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追い詰めた真実

《登場人物》


徳永 真実 (35)  警視庁刑事部捜査第一課警部

高山 朋美 (30)     同 巡査部長

東海林 鏡花(32)  パティシエ

東海林 弘樹(故人)  会社員 鏡花の夫

渡辺 マリエ(24)  パティシエ

加藤 啓太 (35)  警視庁刑事部鑑識課係長

 


 徳永の一言は、鏡花にとって重い一撃だった。

 


 彼は私が弘樹を殺害した事を知っているみたいで、嫌な相手だけど、今の発言で確実に鏡花の人生史上、最大の敵となる。

 鏡花は、ゆっくりと背中を後ろに動かして、柔らかいクッションの入ったソファーに身を預けた。

「それは冗談で言っているのかしら? だとしても笑えませんね」

 徳永はいつもの笑顔で答える。

「いいえ、決して冗談ではないですよ。鏡花さん」

 いらつく顔。今にでも潰したい顔と心の中で感じている鏡花。

「じゃあ説明してもらおうかしら。私の納得がいく説明を……」

「ええ、勿論、そのつもりですよ。だからここに来ていますからね。2つ目の凶器はどんなものなのか? 鏡花さん? どう思いますか?」

「どう思いますって? ちゃんと答えを用意しているのでしょう?」

 徳永に対して挑発じみた発言を彼女はするが命取りだった。

 自分の推理を徳永は、目の前の女性に披露していく。

「弘樹さんを殺害に使用された凶器は、鈍器の様な物でした。でも凶器は発見されず、持ち去られたか、既に隠滅されていたかのどっちかです。あなたは、事前に隠滅できるような凶器を作っておいたんですよ」

 徳永の話を聞きながら、鏡花はティーカップを持ち、そこに淹れた紅茶が独特な深い香りをたたせている。

「なるほどね。面白い話じゃない。続けて……」

 徳永は話している途中である事を思い出し、隣で警部とパティシエのやり取りを見つめる高山に頼んだ。

「高山君。悪いんだけど今から、車に置いてある荷物を取ってきてくれないか?」

「あ、はい。分かりました」

 巡査部長は、警部から車の鍵を渡され、席を外す。

 徳永は続けた。

「これで少々の間、2人で、いや、1対1で話ができますね。続けましょう。あなたは、あらかじめ隠滅できる凶器を作った。しかも丁度良い時期に大会もあった……」

「それで?」

「あなたは思いついたのでしょう大会後にでも硬いプレゼントっていうチョコレートのトロフィーを」

 徳永は丸眼鏡を外し、スーツの胸ポケットに眼鏡のツバを引っ掛けた。

「鏡花さん。あなたはそれを使って弘樹さんを撲殺した。面白い事に、一発で仕留めた事、そして奇妙な事に、チョコの破片が床に落ちていた。おかげさまで、成分表のやつも取れたことですし……」

 目の前の男が披露する推理に対して鏡花は声を荒げて返す。

「ちょっと待って! でもチョコでは殺せないわよ。固くても結局は食べ物よ。一回、殴っても殺せないのは目に見えてるでしょ!?」

「ええ、そうでしょう。だからこそのチョコレートなんですよ」

「?」

 鏡花は徳永の言葉の意味を理解できなかった。

「おそらくあなたは、大会当初から、トロフィーの中に金属の型を仕込んでおいた。そしてそれを隠す様に、チョコレートをふんだんに使ったんですよ。かなりの硬さがあったみたいですよね? それに重いはず」

