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イヴに私たちは輝かない

 イヴに恋人と過ごせなかったら、負け組なのだろうか。

 その日が近づく度に自分に問いかけた言葉。私は即答でイエスマークを打ち付けたはずだったのだけど、当日になるまでなんの行動も起こさず、結局こうして自室で酒を煽っていた。

 ……こんな男と。


「寂しいよねぇ、聖なる夜にすることが相変わらずただの飲酒ですよ。いいかげん、俺もお前以外の女とイヴを過ごしたいわー」


 毎年同じ人の家に上がっておいてよく言う。行動力が皆無なのはこいつも一緒でしょうに。

 彼は、中学の時の同級生である。中学三年間すべての学年でクラスが一緒で、そこで友好的になって以来、彼とはよく一緒に行動している。いわゆる悪友というやつだ。腐れ縁ともいう。


「お前も寂しいよね、こんなときに彼氏がいないなんて。周りにいい男いないの?」


「いたらあんたなんかと飲んでないよ」


「そりゃそーだ。いつも残念賞だもんなぁ、俺は」


 社会人になって、仕事に縛り付けられるようになってから、私の自由はだいぶ狭いものになった気がする。どのくらいかと訊かれれば返答に困ってしまうけど、そういう実感はある。何もせずに自堕落に過ごすよりは当然いくらもマシだ。けど、仕事に囲まれて嬉しいかと言えばそうでもない。全国の内定取消組にお知らせしたいくらいだ。申し訳ないけど、仕事ってそんなにいいものじゃない。


「……努力することに向いてないんだと思うんだよね、私」


 天井の電気をぼーっと眺めながら、空になったビール缶を音を立てて啜っていた彼に言った。


「なにやっててもね、どうしてかわからないけど、イライラするの。集中できてないだとか最初からやる気がないだとか言われるけど、当たらずとも遠からずというか。そう言われちゃ何も言い返せないし。最近はそんな自分を感じる度に無性に自分が嫌になっちゃってさ…………わかるかな、この気持ち」


「なめんな、わからないとでも思うわけ?」


「ですよねー。やっぱあんたは仲間だわー」


 迷わず答える辺り、こいつも私とさほど変わらない生活をしているのだろう。これが類は友を呼ぶってやつか。していることがただの傷の舐め合いであることを除けば、仲間がいるというだけで大いに喜ばしく思える。私も相当、ダメ人間だ。


「ねぇ。あんた、友達いる?」


「いるよ。だからこうして飲んでるんじゃねーの」


「そうじゃなくて、職場にいるかって意味」


「あー、いるいる、みんな男だけどね。たまに飲み行ったりとかするよ」


「……ふーん」


 そのような友人が同じ職場にいない私は、早くもこいつに裏切られた気分だった。なんだ、だったら今日もそいつらと飲めばいいのに。


「……もう今日は帰って」


「なんだよ突然」


「急にあんたが嫌いになった」


「あれれー? もしやお前、友達いないんだ?」


「そんなことないし。ちゃんといるし」


「隠すなって。だから人肌恋しくて俺を呼んだんだろ」


「……悪いの?」


「いやむしろ大歓迎。男よりも女のがいいよ、一緒にいるなら。なんなら、ほら、今から一緒にえろいことする?」


「そうだね、そうしよっか」


「うわー、ここに痴女がいるー」


「滅茶苦茶にしてくれていいよ」


「なになに、マジになってんの?」


「うん。そういう気分。もう脱ぎ始めていい?」


「いいけど、俺がそういう気分じゃないからえろいことはお預けね」


 彼の言葉を聞き終わらないうちに、私はもう上半身を脱ぎ始めていた。脱け殻となった部屋着のスウェットの上を放り投げ、そのまま下も下ろしていく。


「あれ、下着は脱がないの? すごく見たいのに」


「だったらあんたが脱がして」


「やーだー。飲んでて暑くなったんならそう言えよ、なに強がってんの。そんなに友達いないのが悔しかった?」


 悔しかったのだろうか。わからないけど、多少の自暴自棄を引き起こすくらいには遺憾に思ったのかもしれない。冷静に考えてみると、途端に自分が幼いように思われた。私は情けない気持ちになる。


「……ごめん。すぐ着るね」


「その方がいいよ。風邪ひくから」


 つい先ほど放り投げたスウェットを拾い、再び着込んだ。スウェットにはまだ体温が残っていて、それが私に、自分の行動の益体のなさを思い知らせてきた。男の前で脱いだというのに、衣服があったかいうちにまた着こんでしまうなんて。大胆な行動ができても結局、空回りだ。……いつも、いつも。


「……あんた、後悔とか全くなさそうな顔してるよね」


 私の裸よりもビール缶のほうに夢中な彼に言った。彼はむっ、とした顔をする。


「失敬な。あるぞ、俺にだって」


「例えば?」


「いまお前とえっちできなかった」


「黙れ変態」


「そうだよそうそう、お前はそうでなくっちゃ」


 いきなり向けられたのは、満足そうな笑顔だった。なんか、なんだろう。こいつが私よりも上にいるみたいですごくむかつく。


「どうだ、俺と飲むと色々助かるだろう」


「……そうかもね」


「最近お前頑張ってたんだろ? こないだのメールでそんな感じしたよ」


「いつの? 仕事のことでメールしたことあったっけ?」


「いや、今日の宅飲みのお誘いメール」


「うそ、普段と違ってた?」


「なんとなくだけどね。どこがと言われてもうまく答えられないけど」


 不覚だった。周りには絶対に悟られないようにしていたつもりだっただけに、また少し悔しさが込み上げてくる。と同時に、別の不思議な感情も浮かび上がってきた。なんだろう……嬉しいのか? いやまさか、こいつ相手に?


「無理すんなよ。中途半端なくらいが丁度いいよ?」


「うそだ。中途半端はやめろってこないだ上司に怒られたもん」


「完璧がすべてじゃねーってそいつに言ってやれ」


「あんたが言ってよ。これ以上評価落とされたくない」


「任せろ。機会があればな」


「任せた。期待しないけど」


 それから、私たちは酒缶をたくさん空けた。冗談混じりに語りながら、ときには部屋に笑い声を響かせて。

 私にとって、彼は残念賞。でも、貰って意味のあるものであることには違いない。鼻が詰まっているときに、ハワイ旅行を貰うよりポケットティッシュを貰った方が助けられたりするのと同じ……なのかなぁ。

 これからずっと、クリスマスイヴはこいつと過ごすことになるのかもしれない。恋人なんてお互いできそうもないから、とりあえずしばらくはそうだろう。でも、それはきっといいことなのだ。だって、こうしてこいつとお酒を飲んで笑っている私は、日々の辛さを忘れるくらいには楽しいのだから。

 明日からまた、面倒くさくて、死にたくなるほどどうしようもない日常に肩肘張って飛び込まなきゃいけなくなる。そして私はまた思うはずだ。努力は自分には向いていない、って。

 だけど、今のこの瞬間だけは不思議とこう思えるのだ。


「ぜっっったいに負けてやるもんか」


「その意気その意気。簡単にそう思えるってだけでも、俺たちけっこー勝ち組だよ?」




 〈了〉



 恋人のいない方たちに、僕からささやかな暇潰しをプレゼントさせていただきます。クリスマスももう近いですね。寒くなってきました。みなさん風邪をひかないようにしてくださいませ。

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