネルギーの刃を放つ、必殺技である。超人○ックもよく使う、強力な技である。塔子にかかれば、コンクリートの壁や、防爆隔壁でも難なく破壊してのける、恐怖の技だ。
これをまともに食らったら、対核シェルターに避難していても、ハリボテの家くらいの価値しか無い。塔子はそんな物騒な超能力でも、何のためらいもなく使う。
「フフフッ。薄っぺらいシャッターなんて、私の手にかかれば、アルミホイルみたいな物よ。全て吹き飛べばいいんだわ」
そう言いながら、塔子は邪悪な笑みを浮かべると、サイコスピアをシャッターに向けて投擲した。まばゆい光が飛び散ると、シャッターの横の壁に直径五メートルくらいの大穴が開いていた。穴のフチは、熔けた溶岩が冷えて固まったようになっていた。
「何でシャッターじゃなくて、横の壁なんだ?」
僕は彼女に訊いた。
「シャッターにトラップが仕込まれているかも知れないじゃん」
塔子はそう応えた。でも、透視力を使えば、そんなの分かるんじゃないかなぁ。僕には、単に自分の力を鼓舞しているようにしか見えなかった。
「さぁ、乗り込むわよ。壁が熱いから気をつけてね」
塔子はそう言うと、先に立って穴からビルの中に入って行った。仕方がないので、僕もヘルメットをかぶると、後を着いて入って行った。壁が未だ熱を持っていて熱い。毎度毎度、彼女の超能力には驚かされるが、『鉄筋コンクリートの壁を溶かして蒸発させる』なんて、常識外れである。溶け残った鉄筋が、未だ熱を持っていて、赤い光を放っている。
この超能力を人類の殲滅に使われない事を、僕は感謝している。人類のために頑張ってくれ、ダーク・トリニティー。本当に存在すればだが……。
廃ビルの一階には、人気が無かった。あの不良達が使っていたのだから、もう誰もいないのかも知れない。
と、そこへ、上の階から階段を降りてくるような足音が聞こえた。あんなに派手な入り方をしたので、誰かが確認に来たのだろう。
「誰か降りてくるわ。人数は一人ね。捕まえて情報を取りましょう。勇人、どこかに隠れていて」
そう言われて、僕は廃ビル内の物陰に身を潜めた。
階段を降りてきたのは、ピアスを付けた不良っぽい小柄な男だった。一階まで降りると、壁の大穴を見て驚いていた。
「何だこりゃぁ。一体、何があったんだ?」
と、驚愕している不良の目の前に、塔子がテレポートで姿を表すと、いきなり殴りかかった。
「うらぁ、念力パンチ!」
塔子に殴られた少年は、反対側の壁まで十数メートル以上も吹っ飛ぶと、そのまま床に滑り落ちた。
【念力パンチ】
これは塔子の能力の中でも、極めて強力な技だ。身体機能を強化した自分のパンチにサイコキネシスを乗せて、敵をぶん殴るのである。彼女にかかれば、自動車どころか、重戦車でも一撃で粉々に吹き飛ばしてしまう、恐ろしい技だ。
古の超能力者、イナ○マンも、止めの一撃に使っていたくらいの強力な技である。手加減をしないと、普通の人間なら、五体が粉々になって飛び散ってしまうような、物騒な能力だ。
案の定、殴られた少年は、口や耳から血を流しながら、全身をひくつかせていた。手加減はしたのだろうが、何か、手足が有り得ないような方向に曲がっていた。取り敢えずは、まだ死んではいないようだ。
「さぁて、それじゃぁ情報を抜き取ろうか」
と言って、塔子は少年に近付いた。
「塔子、勿論怪我は治してやるんだろうな」
僕がそう言うと、塔子は、さも鬱陶しそうに振り向くと、
