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とある日のとある家庭の災難2


 テレビを介して、リビングにコメンテーターの持論が展開される。俺はなんとなくそれを聞きながら、コメンテーターの意見に同意したりしなかったり。

 現在俺の愛する妻は入浴中で、室内には俺一人だ。こんなとき若かりし青少年なら真っ先に覗いたりあわよくば一緒に入浴しちゃったりするんだろうが、もう俺もいい年した大人なのでそのような愚行には走らない。いや、ほんとだぞ。いまソファから立って廊下に出たのは、ただトイレに行こうと思っただけだから。

 まぁ、覗いたところで、相思相愛比翼連理な俺たちにはケンカなどあり得ないと思うけど。きっとなし崩しにイチャイチャおしどり夫婦して、なんだかんだで一緒にお風呂入っちゃってそのままベッドへゴーサインなんだろう。それもいいんだけどね。でも、大切なマイワイフだからそんな半ば強引な持っていき方はしない。

 用を足し終えてリビングに戻ると、テレビではコメンテーターと司会が激論していた。所々で罵声が混じっていて、大人げもなく大喧嘩だ。


「まったく、仲良く話し合って解決しましょうって幼稚園のときに習わなかったのかねぇ」


 まぁ、幼少期の教えなんて大半が抜け落ちるものだけどね。俺も二十五歳になって、やっとそれを痛感するようになったからなぁ。

 だらだらとソファに腰かけようとしたとき、不意に、室内に電話の着信音が響き渡った。ダイニングカウンターにある子機を手に取ろうと歩み寄るが、ふと気づいて途中で足を止める。


「……俺のケータイか。誰だろ」


 ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、ディスプレイを確認してみる。

 非通知着信だった。


「あー、……………………うん……」


 しばしの逡巡の後、終話キー。それに伴って着信音が鳴り止んだ。いやだって、知らない人からの電話なんて怖いし。出たくないでしょ。

 携帯電話をソファに放り、そのまま俺もどかっと深く腰かけた。コメンテーターと司会の論争はCMに寸断されていて、今は最近流行りのアイドルグループたちが、缶コーヒーの宣伝に努めている。可愛らしいとは思う。でも、俺にとってのナンバー1が妻であることは真理なのである。うはは。

 一通りCMが終わって再び番組が始まると、ひとまず休戦としたのか、コメンテーターと司会の熱戦は収まっていた。しかしお互いにまだ思うところがあるのか、心なしか二者ともそっぽを向いているように見える。視聴者としては苦笑いだ。


「……おろ?」


 俺の隣で、先ほど放った携帯電話が再び着信を訴えた。バイブレーションの微振動が小刻みにソファを刺激し、着信音と共に周囲に自己主張を繰り返している。

 うるさいそいつを手に取り、ディスプレイを確認。非通知着信だった。


「……あ、もしかして」


 知り合いが、機種変更してすぐの携帯電話を使用しているのかもしれない。最近の機種の中には確か、デフォルトだと非通知設定がオンにされているものがあったはずだ。恐らく、その設定をオフにし忘れているんだろう。

 通話キーを押して、携帯電話を耳に当てる。


「はい、もしもし」


『もしもしビバぷるひゃっほいでガチパネェっすナウ!』


 ……………………………………


「……………………………はい?」


『いやー今あなたのお家の玄関の前でスタンバってるナウからの突撃お宅訪問中ナウナウ!』


 女性特有の黄色い声で(明らかに若くはない)、なにやら不穏なことをほざかれた。要所要所で現代語が無理矢理にブチ込まれていて意味不明極まりない。

 ……うん、確認作業に入ろう。

 ソファから立ち上がり、リビングを後にする。足音を立てないように気をつけ、且つ可及的速やかに玄関に向かう。

 目的の扉に辿り着いた。相手の話では、この向こうに本人がいるらしいが……

 てゆーか、この状況危なくねーか? 玄関の鍵まだ閉めてないから、相手は簡単に中に侵入できちゃうわけじゃん。なんで律儀に電話なんて寄越すんだろう。

 いや、そんな不安になることはない。相手は知り合いかもしれないんだし。とゆーわけで確認確認。覗き穴に顔を寄せ寄せして、そーっとそこから扉の向こうを窺ってみれば、ほーぅら。


