第11話 卑怯者の背中と、深まる絆
闇の中から姿を現したのは、鈍い銀色の重装鎧を纏った、筋骨隆々の巨躯だった。
『ゴブリン・ウォーリアー』。
並のゴブリンとは一線を画すその魔物は、自分の背丈ほどもある巨大な戦斧を引きずりながら、低い唸り声を上げていた。
「なっ……なんだよ、あのデカ物……。あんなの、聞いてねえぞ!」
カイスの声が裏返る
ゴブリン・ウォーリアーは返事の代わりに、その巨大な戦斧を軽々と振り回した。
――ブンッ!!
空気を切り裂く轟音。ただの素振りでさえ、凄まじい風圧が一行を襲う。
カイスが反射的に大剣で防ごうとするが、戦斧の重圧に弾き飛ばされ、地面を無様に転がった。
「カイス! 大丈夫!?」
「く、来るなミーナ! クソッ……なんだよこいつ、硬すぎる!」
ジグが放った矢も、ウォーリアーの鎧に当たって虚しく弾け飛ぶ。
敵は、初心者パーティが「連携」でどうにかできるレベルを完全に逸脱していた。
ゴブリン・ウォーリアーが、獲物を定めるように赤い瞳を光らせた。
狙いは、先程から魔法で支援を続けているミーナ、そしてフレイリアに向けられる。
「ギ、ギギッ!!」
地響きを立ててウォーリアーが突撃を開始する。
その迫力に、カイスの心は完全に折れた。
「……む、無理だ。あんなの、勝てるわけねえ!」
カイスは震える手で地面を這い、立ち上がると同時に、仲間たちに叫んだ。
「逃げるぞ! おい、ミーナ、ジグ! ここは一旦引くんだ!」
「えっ、でも、シスターちゃんたちは……!?」
ジグがライルとフレイリアを振り返る。
ライルは、既にフレイリアを背中に庇い、借り物の直剣を構えていた。カイスは一瞬だけ二人を見たが、その瞳に宿ったのは、良心ではなく醜い自己保身だった。
「知るか! あいつらが足止めになってる間に逃げるんだよ! 行くぞッ!!」
カイスは、かつて自分が吐いた「バランス」や「リーダー」という言葉をすべて泥の中に捨て去り、一目散に洞窟の入り口へと走り出した。ミーナとジグも、恐怖に駆られるようにその後を追う。
静寂が訪れた。
残されたのは、巨大な戦斧を構える魔物と、少年と少女、二人だけ。
「……本当、笑っちゃいますね」
ライルが、ボソリと呟いた。
その声には、怒りさえなかった。ただ、計算通りに「不純物」が消えたことへの、冷ややかな納得だけがあった。
「……ライルさん、行っちゃいましたね」
フレイリアの声は震えていたが、彼女の瞳はライルの背中を真っ直ぐに見つめていた。
見捨てられたという恐怖よりも、「ライルがここにいてくれる」という確信が、彼女を支えている。
「ええ。邪魔者がいなくなって、かえって好都合です。……シスター、援護を。先程のプロテクション、今度は俺一人に集中させてください」
「はい! ……主よ、守護の力を彼に!!」
フレイリアが渾身の神聖術を唱える。
ライルの身体を黄金の薄い膜が覆う。それと同時に、ライルは自身の魔力回路を再び全開に近づけていった。
「――『身体強化』。出力、三十パーセント」
先日ほどではない。だが、今のライルにとって、これこそが「確実に勝つ」ための最適解。
ゴブリン・ウォーリアーが戦斧を振り下ろす。岩をも粉砕するその一撃を、ライルは避けることなく、左腕の盾で受けた。
――ガギィィィンッ!!
凄まじい衝撃波が広がる。だが、ライルの足は一歩も引いていなかった。
盾の角度を極わずかに傾け、戦斧の重力を真横へと「流す」。
「……フウブ流・第五形――『崩月』」
バランスを崩したウォーリアーの懐に、ライルが潜り込む。
借り物の無骨な剣が、魔力を帯びて青白く発光した。
「ギッ……!?」
ウォーリアーの赤い瞳に、初めて恐怖が走った。
先程までの「ただの見習い」ではない。目の前にいるのは、深淵のような技術と、圧倒的な意志を秘めた
「捕食者」だ。
「悪いですが、あなたに構っている時間はないんです」
ライルの直剣が、ウォーリアーの鎧の継ぎ目――喉元を正確に、そして深く抉り抜いた。
ゴブリン・ウォーリアーの巨体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
戦斧が床に転がり、乾いた音が反響する。
ライルは剣を引き抜き、静かに息を整えた。
先日ほどボロボロではない。だが、借り物の剣には深い刃毀れができている。
「……終わりましたよ、シスター。怪我はないですか?」
「……はい。すごいです、ライルさん……。あんな大きな相手を、たった一人で……」
フレイリアが駆け寄り、ライルの手を握る。その手は、冷え切った洞窟の中でも温かかった。
ライルはふと、逃げていったカイスたちの方向を見つめた。
「……あいつら、ギルドになんて報告するんでしょうね」
「きっと、私たちが魔物に食べられたって言うんじゃないでしょうか。……ひどい人たちです」
フレイリアが唇を噛む。だが、ライルは少しだけ口角を上げた。
「いいじゃないですか。おかげで、俺たちが『ただの見習い』じゃないことがバレずに済みました。……さて、彼らに追いつく前に、このウォーリアーの核と武器だけ回収して帰りましょうか」
ライルは、あくまで効率的に。
けれどその背中には、自分を見捨てた者たちへの軽蔑と、自分を信じ抜いた少女への、決して口には出さない深い信頼が同居していた。




