チョコレートのプレゼント
《登場人物》
徳永 真実 (35) 警視庁刑事部捜査第一課警部
高山 朋美 (30) 同 巡査部長
東海林 鏡花(32) パティシエ
東海林 弘樹(故人) 会社員 鏡花の夫
渡辺 マリエ(24) パティシエ
加藤 啓太 (35) 警視庁刑事部鑑識課係長
住宅街
徳永と高山の2人は鏡花の自宅を出て、駐車場へと向かう。
警部の顔はどこか考えている顔だった。
「やれやれだよ。してやられた」
「えっ?」
「東海林 鏡花だよ。おそらく彼女だ」
「まさか疑っているんですか? 彼女を!? こんなにチョコレート頂いたのに……」
5分前 鏡花の自宅。
2人は捜査本部に戻る為、玄関で革靴を履こうとしていた。
「ちょっと待ってください」
彼女は小包を2つ持ってくる。
「ああ、本当にお構いなく。結構ですよ」
「いえいえ、持って帰ってください。チョコレートですけど」
徳永と高山は、少々、戸惑いながらも頂く事にした。
「あ、ありがとうございます」
鏡花は2人にニコニコしながら言う。
「このチョコレートは、早めに食べることをおすすめします。溶けちゃうので……」
徳永は礼を言った。
「ありがとうございます。家でゆっくり食べますよ」
――――――――――――
「なぁ、おかしいだろう? だってあんな所で、食べましたって答えるかい? まぁ、食べたのが事実だったらもはや消化されて証拠にならないだろうね……」
「でも、どうしましょうね? このチョコレート?」
「う~ん、君が食べたらいいんじゃない?」
投げやりに彼は答えた。
「じゃあ、もらいますね」
「管理官には知らせるなよ。色々とうるさいから……」
徳永は高山にそう言い、少々、鏡花の言動について考えてみる。
「う~ん。あっ、そのチョコ、僕の分あるよね?」
「ええ、ありますけど……?」
「それやっぱりもらうよ」
巡査部長は、疑心の顔をしながら、警部に訊いた。
「はぁ。いいですけど、なんかあったんですか?」
「いいや。別に……なんでもないよ。気にしないでくれ。それより、面倒になってきたなぁ。とにかく要注意だね」
2人はそんな会話をしながら、駐車場へと向かって歩いて行く。
警視庁鑑識課
「で、このチョコなんだよ?」
加藤は嫌々な顔をしながら、徳永と高山の2人が持ち帰ったチョコレートをパソコンで調べている。
「やれやれ、しかもそのチョコ、俺のじゃないんだろう?」
鑑識の調べたリストを、見ながら徳永は答えた。
「ああ、そうだよ。お前のじゃない」
「バレンタインデー終わったはずなのに、何で、俺のじゃないチョコレートを調べなくちゃなんねぇんだよ」
「仕事だからな」
「ったく、今度おごれよな」
加藤は皮肉を徳永に向けて発しながらも鏡花からもらったチョコレートの成分表を、調べていく。
パソコンの画面を見つめてみると加藤は何か違和感を覚えた。
「あれ?」
「どうした?」
「なんかおかしいな」
徳永は加藤が触るパソコンの画面を後ろから見た。
「ああ、チョコレートにしては、鉄分が多すぎる」
「鉄分?」
「こんなに鉄分が検出されるとは、なんか鉄分の入ったビタミン剤とかぐらいだが、おかしいな」
と考えながら加藤は眉間にしわを寄せている。
警部は加藤に訊いた。
「被害者は何回殴られたんだ?」
「1発だが?」
徳永は加藤の言葉を聞いて、整理し、事件現場で落ちていたチョコレートの破片を思い出す。
「このチョコレートと、現場で発見されたのと比較してくれないか?」
「ああ、分かった。任せろ」
徳永は振り返って高山の様子を見る。高山は、テレビ局がとっていた鏡花のインタビューを鑑識課の職場のテレビで確認している。
映像は、最優秀賞を受賞した時のインタビュー。
『まずは、応援してくれた方々に感謝とお礼をありがとうございました。最後に一言だけ、チョコレートは冷やして食べてね!』
徳永は、テレビのスピーカーから聞こえた声に反応した。
「あ、高山君! ちょっと巻き戻して……」
「えっ? あ、はい」
巡査部長は、警部の言われた通りに、リモコンを操作していく。
「そこで止めてくれ」
巻き戻しが終わり再生へ。
『では、東海林さん。今のお気持ちを!』
『まずは、応援してくれた方々に感謝とお礼をありがとうございました。最後に一言だけ、チョコレートは冷やして食べてね!』
徳永は更に高山に言った。
「また戻してくれ。すぐ前の所」
「はい」
もう一度、高山は、リモコンを駆使して徳永の言う映像の場面に戻す。
『最後に一言だけ、チョコレートは冷やして食べてね!』
「チョコレートは冷やして食べてね! ……か」
「なんかわかったんです?」
高山は後ろに立っている男の顔を眉間にしわを寄せながら見つめている。
しかし徳永は高山の視線に目を向けることなく、考えていた。
「冷やして食べてね。冷やして食べてね」
徳永はちょっと前の出来事をフィードバックさせて脳内で再生した。
脳内では鏡花とのやり取りがDVDの如く再生され、鮮明な映像を感じている。
『このチョコレートは、早めに食べることをおすすめします。溶けちゃうので……」
『溶けちゃうので』
『溶けちゃうので』
「やはり、そうか!」
加藤の叫びが徳永の脳内DVDに一時停止ボタンを押す作用を働かせる。
「これを見てくれ! 面白い結果になったぞ」
徳永と高山はパソコンのモニターに丸眼鏡を光らせながら画面を見つめた。
「チョコの成分も現場に落ちていた奴と成分が合致した」
「つまり……」
「お前がもらってきた奴と現場の奴、面白い事に凶器の可能性が出てきたってことさ」
鑑識課長の言葉を耳にして、警部は何かを思いついた。
「ちょっとお菓子買いに行ってくるよ」
高山は徳永の言葉の真意がよくわからず聞き返す。
「お菓子ですか?」
「ああ、ちょっと甘いものが欲しくなったんだ」
加藤はパソコンの表示するリストを印刷し終えて、印刷用紙を徳永に渡した。
「これ、持ってけ! だいぶ相手を落とす材料にはなるんじゃないか?」
「どうだろう? 要素としては弱いかもしれんが、まぁ、持って行くよ。ありがとう」
徳永は、リストを持って鑑識課を後にした。
加藤は出ていく警部を見送った後で、高山の顔を見つめている。
「オメェは行かねぇのか?」
高山は綺麗な笑顔で答えた。
「私は管理官にお呼び出しを受けておりますので……」
いつもはあまり自分には見せない笑顔を彼女はしてきたので加藤自身、高山に少々気持ち悪く感じている。
「ふ~ん。なるほど」
加藤はため息をついて、再び自分のパソコン画面と戦うことにした。
第9話でございます。
今回は、ちょっと引っかかる場面でしたね。
次回をお楽しみに!!




