砦攻略
今回は主人公たちはお休みです。
丘の上に建て垂れた小さな砦。
昔は周辺を荒らす蛮族に対抗するために建てられた。
けれど今は蛮族など存在せず、砦には蛮族と戦う兵士たちもいない。
雨と風に晒され続け、糸の手入れもされないまま崩れるに任せていた。
だが、山賊たちには十分すぎる隠れ家である。
彼らは転々と拠点を変えながら街道を通る旅人や商人を襲い、奪ったものをここに貯めこんでいた。
今日も街道を通っていた馬車を襲って荷物を奪い取り、テーブルに並べて襲撃の成功を祝っていた。
賊の一人が一気飲みした酒を置いて盛大に息を吐く。
「ボスゥ、今日は大量だったなぁ!」
そう言って、おかしくもないのにゲラゲラ笑って体を左右に揺らす。
大量の酒を飲んでいるのだろう。
顔は真っ赤になっているし呂律が回っていない。
それでも飲み足りないと、空になったグラスに酒を注ごうとするが、ずれてテーブルに流してしまった。
もったいないと仲間が酒瓶を取り上げて脇に置こうとしたが、まだ飲もうと手を伸ばしてきたので自分で飲むことにした。
「なぁ、ボス。あの商人の娘を味見してぇんだが、いいかな?」
そう言って下卑た笑みを浮かべ、わざとらしく舌なめずりする。
が、頭は面倒臭そうに首を横に振る。
「何回言わせる気だ? あれは大事な売り物だから手を出すんじゃねぇ」
「でもよぉ、なかなかの上玉だろ。なにもしないで売るだけなんて勿体ねーよ」
「上玉だからだろうが! やっちまったら価値がなくなっちまうだろ!」
この話は馬車を奪った時に決めたことだが、手下が納得できないために何回もこの会話を繰り返していた。
もうこの会話にうんざりした頭は置いてあった酒瓶を掴むと、壁に力強く叩きつけた。
酒瓶が大きな音を立てて床に飛び散る。
その音に驚いた手下たちは騒ぐのを止めた。
頭は勢いよく立ち上がって拳をテーブルに撃ちつけて怒鳴る。
「おまえら、俺に文句があるのか? 同じこと何回も言わせんじゃねぇよ!」
怒鳴り散らしながら、自分に不満があるのかと手下たちを睨み付ける。
手下たちは気まずそうに身じろぎして、怒りの矛先が向かないように黙って目をそらす。
誰も文句はないと理解した頭は椅子に座り直す。
背もたれに寄り掛かれば、耳障りな音を立てるが気にせずに肉を頬張る。
「まったく、次、同じこと言った奴は殺すからな?」
機嫌を悪くした頭は脅しを実行することはないが、気絶するまで殴るけるをやめない。
その痛みを身を以て知っている手下たちはぼそぼそと不明瞭な声を漏らしてボスに謝る。
手下は謝りながら持っていた酒瓶をボスに渡す。
「わ、悪かったよ。もう言わないよ、ボス……」
「死にたくなかったらそうしろ」
差し出された酒瓶を乱暴に奪って一気に喉に流し込む。
鈍いぐぐもった音、そして建物が揺れて天井から誇りが落ちてくる。
頭は驚いて喉を詰まらせて蒸せた。
「なん、何が起きた!?」
勢いよく立ち上がったために椅子がひっくり返る。
鼓膜を揺るがす鈍い音はずっと続いている。
山賊たちは地震が起きたのかと錯覚して困惑して立ち尽くしていた。
そこへ見張りをしていた1人が転がり込むように部屋に入ってきた。
「ぐ、軍隊がやってきた! 外にたくさんの兵隊がいて、ここに大砲を撃ちこんできてる!」
「軍隊!?」
その言葉に山賊たちは動揺を隠せない。
ここにいるのは楽して金を稼ごうと集まったごろつき。
数も20に行くか行かないかぐらいの数で、名前が広まるほどの悪行も重ねていない。
そんなチンピラの群れに賞金稼ぎならわかるが、軍隊が来る理由がない。
が、外から聞こえる砲撃音は止む気配がないし、今では建物の揺れも大きくなっている。
頭は一刻の猶予もないと考えた頭は即座に逃げることを選んだ。
