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幻想世界ルクサーシア物語  作者: PYT


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第一話 嫌々ながらも死にたくないので魔女の弟子になる

 窓から差し込む柔らかな光が、ライルの瞼を撫でた。


 鼻腔をくすぐるのは、落ち着いたハーブの香りと、どこか懐かしい焼きたてのパンのような匂い。ライルはゆっくりと目を覚まし、自分が生きていることを確認するように、ゆっくりと指先を動かした。


「……天国、かな」


 口をついて出たのは、そんな言葉だった。


 最後に覚えていたのは、燃える故郷の煙と、冷たい雨に打たれながら必死に駆け抜けた深い森の暗闇だ。追っ手の足音に怯え、泥にまみれ、体温が奪われていく中で意識が途切れたはずだった。


「残念ね。ここは天国じゃないわよ。世界の吹き溜まりにして、私の私有地――『迷いの森』の最奥よ」


 凛とした、鈴を転がすような声が室内に響いた。


 ライルが視線を向けると、そこには優雅な黒いドレスを纏った女性が座っていた。夜の闇をそのまま形にしたような艶やかな黒髪と、吸い込まれそうなほど深い紫の瞳。あまりに現実離れした美しさに、ライルは思わず息を呑む。


 彼女はゆったりと椅子に腰掛け、細い指先でティーカップを弄んでいた。


「……あなたが、助けてくれたんですか」


「そうよ。死にかけの小汚い仔犬が庭に転がっていたから、拾ってあげたの。感謝なさい」


 アムネジアと名乗ったその女性は、冷ややかに言い放つが、その瞳には好奇心の色が隠しきれずに混ざっていた。彼女はカップを置くと、身を乗り出すようにしてライルを見つめた。


「さて、本題に入る前に一つ聞かせてちょうだい、ライル。……あんた、どうやってここまで辿り着いたの? 私の森は、最高位の『認識阻害』を掛けてあるのよ。結界の術式を破壊した痕跡もなかった。なのにあんた、寝間着のようなボロ布一枚で、散歩でもするように玄関先まで歩いてきたじゃない」


 アムネジアの問いに、ライルは少しだけ記憶を遡った。

 確かに、森の中は奇妙だった。空間が歪み、進んでいるはずが元に戻るような感覚があった。だが、ライルはその時の感覚を、冷静に、ありのままに答えた。


「……よく分からないけど。なんとなく?」


 アムネジアは絶句した。なんとなくでたどり着けるはずがないからだ。


 彼女が施した結界は、アムネジアが許可した者以外は外に弾かれるからだ。

 それは凄まじい魔力を持っているということよりも、遥かに恐ろしい「魔法の才能」だった。


「……ふん。やっぱりとんでもない拾い物だわ。いい、ライル。単刀直入に言うわよ。あんた、私の弟子になりなさい。今すぐに」


 アムネジアの言葉に、ライルは瞬きを一つした。

 普通の少年であれば、伝説の「漆黒の魔女」に弟子入りを望まれるなど、一生に一度の光栄だろう。だが、ライルの答えは一瞬で出た。


「嫌です」


「……はい?」


「断ります。面倒そうだし」


 アムネジアは、自分が聞き間違いをしたのかと思った。

 100年以上を生きる彼女に対し、この10歳の少年は一点の曇りもない目で、即座に拒絶を叩きつけたのだ。


「ちょっと、あんた自分が何を言ってるか分かってるの!? 私の魔法を学べば、国一つを平らげる力だって手に入るのよ? 富も名声も思いのままなのよ!」


「そんなのいらないです。俺、のんびり寝ていたいタイプなんです。目立つのも嫌いだし、修行なんて、どう考えても大変じゃないですか。それより、どこか安全な普通の村に送ってくれませんか? 洗濯とか手伝うので」


 ライルの言い分は、徹底して「ローリスク・ハイリターン」……いや、もはや「ローリスク・ノーリターン」ですらあった。彼は本気で、英雄的な力よりも、明日の平穏な昼寝を望んでいる。


「……あんた、本当に10歳? 枯れすぎでしょ。いい、断る権利なんて最初からないのよ。あんたのその才能、無自覚に垂れ流しにしてたら、そのうちあんたの体の方が魔力の負荷に耐えきれなくなって弾け飛ぶわよ。それでもいいの?」


