ツギハギだらけの家族
『ツギハギだらけの家族』
「俺の記憶領域によれば」
霜月君はマグカップを置き、その理性的な瞳をスキャナーのように動かして、目の前にいる画風の全く合わない三人を順にねめつけた。
「先週まで、未央の対男性警戒レベルは『S級』、鬼道による凜の評価は『うるせぇ暴力女』だったはずだ」
彼は存在しない眼鏡をクイッと押し上げる仕草をする(眼鏡をかけていないのに、妙に様になっている)。
「このわずか7日間に、一体どのような超自然的物理現象が発生すれば、お前たちがそのような異種共生じみた生態系を構築できるんだ?」
その問いに、私も興味津々で耳を傾けた。
確かに、あの未央ちゃんが何のわだかまりもなく鬼道先輩にクッキーを渡しているなんて、世界七不思議レベルの奇跡だ。
「へへっ、それはね……」
凜ちゃんは頭をポリポリとかきながら、少し得意げで、でも少し照れくさそうな顔をした。
「実は未央の実家でちょっとした『トラブル』があってさ。未央の両親が……ちょっと厳しすぎるっていうか、そんな感じ?」
「『監禁』」
未央ちゃんが冷徹に訂正を入れた。その手は凜ちゃんの服の裾をギュッと掴んでいる。
「スマホ没収、部屋の封鎖、強制転校。あれは教育じゃない。飼育」
「そうそう! そういうこと!」
凜ちゃんは拳を振り上げ、義憤に駆られたように言った。
「未央からSOSが来たから、私がカチ込みに行ったんだけどさ! あそこの警備員のおっさんが強すぎて、私一人じゃどうにもならなくて……」
彼女は不機嫌そうにミカンを咀嚼している鬼道先輩の方を見た。
「たまたま通りかかったこの野生のゴリラ……じゃなくて、鬼道先輩のおかげ!」
「誰が野生のゴリラだ!」
鬼道先輩の額に青筋が浮かぶ。彼はミカンの皮をテーブルに叩きつけた。
「俺はたまたま近くに限定版の単車パーツを買いに行っただけだ! テメェがいきなり飛び出してきて、狂ったオバハンみたいに俺の襟首掴んで『筋肉ちょっと貸して!』って叫んだんだろうが!」
「でも先輩、最後は助けてくれたじゃん!」
凜ちゃんがニシシと笑って身を乗り出す。
「あの『テメェら、こいつらに指一本でも触れてみろ、この家ごと解体してやるぞ』っていう啖呵、超カッコよかったよ!」
「う、うるせぇ! 俺はあのスーツ着た大人どもの、澄ましたツラが気に食わなかっただけだ!」
鬼道先輩の顔が一瞬で耳まで赤くなった。照れ隠しのためにコーヒーを煽ったものの、熱すぎて顔をしかめている。
「あちっ……ケッ! とにかくついでだ! ついで!」
「ついでに未央の神経質な父親を脅して警察沙汰にして、ついでに捻挫した私をおぶって三キロも走ってくれた……」
未央ちゃんが抑揚のない声で淡々と補足した。
そして彼女は、ゴミを見るような、それでいて恩人を見るような、なんとも複雑な眼差しを鬼道先輩に向けた。
「筋肉だけの単細胞生物だけど、『抑止力』としての有用性は認める」
「テメェは俺を褒めてんのか貶してんのかどっちだ?!」
ギャーギャーと騒ぐ三人を見て、私は思わず頬を緩めてしまった。
彼らは軽く話しているけれど、その光景がどれほどスリリングだったかは容易に想像できる。
友達を失いたくない少女と、自由を渇望する籠の鳥と、口は悪いけれど弱者を見捨てられない不良少年。
彼らは互いに利用し合い、迷惑をかけ合い、けれど互いに救い合ったのだ。
「いいなぁ……」
つい、感嘆の声が漏れた。
「まるで……冒険小説の仲間みたい」
「でしょでしょ! 千夏先輩もそう思うでしょ!」
凜ちゃんが嬉しそうに私に抱きついてくる。
「だから今、未央はとりあえずウチに住んでるの! お兄ちゃんは最初すごい嫌そうな顔してたけど」
「俺は単に、居住空間の人口密度増加に伴う酸素濃度低下への懸念を示しただけだ」
霜月君は淡々と反論したが、その目に拒絶の色はなかった。
明らかに彼も、この『新しい家族』の存在を黙認しているのだ。
その時。
ガララ――ッ。
活動室の扉が再び開かれた。
「はぁ……今の生徒ときたら、ちょっとしたことですぐ親呼ぶんだから。私の胃に穴が開くわ……」