「……………えー」


 なんか、へんなのがいらっしゃった。


『……あれ、いまガチャッて鳴った。あ、もしかしてドア開けてくれたの? ありがとー!』


「いえ、施錠を施しました」


『え? ……あれっ、開かないじゃんっつかさっきまでドア開いてたんだ! えーちょっと開けてくれないとレグザガラパゴスのアンドロイドマジパネェナウギャラクシーなんですけどー!』


「最近の携帯が半端じゃなくすごいのはよく伝わるんですがあなたが今現在そこに立っている理由がわかりません。説明していただけますか」


『……し、してほしい?』


「やおら恥ずかしげな声で乙女っぽさをアピールしなくていいです。さっさと説明してください」


『そりゃあ、アレよ。……好きだから……』


「すいません警察呼んできます」


『あーごめんなさいごめんなさい! ちゃんと話すから!』


 ドアの向こうに立っていたのは、めちゃくちゃにパーマをかけた長髪が顔回りを覆ってライオンみたいになっている、お世辞にも若いとは言えない五十路おばはんだった。もちろん俺には、過去にこんな典型的な団地妻と関わりを持った覚えなど微塵もない。マジで誰だこいつ。


「……で。早く説明してください。でなければ真面目に警察への出動要請を考えます」


『わかってるってば。……えー、ごほんごほん。えっとねー、どうして私がここにいるのかと言うと、それはあなたに落とし物を届けに来たからなのです』


「落とし物、ですか」


『そうなのよー。えっと……これこれ』


 おばはんが覗き穴の前に何かを提示する。「あの、近すぎて見えないのでもう少し離してください」『はいはーい』


 少し距離を開けられ、提示された物が見えるようになった。よく見るとそれは、


「おいコラそれこの土地の権利書じゃねーか」


『うふふー、空き巣にはご注意だゾ!』


「もう落とし物ですらないですね。どうして持ってるんですか」


『パクったウィルからのワズだっちゅーのナウ!』


「すいません、若さを主張しても手遅れな上にいろいろと誤用してます。……えーつまり、あなたが盗んだわけですか?」


『まーそうなるね』


「ということは、ポリスコールするに値する正当な理由が成立したわけですね。いってきます」


『ま、待って待って、話し合いをっ! 話し合いで解決しようじゃないか! 君もリビングでさっき言ってたじゃない!』


「なんで知ってるんですか。もしかして盗聴機とか仕掛けてたりします?」


『ぱんぱかぱんぱんぱーん、大当たりー』


「いってきます」


『ごめんなさいこの通り。お願い、もう一度振り向いて私を見て。さぁ、覗き穴からさぁさぁ!』


「……?」


 仕方なしに振り向いて、覗き穴に目を近づけてみる。

 すると、


『……………………ふぁが………ふごっ』


「……リアルに殺していいですか?」


 ものすげー不細工な変顔をお見舞いされました。ちくしょう殺してぇ。

 珍妙な面白さを狙ったのだろうが、その範疇を突き抜けてもはや奇怪だ。かの珍獣ハンターもハンティング対象に指定できるんじゃないだろうか。


「かずきー! お風呂出たよー!」


 タイミング良く、バスタイムが終わった模様の妻の声がここまで届いた。妻は真っ先にリビングに向かったみたいで、足音が遠退いていく。


「……あれ、いない。かずきーっ、どこー?」


「ここー、ちょっと来てくれるー」


 電話口から『わかったそんなにお呼びなら今すぐバグしに行くから早くカギ開けて!』と、年齢不相応に喜色満面な五十路の声が耳に入るが、無視して妻が来るのを待つ。


「……あ、いたいた。なにしてるの?」


「うおーバスタオル一枚やんけー。サービス精神満載な君を今すぐ抱きしめたいー」


「それはベッドまで、お・あ・ず・け!」


 妻の可愛らしい声にクラッときた。だか、直後に鼓膜に突き刺さる『なに、あなたもあたしを抱きしめたいの!? じゃあ早くこの扉を取っ払ってあたしの胸に飛び込んできなさい!!』という勘違い発言にイラッときた。台無しじゃねぇかすっこんでろクソババァ。


