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【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
偽物聖女の覚醒

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黄昏の帰路と、勝手な友情

 楽しい時間はいつも、あっという間に過ぎていく。

 時計の針が六時を回った頃、この変人たちのお茶会はついにお開きを迎えた。


「あ! やっば! 六時半のスーパーのタイムセール始まっちゃう!」


 スマホを見た凜ちゃんが、突然椅子から跳ね起き、慌てて鞄をまとめ始めた。


「未央! 急ごう! 今日のターゲットは半額の高級牛肉だよ!」

「……凜が食べたいなら、強盗してでも……」


 未央ちゃんは無言で立ち上がり、その瞳に一瞬危険な光を宿らせながらも、動作は大人しく凜ちゃんの上着を取ってあげている。


「おい! 犯罪を正当化すんじゃねぇ!」


 鬼道先輩がツッコミを入れつつ、面倒くさそうに鞄を掴んで立ち上がった。


「ったく……なんで怪我人の俺が荷物持ちしなきゃなんねぇんだ?」

「だって鬼道先輩暇そうだし! それにこれは未央の新居祝いのすき焼きパーティーだよ! 文句ある?」

「……チッ。肉はサシが入ってるやつにしろよ。スジばっかりの安モン買うんじゃねぇぞ」

「わかってるって! じゃあ行くよ!」


 三人は騒がしくドアを飛び出していった。

 去っていく彼らの背中――先頭を走る凜ちゃん、ぴったりとくっついていく未央ちゃん、そして文句を言いながらも二人を外側から守るように歩く鬼道先輩。

 その奇妙なバランスが心地よくて、私は自然と微笑んでしまう。


「じゃあ私も行くわ」


 佐伯先生は大きなあくびと共に伸びをし、空になったタバコの箱を丸めると、ゴミ箱へ正確に放り込んだ。

 彼女はドアの前で振り返り、意味ありげな笑みを浮かべた。


「戸締まり頼むわよ。それと、あんまり遅くなるんじゃないわよ。夜は冷えるから」

「特にあんた、霜月。論理的に必要ないから送らないとかいうド直球な理由で女子を放置するんじゃないわよ。ちゃんと駅まで送りなさい」

「先生、あなたの提案は建設的ではありません。俺の計算では、俺と星野の帰宅ルートの重複率は八五%に達しています。『わざわざ』送るという事象は発生しません」


 霜月君はカップを洗いながら、振り返りもせずに答えた。


「はいはい、ご勝手に」


 佐伯先生は手をひらひらと振り、廊下の向こうへ消えていった。

 活動室には、私と彼の二人だけが残された。


 夕日の名残が窓から差し込み、空気中を漂う埃を金色に染めている。

 あれだけ騒がしかった部屋が急に静まり返り、水がカップを洗う音だけが響く。

 けれど、気まずくはない。

 むしろ、この静寂が私には心地よかった。


「行くぞ」


 霜月君は蛇口を閉め、手を拭くと、測定機器でも詰まっているのかと思うような四角い鞄を背負った。


「うん」


 私も鞄を手に取り、彼の足跡を追った。


……


 校門を出ると、駅へと続く道は街灯によってオレンジ色に染められていた。

 夜風が少し冷たいけれど、私の胸の奥にある熱を冷ますことはできない。

 私たちは見慣れた道を並んで歩く。


 私は気ままに、少し弾むような足取りで、たまに自分の影を踏んで遊んだりしながら歩く。

 対照的に、霜月君は全くブレない。

 彼の歩幅は精密に計算されたかのように一定で、そのリズムは歩くメトロノームみたいだ。視線は常に水平を保ち、周囲の変数を絶えずスキャンしているかのよう。


 この極端なコントラストがおかしくて、笑い出しそうになる。

 以前の私は、いつも彼の後ろを恐る恐るついていくか、他人の目を気にして距離を取っていた。

 でも今は、こうして堂々と彼の隣を歩いている。

 前後じゃなく、並んで。


「あ、あれ……」


 前方のコンビニの入り口に、まだ帰宅していない二年生の男子グループが溜まってアイスを食べていた。

 中心にいるのはC組の山田君。以前、宿題の回収を手伝った時に少し話したことがある。


 私たちが暗がりから現れたのを見て、彼らの動きがピタリと止まった。

 賑やかだったお喋りが途切れる。

 彼らの視線が、私と霜月君の間を何度も往復する。


 その目つきには覚えがある。

 驚き、好奇心、そして今にも爆発しそうな下世話な詮索欲。


『あれ星野じゃね? それに……あの変人の霜月?』

『なんであの二人が一緒にいんの?』

『もしかしてマジで?』


 空気が一瞬で粘りつくような重さを帯びる。

 前回もここで彼らに会ったことを思い出した。

 あの時の私は、誤解されるのが怖くて、うつむいて赤の他人のように早足で通り過ぎた。

 あの時は、説明するのが面倒で、変な噂を立てられるのが怖かった。


 でも今は……。

 彼らの鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見ていると、なんだかおかしくて仕方がない。


「こんばんは、山田君」


 私は足を止め、堂々と彼らに向かって手を振り、自然な笑顔を向けた。


「え? あ……こ、こんばんは、星野さん……」


 山田君は私が自分から挨拶してくるとは思わなかったらしく、手に持っていたアイスを落としそうになった。

