第三話 レーネを目指して二人旅
村に戻り、長老に事の顛末を報告すると、村人たちは涙を流して喜んだ。ライルは「約束通り、彼女を街まで送り届けます」と告げ、わずかな路銀を受け取って村を後にした。
道中、森の茂みがガサリと揺れ、三頭の『ワイルドベア』が姿を現した。通常の熊よりも一回り大きく、魔力を帯びた牙を持つ凶暴な個体だ。
「きゃあああ!? 熊です、熊さんが出ましたぁ!」
「……シスター、叫ぶと余計に興奮します。下がって」
ライルは溜息をつき、腰の剣を抜くと同時に左腕の盾を構えた。アムネジアからは「魔法は最小限に」と釘を刺されている。彼は意識的に魔力回路を絞り、一パーセントの『身体強化』だけで踏み込んだ。
先頭の一頭が、丸太のような腕を振り下ろす。ライルはその巨躯を避けるのではなく、あえて左手の盾で受けるように最短距離で飛び込んだ。
「――フウブ流・『シールドスラッシュ』
ガキン、と金属音が響く。盾の表面で威力を逃がすと同時に、盾の鋭利な先端を熊の喉元に突き立てた。自重で突っ込んできた熊は、自らの勢いで喉を貫かれ、呻き声を上げて崩れ落ちる。
「盾で……刺した!?」
「フウブ流は、盾を『防具』だとは思わないんです。それは『重い小剣』だと思ってください」
間髪入れず、横から襲いかかった二頭目に対し、ライルは右手の剣を横一文字に振るった。しかし、それは牽制だ。本命は再び左手。盾の側面を熊の眉間に叩きつけ、脳震盪を起こさせる。動きが止まった一瞬を逃さず、今度は右手の剣で心臓を正確に貫いた。
最後の一頭が恐怖に顔を歪めて逃げ出そうとしたが、ライルは面倒そうに指先を向けた。
「……逃がすと後で別の旅人が困るな。『小火』」
パチン、と指を鳴らす。極小の火の矢が放たれ、熊の足元を焼いた。驚いて転倒した熊の首筋に、ライルは歩み寄ってトドメを刺す。一連の動作に一切の無駄がなく、流れるような蹂躙だった。
戦闘が終わり、ライルは布で剣の血を拭った。
「ライルさんの戦い方、なんだか見ていて不思議です。強引なのに、すごく丁寧というか……」
「……ただの効率化です。師匠……屋敷の主が、無駄な動きをするとすぐ怒る人だったので」
「その師匠さん、きっと凄く厳しい方なんですね。でも、ライルさんがこんなに優しいのは、その方に教わったからですか?」
「優しい? 俺が?」
ライルは意外そうに聞き返した。自分では、ただ面倒を避け、最短ルートを選んでいるだけのつもりだ。
「だって、怖がる私のために歩幅を合わせてくれますし、こうして護衛だって引き受けてくれました。ヴァナウの教典には『慈悲は静かな歩みのなかに宿る』とありますが、まさにライルさんのことですよ!」
「……それは、教典の読みすぎです」
ライルは少しだけ顔を背け、歩く速度を上げた。アムネジアに「お前は甘い」と笑われた時のことを思い出し、少しだけ耳が熱くなるのを感じた。
ライルはアムネジアの『手の内を見せるな』という教えを守り、フウブ流の剣技と初級魔術で道中の魔物を淡々と追い払っていく。
「ライルさんの剣、やっぱり凄いです! 盾で叩きながら斬るなんて、本で読んだだけでできるんですか?」
「……何度も練習すれば誰でもできますよ。それよりフレイリアさん、歩くのが遅いです。もっと効率よく足を運んでください」
「ふえぇ、スパルタですぅ!」
3日ほどの旅路を経て、ついに二人は『レーネ』の街に到着し、中央にそびえ立つ白銀の大聖堂へと足を踏み入れた。フレイリアは緊張した面持ちで、村でのグール騒動と、自身の浄化が不完全であった(ライルの助けが必要だった)ことを含めて上層部へ報告した。
しかし、報告を終えて戻ってきたフレイリアの顔は、真っ青だった。
「……ライルさん、大変なことになりましたぁ……」
「どうしたんですか。報告書が受理されなかったとか?」
「いえ、受理はされたんですけど……司祭様に『そんなに臆病で実戦経験が足りないのでは、ヴァナウの使徒として未熟すぎる。一人前の聖職者になるための修行として、冒険者ギルドに登録し、現場で揉まれてきなさい』って命令されちゃいましたぁ!」
「……は?」
ライルは耳を疑った。
教会のトップが、あろうことかシスターに「冒険者になれ」と命じたのだ。
「そんなわけで私、当分は大聖堂に戻れないんです。あうぅ、どうしましょう、野宿とか魔物とかもう無理ですぅ……」
泣きつくフレイリアを見て、ライルは嫌な予感がした。
(……まずい。これ、絶対に俺が巻き込まれる流れだ)
「……頑張ってください。俺は一人で宿を探すので」
「冷たい! 冷たすぎますライルさん! そもそも私がこんなことになったのは、ライルさんの剣技が凄すぎて、司祭様が「あのくらいの護衛がつけば冒険者修行も可能だろう」って勘違いしたからなんですよ!? 責任とってくださいぃ!」
「……俺のせいかよ」
結局、フレイリアの涙に押し切られる形で、ライルは彼女の修行(という名の道連れ)に付き合う羽目になった。二人は夕暮れ時の街を歩き、宿を探し始める。
「見てくださいライルさん! あの宿、看板が可愛いですよ!」
「……看板の可愛さで宿を決めるのは非効率です。あそこは繁華街に近すぎてうるさい。修行をするなら休息も大事です。あっちの、路地を一本入った静かな宿の方がいい」
「もう、ライルさんは現実的すぎます。あ、じゃあ、あっちの屋台で串焼きを――」
「さっき大聖堂でお菓子食べてたじゃないですか」
「修行にはエネルギーが必要って、ヴァナウの教典にも書いてある気がします!」
「書いてないですよ。適当なこと言わないでください」
文句を言いながらも、ライルはフレイリアの歩幅に合わせて歩く。アムネジアの屋敷での「死ぬまで修行」に、今度は「他人の修行の付き添い」が加わってしまった。
ようやく見つけた宿『銀の星亭』。しかし、祭りの前夜ということで空き部屋が一部屋しかなく、二人は同室で過ごすことになった。
(……アムネジア師匠。人間を学ぶっていうのは、本当に、本当に疲れることなんですね)
隣のベッドで「冒険者になんてなれるでしょうか……」と不安げに呟きながら寝落ちしたシスターに、ライルは無言で毛布をかけ直した。
明日、冒険者ギルドへの登録。ライルの「のんびり計画」は、完全に崩れ去ろうとしていた。




