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研究所

さっそくセレハートが務める研究所のお話です。

ティオがセレハートからの知らせを受けたのは2日後だった。

朝起きて一回に下りると、クァンシーが研究所から手紙を預かっててくれた。

手紙には今日、生き物に詳しい同僚が空いているから暇だったらおいでという話だ。

今日は誰かとクエストに行く約束もないので、研究場に行くことにした。


とりあえず、剣とポーチだけを持ってゼルビッドを迎えに行く。

本当は一緒にいたかったけれど宿では動物が飼えないため、宿のすぐ隣にある預り所にゼルビッドを預けてある。

預り所は文字通り、冒険者が持ちきれないアイテムや、パートナーとなる生き物を預かる場所である。

動物はアイテムを預けるよりもお金がかかるけれど、専用のスタッフが面倒を見てくれる。

ティオが迎えに来たとき、スタッフは疲れた表情でゼルビッドを連れてきた。

まだゼルビッドの元気の良さを扱え切れていないようだ。

元気にじゃれつくゼルビッドとは反対に、スタッフは汗をかいて息を荒く吐いている。

ゼルビッドはティオの姿を認めると、スタッフの腕を振り切って彼に飛びつく。

「よし、レゼ。今日も頼むぞー」

ティオはゼルビッド、レビの頭を撫でまわしてやる。

毎朝、レゼを預り所から連れ出したらいっぱい撫でまわしてやるのが日課になっている。


あれから、ティオはゼルビッドをレビと呼ぶことにした。

赤いゼルビッド→レッド・ゼルビッド→レビと短くした単調な名前だが、レゼ自身は気に入ってくれている。

ここまで連れて来てくれたスタッフは首にかけたタオルで汗を拭う。

「いや、本当にこの子元気ですね。昨日も走り回ってましたよ」

「ご、ごめんなさい。ほら、お世話になってるんだから、おまえも言うこと聞かないと駄目だろ。

悪い子はお肉もらえないぞ」

ティオはレビの頭を掴んで叱ると、レゼは耳を垂れて項垂れる。

その姿に心が痛むけれど、躾はしっかりしておかないといけない。

が、どうしても強くはいえない。

ティオは優しく頭を撫でながら、レビの目を覗きこむ。

「そんなに落ち込むなって、いい子にしたらその分おいしいお肉もらえるから、な?」

ティオがそんなに怒っていないことを理解したレビは嬉しそうに吠えて彼の顔を舐める。

ころころ表情を変えるレビに、ティオは自分が振り回されてることを感じて苦笑してしまう。

「よし、じゃあ、今日は研究所に行こうな」

また元気にはしゃぐレゼを引き連れて、ティオは研究所に向かった。


前にセレハートからもらった名刺に場所が書いてあった。

研究所はドーム型の珍しい建物で、明るいクリーム色の土壁と相まって周囲から浮いている印象を受ける。

門にはトールが彼を待って立っていた。

前と同じ軽装な格好をしているが、ナックルガードは外してある。

隣にはこの国の兵士が警備として立っている。

「トールさん!」

ティオが挨拶すればちゃんと手を小さく振って応えてくれた。

別に愛想が悪いわけじゃなさそうだ。

けど、余計なことだろうけど、会話するのに困るんじゃないだろうかと考えてしまう。

「マスターたちが待ってる。が、その前にゼルビッドは兵士に預けておけ」

「え、中には連れてけないの?」

「動物には臭いがきつすぎる」

そう言ってレビに視線を向ける。


ゼルビッドはティオの後ろに回って身を縮こまらせてトールを見上げている。

さっきまで元気にはしゃいでいたのが嘘のような怯えっぷりだ。

「え、ど、どうしたの?」

ティオが必死に声をかけてやりながら撫でてやるけれど、レビは伏せて身を震わせるばかりだ。

なにがそんなに怖いのかわからないが、明らかにトールに怯えている。

耳を経たらして尻尾も伏せているレビは、トールが近づいただけでびくっと体を大きく震わした。

「と、トールさん」

「大丈夫だ」

トールはしゃがみこんでレビの頭に触れると、小さな声で耳元にささやく。

「おまえはここで待て」

トールがそばに立っている兵士を指さすと、レビは逃げるように兵士の足元に駆けていく。

「よし、行こう」

トールはそれでいいと頷くと、ティオについてくるように手招きする。

「わ、わかりました」

ティオはトールについていく前にもう一度レビを優しく撫でる。

「すぐ戻るから、いい子で待っててね」

彼の言葉にレビは弱々しい鳴き声で返す。

「それじゃ、この子をお願いします」

「ああ、わかってるよ」

ティオに頼まれた兵士は二カッと笑うと、レビを抱えて警備室に戻っていった。


研究所の中は白ばっかりだった。

壁や床はもちろん、階段の手すりに窓枠や飾られた像も白一色。

木製のドアや蝋燭を置く台は違うけれど、目に映るものは白ばかりでティオには寂しく感じた。

白い服――ティオはそれが白衣であることを知らない――を着ている人たちはせかせかと早足で歩いていて、まるでティオとトールの存在に気づかないようにそばを通り過ぎていく。

