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SKY WORLD  作者: 青瓢箪
ゼルダ 西オルガン編
73/232

パブ

 いつものパブに入ると、店内の客全員と店主は、店の奥にある小さいテレビ画面に見入っていた。

 競馬中継だ。

 西オルガンには、ゼルダで一番大きい競馬場がある。

 歓声と溜息の混じった競走の結果の後、


「よう」


 一人が気付いて、リックに手を上げた。


「よう、リック。久しぶりだな。向こうに戻ったのかと思ったぜ」


 彼は、同業者だ。

 この西オルガンのゴシップを、本国に持ち帰るのが彼の生業である。

 彼の一番のお手柄は、政界のサマリール氏とグレートルイスの女優との関係を暴露したことだろうか。


「まだ、三週間ある。今回は、延長申請しようかと思ってる」


 リックは答えて、皆と同じようにテレビに見入った。


 西オルガンに滞在できる期間は、一回につき基本二ヶ月と決まっている。

 皆が本土に帰りたくなくなるのは、目に見えてるからだ。

 1年間に、西オルガンに滞在する期間は、半年が上限。

 となると、二ヶ月間滞在するなら年に三回は西オルガンに来れることになる。


「延長? ネタ切れか」


 聞く男に答えようとしたリックに、店のマスターが、目前のカウンターに勢いよくビール瓶を置いた。


「よお、リック。どうした。えらくスッキリした顔してるな。風呂でも入ってきたのか」


 まあな、とリックは答えて、ビール瓶の先を口に突っ込む。


 先程の彼女との情事を思い出し、ニヤける。

 頬が緩むのを抑えきれない。


 この幸運をここにいる連中に声を大にしてひけらかしたい願望はあるが、そんな事をすると彼らから袋だたきにあうことはまず間違いないので、黙っているのが賢明だ。


「リック。お前今日、来なかったな」


 端のカウンターに座っていた男が、リックに声をかけた。彼とも、同業者だ。


「ヴィッキーが、現地入りしたぜ」


「ヴィッキーか。彼女最近、新鮮味がなくなってきたんだよなあ」


 リックは、二口めのビールを喉に流し込みながら言った。


 ヴィッキーこと、ヴィクトリア=フォン=ターナーは、言わずと知れた外務局長官キルケゴール氏の往年からの愛人である。


 彼女の華やかな美貌もさることながら、話題性について彼女を超えるものはそういない。


 第一に、彼女の出自は東オルガンにいまなお存在するグレートルイスの王族である。

 しかも彼女は、先の戦争でゼルダに亡命し、時のグレートルイス大統領暗殺に関与した疑惑を世界中から向けられ、この国で自殺したヘアトン氏の妹であった。


 それだけで話題性は十分なのであるが、加えて彼女の妖艶な独特のファッション、気性が激しいわりに脆く、度々精神科にかかっていること、他のキルケゴールの愛人たちへの嫌がらせの武勇伝…と、リックたちから見れば垂涎もののネタのオンパレードなのが彼女という人物である。


「もう彼女四十路近いし。そろそろ、新手のライバルでも出てきてくんないと、盛り上がりにかけるなあ」


 リックは煙草を出してくわえた。


「それがよ、本土からの情報だが、今回キルケゴールさん、歓楽街パラダイスから一人連れて来るみたいだぜ」


 カウンターの端の男が言う。


歓楽街パラダイス?」


 リックは驚いた声を上げた。


「おう、お気に入りが一人いるらしい。クラリスの再来か、その上をいくんじゃないかっていわれてる子だそうだ。歓楽街パラダイスの子が西オルガンに来るなんて、初めてじゃないか?」


 リックは思い浮かべる。


 新たな敵であるのは、完全な女性ではない美貌の人物。

 そんな相手にヴィッキーは果たして、どう出るのか。


「そりゃ、楽しみだな。本土からのダークホースか」


 唇の片端を上げてリックは煙を吐いた。


 ここ西オルガンでは、毎年この時期に終戦記念、返還記念として開催される各国の要人を招いてのパーティーがある。


 その要人たちの顔触れを撮るのが、リックをはじめとした報道関係者たちの、本来の西オルガン来地申請理由である。


「本土は、どうなんだ。落ち着いたのか?」


 店主がカウンターに両手をついて、リックたちに聞いた。


「まあ表面上はな。とりあえず」


 リックの隣りの男が答えた。


「ああ、あっちに帰りたくねえ。恐えもん。マスター、いいよなあ。俺と代わってくれよ。頼むから」


 冗談なのだろうが、気持ちの入った彼の言葉の響きにマスターは、苦笑しながら首をゆっくりと振った。


 西オルガン居住権は、抽選だ。

 この地に居住しているゼルダ人は、どんな暮らしをしていようと、本土の人間から見れば憧れの強運の持ち主たちである。


 外務局員の次に、うらやましがられるもの。

 それは、西オルガンの住民だ。


「爆破事件に巻き込まれるとかよ。そんな、最期は勘弁だわ」


 三ヶ月前に起きたフォークナー告別式爆破事件。


 直後はセパ市内に厳戒態勢がひかれたが、現在は緩解しつつある。


「あれか。キルケゴールさんの部下だったキースって奴が、やっぱり犯人か?」


 店主が聞いた。


「キース=カイルだろ。まだ若いのに、なにトチ狂ったのかねえ。あれだな、エリートにはヤバイ奴が多いってことだな。ほら、天才とバカは紙一重とか、それと似たようなもん」


 リックの隣りの男が店主に答えるのを聞いて、リックは顔をしかめた。


 今日、その名を聞くのは二回目だ。

 俺のチャンスをふいにしやがった、馬鹿野郎。


 ――この世は、ラッキーとアンラッキーの繰り返し。


 俺がグレートルイスで生まれ育って、この国に来たのも、爆破事件に巻きこまれるか、そうでないのも。

 要は、どれだけタイミング良くその波に乗るかだ。


「キースって名前の奴は、むかっ腹立つ野郎ばっかりだな」


 苦々しげにリックは吐く。


 一瞬の沈黙の後、店主が追加注文のビール瓶を音を立ててリックの前に置いた。


「悪りいな。俺も、キースだが」


 リックはまずった、と目を見開く。


「あ、そうなの? マスターは、違うけどね」


 あわてて言うが、店主の表情は思わしくない。


「……マスター。マスターの自作アンティパストスペシャル、頂戴」


 リックは仕方なく注文した。


「あいよ」


 目の前のキースはにっこりと営業スマイルをすると、早速準備に取りかかった。


 ……値段は張るのに、量も味もイマイチという皆から不評の看板メニュー。


 ――この世は、幸運と不運の繰り返し。


 極上の女性を抱けるのも、高くて不味い飯を仕方なく頼むのも。


「お前にも、やるよ」


 隣りの男に力なく告げたリックは、彼の着ているセーターに目をとめる。


「……紺、だな」


 煙草をくわえながら彼のセーターに手を触れ、色を確認する。


「何だ?」


 彼が訝しげに聞いた。


 西オルガンでの買い物は高くつく。

 本土から見れば、ふざけんなと言ってやりたくなる値段だ。


「セーター、交換しねえ? お前の髪色なら、こっちの方が似合うって」


 彼の明るめの栗色の髪を見ながら、リックは笑顔で言った。







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