 徳永の推理による鋭さが、鏡花の平静を打ち砕こうとしている。

 しかし、これについてはきょうかは反論してきた。

「それを使って私が弘樹さんを殺したっていう証拠になると言うの? だったら愚答だわね」

「と、言うと?」

 徳永の眼は、鏡花の目を見つめる。それなり刑事人生を歩んできた男にとって犯人のオーラについて分かる。

 彼女はまさにそのオーラを発現しているのを警部は感じた。

 だが、鏡花は自信満々に勝ち誇った顔で答える。

「作った人間が言うけど、あのトロフィーには、チョコレート純度100%なのよ。残念だったわね。刑事さん。コーヒーのお替りはどう?」

「いえ、結構です。そうですか。惜しいなー。でも、外はチョコで覆われていても、中はどうなっていたのか分からなかったので、金属かと思ってたんですよね」

 鏡花は徳永の言葉を呆れながら、反応している。

「だからチョコですって……金属を入れたら頑丈になるのは分かりますけど、見栄えは最悪。そんな事したら、『チョコレートの魔術師』と呼ばれている私の名が廃るわ」

 自信満々に言葉をあの刑事にぶつけてやった。作った人間が真実を言えば、奴も受け取るだろうなと考えていた。そのはずだった。

 徳永は、自分の首を軽く縦に振って反応しているが。

「なるほど……だろうと思いましてね……」

「?」

 鏡花は徳永の軽い笑みに再び恐怖と焦燥に感じる。

「中の問題を考えていると、どうしようもできないので、外の部分だけを考えてみました」

 鏡花は徳永の発言を理解できない。いや、出来たら理解などしたくはない。しかし、話をつなげていかないと怪しまれると思い、聞き返した。

「外の部分?」

「ええ、外の部分です。弘樹さんを殴った時に付くはずなんですよ。殴打痕と血液がね。もしチョコレートのトロフィーを使った場合、そのチョコには何がつくと思います?」

「……さ、さぁね」

 徳永は鏡花の言葉を無視して進めていく。

「血液が付着するはずなんですよ。トロフィーを使った場合」

 鏡花は対面側のソファーに座る男にいら立ちを隠せない。徳永は気にせず話していく。

「良いですか? トロフィーを使ったという根拠は明白です。これが証拠です」

 おもむろに小さめのナイロン袋を徳永は、ポケットから取り出す。


 ナイロン袋に入った物。


 

 それは現場で発見されたチョコレートの破片だった。

「それは? チョコ?」

「ええ、よくご存知ですね。現場で発見されたんですよ。これ」

「!?」

「前、成分表を見せたのを覚えていますか? 成分表に使ったやつはこれですよ。これで分かったのは、現場にチョコレートはあったという事です」

 鏡花の焦燥は、もはや隠し通す事はできない。

「だからといって、わ、私が弘樹さんを殺したという証拠にならないわ」

「ええ、そうですね。だからね。そろそろ戻ってくる頃ですね」

 徳永がそう言っていると、丁度、頼まれた荷物を取りに行っていた高山が戻ってきた。

「ほら、帰ってきましたよ」

 紙袋に入った荷物を持って高山は、警部とパティシエの居るリビングへと入る。

「警部。持ってきましたよ。これでいいんですかね?」

「待ってたよ! ご苦労様」

 高山は徳永に紙袋を手渡した。

「いえいえ」

 再び徳永の隣に高山は座り、息を整えている。

 警部は軽く上機嫌ながら紙袋の中身を確認した。

「これこれ」

 刑事2人が放つオーラに、置いてけぼりにされた鏡花は、苛立ちと焦燥と憎悪が一気に押し寄せ、頭痛が起きそうになっている。

 鏡花のいらだちに気づいた徳永は軽く謝ってから話を続けていく。

「あ、すいません。話を止めちゃいまして。意外と残る物なんですよね。あ、そういや、チョコのプレゼントありがとうございました」

 その言葉を聞いて内心、彼女は安堵した。

「そうですか。どうでしたか。味は」

「多分、おいしかったと思いますよ。ね? 高山君?」

「ええ。ちょっと苦かったですけどおいしかったですよ」

 高山の反応、徳永の言葉を聞いて、少し疑問を持った。

 

