魔法vs銃
いやー今日から一人暮らしだー!
この先、自分がちゃんと働けるか怖い……。
逃げた細い道は木箱やゴミ袋が置かれ、分かれ道が多いため相手を撒くのに苦労はしない。
ネルは何回も道を曲がり、積んであった物を崩しながら走り続ける。
そして人の通りが多い道を横切って再び裏道へ。
また、干してあったマントを頭から羽織って姿を隠して人込みに紛れる。
早く孤児院に逃げようとは思っていない。
警察が魔物の存在に気づくまで時間を稼ぐ。
勝てないのなら、勝てるまで逃げる。
――予定だった。
物を倒しながら倒し続け、姿を隠しても魔物たちは未だに追いかけてくる。
しかも最初は1体だけだったのに、今はアイアン・ドール2体とアイアン・パペット3体と数が増えている。
さらに建物の上から撃ってくる魔物までいる。
頭上から撃ちこまれる銃弾がネルの走った跡をなぞるように地面に穴を開ける。
彼女は人間の子供には出せないスピードを維持しながら、相手に狙いをつけさせないためにジグザグに走る。
幸い、後ろを追いかけてくる集団はアイアン・ドールが前を走るせいで、うしろのアイアン・パペットが狙いをつけられない。
後ろを振り返って魔物の集団を視認しながら、次の角を曲が――らずにまっすぐ走る。
ネルが曲がろうとした道を歩いていた2体のアイアン・パペットは背後から聞こえた騒々しい音に振り返り、すぐにその集団の中に加わった。
「しつこい……」
不機嫌そうに呟いたネルは走りながら、積み上げられていたごみ袋を倒す。
結びが甘かったのか、転がった袋の口が開いて中身が飛び散る。
アイアインドールたちはネルしか見ておらず、異臭を放つゴミも一瞥しないで踏み潰していく。
が、1体のアイアン・パペットが食べかけの肉を踏んづけて転んだ。
その派手に転ぶ音を聞きながら、もう1度人の多い道に出る。
彼女としては人に害が出るのは気分が悪いけれど、まずは自分が生き残ることが第一。
急に裏道から少女が飛び出してきて、歩いていた人たちは迷惑そうに避けるが、その跡を追いかける魔物の群れに悲鳴を上げて逃げる。
アイアン・パペットが裏道を出ると同時に散開してマスケット銃を構える。
ネルは歯を食いしばり、なにが起きているのかわからず、混乱して立ち止まっている人々の間を走り抜ける。
マスケット銃の一斉射撃が人間の体を引き千切った。
手足が千切れて吹き飛び、頭と体が水風船のように爆ぜて血肉が勢いよく弾ける。
そしてアイアン・ドールが血だまりに倒れた人々を踏み潰しながら前進する。
足を撃たれて動けない男が助けを求めて逃げようとしたが、アイアン・ドールの前にいたために踏みつぶされた。
「……!」
自分のせいで人が殺されていく。
罪悪感に足が止まりそうになるけれど、歯を食いしばってを前だけを見る。
ネルの進行方向を妨げるように横道からアイアン・ドールが現れた。
「うわぁ!」
ぶつかりそうになった男を盾で殴り飛ばし、逃げようとした女の腹を掴む。
指が肉に食い込み、骨が軋んで音を立てる。
「痛い痛い痛いいた――!」
「あう!」
投げ飛ばされた女を避けることができずにぶつかって、もつれるように倒れてしまった。
痛みを我慢して立ち上がろうとするけれど、女がのしかかって起き上がれない。
気を失っているために体を揺すっても、動いてくれない。
女を片手で投げ飛ばしたアイアン・ドールはすぐに盾から剣を抜く。
ネルは自分より重い女の体を押しのけて這い出るが、アイアンドールはもう目の前にまで接近していた。
起き上がる時間を与えないと剣を振り上げ――光の矢が脇腹に刺さって爆発。
その威力にアイアン・ドールがその巨体をよろめかせながらも、盾を顔の前に掲げて飛んできた雷を防御する。
雷が盾に当たって鐘のような音を鳴らしながら霧散する。
アイアン・ドールは胸の高さまである盾に身を隠しながらもう1発の光の矢を防ぎつつも、ネルを殺そうと近づく。
立ち上がったネルが離れようと一気に走り出す。
逃がすまいとアイアン・ドールが斬りかかろうとしたが、飛来した氷の槍が胸を貫き仰け反らせる。
さらに3発目の光の矢が剣を持った腕を肘の辺りで破壊し、矢が兜の奥で光るコアを貫いた。
アイアンドールの体が四散して、刺さった氷の槍と矢が地面に落ちる。
「お嬢様!」
ベルシグルが1人に援護させながらネルのもとに現れた。
彼は何も言わずにネルの腕を掴むと、味方が展開しているほうへと引っ張っていく。
魔物たちに魔法が撃ちこまれる。