「分かったわよ。治しとけばいいのね。もう、面倒くさい」
「えっ、もしかして放っとくつもりだったのかよ」
僕にそう言われて、塔子は、渋々腰を降ろすと、少年の身体に手をかざした。
「えーとぉ、全身複雑骨折、脾臓と膵臓が破裂、折れた肋骨が肺に刺さっていてぇ、それから心肺停止、出血多量で血圧降下、後頭部が陥没、……てなとこか。ホレ、チチンプイプイのパ。はーい、治りましたよぉ。さて、後は頭の中身か。おバカなところだけは私にも治せないから、一回臨死体験させとく?」
「もういいよ、塔子。死人が出なかっただけで、僕はもう十分だ」
僕は、額を押さえて、ようやっとそう応えた。
「じゃぁ、後は私の好きにして良い?」
「殺さなけりゃ、どうしたって良いよ」
「わーい、やったぁ。それじゃぁ、脳ミソの中かき混ぜちゃうぞぉ」
と、塔子は無邪気な子供のように、活き活きと少年の脳をハッキングし始めた。
「ふむふむ、なぁるほどね。それでぇー、そうしてぇ、そうなのかっ」
彼女は、自分にしか解らない事を呟くと、
「ホンじゃぁ、全部忘れてねっ」
と言って、少年にデコピンをした。
「もしかして、また記憶を引っこ抜いたのか?」
僕がそう訊くと、塔子は悪魔のような笑みを浮かべて、
「そうよ。当然じゃない。ぜぇーんぶ抜いちゃったわよ。これでアホの子が一人出来上がりぃ」
と、ケラケラと笑いながら言ってのけた。
恐ろしい。何から何まで、恐怖の塊だ。どうして彼女みたいな人間がいる? いや、超人だったか……。
この世に神とか仏とかは存在しないのか? もし存在しているなら、今すぐにここにやって来て、天罰を加えて欲しい。塔子に敵うのならの話ではあるが。もしかしたら、彼等でも敵わないかも知れないと思うと、僕は身体の芯が凍りつくような気がした。
ひと通り、少年の記憶を覗くと、僕達は不良達に見つからないように、そろそろと上階への階段を登っていた。
「階段には、トラップは仕掛けられてないみたいね。敵の集結してるのは、最上階の四階ね。勇人、慎重にね」
【千里眼】
塔子は透視能力だけでなく、遠く離れたところの状況を見透すことが出来るのだ。テレポートやアポーツを使うときに必要な能力である。この能力のお陰で、変な所に瞬間移動したりしないようにすることが出来る。
また、今回のように、離れた場所の偵察をすることにも使える。超能力者としては、どちらかというと、平凡な能力だ。だが、塔子の場合は、平凡ではない。彼女にかかれば、ここから月の裏側の状況でも、見透す事が出来るだろう。
今塔子は、この廃ビルの中を見渡して、状況を把握したのだ。
僕達は、目標までの階段を、恐る恐る慎重に登っていた。こんな所に二人だけで来ようなんて、普通の人間なら気がふれていると思われるだろう。だが、塔子は別格である。僕は、塔子が片っ端から不良共をコテンパンにやっつけるのを横で見ているだけしかできない。考えようによっては、楽なもんではあるが。
僕達が四階に着いた時、廊下に人の気配があった。僕は別にエスパーではないが、塔子と一緒にいるうちに、人の気配の読み方などを学習したのである。実は大昔の剣豪のように修行で覚えたのではなく、塔子にお仕置きをされないために、自然に身に付いたものだが。
塔子は、階段の端で止まると、次のように言った。
「見張りみたいなのがいるわね。三人。皆、金属バットで武装しているわ」
お馴染みの透視力である。さて、塔子はどうするつもりなのかな?
