出会い
危険地帯から出て、通りのバス停でバスを待っているデイーは、向かいの時計屋の入り口にかかっている大時計を見た。
23時45分。
もしかして、最終のバスは早めに行ってしまったのかもしれない。
十五分待って来なかったら歩いて帰るか、とデイーは思ってため息をついた。
斜め後ろから、口笛が聞こえてデイーは思わずそっちを振り返り見た。
街娼の女たちが手を振ってデイーに愛想を振りまいていた。
デイーは顔を赤らめてうつむいた。
この国に来てから、自分の容姿が相当この国の人々に受けることをデイーは知った。
女にも……男にも。
目の前に車が止まり、運転席の男が窓を開けてデイーに声をかける。
NO、と答えてデイーは首を振った。
車は窓を閉めて走り去った。
さっきから、今ので3回目だ。
純血の南部の容姿よりも、いくらか西部の血が混じってる方が更に受けるらしい。
南部の薄めの顔立ちに掘り深さが加わるからだ。
デイーの場合、体型も顔も西部と南部の配合のバランスが絶妙で自分の数段上をいくと、先程別れたアドゥルが言った。
自分でも以前から気づいていた。
さっきのように見るからに金なんて持ってない自分に街娼たちが頻繁に声をかけるのも、職場のコックたちや支配人が雇っているキエスタ人の中で特に自分だけに風当たりがキツイのも。
そういうことなんだろう。
来月から、訳の分からない理由でカラフや自分を始めとしたコック見習いの賃金を下げることを決定したと、今日支配人が自分たちに告げた。
これじゃ、やっていけない。
デイーは途方にくれた。
日々の生活にも事欠く。
ましてや、仕送りなんて。
実入りのいい仕事を紹介しようとしてくれたアドゥル。
先程、彼と別れた場面を思い出す。
それでも。
廊下で見た、病んだ少女の顔が浮かんだ。
ああいうことなら、まだ、自分を商品にした方がましだ。
デイーはキエスタにいる家族を思い浮かべた。
――片脚が不自由になった父、体の弱い母、身重の姉、中等校に通う弟、まだ幼年学校に通い始めたばかりの妹たち。――
俺は、姉と違って妊娠の心配はないし、気をつけるのは病気かヘンな客につかまらないようにすればいいだけだ。
家族にはバレなきゃいい話だし、ここはキエスタではない、グレートルイスの地だ。
デイーは自分に言い聞かせるように心の中で繰り返した。
ふいに目の前にまた車が止まった。
窓を開けた運転手の男に、デイーは反射的に首を横に振ってしまい、車は立ち去った。
しまった……。
デイーは後悔して息を吐いた。
時計を見ると23時50分をさしていた。
あと10分で日付けが変わる。
それまでに声をかけられなかったら今日はさっさと帰ろう。
声をかけられたら。
……その時は絶対、車に乗る。
決意してデイーは顔を上げて前を向いた。
向こうの通りの街娼たちが派手な笑い声を上げた。
短いスカートに倒れそうなほど不安定な高いヒールを履いた彼女たち。
彼女たちの前に車が止まり、そのうちの一人が誘われた車に乗りこむ。
そういえば相場ってどれくらいなんだろう。
デイーは調べておけば良かったと思った。
と、目の前に黒い車が止まった。
デイーは心臓が飛び上がる。
大きな車体の磨かれた高級車だった。
ガラスには色が入っていて中が見えない。
ドキドキしてデイーは車を見つめていたが窓があく様子はない。
しばらくして車はゆっくりと動き出した。
ほ、とデイーは脱力した。
冷や汗をかいているのに気付いた。
なんだったんだろう。
ひやかしでもないみたいだったけど。
時計を見ると、あと3分で0時だった。
バスはやっぱり行ってしまったのだろう。
遠いけど仕方ない。歩いて帰ろう。
今日の労働で悲鳴をあげている体にムチ打って、デイーは歩き出した。
その時、さっきの車がバックで戻ってくるのを視界の端でとらえた。
再び目の前で止まった車に、デイーは息を飲んで体を強張らせた。――