アイアン・ドールが盾で受け止めている間に、隠れられる場所に散開していく。
「お嬢様、ご無事でなによりでした!」
「うん、久しぶり」
ネルも安心したように口元に笑みを浮かべる。
ベルシグルは持ち手に見捨てられた荷馬車にネルを乗せて頭に布をかぶせる。
「しばらくここでお待ちください。なに、すぐに奴らを退けてやりますよ」
ベルシグルは安心させるように笑いかけたあと、指揮を執るために馬車から離れた。
「うしろから敵5!」
「屋根に敵2!」
ベルシグルの部下たちが新しく表れた敵を発見する。
アイアン・ドールが盾を前に前進しながら、そのうしろをアイアン・パペットが追従している。
魔道士たちが魔法を放つけれど、盾でしっかり守りを固めたアイアン・ドールを崩すことができない。
近づいたアイアン・パペットが一斉に撃つ。
咄嗟に3人の魔道士が同時に魔法の壁を展開する。
銃弾が魔法の壁に阻まれて跳ね返る。
しかし、魔力を十分にこめられなかった魔道士の壁にヒビが走り、3発目で魔法の壁がガラスのように粉々に砕けた。
魔道士はすぐに魔法の壁を修復しようとしたが、銃弾が胸に当たって倒れた。
一斉射撃をしたアイアン・パペットたちはすぐに壁に隠れて狙われないように身を隠す。
アイアン・ドールが接近して魔法壁を展開している魔道士に斬りかかる。
少しでも魔力を使わせることが目的なのか、弾かれても構わずに殴り続ける。
ロキシーが横から剣を突き出す。
剣が兜の表面を削り火花が散る。
アイアン・ドールは魔法壁への攻撃を止めて、割り込んできた人間に狙いを定める。
視界を塞ぐように盾を前に翳し、そのまま大きく前へ踏み込む。
相手の動きを予想していたロキシーはアイアン・ドールに合わせるように後ろに下がる。
さらに盾を振り回し、首を狙った剣を避けると同時に、剣を握る腕を斬りつけた。
ほとんど千切れかかった腕から黒い煙が噴き出す。
「剣士は近づいてくる奴だけを相手を、魔法使いは銃士を優先しろ」
「わかりました!」
ベルシグルも魔法を唱える。
「グレイ・トーテム!」
壁に隠れていたアイアン・パペットの足元から土の拳が盛り上がる。
兜がひしゃげ、コアが破壊されたアイアン・パペットの体は背後の壁にぶつかって霧散した。
もう1体のアイアン・ドールも斧を持った剣士が牽制している隙をついて、魔道士が不可視の風の刃でコアを切断して撃破する。
アイアン・パペットに牽制の魔法を撃ちこんでいた魔道士が手を撃ち抜かれた。
親指の根元が千切れかかってぶら下がる。
手に走った衝撃にびっくりしてみていた魔道士は遅れてやってきた痛みに悲鳴を上げて蹲る。
仲間のエルフがすぐに魔道士を助け起こし、治療するために近くの遮蔽物に引っ張っていく。
ベルシグルたちは順調に魔物の数を減らしていくが、応援でやってくる数が多い。
少しずつ、少しずつ負傷者が出しながら囲まれていく。
ベルシグルのそばにいた剣士が太腿を撃たれて負傷した。
「固まれ! 離れていると狙い撃たれるぞ!」
魔道士と剣士がベルシグルの指示に従って集まる。
「壁を張る!」
魔道士4人が地面に手をついて魔法を唱えると、街道の土が盛り上がる。
ロキシーが1番に壁に身を隠して叫ぶ。
「壁を盾にしろ! 魔法を撃つときは腕だけ出せ!」
人間たちを殺そうと銃弾が撃ち込まれるが、ほとんどが土壁に阻まれる。
魔法の壁を張らなくて良くなったために、魔道士たちは防御に魔力を消費せずにすむ。
魔道士たちはわずかに体を出して火の玉や氷の槍を魔物たちに撃ち続ける。
が、状況はなかなか芳しくない。
いくら倒してもすぐに敵の応援がやってきて切りがない。
銃弾が飛び交う中で頭だけを狙って撃つのは難しく、体を破壊して動きを止めようとしてもすぐに遮蔽物の中に隠れてしまう。
「なんでマスケット銃がこんなに命中率が高いんだよ!」
パニックになりかけている剣士が悲鳴に近い声で叫ぶ。
ベルシグルも苦い顔で辺りを見渡す。
なぜか魔物のマスケット銃は何十メートルと離れているのに、確実に銃弾を当ててくる。
普通ならマスケット銃程度なら大した脅威にならないはずなのに、今は1体の射手も脅威になっている。
さらに4方を囲まれ、屋根からも撃たれている今はまずい。
ベルシグルはチラリと放置された荷車に視線を向ける。
そこには荷の間に猫のように体を丸めたネルが隠れている。
ひ弱な女の子じゃないから悲鳴を上げることはないけれど、銃弾がそばに当たるたびに体を震わせる。
魔物が彼女の存在に気づかないことを祈る思いだ。