「ホンじゃぁ、ぶっ飛ばすぞぉ」
と言って、彼女は突然姿を消した。得意の瞬間移動である。僕も急いで階段を登ると、廊下に飛び出して、鉄パイプを構えた。
僕が最初に見たのは、廊下にぶっ倒れている不良達と、彼等を嘲笑うかのように見下げている塔子の姿だった。空気にオゾン臭がする。きっと電撃を使ったのに違いない。
「ウフフフフ。そこいらの三下ごときが、私に敵うはずなんて有り得ないわ。当然! しごく当然の結果よ。皆、私の力の前に、平伏すがいいのよ。アッハハハハ」
ああ、間に合わなかったか。僕が鉄パイプで殴ってやった方が、どんなに楽だったろう。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
「あら、勇人、今頃来たの。遅いよ。もっとまいていこうよ、まいて。次は本丸に乗り込むわよ」
と、塔子は言うと、突然僕の手を引っ張った。すると、一瞬にして、どこかの会議室のような所に僕等は瞬間移動した。
そこには、十数人の不良っぽい男達が居座っていた。
突然に現れた僕達に、彼等は少し驚いたものの、すぐに僕達を威嚇してきた。
「何だお前ら。いったい何処から出てきたんだよ」
「俺達に何の用だよ」
如何にも頭が悪そうである。普通の常識のある人間なら、いきなり出現した僕達に違和感を持って驚くだろう。しかし、不良達は、テレポートで瞬間移動してきた僕達に、何の違和感も無く食らいついてきた。
「フフゥン、ヒヨッコ共が。偉そうな事、言うんじゃないわよ。まとめて、逝っちゃいなさい」
塔子が自信たっぷりに言うと、左手を胸前に挙げた。何か大きな衝撃の塊が飛んでいく気配がすると、目の前の不良達が頭を押さえながら、次々と倒れていったのである。皆、白目をむいて、鼻や耳から血を流していた。
【サイコボム】
これはテレパシーの応用技である。塔子の膨大なESP波をテレパシーに変えて、相手の脳内に直接叩き込むのである。
大きな音を近くで聞くと、大音響で鼓膜が破れるのと同じである。頭の中で膨大なテレパシー波が爆発的に響くのだ。普通の人間なら、脳が破壊されて廃人となる。そんな危険な技を、塔子は何の後ろめたさすらなく使う。この凄まじい地獄絵図を、僕は呆気にとられて黙って見ていることしか出来なかった。
彼女は、しばらく全滅した不良達を冷たい目で見ていたが、突然、サイコキネシスで大きなコンクリートの塊を持ち上げると、一人の不良目掛けて投擲した。
「いつまでも寝たふりをしてるんじゃないわよ!」
彼女がそう言い放つと、突然コンクリートの塊が、空中で静止した。
「サイコキネシス! あいつらの中にエスパーがいたのか」
僕が驚いていると、倒れている不良達の中から、一人の少年が立ち上がった。彼は呟くように、こう言った。
「ご同類がいたとはな。俺も驚いているよ」
彼が言い終わるやいなや、コンクリートの塊は無数の石礫に砕かれて、僕達を襲った。
「それぐらいで勝ったつもり」
と、塔子が言う前に、無数のコンクリートの礫は、僕達の周りの目に見えない透明なバリアに弾き飛ばされていた。
【サイコバリア】
これはテレポートの応用だ。時空間の位相をずらす事で、何ものをも通さない鉄壁の防御バリアを張る超能力である。塔子の場合、太陽の中に突入しても、何のダメージも受けないぐらいの、強力な防護能力を持っている。核攻撃の中心部にいても、平然としているだろう。
「少しは出来るようね。でも、あんたなんかに「同類」なんて言われたくはないわね。あんたの攻撃なんか、私には通用しないわよ」
塔子が、薄笑いを浮かべながら言い返すと、
「それはどうかな」
と、少年は、挑むような口調で答えた。
すると今度は、少年の周りに、渦を描くような空気の塊が出現すると、ミサイルのように僕達に四方八方から襲いかかった。
「エリアルビュレットね。無駄よ、あなたの攻撃は、全て私に無効化させられるのよ」
塔子は、世間話をするようにそう言うと、僕達の周りで小爆発が起こった。
【エリアルビュレット】
これは塔子も使える攻撃技だ。
