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【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
偽物聖女の覚醒

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更衣室の悪魔

 冷静になれ。

 落ち着かなきゃダメだ。


 私は唇を強く噛み締め、鉄錆のような血の味を感じるまで意識を集中させた。

 脳裏に、理人の何の揺らぎもない死んだ魚のような目と、彼の機械的な声が浮かぶ。


『お前の態度こそが、最大の反撃リソースだ』

『感情的な振る舞いは、ヒステリーとして誤読される』


 そうだ。

 ここで発狂しちゃいけない。

 更衣室には大勢の女子がいる。証拠もないのに騒ぎ立てたら、私は本当に犯人役のシナリオ通りのピエロになってしまう。


 私は強引に深呼吸をし、論理を整理しようと試みた。

 財布はある。スマホもある。なくなったのは、金銭的価値のないプラスチックのブレスレットだけ。

 つまり犯行の目的は金銭ではなく、『私への嫌がらせ』だ。

 この学校で、あのブレスレットが私にとってどれほど重要かを知っていて、かつこんなことをする動機があるのは、玲奈たちしかいない。


 でも……証拠は?

 監視カメラはない。目撃者もいない。

 今問い詰めたところで、彼女は絶対にしらばっくれるに決まってる。


「ふぅ……」


 ロッカーの縁を掴んでいた指の力が抜け、白くなっていた関節が赤みを帯びていく。

 まずは騒がないこと。

 気づいていないフリをして、彼女たちの反応を観察するんだ……。


 そうやって必死に怒りを抑え込み、理性的なロジックで対抗策を練ろうとしていた、その時だった。


 部屋の隅から、声を潜めた、けれど私の耳にだけは確実に届くような嘲笑が聞こえてきた。


「……そういえばさ、さっき着替える時見た?」


 玲奈の声だ。

 彼女は私に背を向け、真由と髪を直しながら、反吐が出るような軽蔑を含んだ声で言った。


「あの赤と緑のプラスチックゴミ。いやー、マジで笑えるんだけど」

「高校生にもなってさ、あんな排水溝から拾ってきたみたいなゴミを宝物にしてるとか」

「見てるだけで汚いよね。雑菌とか貧乏神とかついてそうじゃん? ちょっと触っただけで手が腐りそうだったわー」


 プツン。


 脳内で『理性』という名の弦が、音を立てて切れた。


 ロジックなんてどうでもいい。

 品位なんて知ったことか。

 冷静さなんてクソ食らえだ。


 そのすべてが、『排水溝から拾ってきたゴミ』という一言で焼き尽くされた。

 あれは、あの子がくれたものだ。

 私が救われた証だ。

 私の英雄の勲章だ。


 それを……それをゴミだと言ったのか?!


 脳が命令するより先に、体が弾かれたように動いていた。

 気づいた時には、私は更衣室の隅まで突進していた。


「……返せっ!!!」


 私は玲奈の襟首を鷲掴みにし、背後のロッカーに思い切り叩きつけた。

 ガシャーンという轟音が響き、更衣室全体が一瞬で凍りつく。


「きゃっ?!」


 玲奈が悲鳴を上げ、手から櫛を取り落とした。

 彼女は形相を変えた私を見て、完璧な『被害者』の驚愕の表情を作った。


「ち、千夏ちゃん? 何するの? 痛いよぉ……」


 彼女の声は震え、瞳は一瞬で潤んだ。


「何言ってるの? 返せって何? 離してよ、怖いよぉ……」

「とぼけるな!!」


 私は彼女の襟を死ぬ気で締め上げた。爪が皮膚に食い込む勢いだ。


「あんたが盗ったんでしょ! あれが私にとってどれだけ大事か、あんたしか知らないはずだから!」

「それにさっき言ったよね? 『赤と緑のプラスチックゴミ』って! 『触ったら手が腐りそう』って! 盗ってないなら、どうしてそんな汚いってわかるのよ?!」


「わ、私、何のことだか……」


 玲奈は必死に首を振り、大粒の涙をこぼした。


「さっきのは……昔見たゴミの話をしてただけで! 本当に千夏ちゃんのブレスレットがどこにあるかなんて知らないよ!」


 そう言いながら、彼女の視線が慌てたように後ろへ逸れた。体が不自然に後ろへ縮こまり、背後のロッカーの扉を隠そうとしているように見えた。

 それは無意識の、**『何かを隠そうとする』**動作だった。


 あそこだ!

 脳が瞬時に判断を下した。

 体育の時間、私たちは校庭にいた。彼女が物を隠すなら、一番手近で安全な場所は、鍵のかかるロッカーの中だ!

 それに今の反応、明らかに動揺している!


「嘘つき」


 私は冷ややかに彼女を見下ろした。怒りで声が嗄れている。


「あんたが盗ってないって言うなら、そのロッカーの中身、見せなさいよ」

「え……?」


 玲奈は一瞬呆気にとられ、それから極めて困ったような、むしろ恥じらうような顔をした。


「だ、ダメ……それは……」

「なんでダメなの? 盗ってないなら、見せられないものなんてないでしょ?」


 周囲の女子たちが集まり始め、ざわめきが大きくなる。

 でも私にはもう関係ない。

 今の私の視界には、あのロッカーしかない。私のブレスレットは、絶対にあのあの中にある!


「本当にないの……千夏ちゃん、お願い、やめて……」


 玲奈は怯えた子ウサギのように肩をすくめ、懇願するような目で私を見上げた。


「本当に恥ずかしいから……見ないで……」


 演技だ。まだ演技してる。

 そのか弱いフリが、私には最高に胸糞悪い隠蔽工作にしか見えない。

 見せたくないってことは、やっぱり中にやましいものがあるって証拠だ!