「んでんで、一樹はいったい何してるわけ?」


「えとえと、扉の向こうの不審者おばさんに絡まれてるわけ」


 妻の笑顔が固まる。そして顔を蒼白にして、冷や汗がつーっと額から流れ落ちる。あらあら、もう一回シャワー浴びなきゃね。


「ど、どういうこと?」


「こういうこと」


 一歩横にずれて、覗き穴を妻に譲る。妻はおどおどしながら俺の隣に立ち、そっと覗き穴に顔を近づけると、「……うひゃあ!」飛び上がって俺に抱きついてきた。

 昔からこわがりさんだからなぁ、こいつ。可愛いんだからもう。うへへ。


「だっ、だだだ誰この人! すっごく気味悪くてこわいんだけど!」


「うん。俺も気味悪いっつかすっげぇ腹立たしくなってきたんで、悪いけど警察にレスキュープリーズの電話してくれる?」


「わ、わかった!」


 すたたたっ、と玄関から走り去っていく妻。その際に、細くて綺麗なおみ足の付け根が見えてしまったのは秘密だ。

 さて……


「……もしもし? まだそこにいるんですか?」


『ねーまだー? 早くしないとあたしの胸に飛び込むチャンスが閉店ガラガラしちゃうナウよー?』


「中東人民の『アル』と同じ感覚で若者ぶらないでください。中東の方々に失礼です」


『もー、うるさいなー。……あーじゃあ、ドアに背中をくっつけてみて!』


「……なぜですか?」


『お願いお願い、そしたらもう帰るから』


 なにを考えてる? まさか、俺が背を向けている間に隠し持っていた拳銃で発砲とか? ……いや、だったら今までいつでも打てたはずだよな。なら、刃物か? 後ろから突き刺すつもりとか。……いくらなんでも、刃物じゃ玄関のドアを突き破るのは難しいか。


『ねーえー、まだー?』


「……………わかりました」


 意を決してドアに背を向け、背面をぴったりと張り付ける俺。なんだこれ、この行為に何か生産性はあるのか。


「できましたけど……」


『できたー? ……ねーねー、今あたしなにしてると思うー?』


「な、なにしてるんですか?」まさか、本当に凶器を?


『にゅふふ! あなたと、お・な・じ・こ・と!』


「……はい?」


『ねぇ。あたしたち、一枚の壁を隔てて背中を向き合わせてるんだよ? ……なんか、青春だよね……』


「………………………………………」


『よかった。あたしにもまだ、こんなことできる相手がいたんだよね。これって運命だと思わない?』


 まるっきり人為的じゃねぇかこの女郎。


『……ありがとう。大好き』


「俺は嫌いです血反吐ぶちまけそうなほどに」


『えーなんでー! 雰囲気良かったのにー! ……あれ、なんかサイレンの音するんだけど』


「えぇ。少し前に、警察に連絡させてもらいましたから」


『うえぇーっ!? な、なにしてんの!!』


「いやいやあんたこそそこで何してんですか。俺は近所迷惑も甚だしいと思ったので通報したまでです」


『こ、この権利書もう返さないゾ! 返してほしければ警察を追い返せ!』


「もうすぐ警察の方々が取り返してくれるでしょうし、一度出動した警察を追い返すのは法律的にアウトラインですので承諾できません」


『うっ……な、なら! この権利書を今すぐ破り捨てて亡き者にしちゃうゾ!』


「しかるべき理由があれば再発行していただけるので問題ないです。後片付けよろしく」


『なっ……って、あぁ! パトカーいっぱい! 助けて! お願い助けて!』


「いやむしろ警察の方々、俺たち夫婦を助けてー」


『えーちょっ、待っ……あ、いえこれは違うんですーいやほんとこの扉の向こうがガチどこでもドアでマジパネェくらいエルドラドってゆーかー……いやっ、そんな手錠なんてやめっ』終話キー。




 こうして、俺たち夫婦は救われましたとさ。

 ささ、早く妻を抱きしめにいこーっと!





 〈完〉






 僕の自作の某ショートショートの続編的なやつです。

 暇つぶしにどうぞ(笑)

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