そう思いながら、そばで隠れているロキシーに話しかける。
「警察はなにをやってるんだ?」
「戦闘中だろうな。遠くでも銃声が聞こえる」
銃弾が隠れている土壁に当たっても落ち着いてベルシグルの問いに答える。
ベルシグルも耳を澄ましてみれば、確かに遠くのほうでも爆発音と銃声が聞こえる。
しかも、遠くから黒い煙が複数見える。
複数の箇所で戦闘が行われているようだ。
「ううむ、応援が来るのも時間が掛かるか……。スリング・ショット!」
ベルシグルが両手に手を当てて魔法を唱えれば、地面から頭よりも大きな土の塊が発射される。
土の塊は空高く打ち上がり、弧をかいて1つの家に着弾する。
土の塊は木で出来ていた屋根を破壊し、そこから狙撃しようとしていたアイアン。パペット2体が投げ出された。
人間ら地面に体を叩きつけられれば最悪、骨が折れて動けなくなるけど、アイアン・パペットはすぐに起き上がって落とした銃を拾う。
2体のアイアン・ドールが土の壁を飛び越えて魔道士たちに接近する。
剣士たちが魔道士の間に割り込んで応戦する。
1体は2人の男女が挟み込むようにして戦い、もう1体は槍を持った女が相手をする。
仲間たちも援護をしようと、移動しようとした。
「馬鹿者! その場所を動くな!」
ロキシーはその場を離れようとした味方を叱咤する。
投げ矢が魔道士の首を貫いた。
「ガ……ハッ……?」
魔道士は呼吸をしようと喉を貫いた矢を握るが、引き抜く前に絶命して地面に倒れる。
「敵しゅ――ウグ!」
剣士が投げ矢を飛んできたほうを指さして叫ぼうとしたが、その肩に投げ矢が突き刺さる。
ロキシーにも投げ矢が飛んできたが、なんとか反射的に剣で弾くことができた。
投げ矢を投げた魔物が土壁を越えて斬りかかってきた。
脳天を割ろうと振り下ろされる剣を受け止めたが、その怪力に押されて剣が顔の前まで近づく。
力負けしないように両腕に力を入れながら、目の前の、他の魔物と違った鎧のデザインに目を開く。
「シルバ・ヘッドだと!?」
シルバ・ヘッドは片手で鍔迫り合いをしながら、空いている手に剣を握る。
「くそっ!」
むりやり剣の腹を滑らして相手の剣を流して下がろうとしたが、横薙ぎに払われた剣先が腹を掠め、うっすらと血が流れる。
さらに心臓目掛けて剣が突き出される。
無我夢中で突き出された剣を受け流し、続けて振り下ろされる剣も受け止める。
片腕で繰り出される一撃は重い。
剣を握る手に衝撃が走るたびに落としそうになるのを歯を食いしばって耐える。
斜め右からの斬撃を避けるが、その動きを待っていたかのように前蹴りがロキシーの腕に直撃した。
鈍い音を立てて骨がへし折れ、筋肉を突き破って飛び出す。
ロキシーは顎が外れるほど口を開けるが、言葉にできないほどの痛みに悲鳴すら出てこない。
なにも言えないまま折れた腕を押さえて体をくの字に曲げる。
ロキシーはなんとか顔を上げて荷台を見た。
ベルシグルがかぶせた布の中でネルがモゾモゾ動いている。
ロキシーは脂汗を流しながら、か細い声で呟いた。
「お嬢様、申し訳ありませ――」
振り下ろされた剣がロキシーの頭を縦に両断した。
さらにそれだけじゃ足りないと言わんばかりに倒れようとした死体の腹に蹴りを入れる。
ロキシーの死体が頭の中身を撒き散らしながら地面に転がる。
無残に地面を転がった亡骸は、ちょうどベルシグルの目の前で止まった。
「ロキシー……!」
ベルシグルは殺された仲間の亡骸からシルバ・ヘッドへと移す。
その眼には激しくも、理性を失わない冷徹な怒りを滾らせていた。
「おい」
シルバ・ヘッドを見据えたまま、隣で表情を絶望に染める魔道士に声をかける。
「補助系魔法をかけてくれ。俺があいつを倒す」
「し、しかし……!」
「他の奴らじゃロキシーのように殺されるだけだ」
ベルシグルの言葉に魔道士は反論できず言葉に詰まったが、すぐに土壁の向こうを指さす。
「しかし見てください!」
「わかってる!」
魔道士が指さした先では馬車が2台止まり、アイアン・ドールとアイアン・パペットが大量に降りてきた。
戦っていた魔物たちも集まり、アイアンドールが二重の鉄の壁を形成する。
そして後ろにアイアン・パペットが整列して、銃剣を装着したマスケット銃を構える。
ベルシグルの部下たちは満身創痍で、目の前の縦隊を退ける力は残っていない。
ネルを助けられないのは無念だった。
せめて目の前の魔物のリーダーを道連れにする。
ベルシグルは覚悟を決めて剣を握りしめた。
あれ、これ思ったより魔法活躍できてなかったかな?Orz