街に帰還
街に戻ってきました。4人でコボルコング運ぶの大変だったろうなぁ。
「や、やっとついた……」
街についたティオは体力の限界に地面に膝をついてしまった。
ミルフィがパワー・チャージをかけてくれたけど、コボルコングの巨体を運ぶのはきつすぎた。
普段使わない筋肉を長時間酷使したために体のいたるところがプルプル震えているし、手はごわごわして感覚が鈍い。
明日は間違いなく前進が筋肉痛だろう。
アゾルとミルフィも疲れ果てて門の壁に寄り掛かる。
その中でトールだけが小さく溜息を吐いただけで、未だ眠りこけているコボルコングを置いて門番の小屋に向かう。
衛兵はトールが入ってきたのを見て、親しげに挨拶しようとしたが彼の顔が血塗れになっていて驚いた。
「おい、どうした!? 血塗れじゃないか!」
「石投げられた」
「ひどい有り様だぞ。とりあえず、ほら、顔ぐらいは拭け」
そう言ってタオルをトールに渡す。
トールは素直にタオルを受け取って顔を拭くと、乾いた血がバリバリ音を立てて剥がれていく。
「それで、そんな目に会ったんだ。モンスターは捕獲できたのか」
「できた」
「わかった、研究所の日と呼ぶから、その間に綺麗にしとけよ」
何回か接したことがある衛兵はトールの無頓着さに呆れながら、研究所から預かっていた水晶に触れて魔力を流す。
これで知らせを受けた研究員が迎えをよこすことになっている。
「それじゃ、どんな化け物捉えたのか見せてもらおうか。あ、拭いたら脇に置いといてくれ。間違っても書類の上には置くんじゃないぞ!」
血が付いたタオルを机の真ん中に置こうとしたトールは机の隅に置き直した。
衛兵はその後ろ姿を嫌悪の籠った目で一瞥してからドアを閉めた。
小屋から出た衛兵は担架に乗せられたコボルコングを見て思わず口笛を吹いた。
「今度はコボルコングを連れてきたのか。前はオークだったから、次はラプトルでも持ってくるか?」
「そんなにモンスターを捕獲することがあるんですか?」
衛兵の言葉に、ティオが気になって尋ねてみた。
「そうだな、ここでは捕獲クエストは少ないな。そういうのは他の街で大規模に募集するな。
なんでも実験に使うそうだが、正直、どんなことに使うのか知りたくもないな」
「実験、か……」
ティオはコボルコングを見る。
このモンスターがいったいどんな目に会うのかわからない。
いまさらだけど、なにも悪さをしていないこのコボルコングを森から連れてきたことを後悔し始めた。
衛兵は気にするなと励ますようにティオの肩に手を置く。
「まぁ、あれだ。人や家畜を襲ったモンスターだけを捕まえる方針なんだとさ。
だから、こいつを捕まえたことに気を病むことはないさ」
「うん……」
そう言われても気が晴れないティオは表情が沈んだままだ。
「おい、しっかりしてくれよ。きみは冒険者を目指すんだろ? モンスターのことなんて考えてたらやってられないぞ」
「そうですよ、ティオさん」
ミルフィが子供を諭す風にティオに話しかける。
「中途半端な気持ちで冒険者をやってはいけません。モンスターだろうと魔物だろうと、命を奪うことを理解しなければいけませんわ。
このコボルコングだって、そうです。彼の生活を奪ってから後悔しては遅いのです」
ティオは黙ったまま、ミルフィの顔を見る。
彼女はティオを見ているけれど、目は彼を映していない。
どこか、ティオには見ることができない遠くの景色を映し、顔には深い悲しみと激しい痛みが浮かんでいる。
「今のままでは、あなたの気持ちは潰れるでしょう。よく考えなさい。
自分の道を歩むことがどういうことかを……」
そこで言葉を区切り、顔に浮かんだ表情をむりやり笑って隠した。
「けど、急がないでくださいね。ゆっくり、ゆっくりでいいですから、命について、命に対してどう向き合うのか考えてください」
立ち上がったミルフィは後ろを振り返った。
衛兵からの知らせを受けてやってきたセレハートが腕を組んで立っていた。
「みんな、お疲れ様! コボルコングをここまで持ってくるの大変だったでしょ?
