第9話 初心者パーティと冷徹な警告
街の外に広がる『東の大森林』。その入り口で、ライルは改めてパーティ『暁の風』の構成を観察していた。
リーダーで大剣を担ぐ剣士のカイス。後方で杖を弄ぶ魔術師のミーナ。そして周囲を警戒する振りをしている弓使いのジグ。
一見すればバランスの取れた、冒険者ギルドが推奨する「教科書通り」の三人組だ。
「いいか、坊主とシスター。俺たちが前で道を作る。お前ら新人は、後ろで俺たちの華麗な戦いを見て、適当に回復魔法でも唱えてりゃいいんだよ」
カイスが鼻で笑いながら森へ踏み込む。
ライルはその後ろを歩きながら、隣のフレイリアにだけ聞こえる小声で耳打ちした。
「……シスター。今日は間違っても『聖域展開』は絶対に使わないでください。目立ちすぎるし、あなたの精神力、体力が持ちません。代わりに、基本的な『神の加護』だけを維持して。カイスたちの疲労具合を見て、神の癒やし(ヒール)、あなたの精神力温存でいい」
「は、はい……。加護ですね、あと、癒やしですね…分かりました」
フレイリアは緊張した面持ちで頷いた。
ライルは貸し出された無骨な剣の柄を握り、周囲の「気配」を探る。カイスたちの荒い足音にかき消されているが、藪の奥からは確実に、粘りつくような視線がこちらを射抜いていた。
森の開けた場所に出ると、十数匹のゴブリンが待ち構えていた。
「出たな汚い野郎共! ミーナ、ジグ、やるぞ!」
カイスの号令と共に戦闘が始まった。ミーナが火球を放ち、ジグが矢を射る。カイスが雄叫びを上げて大剣を振り回す。
それは、彼らにとっては「勇ましい戦い」なのだろう。だが、ライルの目には隙だらけの乱戦にしか見えなかった。アムネジアに教わった基本的パーティ戦とは明らかに違っていたからだ。
カイスが一体を斬る間に、二体のゴブリンが死角へ回り込もうとしている。
(……やれやれ。効率が悪すぎる)
ライルはカイスたちの視界から外れるように、音もなく動いた。
茂みからカイスの背後を狙おうとしたゴブリンの首を、借り物の剣で一閃する。そのまま影に潜むように移動し、ジグを狙っていた二体目の眉間を、正確な突きで貫いた。
カイスたちが正面の数匹に手こずっている間に、ライルはパーティを遠巻きに囲もうとしていた伏兵たちを、一匹、また一匹と「掃除」していく。
その動きは、アムネジアとの模擬戦で叩き込まれた「生存のための暗殺術」に近い。
「よし! 片付いたな。おい、見たかよ今の俺の一撃!」
最後の一匹を倒したカイスが、返り血を拭いながら意気揚々と振り返る。
ライルは既に何食わぬ顔で遠巻きに待機していた。足元の草むらには死体が転がっているが、カイスたちはそれに気づく様子さえない。
だが、安堵した瞬間が最も危うい。
カイスが勝ち誇っている隙に、一本の太い樹の上から、生き残りの一匹がフレイリアを目掛けて飛び降りてきた。
「――ぎぎっ!」
「えっ、あ……っ!?」
フレイリアが顔を上げた時には、ゴブリンの錆びた短剣が目前に迫っていた。カイスもジグも、武器を収めかけていて反応できない。
――ガキンッ!!
火花が散った。
ライルが瞬時に踏み込み、無造作に振るった直剣がゴブリンを空中で叩き伏せた。そのまま地面に叩きつけられたゴブリンの心臓を、ライルは一切の躊躇なく踏み抜く。
「ひっ……!」
フレイリアが短く悲鳴を上げる。ライルは剣の血を振り払い、カイスに向き直った。その瞳には、今まで見せたことのない「冷たい怒り」が宿っていた。
「……リーダー。もう少し、周囲に気を使ってください」
「あ、ああ? 今のは単なる不意打ちだろ! シスターも、もっと注意深く――」
「ヒーラーが狙われるのは、戦いの初歩でしょう。守りきれないのなら、最初から連れ出すべきじゃない」
ライルの淡々とした、けれど重みのある進言に、カイスは面白くないように顔を歪めた。
「ケッ、たまたま一匹見逃しただけじゃねえか。ガキが説教してんじゃねえよ。ほら、行くぞ! まだ奥にはわんさかゴブリンどもがいるはずだ。お宝が待ってるんだよ」
カイスたちは苛立ちを隠さず、さらに森の奥へと突き進もうとした。
しかし、ライルは動かなかった。隣のフレイリアを見ると、彼女は青ざめた顔で肩を揺らしている。先程の恐怖と、慣れないプロテクションの維持、そして何より昨日の疲労がまだ完全に抜けきっていないのだ。
「待ってください。休憩が必要です。シスターが疲弊しています」
「はぁ!? まだ一戦しただけだぞ。聖女様なんだから、これくらい根性見せろよ。ほら、立てるだろ?」
カイスがフレイリアの腕を強引に掴もうとした。
その手を、ライルがパシッと強く叩いて制した。
「なっ……何しやがる、坊主!」
「……耳を貸してください」
ライルは感情の消えた声で言った。
「これ以上、彼女に無理をさせるなら、俺はこの依頼をここで放棄します。……そして、もしこの先で全滅の危機に晒されたとしても、俺はシスターだけを連れて逃げます。」
その言葉には、一切の虚飾がなかった。
カイスたちが死のうが、全滅しようが、自分には関係ない。ただ、守ると誓った彼女だけを確実に救う。その「確信」に基づいたライルの言葉に、カイスは思わず数歩後退った。
「お、お前……何言って……そんなの、冒険者の規約違反だぞ!」
「規約よりも命の方が大切でしょう? 効率的な判断です。……休みますか、それとも俺たち抜きで奥へ行きますか?」
ライルの冷徹な二択。
森の奥から吹き抜ける風が、急に冷たくなったように感じられた。
カイスは、目の前の「ただの見習い」だと思っていた少年の背後に、底知れない闇のような実力を見た気がして、吐き捨てるように言った。
「……分かったよ! クソッ、シケたパーティだぜ。十分だけだ、休め!」
(10分か…フレイリアの精神力はあまり回復しないだろうな…)
ライルは無言でフレイリアを座らせ、水筒を差し出した。
「シスター、大丈夫ですか?疲れたでしょ?」
「だ、大丈夫です…少し驚いただけですから…皆さんに迷惑かけて申し訳ないです…」
ライルは、カイスたちの背中を冷ややかに見つめながら、フレイリアを必ず守ると心で誓った。




