弘樹の浮気相手 2
《登場人物》
徳永 真実 (35) 警視庁刑事部捜査第一課警部
高山 朋美 (30) 同 巡査部長
東海林 鏡花(32) パティシエ
東海林 弘樹(故人) 会社員 鏡花の夫
渡辺 マリエ(24) パティシエ
加藤 啓太 (35) 警視庁刑事部鑑識課係長
同日 夜 渡辺マリエの自宅
マリエは業務を終えて、帰路に着き、家のドアの鍵を差し込んだ。
鍵を左に回して、開錠される音を確認し、ドアを引いて中に入る。
誰もいないけど、彼女には独り言のように発する一言があった。
「ただいま~~」
人によってはよくある行動をし、真っ暗な部屋をあかりのスイッチを押す事で、部屋一面、光に包まれた。
「やれやれ。疲れた~」
カバンをソファーに置いて、洗面台に向かう。
今日、1日戦った手を石鹸と優しい温度の水で洗い流し、綺麗にしていく。マリエにとってこのひと時は聖域みたいなものである。
すると、インターホンが鳴り部屋の一面で機械音が鳴り響くのを感じた。
「は~い」
マリエは手を洗い終わり、玄関の方へ向かう。
「は~い?」
「夜分にすいません。警視庁刑事部捜査一課の徳永です」
「同じく高山です」
マリエは数時間前にあったあの2人組である事を思い出し、すぐさまドアを開ける。
「ど、どうも」
と徳永はにっこりとメガネを光らせた。
「この時間ならご自宅にいると、お聞きしましたので……」
「あ、はぁ。ここではさすがにアレなので、中にどうぞ」
「失礼します」
2名の刑事は、マリエの部屋に上がり、家を見渡す。一人暮らしの女性の部屋は、綺麗に整えられた生活館あふれていると感じ取れた。
「それで、お話というのは、何でしょうか?」
「東海林弘樹さん。ご存知ですね?」
マリエは徳永の言葉を聞いて、ちょっとの間、黙り込む。
「差し支えなければ、教えていただいてもよろしいですかね?」
「あの人とは関係を切ったんです。私、弘樹さんが既婚者だったなんて知らなくて、私と会う時、必ず指輪を外していたみたいで……何もないんですが……」
とマリエはお水をテーブルに2つ置いて、刑事の対面側に座った。
「あ、ありがとうございます。そうですか~ちなみに渡辺さんは、現在の弘樹さんについてご存知ですか?」
マリエは弘樹の名前を刑事の口から直接聞いた時点で、弘樹の身に何かあったこと、もしくはやらかした事。この2つ選択肢のどちらかである事であると考えていた。
「弘樹さんの身に何かあったんですか?」
徳永は口ごもったが、高山が代わりに告げる。
「残念ながら東海林弘樹さんはご自身が別荘の方で遺体となって発見されました」
「そ、そうですか」
落胆しているところを見て、徳永と高山は何とも言えない空気を味わう事になってしまった。
「す、すいません」
「いえ、いいんですよ。弘樹さんとは数日前に別れましたし」
「……そうでしたか」
少しの沈黙が3人の周りを包み込む。
沈黙を破ったのは、徳永だった。
「どうして弘樹さんは、別荘に向かったのでしょうか?」
「えっ? どうしてでしょうね? 私は流石に、弘樹さんではないので……」
「ですよね~」
徳永は、軽く笑っていたが、隣の高山は、警部のにこやかな表情と話の釣り合わなさに、嫌悪感がましている。
「ちなみに、久留嶋ホテルのお菓子コンテストに参加されました?」
マリエは、少し考えた後で述べた。
「一応、参加はしましたが、その時は運営スタッフとして動いていましたので、作品の展示やコンテストの管理でしたね」
「なるほど。という事は、コンテストに出された作品について色々とご存じなわけですね?」
「ええ。一応ですけど」
「鏡花さんの作品も扱われた?」
「ええ、最優秀賞を取られた東海林鏡花さんは、作品の写真を撮られた後に持って帰られましたからね。一番印象に残っていますよ。あの大会でご自身の手でもって帰られるというのは、なかなかありませんでしたから……」
高山は鏡花の話を聞きながら、手帳に情報を記載していく。
マリエの話を聞きながら、徳永はその話について深く掘り下げていく。
「ちなみに鏡花さんについては、何かご存じですか?」
「いえ。弘樹さんの妻だったという事は知っていましたが、それぐらいなだけで、後はどんな人だったかまでは流石にわかりませんでした。それに彼女がパティシエだった事も、コンテスト当日に知りましたので……」
「なるほど~ちなみに鏡花さんの作品について何かご存じではないですか?」
「作品の形は写真展の方で見ていただければ分かるとおり、トロフィーぐらいの大きさの銅像で、重さは~確か、軽かったですね。、ただ、ものすごく硬かったです」
「そうですか……ありがとうございます」
徳永の腕時計は既に20分を過ぎている。
「そろそろ失礼しようか。色々と訊く事が出来たし、あ、お水ありがとうございました」
徳永はそう言ってお水を飲みほした。
「いえ」
「あ、最後に一つだけ、貴方はチョコレートの作りによっては固さとかは変わると思いますか?」
「さぁ、どうでしょうか? すいません。そこまでは考えた事ないですね」
「そうですか。お忙しい時間を頂き、ありがとうございました」
高山も続いて告げて、手帳をカバンにしまった。
「ありがとうございました」
2人の刑事はソファーから立ち、玄関に向かっていく。靴を履いて、高山は先にドアを開けて外で待機した
徳永は外へ出る前に、マリエに一枚の紙を手渡した。
「もし何かありましたらこちらの方にお電話を……」
マリエは頷いた。
「あ。はい」
「では」
彼はにっこりと笑顔で返して、外へと出ていく。
ドアがゆっくりとしまっていき、最終的に部屋には1人、マリエが玄関とリビングのつながる廊下で立って見送る状態だった。
マリエは重い緊張を感じたのか……リビングに戻って、ソファーに寝そべる。
「やれやれ」
と彼女は深くため息をついた。
マリエの自宅をあとにした刑事2人は、駐車場に止めている車に向かって歩いていく。高山は確認を込めて徳永に訊いた。
「どうですか?」
「あんまり怪しいという感じはしなかったんだよね」
「たしかにそうですね……」
徳永は丸眼鏡を外してレンズ拭きを取り出し、拭きながら歩いていく。
「やはり、東海林鏡花に話を聞く必要があるね。一応、彼女の動向を観察する必要があるね」
「そうですね……」
2人は住宅街の灯りの影響に照らされる夜道を歩いて行った。
第7話でございます。次回はどんな話が展開されていくのでしょうか? お楽しみに!!