『おいしかったと思います』


『おいしかったと思います?』


 鏡花の脳裏には、丸眼鏡の男が発した言葉が駆け巡っているが、なにかおかしく感じ、対面側の丸眼鏡に訊く。

「えっ? 徳永さん。チョコ、食べてないんですか?」

「あっ、すいません。実を言うと食べる事が出来なくなってしまいましてね。これが今回の事件の3つ目のポイントになるんですよ」

「?」

 徳永は、紙袋から小さなクーラーボックスを取り出して、ゆっくりとテーブルに置いた。封を開けて、冷たい箱の中に手を入れる。

「3つ目。凶器は何処に行ったのか? どこへ隠滅したのか……答えはこれですよ」

 徳永は、箱から一つの物体をテーブルに置いた。

「それは!?」

 鏡花は、物体を見て、驚愕している。それもそのはず、徳永の持った物体は、鏡花が徳永に向けてプレゼントしたチョコレート。

 今では、ルミノールのおかげで食べて良いという色はしていない。

「何で!?」と徳永に対して鏡花は言っている。

 次の瞬間、鏡花の心を貫く一言を、徳永は放つ。

「すいません。実を言うとチョコレート、嫌いなんですよ。私」

「!」

 鏡花の心中で、何かが音を立てて、崩れ去った。

 冷気により、丸眼鏡が白くなったのが分かり、徳永はレンズ拭きでレンズを綺麗にしている。

「鏡花さん。見ての通りこのチョコに血液反応が起きているのは分かりますか?」

 徳永の指摘を両耳で受け止めながらも彼女は、両手で口を押えて、沈黙している。

 丸眼鏡を掛けて徳永は推理を目の前の女性にぶつけた。

「おや? だんまりですか。では、教えましょう。あなたは、弘樹さんを殺害した後に、隠滅工作を行った」

 対面側の彼女が平静を装うのは、もう限界だった。

「もうやめて……」

 徳永は無視して続ける。

「それを物の見事に、チョコレートに戻した」

 鏡花は声を荒げた。

「やめて」

 だが、徳永はやめずに声を少し上げて続ける。

「そして我々が食べて隠滅する……そうすれば自然と凶器は消えていくわけです」

 鏡花はソファーから立ち上がり、叫んだ。

「やめて!」

 対面の女が発する叫びに対して負けじと徳永は大きく声を荒げ、叫び返す。

「それは自白とみていいんですか!?」

 鏡花の叫びが収まった。

 自分の精神の奥底を突かれた様な指摘。彼女は言い逃れができない状態となり、何も言い返せない。

「……えっ、そ、えっ」

 徳永はゆっくりと彼女に向かって告げた。

「それは自白ですか?」

 もう言い逃れはできない。


 

 将棋で言う『詰み』。



 パフォーマンスで言う『フィニッシュ』。

 


 この状況が今のパティシエにふさわしい言葉だろう。彼女にとって良い意味ではないが……

 鏡花は、ゆっくりソファーに座った。

 徳永はさらに付け足す。

「我々にあげたチョコレート、これが貴方の犯行を証明しました」

 黙ったまま、鏡花はリビングの窓から写る景色を見ている。

 止めの一言を徳永は笑顔で放った。

「プレゼントする相手を間違えましたね」

 数分間、3人は沈黙して静かな部屋の空気を味わった。対面の彼女は、紅茶を飲んで一息つこうとするが、全然付くことができない。

 簡単に自分の犯行が崩れ去ったのだ。一息つく余裕なんてとうにない。

 鏡花はゆっくりと我に返り、ずっと見つめている徳永に訊いた。

「どうして、私だと?」

 少し徳永は考える。ちょっとした後で答えていく。

「怪しいと感じたのは、最初に会った時です。あなたの近くで甘い香りを感じたんです。そうチョコレートの。弘樹さんを殺されてすぐなのに、気にせずお菓子を作るなんて普通ありえませんからね。それに次に怪しいと思ったのは、メッセージです」

「メッセージ?」

 徳永はさらに説明していった。

「どんな雑誌やテレビのインタビューであなたの特集を拝見したんですが、どの一言にも最後は『チョコレートは冷やして食べてね!』ってあったんですけど、私達に渡したプレゼントの時だけ、『早めに食べることをおすすめします。溶けちゃうので……』ておっしゃったんですよね。何故、対比していることを言ったのでしょうか? ちょっと気がかりになりましてね」

 話を聞きながら、鏡花は、ティーカップに入った紅茶をゆっくりと味わう。

「なるほどね。それは迂闊だったわ」

「1つ教えてほしいのですが、よろしいですか?」

 ティーカップを置いて、視線を高山へ。

「いいわ。答えてあげる」

「ありがとうございます。どうして弘樹さんを?」

 彼女は、淡々と弘樹を殺害した理由を高山に述べていく。

「あんな男、殺されて当然よ。他の女の方に目がいっちゃって。それが許せなくて……許せなくて……ま、これであたしが楽にしてあげたから、もう他の女に目が行かないようにしてあげたの。それだけ」

 典型的な嫉妬。これが理由だった。

「そうですか」

 高山は自分で訊いた身ながらも恐怖感を感じている。彼女の動機を聞いた徳永は、軽く視線をそらした。

 彼が心底、感じたのは、女性というのは怖いものだという事。

 

 隣の巡査部長は除いて。


「皮肉なものね。チョコレートで追い詰められるなんて……」

 徳永は窓から見える綺麗な庭を見つめた。

「チョコレートの魔術師。名前の通りでした」

 鏡花は徳永の言葉に頷いている。








 数日後



 警視庁で一つ、話題になった事がある。それは徳永のチョコ嫌い。


 それから当分の間は、それを色々な警察関係者や加藤にいじられる徳永であった。






               ―― END ――


最終話です。 いかがでしたでしょうか。徳永警部の事件簿第2弾。


超展開や下手くそながら皆様の応援や感想、アドバイスなどのおかげでここまで頑張って来ることができ、完結することができました。最後まで作者の拙い文章と表現でしたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。


※この物語はフィクションです。実在の団体や企業とは全く関係ありません。


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