だから少しばかりだけど、報酬に色をつけといてあげるわ」
「まじすか!」
疲れて俯いていたアゾルが嬉しそうに顔を上げる。
「ええ、だから、またなにかあったらお仕事よろしくね」
そう言ってポケットから報酬の入った封筒を取り出して1人1人に渡していく。
「はい、ティオくん」
「あ、ありがとうございます」
「ほらほら、お金が入ったんだからもっと嬉しそうにしなさいよ」
セレハートは笑ってティオの頭を乱暴に撫でまわし、小さな声で耳元にささやいた。
「今のきみに納得のいく答えを見つけるのは大変かもしれないけど、彼女の言うことは正しいわ。
自分のためにもよーく考える事ね」
「……はい」
「だからと言ってそればっか考えてるのも駄目よ。まだまだ若いんだから、やりたいこともたくさんやっておかなきゃね!」
そう言って、強くティオの尻を思い切り叩いた。
「いったい!?」
予想していなかったティオは声を上げて跳ね上がる。
「フフ、冒険者としてまだまだ未熟であーる」
「ティオ、ださいっす」
アゾルもティオを指さしてケラケラ笑う。
「笑うな!」
ティオはアゾルの頭を叩こうとしたが、アゾルは笑ったまま簡単に避けて逃げる。
そのあとを顔を赤くしたティオが追いかける。
さきほどの暗い気持ちもどこかへ吹き飛んでしまったようだ。
次にセレハートはミルフィに報酬を渡す。
「やっぱり先輩の一言は大事ね。彼には勉強になったでしょ」
「そうなれば嬉しいですけど、どうでしょうね」
ミルフィは苦笑しながらティオたちを見る。
「どう向かい合えばいいのかわからずに彷徨えば、必ず後悔をするでしょう。
彼にはまだ難しいけど、その時が来てからでは遅すぎるのです……」
「……あなたもいろいろ経験してるのねぇ」
またその時の光景が脳裏に浮かんだのが、閉じた瞼が震えている。
セレハートはミルフィをじっと見ていたが、やがて耐えきれなくなって視線を逸らした。
彼女自身が答えを見つけられなければ、セレハートがなにを言っても意味はないだろう。
自分でもむりやりだと自覚しながら、なんとか話題をそらすことにした。
「そういや、うちの子はどこいったかしら?」
「あ、トールさんなら小屋に……」
ミルフィが小屋を指さしたタイミングでトールが顔を出した。
タオルでいくらか落としたけれど、まだ顔は真っ赤になっている。
「あらら、またぼろぼろになったわねぇ。なに、血も滴るいい男ってとこかしら?」
セレハートはそう言って血がつくのも気にせずにトールの額をデコピンする。
「1回ぐらい怪我しないで帰ってきなさいな。その服洗うの大変なのよ」
「気を付ける」
「その言葉、何回目よ? この間だって背中に矢を刺したまま言ってたわよね?」
「……ん」
なんと言えばいいのか言葉が思いつかず、トールはセレハートから目をそらす。
そこへ衛兵が声をかける。
「おい、さっさとこいつをどかしてくれよ。いつまでも門の前に置かれてたら困るんだが?」
こいつとはもちろんコボルコングのことだ。
セレハートが連れてきた兵士2人がタイヤ付きの檻に入れようとしているが、その重さに苦戦している。
「ああ、もう1人ぐらい連れてくるべきだったかしら。トール、ちょっと手伝ってあげて」
セレハートの指示に従って、兵士2人を手伝う。
さすがに巨体を1人で持ち上げることはできないけど、力任せに檻の中に引きずっていく。
兵士2人は感嘆の声を上げながら、なんとかトールと一緒にコボルコングを檻の中にいれて鍵を閉めた。
その様を見ていた衛兵は顔を顰めて毒づく。
「相変わらずの化け物だな……」
「あら、大人が陰口をたたくなんて見っともないわよ」
いつの間にかセレハートが衛兵の背後に立っている。
振り返った衛兵は背後に立たれていたことに気づかず身じろぎするが、すぐに嫌悪で顔を歪める。