それに中に入ってから妙な臭いが鼻につく。

それがなんの臭いなのかわからないけれど、人がいなかったら鼻を押さえたくなる。

ティオはトールの言うとおり、レビを連れてこなくてよかったと1人納得する。

最初、ティオは研究所がどんな場所なのか想像して期待していたけれど、歩いているうちに帰りたい思いに駆られていた。

ティオの心境を感じたのか、トールは前を向いたまま彼に話しかける。

「最初は不快に感じるかもしれないが、すぐに慣れる」

「そうかな……。 この臭いってなんなんです? なんか、変な感じ化するんだけど……」

「いろいろだ」

「いろいろ?」

ティオが尋ねてもトールは頷くだけで、それ以上はなにも話さずに黙って先を歩き続ける。

少しぐらいは話して欲しかったけれど、トールがあまり話さない人間なのを覚えているため、ティオもしつこく尋ねようとしないで同じように黙って彼の後についていく。


結局、2人はセレハートの部屋まで会話をしなかった。

セレハートの部屋の前につくと、トールはティオに待つよう手で指示しながらドアをノックする。

「はーいー?」

「トールです。ティオを連れてきました」

「おー、いいよ。入ってきてー」

許可を受けたトールがドアを開ける。

「いらっしゃい、ティオ君」

白衣姿のセレハートは立ち上がってティオを迎え入れる。

室内は廊下と違って私生活にあふれていて、紅茶から流れる香りが薬品に慣れかけていた鼻腔を癒してくれる。

「好きな所に座って……ごめん、座れるほど余裕ないね。まぁ、楽にしててよ。

今、紅茶入れるからさ。トールは呼ぶまで待っててね」

「わかりました」

トールは頭を下げ、静かにドアを閉めて退室した。


部屋にはセレハートともう1人、肉が全くない細身の男が壁に寄り掛かっていた。

彼は手に持った紙を何度もめくって、見落としがないか繰り返しチェックしている。

「彼はハンク。この間言っていたモンスターに詳しい人よ」

「ティオです。よろしくお願いします」

「は、ハンクだ。き、き、君が珍しいゼルビッドの飼い主かい?」

ハンクは引きつった笑みを浮かべて手を差し出す。

ティオはその手を握り返したが、彼の言葉に眉をひそめた。

が、ハンクは彼のわずかな変化に気づかないで、言葉を詰まらせながら続ける。

「ぜ、ぜひともそのゼルビッドを見てみたいな。ま、まずは観察して一般的なゼルビッドと、ち、違いを見てみたい。

そ、それと、あ、預からしてくれれば、いくつか検証して……」

「ハンク」

セレハートが感情の籠らない眼差しを向ける。

それだけで興味に駆られて熱くなっていたハンクの顔が蒼くなった。

「間違っても実験体の提供者じゃないのよ。私の友達を失望させないでくれる」

「で、でも、金色が混じったゼルビッドなんて……。ご、ごめん。私が悪かった。ほ、本当にすまない」

ハンクはチラチラとセレハートを見ながらティオに謝罪するが、ティオはこの男が大嫌いになっていた。

会った次の瞬間に友達を実験に使わしてくれと言ったのだ。

普段は人に暴力を振るうことにまだ慣れていないティオでも、今すぐに殴りつけたくなる。

セレハートはハンクに喋らないように目で釘を刺しながら、ティオに頭を下げる。

「ごめんね。彼は実験のことしか頭に無いの……。馬鹿言わないように注意してたんだけど、聞いてなかったみたいね」

「なんか、すっごい帰りたいんですけど……」

「ちょっと待ってくれる。一応はゼルビッドについてまとめさせたから。ほら、早く渡しなさいよ」

「え、あ、ああ。セレハートに言われた通り、ゼルビッドの飼育方法をまとめ上げてある」

そう言って恐る恐るティオに持っていた紙を渡す。


「え、ええっと、ゼルビッドは基本肉食だ。け、けど野菜やパンとかも食べる。