「うるさい! どいて!」


 私の堪忍袋の緒が完全に切れた。

 開けないなら、私がこじ開けてやる!

 私は玲奈を突き飛ばした。

 玲奈は悲鳴を上げてよろめき、止めようと手を伸ばしたが、『力が弱くて』止められなかった。


「ダメ! 絶対ダメ! 千夏ちゃん!!」


 彼女の甲高い叫び声の中。


 ガァンッ!


 私は鉄製のロッカーの扉を力任せに開け放った。


「どこに隠したのよ――」


 私の怒号は、中身を見た瞬間に喉の奥で詰まった。


 ない。

 ブレスレットがない。

 赤と緑のビーズなんてどこにもない。


 ロッカーの中にあったのは、畳まれた制服と……。

 制服の一番上に置かれた、二つの肌色で、分厚くて、どこか滑稽な……。

 シリコン製の胸パッドだった。


 時間が止まった。

 空気が凍結した。


「……あぁっ」


 玲奈が崩れ落ちるような泣き声を上げた。


「開けないでって言ったのにぃぃ!!!」


 彼女は顔を覆い、その場にしゃがみ込んで泣き崩れた。


「どうしてそんなことするの……なんでみんなに見せるの……うぅぅ……」


 私は棒立ちになり、衆目に晒されたそのプライベートな物品を見つめていた。

 頭が真っ白だ。


 ブレスレットじゃない?

 なんで……これなの?


「ひどすぎる……」


 人混みの中から、棘のある非難の声が上がった。


「いくら委員長だからって、横暴すぎない?」

「勝手に人のロッカー漁って、あんなの見せるなんて……」

「玲奈ちゃんかわいそう。あんなコンプレックス晒されて……」

「星野さん、頭おかしくなっちゃったの?」


 世論の風向きが、一瞬で逆転した。

 さっきまでの『失せ物探し』は、今や『変態による公開処刑』へと変貌していた。


「ち、違う……」


 私はパニックになり、振り返って弁明しようとした。


「ブレスレットが入ってると思って……わざとあれを見ようとしたんじゃなくて……」


 でも、誰も聞いてくれない。

 みんなの視線は、嫌悪と恐怖で満ちていた。


 その時、ずっと傍観していた真由が歩み出てきた。

 彼女は泣き崩れる玲奈を抱き起こし、それから痛ましいものを見る目で私を見つめた。


「千夏ちゃん……一体どうしちゃったの?」


 真由は失望しきったようにため息をついた。


「ここ一、二日、本当に変だよ。急に冷たくなったり、困ってる人見捨てたり、挙句の果てには玲奈に暴力振るって……」

「たかが胸パッドじゃない。玲奈が少し見栄張って入れてたからって、みんなの前で晒すことないでしょ?」


「晒そうとなんてしてない!」


 私は酸欠になりそうなくらい必死だった。


「私のブレスレット! あれがなくなったの! 玲奈しか盗む人いないから! だから私……」


「ブレスレット?」


 真由が眉をひそめ、私の言葉を遮った。


「さっきあんなにキレて、玲奈に暴力まで振るった理由が、たかがブレスレット一つなくなったから?」

「物なくしたなら、みんなで探せばいいだけでしょ? なんでいきなり玲奈が犯人だって決めつけるの?」

「これって、いわゆる被害妄想ってやつじゃ……」


「も、妄想じゃない! 本当になくなったの! ちゃんとポーチに入れたのに……」


 私は必死に訴え、ベンチの上の空っぽのポーチを指差した。


「千夏ちゃん……」


 その時。

 弱々しい声が、私の背後から聞こえた。

 ずっと黙っていた優奈だ。

 彼女はいつの間にか、私が中身をぶちまけた自分のロッカーの前に立っていた。


「あの……探してるのって……」


 優奈は何かを摘み上げ、困惑した顔で私を見ていた。


「これじゃない?」


 全員の視線が一斉に其処へ向く。

 優奈の手には、あの赤と緑の不格好なプラスチックのブレスレットがぶら下がっていた。

 そして彼女のもう片方の手には、私の制服のスカートが握られている。


「スカートのポケットに入ってたよ」


 優奈は悪気なさそうに瞬きをし、静まり返った更衣室に声を響かせた。


「着替える時に、うっかりポケットに入れちゃって、忘れちゃったんじゃない?」


 ドカン。

 私の世界が音を立てて崩落した。


 私は呆然とブレスレットを見つめた。

 すべてのポケットを裏返し、すべての服を振って探しても見つからなかったはずのブレスレットを。

 今、それが私の愚かさを嘲笑うかのように、優奈の手の中に鎮座している。


 マジックだ。

 いいや、罠だ。

 視線の死角を利用し、混乱を利用し、私の感情を利用して編み上げられた、完璧な処刑台。


「……えぇ?」


 女子たちの間から、ドン引きするような声が漏れる。


「なになに、結局自分の忘れ物?」

「自分でポケットに入れといて、忘れたからって人殴ったの?」

「しかも人のロッカー漁って恥かかせるとか……」

「怖すぎるでしょ」

「これが『ヒステリー』ってやつ? 昨日霜月君がかばってたけど、やっぱり本人がヤバい奴だったんじゃん」


 悪意の津波が、以前よりも凶暴になって私に襲いかかる。


 私は群衆の真ん中で立ち尽くしていた。

 ブレスレットを掲げ、無垢な顔をしている優奈を見て。

 玲奈を支え、正義漢ぶった顔をしている真由を見て。

 そして、床にしゃがみ込んで泣いているフリをしながら、指の隙間から凍てつくような嘲笑を覗かせている……玲奈を見て。


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