「おい、荷物をまとめろ! 金目のものを持てるだけ持って逃げる。10分、いや5分以内に秘密の扉に集まれ!」
「お、女は!?」
「足手まといだ。置いていけ!」
頭は倒れた椅子に掛けていたウォーハンマーを掴むと、自身は外の様子を見に物見櫓に向かった。
外に出れば、ぐぐもっていた爆発の音が鮮明になり、着弾するたびに地面が揺れて倒れそうになる。
頭はあの部屋の防音性の高さに今更ながらに感心しながら、状況を把握するために物見櫓を目指す。
山賊に身を落とす前は小隊を率いていた頭はその経験を活かして、ある程度砦を修復していた。
しかし、それは飽くまで暮らせるようにしただけで、こんな大規模な攻撃を受け止めることなんてできない。
この物見櫓だって近づいてくる物をいち早く見つけるためのものであって、そんな見栄えのするものじゃない。
一発でも当たれば、いや、そばに着弾した衝撃で崩れる。
頭は砲弾が当たりませんようにと祈りながら、梯子を上り切って砦の外を覗き込んだ。
そして、目に映った光景に言葉を失い、そのままの姿勢で固まった。
距離は1キロか、草原に大量の篝火が焚かれている。
月も出ていないために良くわからないけど、100や200は軽く超えている。
パッと一瞬だけ光が3つ光ったかと思えば、風切音が甲高く鳴り、砲弾が3つ着弾した。
「どうして、どうして軍隊がここに……!?」
頭は信じられない状況に頭が追い付かない。
彼らは物資を奪って生活をしているけれど、無計画に襲撃しているわけではない。
敵にアジトを特定されないために場所を移動したり、領主に目をつけられないように村は襲わないようにしてきた。
それどころか奪った物と食糧を物々交換するなどして関係も築いてきた。
目立たないように努力していたのに、こんな大規模な攻撃を受けるなんて理解ができない。
「ボス! 逃げる準備ができた! 早く逃げようぜ!」
物見櫓のしたから呼びかけられて、頭は我に返った頭は急いで梯子から降りた。
「全員いるのか?」
「外で見張りをしていた奴が3人死んだ! あとは怪我人を含めて全員いる!」
手下はこの状況でもしっかりしていて、着弾するたびにびくっと体を震わすけどしっかりした声で頭に報告する
「よ、よし、俺たちも逃げるぞ。たぶん、少しもしないうちに兵隊が突撃してくる」
頭と手下は秘密の扉、外に繋がっている地下通路を目指して走った。
砲弾が着弾した衝撃で部屋が揺れる。
「キャアッ!」
テリアが悲鳴を上げて振ってくるほこりや天井の破片から身を護るように蹲る。
アナはテリアを宥めようと背中をさすりながら何が起きているのか1つだけある窓を見るけど、蜘蛛の巣が張り付いた汚れたガラスからは何も見えない。
「なんで、なんで私がこんな目に会うのよ!? パパは? パパはどこ行ったの!?」
「ちょっと落ち着いてよ、テリヤ! 誰かが私たちを助けてくれるかもしれないわよ?」
「じゃあ早く来てよ! こんな所いたくない! 早くおうちに帰りたいのよ!」
一生懸命穏やかな声で宥めようとするけれど、テリヤはヒステリックに喚くばかりで耳を貸そうともしない。
アナはため息をついてもう一度外を眺めた。
そもそも、彼女たちがこんな目に会ったのはテリアの父親のせいだ。
彼が護衛をけちったせいで山賊に襲われたのだ。
新しい街で買い物ができると期待してついてきたけど、これを機にテリアとの付き合いを考えたほうがいかもしれない。
落ち着いている風に見えたアナも半ば現実逃避をしていた。
砲撃が始まってどれぐらい経っただろうか。
テリアはずっと山賊や助けてくれない父親に文句を零し、家に帰りたい。お風呂に入りたい。ケーキを食べたいと延々と泣いている。
いい加減、彼女の愚痴が嫌になったアナは黙ってか離れた位置に座っている。
最初は砲撃がするたびに体を震わしていたけど、今は完全に無視できるようになっていた。