「ふん、街でも有名な化け物を何と言おうか別にいいだろ。あいつだって改造された口だろ。
じゃなきゃ、全身焼かれた男が元にもど――」
「はい、ストップ」
セレハートが衛兵の額に指を当てる。
「それ以上、彼を馬鹿にするとあなたで実験しちゃうわよ?」
「アツッ!?」
指が触れている箇所が焼き鏝を当てられたように熱くなり、衛兵は悲鳴を上げてセレハートから離れる。
彼は気づいていないが、額が指の形に火傷していて髪の毛の先も溶けてしまっていた。
「門番風情が舐めた口を利かないことね。さもないと、あなたの家族まとめてモルモットにするわよ」
セレハートは額を押さえる衛兵を嘲理の笑みを浮かべる。
そのゾッとする笑いを見てしまった衛兵は顔を真っ青にして黙り込み、セレハートが離れるのを見送るしかなかった。
セレハートはいつもの笑顔を彼らに見せてティオたちに話しかける。
「はい、それじゃあ、今日はご苦労様。またなにかあったらよろしくね!」
「おつかれーっす」
やっと終わったとアゾルが大きく背伸びをする。
「特に来月あたりかな。テレセムの街まで輸送部隊を護衛する冒険者を大募集するから、そのときはよろしくねー」
「テレセム? どんなところなんですか?」
初めて聞く町の名前にティオが反応する。
「お、興味ありかい? そうだねー、テレセムは港町だよ。魔族のリザドとアズーラ人が交易に来るわね」
「リザド、アズーラ人ですか……?」
「海を越えた先にある大陸から来る種族よ。ちょっと変わってる人が多いけど、まぁ、慣れれば面白いわよ」
「へぇ……」
初めて聞く街と人種にティオは興味を引かれた。
そして新しい街に行けるチャンスを逃すつもりはない。
「えっと、その依頼っていつですか?」
「お、ティオ参加するッすか?」
「う、うん、いろんな街に行ってみたい」
セレハートは大雑把にだけど、担当の職員から聞いたことを思い出す。
「そうね、冒険者募集するときはギルドのほうにも依頼書送るけど、2週間後には募集を始めるわ。
だからちゃんとクエストをチェックしておかないと見落とすかもしれないわよ」
「わかりました」
ティオは忘れないように頭の片隅にメモしておく。
「それじゃ、私はいくね。じゃあねー」
セレハートは容器に手を振って、檻を引っ張る兵士を連れて研究所に戻っていった。
後に残されたティオたちもこの場で解散することにした。
「それじゃ、俺は宿に帰るっす」
「2人とも、今日はお疲れ様でした。
「今日は手伝ってくれてありがとう。凄い助かったよ!」
2人には凄い感謝している。
アゾルはいきなりの誘いに嫌な顔をしないで乗ってくれた。
ミルフィはわずかに生まれた疑問に対してアドバイスをくれた。
まだ、どういう気持ちでモンスターと戦えばいいのかわからないけれど、彼女が教えてくれたことは、きっと大きな助けになるだろう。
ティオは2人に感謝して頭を下げた。
改めて頭を下げらてたアゾルは照れ臭そうに笑う。
「別にいいっすよ。逆に礼を言われると照れるっす」
「私のほうこそ、チームに入れてくれてありがとうございました。また誘ってくださいね」
「それでは」ミルフィは丁寧に頭をさげ、街の中へと去って行った。
本当にお姫様みたいだ。その後ろ姿を見ながら思った。
ミルフィが見えなくなるまで見届けたティオとアゾルも挨拶をして別れた。
「じゃ、お疲れっす!」
「うん、お疲れ―」
とりあえず、ティオは冒険者として1歩成長できた貴重な経験を詰めた。
彼はわずかに芽生えた心の疑問に、どんな答えを見つけるのだろうか?
シリアスが、シリアスが書けない!
しかも動作の描写も下手になってきているような気がする……。
まずい、これはまずいぞ!!