しか、しかしな、食べたら食中毒になるものがあるから気をつけろ。

なにが駄目かは書いてあるから覚えておくように。

そ、それと炎の魔法は練習させたほうがいい。そ、そうすれば早く使えるようになるからね。

あと、さ、寒い時期はう、撃ちづらいからね」

それから口ごもりながら、ゼルビッドに関する話を細かく教えてくれた。。

彼は見るからに運動できない人間だけど、少しでもモンスターや魔物の生態を知ろうと現地に出向き、痛い目に会いながら研究しているらしい。

ゼルビッドの生態を説明するときも、大きな群れの様子を観察しようとして襲われた体験談を聞かしてくれた。

ティオは始めは嫌な奴と思っていたが、聞いているうちに良くも悪くも生き物に関して研究することに熱心な人なんだと理解した。


時間をかけて話を終えたハンクは辛そうに喉を押さえて咳き込む。

「だ、だいたいこんな所だね。な、なにかし、質問はあるかな?」

そう言って不安そうにティオとセレハートを見る。

「そうね、そんなところでいいんじゃない? と、言うか、話し過ぎよ。彼は学者じゃないんだからそんな難しく言わなくていいのよ」

「す、すまない。つ、伝え忘れがあ、あるといけないと思って……」

「別にいいのよ。あなた、話すのが苦手だから疲れたでしょ。ちょっと待ってて、紅茶用意してあげるから」

そう言ってセレハートは部屋を出ていく。

ティオは受け取った書類を丁寧に曲げて――折るには束が厚すぎる――ポーチにしまう。

「ありがとうございました、ハンクさん。とても勉強になりました」

「そ、そうかな。そ、そうだ。そのゼルビッドを見せてくれないかって、待ってくれ」

ティオの顔がムッとなるのを見て、慌ててハンクは言い訳をする。

「じ、実験とかはしない。ほ、本当だ。た、ただ、どんなふうに違いがあるのか見てみたいんだ」

ティオはしばらくハンクを見ていたが、やがて諦めたように溜息をついた。

「レビは僕の友達です。実験とか検証とか、そんなこと考えないでくださいね」

「わ、わかってる。さ、さっきはすまなかった。失言だった」

ハンクはしきりに頷いて、身を護るように両手を上げる。

そこへ、ちょうどカップを乗せた盆を持ったセレハートが戻ってきた。

「どうかしらね、あなたってすぐ忘れるじゃない。噛まれても知らないわよ?」

ハンクは不安そうに身をすくませる。

ゼルビッドに尻を噛まれて、何日も魔道士と医者に治療してもらった記憶が蘇る。

しかも、何日も恥ずかしい思いをしたのに、噛まれた跡は今も消えていない。

ゼルビッドの鋭い牙を思い出して、そっと噛まれた場所に触れた。

「う、き、気を付けよう……」

「否定しなさいよ」

セレハートが呆れたように溜息をつく。

ティオもレビに会わせるのが不安に思えてしまった。

ハンクも申し訳なさそうに俯きながら紅茶を飲む。

「ま、とりあえず、紅茶を飲んだらその子を見に行きましょ。噛まれてもいい薬になるでしょ」

セレハートはハンクの様子が面白くてくすくす笑う。

「み、見に行くと決まれば、すぐに行こう。そ、そのゼルビッドは警備室で預かってるのだろ?」

「え、あ、はい」

からかわれてると思ったハンクは顔を赤くして、紅茶を一気に飲み干すと大股で部屋から出て行ってしまった。

ティオはハンクに聞こえないように、小声でセレハートに囁いた。

「なんか、変わった人ですね」

「そうね、でも、別に悪い人じゃないのよ」

今回はいつもと変わらない長さになってしまいました。

なるべく、少しずつでも伸ばしていくように努力しますのでご容赦ください。

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