 彼は私を見て、それから隣で無表情を貫く霜月君を見て、ついに抑えきれない野次馬根性を口にした。


「その……二人って……デート?」

「デート?」


 私は眉を上げ、隣の霜月君を見上げた。

 ふと、悪戯心が湧いてきた。

 私は彼に一歩近づき、肘で彼の腕をちょんちょんとつつきながら、小悪魔的な笑みを浮かべてみせた。


「ねぇ、霜月君。何してるのかって聞かれちゃった」

「私たちって……どういう関係?」


 山田君と友達が息を呑み、答えを待って目を皿のようにしている。

 霜月君が足を止めた。

 その底知れない瞳で山田君を淡々とスキャンし、それから私に向き直り、データベースを検索するように眉をわずかにひそめた。


 数瞬後、彼はニュースキャスターも顔負けの、抑揚のない機械音声で答えた。


「客観的事実に基づけば、俺たちの関係は以下の三重定義を含む」

「第一に、気象観測部の部長と部員」

「第二に、二年B組のクラスメイト」

「第三に、帰宅経路の高度な重複により発生した一時的な同行者」

「加えて、俺は現在、星野という個体に対し、人間行動サンプルの長期観測を実行中だ。以上」


「……」


 山田君が口をあんぐりと開けた。

 空気が凍結する。

 なんだその回答は。観測? サンプル? こいつマジでロボットなのか?


「ぷっ」


 山田君の「俺は誰でここは何処だ」と言いたげな顔を見て、私はついに吹き出してしまった。

 私はまだ風の中で呆然としている山田君に、肩をすくめてみせた。


「そういうことだから」


 私は笑って言った。


「じゃあね、また明日」


 言い捨てると、彼らの困惑した視線を背に、私は鞄のベルトを握り直して軽快に歩き出した。

 溶けかけのアイスを持ったまま、処理しきれない情報量にフリーズする男子たちを残して。


……


 少し歩いた後も、私の口元には笑みが残っていた。

 私は横を向き、相変わらずすました顔の霜月君を見た。


「霜月君、さっきのはちょっと冷たすぎない?」


 私は半分からかい、半分本気で言った。


「『サンプル』とか『同行者』とか……私、とっくに友達だと思ってたのに」


 霜月君の足が、わずかに止まった。

 精密機器のように回転していた脳が、一瞬だけ処理落ちを起こしたように見えた。


「……友達」


 彼はその言葉を、まるで未知の化学元素か何かのように低く反芻した。


「そうだよ」


 私は彼を見て、当然のように頷いた。


「もしかして霜月君の中では、私は友達じゃないの?」


 霜月君は少しの間、沈黙した。

 存在しない眼鏡を押し上げ、視線を遠くの信号機に向け、声を冷徹な理性のトーンに戻す。


「そのパラメータを計算に組み込んだことはない」

「俺の生存論理において、『友達』という関係性は、不必要な感情的交互作用と時間的コストを意味する。それは意思決定の不確実性を増大させ、敵に利用される脆弱性セキュリティホールとなる」

「故に、俺に友達は不要だ。それは非効率の産物だ」


 なんて彼らしい答えだろう。

 以前の私なら、傷ついていたかもしれない。

 でも今の私には、その硬い殻の下にある、ほんのわずかな不器用さが聞こえてくる気がした。


「そう」


 私は足を止めた。

 ちょうど、駅へと続く分かれ道まで来ていた。

 私は振り返り、彼と向き合った。

 夜風が髪を揺らす中、論理で世界を拒絶しようとするその瞳を見つめ、私は不敵に笑った。


「でもね、霜月君」

「私があなたを友達だと思うことには……あなたの許可なんて要らないの」


 霜月君が固まった。

 その死んだ魚のような目に、驚愕の色が走る。


「あなたが前回、『私を救った』という事実で『ノートの貸し借り』を勝手に清算したのと同じ」


 私は身を乗り出し、彼の瞳を覗き込み、一言ずつ噛み締めるように言った。


「私も、決めたから」

「あなたがどう思おうと、あなたのロジックがどう弾き出そうと」

「私は勝手に、あなたを私の友達だと思うことにする」

「……本当の、友達だと」


「それは……論理的強盗行為だ」


 霜月君は口を開きかけ、何か反論しようとしたが、結局そんな力のない抗議を絞り出すのが精一杯だった。

 論理を正面突破されて呆気にとられている彼の顔を見て、私の胸は愉快な気持ちで溢れかえった。


 勝った。

 今回は、私の勝ちだ。


 駅のアナウンスが、電車の接近を告げている。


「あ、電車来ちゃう」


 私は改札口へと走った。

 ICカードをタッチする直前、私は足を止め、振り返って彼に大きく手を振った。


「じゃあね、また明日――」


 私は大きく息を吸い込み、黄昏の陰に立つ少年に向かって、初めてその名前を叫んだ。


「理人!」


 他人行儀な『霜月君』じゃない。

 あの、不器用でリアルな彼だけの名前。


 言い逃げするように、私は彼の反応を待たずに、顔を赤くして人混みの中へ駆け込んだ。

 振り返らなかったけれど。

 想像できる。

 いつもすべてを計算の中に収めている理人が、今頃あの場所で、予測不能な『変数』を前にして、ぽかんと立ち尽くしている姿が。


 そう思うだけで。

 明日の太陽は、きっと今日より眩しいに違いないと思えた。


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