護衛
「はぁ、何でこんなことになったんだっけ」
俺は今、兄貴の車で護衛へと向かっているところだ。
走りだして一時間を超えようかというとき、強めのブレーキ音とともに不意に車が止まった。
「着いたぞ。プリンセスはもうお待ちかねのようだな」
確かに車の目の前には体格のごつい男達と、綺麗なドレスを着た女性が街道をバックにしとやかに立っていた。
兄貴は車から降り、プリンセスとやらに歩み寄り、何か話している。
「おい、こっちへ来い」
兄貴がこっちを向き、ちょいちょい、と手招きをした。
「分かっているだろうが、こちらが依頼主だ。挨拶くらいはしておけ」
俺も車を降り、歩み寄る。しかし、近くで見るとプリンセスは正にお姫さまだ。整った顔立ち、ブロンドの長髪。スタイルもモデル顔負けだ。
「兄貴、挨拶はいいけど、日本語は分かるのか?」
それを聞いた彼女は一歩前に出て、
「私、日本語は得意ですよ」
と流暢な日本語で言った。
「驚いたな、日本語お上手ですね」
「ありがとう。貴方が晃君ね。話はお兄さんからよく聞いているわ」
「兄貴から? あの、兄貴と知り合いなんですか?」
「えぇ、よく聞いているわ」
彼女は美しいゴールドの瞳を兄貴の方に向け、そう言った。
「おい、あまり余計な事は言うなよ」
兄貴はちょっと困り顔だ。
もっと言ってやってくれないだろうか。
「あら、そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はチェルシー、チェルシー・ヴァレンスです」
そう言って可愛らしくウインクして見せた。
「あ、俺は月島 晃です」
「ええ、晃君、護衛よろしくね」
俺とチェルシーさんを乗せた車が走り出した。
たった一人での護衛の幕開けだ。
「チェルシーさん、気になってたんですけど、何で護衛が俺一人なんですか?」
「ん、まだヒミツ」
チェルシーさんは俺と目を合わさず、意味有りげに言った。
「秘密? 教えて下さいよ」
なぜ秘密にする必要があるのか全く分からない。
「そうね、晃君がお兄さんと同じくらい強くなったら、教えてあげる」
おそらく兄貴の力を知ってて言ってるんだろう。
「俺が兄貴に勝てる訳がない。知ってるんでしょうけど、兄貴は半端じゃなく強いんですよ!」
兄貴が両手両足封じられてても俺は勝ち目がないような気がする。
「でも、頑張れば、いつかは勝てるんじゃないかしら」
さっきからチェルシーさんの顔から笑みが消えないのが妙に気になる。
俺は大きくため息をついて言った。
「兄貴はバケモノですよ。組み手をしたことはあるけど、俺はいつのまにか吹っ飛ばされていたんですから」
「そう。あっ、そういえばそろそろ半分くらいまで来たんじゃないかな」
チェルシーさんが話を無理矢理切り替えたのが、目に見えてわかった。
「そうですね。でも、今もし敵が来たらちょっとまずいですね」
とりあえず軽い冗談で返す。
「あはは、まさかそんなこと――」
その時、轟音とともに車が急停止した。
「う、運転手! 何が起こった!」
「木です。木が、目の前に倒れてきました」
「木だって? ……襲撃かと思ったが、ただの事故か」
運転手の言う通り、俺の目の前には大木が一本転がっている。
「チェルシーさん、怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫。何ともありません」
俺は胸を撫で下ろした。こんなことで怪我をさせては兄貴に申し訳が立たない。
「良かった。じゃあ、あの木を退けます。運転手、手伝ってくれ。チェルシーさんはここにいて下さい」
俺はそう言って、車から降り、木に近付いていった。
「よし、このくらいの大きさなら何とかなりそうだ」
樹木を前にし、俺が作業に取り掛かろうとした瞬間、風切り音と共に、俺に向かって何かが飛んで来た。
「ぐあっ!」
俺はその"何か"を辛うじて避けたが、直線上にいた運転手に運悪く命中してしまった。
「運転手、大丈夫か!」
運転手に目をやると、苦しそうにその場にうずくまっていた。
「くっ、誰だ! 出てこい!」
視線を森の方へとやり、どこかも分からぬ敵を睨み付ける。