嘘である。


「それは困りますけど……。でも、アムネジア様がなんとかしてくれるんですよね? 拾った責任で」


「なんで私が一生あんたの魔力抑制機をやらなきゃいけないのよ! 自分の身の振り方くらい自分で覚えなさい!」


 アムネジアは立ち上がり、ライルに詰め寄った。

 不老の美貌が目前に迫るが、ライルは「綺麗だな」と冷静に思うだけで、少しも動じない。その図太さ、あるいは無頓着さもまた、魔女を苛立たせた。


「分かったわ。じゃあこうしましょう。条件よ」


 アムネジアは、今度は不敵な笑みを浮かべた。


「一、弟子になるなら、この屋敷での食住は永久に保障する。三食昼寝付きよ。

 二、弟子にならないなら、今すぐ服を剥ぎ取って森の入り口に捨ててくる。

 外にはあんたを追いかけてきた兵士たちがまだウロウロしているけど……まあ、あんたならその『なんとなく』で逃げ切れるんじゃない? 保障はしないけど」


 ライルは天井を見上げた。


 外の世界にはもう、彼が帰る家はない。逃げ出したところで、またいつ命を狙われるか分からない。対して、この屋敷は静かで、ベッドは柔らかく、そして目の前の魔女は口は悪いが、ライルの怪我を完璧に治してくれている。


 のんびり過ごすための「最適解」はどちらか。


「……分かりました。嫌々ですけど、弟子になります。その代わり、掃除と洗濯、あと食事の管理は俺がやります。アムネジア様、さっきから見てると、ティーカップの置き場所すら把握してないみたいですし」


「……っ! 余計なお世話よ! あれは魔法で片付けるからいいの!」


「出しっぱなしの魔導書に紅茶を零しそうになってるのも、魔法で解決するんですか?」


「…………。今日から、あんたが掃除係よ。いいわね、ライル」


 アムネジアは恥ずかしさを隠すように、ふいと顔を背けた。


 彼女はこの少年に「死ぬまで修行」をさせるつもりだったが、どうやら自分の私生活を管理される方が先になりそうだと予感した。


「返事は『はい、師匠』。分かった?」


「はいはい、師匠。……ところで、師匠って意外とズボラなんですね。いったいいつからこの汚い家にすんでるんですか?」


「うるさいわね! さっさとそのパンを食べなさい!」


 ライルは差し出されたパンを一口齧り、その素朴な味にようやく少しだけ微笑んだ。


 面倒ごとは大嫌いだ。修行なんて最悪だ。

 けれど、この嵐のような魔女の隣なら、少なくとも退屈だけはしなさそうだと、ライルは冷静に、そしてどこか他人事のように考えた。


 こうして、10歳ののんびり屋ライルと、不老の孤独な魔女アムネジアの、終わりのない修行の日々が始まった。


(アムネジア?どこかできいた名前だけど…)と思うライルであった。

ライル

年齢10歳の少年(初登場時)

規格外の魔法の天才 / 隠居志望ののんびり屋

どこか眠たげな眼差しをした、整った顔立ちの少年。あまり感情を表に出さないが、観察眼は非常に鋭い。

極度ののんびり屋で、座右の銘は「平穏無事」。自分からトラブルに首を突っ込むことは決してないが、困っている人を見捨てられないお人好しな一面がある。


アムネジア

年齢不詳(外見は20代前半だが、100年以上生きている)

漆黒の魔女 / 慈愛と美の女神ヴィナの契約者

実は過去に聖女と言われた大魔法使い。

夜の闇を織り上げたような漆黒のドレスに、艶やかな黒髪。吸い込まれそうな紫の瞳を持つ、圧倒的な美貌の持ち主。

傲慢で強引な「魔女」を演じているが、その本性は寂しがり屋でかなりのズボラ。生活能力は壊滅的で、ライルが来るまでは屋敷の中は魔導書と茶器で散らかっていた。100年前の英雄の一人だが、過去のしがらみを嫌い、森に引きこもって魔法の研究やコレクションに没頭している。

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