サイコキネシスで圧搾空気の弾丸を作り出して、敵に目掛けて発射するのである。塔子が使った場合、大木の幹をへし折る事も可能な、炸裂弾のような攻撃だ。
しかし、そんな超能力も、塔子の前では無力だった。僕達の周辺で、ポンポンという爆発音がしたが、ダメージは丸でなかった。
逆に、今度は塔子が逆襲に出た。
「フフン、どぉ。じゃぁ、あんたにこれが防げる?」
と言うと、塔子の頭の上で、バチバチと火花がスパークしていた。光の剣である。彼女は、頭上に作り出したサイコスピアを、少年に向けて無造作に投擲した。
「な、何! 光の剣だと。貴様、どれ程の力を持っているのだ」
少年は両腕を胸前にかざすと、間一髪でサイコスピアを受け止めていた。だが、その反動までは完全には打ち消すことは出来なかった。少年は、サイコスピアを受け止めきれずに、奥の壁まで吹き飛ばされていた。そのダメージがいかほどのものか、少年の腕は肘から先が消失し、口からは大量の血を吐いていた。
「貴様、ただのエスパーではないな。一体何者だ!」
少年の問に、塔子は答えた。
「私は四之宮塔子。あんたもエスパーなら、噂くらいは知ってるんじゃないの」
すると、少年は驚愕したように、口をポカンと開けていた。
「シノミヤ? トーコ? ……トウコか! そ、そんなバカな。「トウコ」の噂は、伝説の中の話じゃなかったのか」
驚く少年に対し、塔子は、
「そうよ。危ない火遊びなんかしてるから、こんな事になるのよ。で、あんたはどうして欲しい? 原子分解? それとも、廃人になりたい? 何なら、カエルに変えてあげる事も出来るわよ。そうね、これはステキね。『カエル』に『変える』なんて、なんて気の利いたダジャレでしょう。うふっ、私って賢い♪」
と、塔子は無邪気に少年に訊いた。
「トウコの噂って、ただのガセじゃぁ無かったんだ。だがこれならどうだ」
少年が言い終わるより早く、僕達の真上の天上がひび割れて、たくさんのコンクリート塊が降り注いできた。少年のサイコキネシスである。しかし、それは、僕達の周りで煙のように霧散していた。
【分子分解】
これは、物体の分子結合を切り離して、一瞬で塵に返す能力だ。塔子の前では、コンクリート塊の雨だろうが、火山岩が降り注ごうが、一瞬で塵にしてしまう事が出来る強力な力だ。また、敵陣の防御隔壁や基地の入り口を分解したりと、攻撃にも防御にも使える、マルチな超能力である。
少年の攻撃を防いだ塔子は、少し考え込んでいたが、すぐにこう言った。
「ウフフ、いい事思いつ〜いた。あなたは火葬にしてあげるわ」
塔子は高飛車にそう言うと、指をパチンと鳴らした。それと同時に、少年の身体は炎に包まれ、焼け焦げていった。少年の悲鳴が、辺りにこだまする。
【パイロキネシス】
これは、目標の分子運動を高速化して高熱を発生させ、焼き尽くす能力だ。塔子の力の場合、高層ビルを丸ごと火事に出来るほどである。ちっぽけな人間の場合、あっという間に消し炭になってしまう。
案の定、彼はどうする事も出来ずに、またたく間に灰になってしまった。
「さぁて、ミッションコンプリート。ウフフフフ、今日もまた一つダーク・トリニティーの基地を壊滅できたわ。私の力をもってしたなら当然、しごく当然の結果ね。それじゃぁRTB、帰りましょう、勇人。アッハハハハ。爽快、爽快」
と、塔子は高らかに笑うと、僕の肩を叩いた。その瞬間、辺りの景色が変わった。ここは塔子の家の玄関である。現場からテレポートしたのだ。
「あー、良い汗かいたわ。私も世界平和の一助となったんだから、立派なものね。ねっ、勇人、そう思うでしょう」
僕は塔子にこう訊かれて、黙って頭を立てに振る事しか出来なかった……。
彼等がダーク・トリニティーだったかどうかは知らないが、たった二日間で死人が一人と廃人が十数人以上だ。エスパーがいてさえである。そんな暴挙を、塔子は意気揚々と遊び感覚で実行してしまう。彼女にとっては、片手間の暇つぶしみたいなものである。
恐ろしい。塔子が本気になれば、世界最強の軍隊をもってしても、一日、いや一時間と保たないだろう。僕は、そんな塔子に恐怖を抱いていた。