虎とボディブロー
「さて、それじゃ説明してくれよ」
チェルシーさんも帰り、何事も無かったかのように、俺と兄貴は自宅へと戻ってきた。そういえば、チェルシーさんは何処へ帰ったんだろう。自分の国とか? いや、某国のお姫様ってのも今考えると怪しいな。
「ふむ、チェルは日本にちゃんといるぞ。本部の方にな」
「……勝手に人の心を読むなよ」
やっぱり兄貴はバケモノだったようだ。まさか読心術まで使えるとは思わなかったが。
「いや、そもそも本部って何だよ!」
俺はリビングのテーブルに拳を強く打ち付けながら言った。
「じゃあ全部説明するから聞き逃すなよ。まず、本部のことだが、私やチェルたちが属している組織『ZODIAC』の本部だ。この組織では能力を扱える人間を見付け、育成し、ええっと、何だろう、そう! 世界平和を維持するために努めているんだよ」
「ぞでぃあっく? 能力? 世界平和ぁ?」
なんというか、怪しさ満点だ。もはや何一つ信じられるところがない。
「まあ、概要はそんなものかなぁ」
兄貴のとぼけた顔が俺の更なる怒りを誘う。
「そんなもん、信じられるかぁ!」
「まぁ、世界平和というのとは少し違うが、似たようなものだ。信じてもらわないと困るんだがねぇ」
兄貴は頬杖をつき、かったるそうな表情を見せる。それもかなり俺の怒りを誘ったが、ここは我慢だ。話が進みやしない。
「で、能力って何だよ」
「うぅん。説明が難しいねぇ。人間以外の生物の力を借りる、っていうのかなぁ。そんなのだよ」
そんなのあるかぁ! 、と言いたいところだが、あの鈴香とかいうのと一戦交えたせいでどうにも否定できない。
「……くっ。じゃあ、あの女は鳥の力を借りてんのかよ」
「まぁね。組織についてはまた詳しく教えてあげるよ。能力の方は今日から教えることにするけど」
「……おいおい、そいつは初耳だぜ」
いきなりすぎる展開に、不覚にも俺の思考が一瞬停止してしまった。
「まあ、今決めたしねぇ。じゃあ庭に出ようか」
「ちょっ、待ってくれよ!」
「今日中には能力の基礎をたたき込むから、覚悟してね」
兄貴の目が本気モードに入りかけている。まずい、まずい、こんな訳のわからないままでそんなものたたき込まれたくない。
「あぁぁ、少しトイレに――、ぐっ」
トイレに逃げ込もうと、背を向けたのが悪かった。兄貴に首根っ子をがっしりと掴まれ、そのまま広ぉいお庭へご案内されてしまったのだ。
「さて、まず簡単に説明しておこう。能力とはさっき言ったように、人以外の生物の力を借りるものだ。ちなみに私は虎の能力者だ」
「ふぅん、その虎の能力者ってのは何が出来るんだよ」
虎の能力者と言われた時点で意味不明ではあったが、無理にでも納得しなければ進めそうにない。
「ん? まあ色々だ。いくら我が弟といえ、そう易々と能力を教えてはやれん」
「ふぅん。で、その力はどうすりゃ手に入んの?」
「簡単だ。私が能力をお前に渡す」
「……それは虎の能力を渡す、ってことなのか?」
能力を渡す、というのが俺の感覚では理解しづらかったが、聞いて理解するよりも体験したほうが早いんだろうな、と思った。
「違うな。虎は私が修めた能力、故に人に渡すことは出来ないし、そもそも私がお前の能力を決める訳ではない。私は能力の枠組みをお前に与えるだけだ」
庭に仁王立ちしたまま、兄貴は淡々と話し続ける。
「じゃあ能力、いや、俺が借りる生物の力はどうやって決まるんだよ」
「それは、お前自身で決まる。お前の性格、育ち、環境などから自動で決まる。おそらくな」
完全に本気モードに入ってしまった兄貴を前にすると、うかつなことは言えなくなってきた。
「おそらくっていうのはどういう意味だ?」
「そのままの意味だ。正味な話、能力について判っていることは少ない。というより、この私ですら能力について知り尽くすのは不可能だろう」
なんともまあ、大きな話になったものだ。兄貴に知らないことがあったのか。
「じゃ、早いとこ教えてくれよ。あ、痛いのは嫌だぞ」
もうこれ以上説明を聞いても利は無いと判断し、さっさと話を進める。
「痛いかどうかは……お前次第だ!」
その言葉と同時に俺に向かい、兄貴の強烈なボディブローが飛んだ。
「がぁっ、うぅ、ぐ」
その威力はまさに悶絶。俺は訳も分からぬままその場で手足をつき、うずくまった。
「むぅ、それほど効いたか。この私の弟なのだからもう少し強くあって欲しかったが……。まぁ、何にせよ、能力の基盤は完成だな」
「ぐっ、何をごちゃごちゃと。何のつもりだ!」
俺は兄貴の独り言の間に多少回復し、どうにか立ち上がった。
「おや、もう立ち上がるか。回復の早さはなかなかだな。」
平然とした顔の兄貴は俺が言っていることを無視し、考察を続けた。
「質問に答えろよ!」
兄貴の態度には流石に俺も激昂した。
「では、お前の腹を見てみろ。それが答えだ」
「なっ、何だこりゃ?」
先程殴られた晃の腹には、口では言い表しづらいような形のサークルが描かれていた。
「それが土台だ。直にお前に見合った生物が刻印されることだろう。ちなみにその力を借りている生物のことはデットと呼んでいる。一応覚えておけ」
「……これをつけるためにはボディブローをしないといけないのか?」
当然そうだとは思うが、聞いてみないことにはわからない。
「いや、別に。触れるだけで普通に付けられるが」
「じゃあ何で殴ったんだよ!」
俺のさっきまでの信頼がぶち壊しになった。嘘でもあれが必要だったと言ってくれれば良かったのに。
「いや、最近お前の基礎トレに付き合ってやれなかったからな。確認だ」
まだ目が本気モードだ。やっぱり本気の時ほど質が悪いらしい。
そしてまだお腹がジンジンする。このサークルに刻印されるのは何だろうか。願わくば目の前の実兄をうち滅ぼす力を与えてくれまいか。
……無理かな。