慣れとは恐ろしいものである。
アナは降ってくる破片も気にせず外を眺めた。
冷静になって耳を立ててみれば、砲撃の間隔が長くなっている。
もしかしたら兵隊が突入してくるかもしれない。
そうすればここから助け出されて、晴れてこの友人ともお別れできるだろう。
早く助けが来てくれることを祈ってドアを見続けた。
アナが望んだとおり、助けが来てくれたようだ。
砲撃は完全に止んで、遠くでドアを乱暴に蹴り上げる音が聞こえる。
テリアも泣き叫ぶのをやめて、ドアが開くのを期待して待っている。
「ね、ねぇ、私たち助かるよね! 家に帰れるんだよね!」
「そうね、これで帰れるわ」
今度はすぐ近くで蹴破られる音がした。
もうすぐここにも人がやってくる。
アナも安堵のため息を漏らして壁に寄り掛かった。
そして目の前のドアが蹴り破られた。
2人は助け人の登場に目を輝かしたが、その姿を見て困惑してしまった。
見上げるほどに大きな体躯、そして全身を覆う黒いフルプレートに骨の装飾と兜の隙間から覗く赤い目。
「あ、あなたたち領主様の兵隊? 山賊に捕まったのよ! 早くおうちに帰して!」
「ちょっと待ちなさいよ」
また自分勝手に言おうとするテリアを押さえて、アナが彼らの前に進み出る。
「あの、私たち、山賊につかま――」
マスケット銃の先につけられた銃剣が眼球に突き刺さり、切っ先が後頭部から飛び出す。
最後に銃剣を捻りながら引き抜かれたときにビクンと動いただけで、床に捨てられたアナは動かなくなった。
アイアンドールは赤く光るコアをテリアに向ける。
「え、なに? なにしてるの……?」
テリアは倒れたアナと自分に近づくアイアンドールを交互に見ていたが、身の危険に窓に走り寄る。
父親に買ってもらった服が埃で汚れ、蜘蛛の巣が張り付くのも構わずに窓を開けようとするが、鍵が錆びているために開かない。
テリアは銃口を自分に向けるアイアンドールに懇願する。
「ねぇ、私なにもやってないの。たすけ――」
銃弾が彼女の胸に命中。
テリアの体が窓に強くぶつかり、そのまま窓を突き破って地面に落下していった。
テリアたちが捕まっていた部屋は3階、頭から落ちた彼女の体は1度跳ねて地面に転がった。
四肢が不自然な方向にねじ曲がり、頭が半分に潰れてるのを見れば死んでいるのは明らか。
窓から顔を出していたアイアンドールは他に人間がいないか確かめる作業に戻った。
正門は山賊が用心のために閉めて閂をかけていたけど、数発の砲弾の直撃を受けて破壊された。
アイアンドールの群れはそこから次々に侵入していく。
部屋の1つ1つを調べていき――もし鍵がかかっていたら大型のハンマーで破壊して――人間がいないか調べていく。
探索は執拗に行われた。
扉に鍵がかかっていれば、ハンマーを持ち出して破壊する。
人がいる可能性があるのなら、大きな壺を叩き割るし藁の中を槍で突いて調べていく。
砦の周囲では馬に跨った魔物が走り回り、空ではモンスターが飛んでいる。
1人も生きて逃がさないつもりだ。
が、彼らの意気込みも空しく、見つけたのは2人の少女だけだったが……。
そうして何時間もかけてようやく魔物たちは倉庫や厩、台所まで調べ上げ、完全に生存者がいないことを確かめた。
突撃した魔物たちをまとめていたシルバ・ヘッドは木材を積み上げていたアイアンドールに手で合図を出す。
合図を受けたアイアンドールは集めた木片に火をつけ、持っていた薬品をその中に放り捨てた。
すると緑色の煙がたちまち立ち昇り、外にいる魔物たちの目にも映った。
煙は砦が落ちたことを知らせ、彼らが創られた目的に一歩近づいたことを意味していた。
さて、この事件が今後、どう影響していくんでしょうか。
そして魔法がある世界で大砲の優位性をうまく書けるんでしょうか(汗)