第ニ話 臆病なシスターと、偽りの剣士
数年後、ある程度の修行を終えたライルは、アムネジアから実践を交えた修行をしてこいと言われ森を出る事に。
アムネジアの屋敷を出てから数日。
深い森を抜け、ライルが辿り着いたのは霧に包まれた寂れた村だった。
13歳になったライルの背には、一振りの片手剣と、先端が鋭利に尖った独特な形状の盾が備わっている。かつての剣聖『フウブ』が編み出した、攻防一体の武具。今の彼は、どこからどう見ても、のんびりとした雰囲気を纏う年若き剣士だった。
(……師匠の指図で外に出たけど、やっぱり人間が多い場所は疲れるな)
村の長老から聞いた話では、夜な夜な現れる化け物――グールの被害に苦しんでいるという。村外れの古びた教会へ除霊の依頼を出したものの、解決の兆しがない。放っておけない性分のライルは、調査のため教会へと足を運んだ。
そこで待っていたのは、教壇の前で膝を抱えて泣きべそをかいている一人の少女だった。
その身に纏うのは、創造神ヴァナウを奉る『神聖教—聖王派』の清らかな法衣。名をフレイリアという。
「……ううっ、もう嫌ですぅ。赴任したばかりなのに、こんな不気味な場所だなんて聞いてません……」
「あの、退治の依頼を受けてきた剣士ですけど」
「ひゃあああっ!? 出たぁぁ、グールの幽霊ですぅ!」
「幽霊にグールも何もないですよ。落ち着いてください」
ライルが冷ややかに声をかけると、フレイリアは涙目になりながら、恐る恐る顔を上げた。
彼女は、教団内でも期待されるほどの優秀な神聖術の使い手であったが、致命的なまでに臆病だった。
「……協力しますよ。俺が前衛で抑えますから、あなたは後ろから術を使ってください。創造神ヴァナウの加護があるんでしょう?」
「……あ、ありがとうございます! はい、私、フレイリアって言います! 一生懸命頑張りますからぁ!」
ライルは魔法使いであることを隠し、剣の柄に手をかけた。アムネジアからは「魔法は身体強化程度に留めろ」と口酸っぱく言われている。
二人は教会の地下へと続く階段を下りた。
「まさか教会の地下が奴らの巣なのか?」
「そ、そうなんてすよぉ…」
「とんど教会だな」
むせ返るような腐臭の中、闇からどろどろに腐った肉を揺らすグールが三体、姿を現す。
「ひ、ひいいいっ! 来ましたぁ!」
(『身体強化』……。フウブ流・第一形)
ライルは魔法で筋肉の反応速度をわずかに底上げし、一歩踏み込んだ。
グールが飛びかかってくるのと同時に、左腕の「盾」でその爪を受け流し、鋭い盾の先端を魔物の喉笛に突き立てる。
「ガッ……!?」
間髪入れず、右手の剣で二体目の首を水平に斬り飛ばす。剣聖フウブの剣技は、盾を防御のみならず、第二の剣として扱う変則二刀流に近い。ライルはアムネジアの屋敷にあった指南書を元に独学でマスターし、そこに魔法による機動力を加えることで、既に達人の域に達していた。
「すご、すごいですライルさん! 剣士様なのに、動きが魔法みたい……!」
「気のせいですよ。シスター、最後の一体! 遊んでないで術を!」
ライルの叱咤に、フレイリアがハッとして背筋を伸ばした。
彼女は瞳を閉じ、震える声を整えて、天に向けて両手を掲げた。
「――全知全能なるヴァナウの御名において、穢れし影を退けん! 『聖光波』!」
その瞬間、地下室が爆発的な白い光に包まれた。
グールは叫び声を上げる暇もなく、聖なる光に焼かれて塵へと還る。
(……へえ。ヴァナウの神聖術か。俺たちが使う魔術回路とは根本的に『力の引き出し方』が違うな。意外と、本物の才能があるんだな)
アムネジアから教わった「魔法」が自己の理を世界に押し広げるものなら、フレイリアの術は「神という外部存在」の力を借りるもの。ライルはその差異を冷静に分析していた。
最後の一体が塵に還り、地下室に静寂が戻った。返り血一つついていない服を軽く払う。一方のフレイリアは、安堵からその場にへたり込んでいた。
「やった……勝ちましたぁ! ありがとうございます、ライルさん!」
「ええ。これで村も安心でしょう。……じゃあ、俺はもう行きますね」
あまりに淡白なライルの言葉に、フレイリアは慌てて立ち上がった。
「ま、待ってください! まだ終わりじゃありません! こういう場所は、元から絶たないとまた悪い気が溜まってしまうんです」
そう言うと、フレイリアは先ほどまでの怯えが嘘のような、凛とした表情で祭壇の跡へと歩み寄った。彼女は懐から小さな聖印を取り出し、胸元で握りしめる。
「――万物の父、創造神ヴァナウの名において命じます。地に沈みし嘆きを吸い上げ、天の光へと還したまえ」
彼女が祈りを捧げた瞬間、地下室の空気が一変した。
壁に染み付いた血痕や、鼻を突く死臭が、柔らかな黄金の粒子となって宙に舞い上がる。それは「魔法」という力強い現象よりも、もっと穏やかで、世界そのものを浄化していくような、透き通った神聖術だった。
(……へえ。ただの攻撃術だけじゃないんだ。地下室全体の『穢れ』を、根こそぎ書き換えてる)
ライルはその光景を冷静に観察していた。アムネジアから教わった「魔法」が自己の理を世界に押し広げるものなら、彼女の術は神という外部存在の権能で世界を癒やすもの。ライルはその差異を興味深く分析する。
数分後、黄金の粒子が消える頃には、地下室には森の朝露のような清々しい空気が満ちていた。
儀式を終えたフレイリアは、ふぅ、と大きく息を吐き、そして――。
「……あ、あの、ライルさん。やっぱり暗いのは怖いですぅ! 早く地上に戻りましょう!」
途端に元の「臆病な少女」に戻り、ライルの腕にしがみついてきた。
「……はいはい。離してください、歩きにくいです」
「嫌です! 地上に着くまで絶対離しませんからぁ!」
ライルは深いため息をついた。
(しかしなんで教会の地下にグールが住むついたか…どうでもいいか、浄化もしたしもう心配もないだろう)
外の世界には帰る家はないが、この騒がしいシスターと共に行くのも、それはそれで前途多難そうだと、冷静に予感していた。
「……まあ、途中までなら。その代わり、俺はのんびり行きたいので、急かさないでくださいね」
「もちろんです! よろしくお願いしますね、ライルさん!」
こうして、偽りの剣士と臆病な聖女という、奇妙な二人組の旅が始まった。
遠く離れた森の屋敷では、水晶玉を覗き込んでいたアムネジアが、不敵に笑っていた。
「ふふん。やっぱりあの子、お人好しなんだから。ヴァナウの雛鳥を連れて歩くなんて……退屈しなさそうね、ライル」
登場人物紹介
フレイリア
13歳(ライルと同年代)
神聖教—聖王派・修道女
透き通るようなプラチナブロンドの髪を丁寧にまとめ、清潔感のあるシスター服に身を包んでいる。大きな碧眼は常に不安げに揺れているが、祈りを捧げる時だけは聖母のような神々しさを放つ。




