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幻想世界ルクサーシア物語  作者: PYT


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第8話 折れかけの剣と、不協和音のパーティ

 翌朝。ライルの全身を襲う筋肉痛は、昨日よりは幾分マシになっていた。


 彼は宿を出ると、まずは自分の右腕とも言える装備の確認をした。腰に下げた剣――フウブ流の変則的な動きを支えてきたその刃は、アース・ベアとの死闘による負荷で、半ばから無残に無数のひびが入っていた。


「……さすがに、あれだけの衝撃には耐えられなかったか」


 ライルは溜息をつき、フレイリアを連れて職人通りへと向かった。


 軒を連ねる鍛冶屋の中から、最も火花の音が力強く、煙の匂いが「真面目」な一軒を選んで暖簾をくぐる。


「すみません。剣の修理をお願いしたいんですが」


 奥から出てきたのは、岩のような筋肉を持つ初老の男、ガラムだった。彼はライルが差し出した折れかけの剣を一目見るなり、その眉をピクリと動かした。


「……ほう。この刃の潰れ方、普通じゃねえな。坊主、お前さん……ギルドで噂になってる『薬草園で化け物を仕留めたガキ』か?」


「……噂が回るのが早いですね…ただ運が良かっただけですけどね」


「職人の耳を舐めるなよ。……この剣、相当な業物だ。重心のバランスが独特で、盾との連動を前提にしてやがる。いいだろう、俺が責任を持って打ち直してやるよ」


 ガラムは快く引き受けてくれた。修理が終わるまでの代わりとして、ライルは店に並んでいた無骨な直剣を借りることにした。


「……少し重いな。まあ、贅沢は言えませんか」


「ライルさん、新しい剣も似合ってますよ! なんだか、どんどん本物の冒険者っぽくなってきましたね」


 フレイリアが嬉しそうに笑う。ライルは「……本物の冒険者には、なりたくなかったんですけどね」と小さく毒づきながら、次なる目的地――冒険者ギルドへと足を向けた。


 ギルド『鋼鉄の槌亭』に入ると、ライルたちに遠巻きながらも好奇の視線が突き刺さる。だが、ライルはそれらを無視して掲示板の前に立った。


「……妙ですね」


 ライルが呟いた通り、掲示板には異様な光景が広がっていた。貼られている依頼書の八割近くが、**『ゴブリン退治』**だったのだ。


「あの、すみません。今日はなぜこんなにゴブリンの依頼が多いんですか?」


 受付嬢に尋ねると、彼女は困ったように肩をすくめた。


「最近急に、街の周辺でゴブリンの活動が活発になってしまって。でも、ゴブリン退治は初心者ビギナークラスでも受けられる簡単な仕事でしょう? 報酬も安いですし、ある程度のランクの冒険者は見向きもしないんです。だから、依頼だけがどんどん溜まっていって……」


「……効率が悪い。放っておけば村の一つくらい潰れるのに」


 ライルは冷めた目で分析する。だが、その背後に「何か」がある可能性を考える者は、このギルドには少ないようだった。


「――おい、そこのシスターちゃん。ちょっといいかな?」


 背後から声をかけてきたのは、揃いの軽装鎧に身を包んだ三人組の若者だった。リーダー格と思わしき男が、ライルを無視してフレイリアに近づく。


「俺たちはパーティ『暁の風』。見ての通り、将来有望な初心者パーティさ。今、ゴブリン掃討の任務を受けたんだが、ヒーラーが足りなくてね。君、神聖術が使えるんだろ? ぜひ、俺たちの仲間に入ってほしい」


 彼らは、フレイリアが「聖域展開」という規格外の術を使ったことなど微塵も知らない。ただ「見栄えのいいヒーラーが不足している」という安易な理由で声をかけたのだ。


 フレイリアは突然の勧誘に、ライルの背中に隠れるようにして身を縮めた。


「え、あ、あの……私はその、ライルさんと一緒じゃないと……」


 勧誘した男は、ようやくライルの存在に気づいたように視線を下げた。


「ああ、その付き添いの坊主か。悪いが、俺たちのパーティはバランスを重視してるんだ。前衛は俺だけで足りてる。……まあ、君がどうしてもって言うなら、そっちの坊主は『見習い』として後ろで見学させてやってもいいけどな?」


 男の言葉に、フレイリアの表情がサッと冷めた。


 彼女にとって、ライルを侮辱されることは、自分がバカにされるよりも耐え難いことだった。


「ライルさん。……どうしましょう?」


 フレイリアが判断を仰ぐ。ライルは無関心を装って言った。


「……俺は、シスターの好きにしたらいいと思いますよ。彼らと組んだほうが、大聖堂への『修行報告』も書きやすいでしょうし」


 それはライルなりの気遣いだった。だが、フレイリアはきっぱりと首を振った。


「お断りします。私はライルさん抜きで、他のパーティに入るつもりはありません」


「お、おいおい、冗談だろ? こんなガキと組んでるより、俺たちみたいな――」


「ライルさんは『ガキ』じゃありません! 私が認めた、最高の剣士様なんです!」


 フレイリアの語気に押され、男たちが気圧される。ライルは少しだけ困ったように頭を掻いた。このままでは話が進まない。それに、昨日の一件で「自分たちの戦い方」が世間一般の冒険者とどれほど乖離しているか、ライル自身も気になっていた。


「……分かりました。シスターを貸す代わりに、俺の同行も許可してください。不本意ですが、パーティ戦というものを勉強させてもらいたい」


「……ちっ。まあいい、ヒーラーが手に入るならおまけの一人くらい。おい、足手まといになるなよ?」


 こうして、二人は初心者パーティ『暁の風』に一時的に同行することになった。街の外へ向かう道中、リーダーの男は得意げに「冒険者のイロハ」をライルに語り聞かせていた。


「いいか坊主。ゴブリン相手でも、前衛がしっかり注意を引いて、後ろから魔法でドカンだ。これが基本。お前みたいに盾を持って突っ込むのは、素人のやることさ」


「……なるほど。注意を引く、ですか。勉強になります」


 ライルは冷めた目で、彼らの歩き方、武器の持ち方、魔力の練り方を観察していた。

(……足音がうるさい。警戒範囲が狭い。魔力の消費効率も最悪だ。……本当に、これが『普通』の冒険者なのか?ビギナーとはこの程度なのか?)


 アムネジアという「規格外」に育てられたライルにとって、彼らの動きはあまりにも隙だらけに見えた。だが、それを口に出すのは効率的ではない。


「ライルさん……大丈夫でしょうか」


 不安げに囁くフレイリアに、ライルは小さく頷いた。


「大丈夫です。俺はただ、後ろで彼らの戦い方を見せてもらうだけですから。……まあ、彼らが生き残れる程度には、手伝いますよ」


 不協和音を奏でる五人のパーティは、ゴブリンの群れが目撃されたという森の深部へと足を踏み入れていく。


 ライルの手には、借り物の無骨な剣。


 彼が「一般人の戦い」を学ぶための、退屈で、けれど波乱に満ちた初仕事が始まろうとしていた。

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