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対峙:鏡花の証言

《登場人物》


徳永 真実 (35)  警視庁刑事部捜査第一課警部

高山 朋美 (30)     同 巡査部長

東海林 鏡花(32)  パティシエ

東海林 弘樹(故人)  会社員 鏡花の夫

渡辺 マリエ(24)  パティシエ

加藤 啓太 (35)  警視庁刑事部鑑識課係長


 数日後。  鏡花の自宅。




 徳永は再び高山と共に、鏡花の自宅へ来ていた。

 目前のインターホンを徳永は押して反応を待つ。

「はい」

 徳永は今まで見たことのない笑顔を作り上げ見えていない相手の鏡花に対して告げた。

「どうも。警視庁の徳永です」

 高山もぎこちないスマイルで答える。

「同じく高山です」

 しかし、インターホンはカメラ機能付きではなく、声だけが聞こえるタイプだから、顔なんか見えるはずがない。

 インターホンのスピーカー越しから鏡花の声が響く。

「またあなた方ですか。……どうぞ。今、開けます」

「感謝します」

 徳永は笑顔をやめ、軽く溜め息をついた。

「やれやれ」

 玄関のドアが開き、開いた先に、鏡花が立っている。

「どうぞ。上がってください」

 徳永はニコッと反応して、鏡花の言葉を飲んだ。

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」

「し、失礼します」

「どうぞ中にお座りなってください」

 中は綺麗なモダンカラーを基調としたリビングとお菓子職人のこだわりのダイニングキッチン。

「わぁ、綺麗ですね~」

 高山は思わず、心に留めておく言葉を漏らした。その言葉を聞いた鏡花は少し顔を緩めて、返す。

「仕事柄、逆に綺麗じゃないとやっていられなくて……お葬式や色々とバタバタしていて、あまり掃除できていないですけど、すいませんね~」

 にっこりとした表情を壊す事なく、警部は返した。

「いえいえ、お構いなく」

 徳永の目線で鏡花を観察すると彼女は奥のキッチンで何か作業をしている。

お茶の葉を出し、近くでコンロの音が聞こえた。

「あの~お構いなく結構ですよ」

 高山は、鏡花に向けて言ったが、鏡花は続けた。

「いいの。あの時は申し訳ない事をしましたからね。まぁお菓子とお茶ぐらいは用意しますわ」

 そう言いながら、鏡花は長方形のお盆にお茶の入ったコップとお菓子の入った皿とフォークをそれぞれ3つ分置いて、2人が座っているソファーのテーブルまで運び、目の前に置いた。

 お菓子は生チョコ。チョコレートとちょっとした香り付けのオレンジリキュールの香り、ココアパウダーがふんだんにかけられている。

生チョコが放つ香りは、刑事2人に糖分欲求を直撃させる香りだった。

「いい香りですね」

 と徳永は一言、鏡花に言うと、彼女は誇ったように彼に返す。

「そりゃー仕事柄ですから、人に出すものはしっかりしておかないとダメですよね。どうぞ召し上がってくださいな」

「私、甘いものには目がなくて……いただきます」

「どうぞどうぞ。美味しいから食べてくださいな」

 鏡花に言われるがまま高山は、生チョコを口へと入れた。

 苦味のあるココアパウダーが甘味のあるチョコレートを優しく調和させ、アクセントになっている。

「う~ん! 美味しいです!」

「最近では、この緑茶とチョコレートは合うとか合わないとか……」

 高山は鏡花の言葉を鵜呑みし、実践してみる。だが、その結果は巡査部長の顔がとても機嫌が良くなった事から、彼女の実践はいい方向に向かった事を証明した。

 その隣の様子を暖かい目で見ながら、警部が鏡花に言う。

「鏡花さん。お菓子談義はありがたいのですが、お仕事上、いろいろお話を聞かなればなりませんのでよろしいですかね?」

 軽く苦い顔をしながら徳永は言った。鏡花は自分のチョコをほおばりながら返した。

「ええどうぞ」

「ありがとうございます。では、早速、弘樹さんはどうして、別荘に向かったのでしょうか?」

 鏡花は真正面で座っている男の顔を見ず、リビングの窓から映る景色を見つめながら答える。

「そうね~あの人は何より別荘が好きでしたからね~まぁ、何より嫌だったんでしょうね。婿養子でここに来るのが」

「なるほど。でもおかしくないですか? 別荘には何も食料もなかったんですよ。通常、そんな所、行きますかね?」

「どうでしょうね。あの人かなり動く方でしたから。仕事でも趣味でもなんでも。それに、よく別荘の様子を見に行くってこともありましたから、手入れとかで……」

 徳永は、首で話に反応しながら考えていた。

 その隣で生チョコの味に惚れた高山はずっとフォークで四角い立方体を突き刺しては、口に運ばせている。

「なるほど。あ、そういやコンテスト優勝されたそうですね? おめでとうございます」

 鏡花は手にとっていたコップを置いて、徳永に目を向ける。

「まさか刑事さんに『おめでとう』っていう言葉を聞けるとは思っていませんでしたわ」

「我々も仕事人間ではありませんからね。今も仕事中ですけどね」

 徳永の一言には、隣でチョコレートによって糖分を刺激され、甘い余韻に浸っている高山への皮肉がこもったものだと鏡花は感じ取った。

 巡査部長は手を止めて、やっと仕事に入る。

「……すいません」

「うん。それで東海林さん。お伺いしたいのですが、コンテストで出された作品は、どこにあります? お持ち帰りになったと主催したホテルの支配人やスタッフの方にお聞きしましたので」

 鏡花は、真正面にいる男を最初に会った時からマークしていた。もちろん、この質問が来ることも予測済みだった。

 彼女はニッコリとした笑顔で、答える。

「ああ、それでしたら、ちょっと案内しましょうかね」

 鏡花はソファーから立って、徳永に言う。

「ええ、勿論。高山くんはそこにいて」

「わ、分かりました」

「じゃあ行きましょうか。物は地下室にあるんです」

 徳永と鏡花の2人で、地下室へと向かっていく。

 地下室は玄関とつながった廊下の階段にあり、下へと降りていった。

 鏡花は地下室へと入り、電気をつけた。

 地下室からとても冷たい風が、徳永の頬を当てる。

「冷たいですね」

 電気がついた瞬間、地下室の様子がお披露目になった。

「どうぞこれが冷たい風の発する理由です」

 地下室には多くのチョコを利用した作品が透明なガラステーブルに飾られている。

「保存の間は、こうやって飾っているんですよ」

「保存の間ですか?」

 鏡花は地下室の気温をデータ温度計で測っており、地下室の温度表示がされている。



《室温:7℃》



「チョコレートの保存期間は冷凍でも1ヶ月はこうやって保存しているんです。地下室の改造は苦労しました。本物の冷蔵庫のようにしたかったので……」

 徳永の表情は既に寒そうで、少々震えながら言った。

「な、なるほど、す、素晴らしい作品達ですなぁ。いやぁ~いい。上がりましょう」

 徳永は地下室から出ようとした時、1つの作品に視線が当たった。

「これは……」

「これが数日前のコンテストで最優秀を獲った作品のプレゼントです。ネーミングの悪さはお気になさらず……」

 徳永は写真のプレゼントと今、飾られてあるプレゼントと比較した。

「あれ、このプレゼントちょっと違いますねぇ」

 鏡花は照れながら答える。演技では負けていないと考えていたのでちょっとオーバーだったが、違和感は感じてない。

「それは、実を言うとレプリカなんです。本物は食べちゃいました。コンテスト終了後に……」

 徳永は微笑みながら納得する。

「あ、なるほど、お腹すきますものね。わかりますよ」

 鏡花はこの場を切り抜けたのか……よく分かっていなかった。

 飾られた作品をチラッと見て警部は地下室をでていく。

「貴重な作品を見せていただき、ありがとうございました」

 地下室のドアを閉め、鏡花は階段に上がっていく。

 彼はリビングに向かい高山の座っているソファーに再度座った。

「お帰りなさい。このチョコレート美味しいですよ。食べないんですか? 警部?」

 高山は既に自分の生チョコを食べきっており、欲しそうな目で徳永の分の生チョコを見つめている。

「いいよ。君にあげるよ」

「いいんですか!? ありがとうございます!」

 高山は徳永の言葉を聞いて礼を言って、右手で皿をとっていく。

 その動きは鷹の様に素早かった。

「1つ浮かんだんですが、宜しいですかね?」

 鏡花も座り直して、丸眼鏡を掛けた男に返す。生チョコをほおばりながら。

「ええ、どうぞ」

「先ほど、プレゼントを1人で食べたとおっしゃられましたが、一人で食べれたんですか?」

「は?」

 徳永は、ニコニコしながら鏡花に言う。

「いや~だって写真のプレゼントどう考えても大きさ的にも一人では食べきれる分ではないと思うんですよねぇ」

 鏡花は、少しだまりながらも冷静な態度で返していく。

「確かに食べ切るには無理があるわね。1日では……。でも、コンテストが終わって数日も経っていますから、日によって食べましたわね」

 鏡花は、ゆっくりと落ち着いた動きでコップに緑茶を入れて、再び口へと注ぎ込んでいく。

「なるほど、そうですよね。てっきり、1日だと思っていましたよ~」

 高山はゆっくりとメモをしながらフォークで生チョコを刺して口へとほおばる。

 質問の視点を徳永は変えた。

「では、何故、食べたんです? 他に食べる物は一杯ありましたでしょうし、地下室の作品を見ましたけど、1番新しい物を食うなんておかしくないですかね~?」

 丸眼鏡の男。鏡花は警察の中でも特に注意してマークしていた男性の質問に内心ヒヤヒヤでいた。

 鏡花自身、落ち着きと演技力のおかげで隠す事が出来ている状態だから良いものの、一般の奴では絶対に『自分がやりました』と自白してしまいそうになるくらい鋭い。

 彼女は、落ち着いた表情で徳永の目を見た。

「あの作品は失敗作だから食べました。って言ったら笑いますか?」

 丸眼鏡の男は少し考えながら、対面に座る女性に返す。

「そうですね~面白い答えですね。って笑います」

 徳永は笑った。鏡花も笑っている。

 警部の隣で高山はなかなか見ない徳永の表情を捉え、少し不安に駆られながらも、2人の笑いにつられながら、軽い作り笑いをした。


第8話でございます。今回は再び徳永と鏡花が対峙しましたね。次回はどういう展開になっていくのでしょうか?


次回をお楽しみに!!

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