気怠げな愚痴とともに、白衣を纏い、少し乱れた髪で書類の束を持った女性教師が入ってきた。
私たちの顧問、佐伯先生だ。
彼女は残業明けの干物のような死んだ顔をしていたが、部屋の中のすし詰め状態で熱気あふれる光景を見て、ピタリと固まった。
「……は?」
佐伯先生は瞬きをし、視線を鬼道、未央、凜、そして最後に私と霜月君の上で一周させた。
「何これ? 私、部屋間違えた? ここ気象観測部だよね? 動物園じゃないよね?」
彼女は髪をガシガシとかきむしったが、その死んだ魚のような目に、次第に面白がるような光が宿り始めた。
「先生! こんちは!」凜ちゃんが元気に挨拶する。
「チッ、あのうるせぇ先公また来たのかよ」鬼道先輩がそっぽを向く。
「……ちわっす」未央ちゃんが小声で言う。
佐伯先生はため息をつき、書類を適当に机に放り投げると、遠慮なく椅子を引き寄せて霜月君の隣に割り込んだ。
「おい、霜月少年」
彼女は肘で霜月君の脇腹をつつき、ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべた。
「やるじゃないの。数ヶ月前までここにはあんたっていう孤立症患者が一人しかいなくて、百葉箱の中でカビが生えるんじゃないかって心配してたのに」
「それが今じゃ何? 不良少年に、美少女妹に、病弱文学少女、それに……」
佐伯先生の視線が私に止まり、少しだけ柔らかくなった。
「優等生の委員長サマまで」
「なんなのこれ? ラノベ主人公のハーレム炎上現場? あんたもついに思春期到来?」
「その不謹慎な仮説を撤回してください」
霜月君は嫌そうに椅子を横にずらした。
「これは単に『相互利用』の原則に基づいて発生した一時的な集合体に過ぎない。それと先生、白衣にカレーの染みがついてますよ。気象部の対外イメージに関わります」
「あら、いいじゃないの! どうせここは部活という名の避難所なんだから」
佐伯先生はアハハと笑い、手品のようにポケットからタバコの箱を取り出し(そして未央ちゃんを一瞥してそっと戻し)、代わりに棒付きキャンディを口にくわえた。
「ま、でも……」
彼女は私たち、この部屋にいる全員を見渡した。
鬼道先輩とミカンを奪い合っている凜ちゃん。黙って凜ちゃんの手を拭いている未央ちゃん。コーヒーメーカーを拭いている霜月君。そして、微笑んでいる私。
「悪くないわね」
佐伯先生は伸びをしながら、大人の余裕を含んだ口調で言った。
「外の息が詰まる場所より、ここはちょっとうるさいくらいで、ちょうどいいわ」
私はその光景を眺めた。
夕日が窓から長机に差し込み、舞っている埃をキラキラと照らしている。
ここには学校から『異物』扱いされる変人(霜月君)がいる。
家庭に縛られていた『逃亡者』(未央ちゃん)がいる。
『不良』のレッテルを貼られた『悪人』(鬼道先輩)がいる。
同じく変人だけど、みんなの中心にいる『太陽』(凜ちゃん)がいる。
面倒くさがりながらも、黙って見守ってくれる大人(佐伯先生)がいる。
そして、仮面を外したばかりの傷だらけの『廃棄聖女』である私も、ここに座ることを許されている。
長机の左側は、『喧騒の台風の目』だ。
凜ちゃんが行儀悪く机に突っ伏し、欲張りなリスみたいに、鬼道先輩の手にある最後の半分のミカンを奪おうとしている。
「私にも半分ちょうだいよ! ゴリラ先輩!」
「ハァ? テメェさっき食っただろ! 取るな! コリャ俺のだ!」
鬼道先輩は口汚く罵りながらも、体は正直で避ける素振りを見せない。最後には面倒くさそうに、ミカンを割って凜ちゃんの口に突っ込んだ。指を噛まれても「チッ」と舌打ちするだけだ。
その凜ちゃんの横で、未央ちゃんは静かな影のように寄り添っている。
彼女は凜ちゃんとじゃれ合う鬼道先輩を完全に無視し、真っ白なハンカチで、凜ちゃんの口角についた果汁を丁寧に、祈るように拭き取っている。彼女の目には凜ちゃんしか映っていない。その集中力は少し怖いくらいだけど、なぜか不思議と安心感を覚える。
長机の右側は、『怠惰な大人と理性の執事』だ。
佐伯先生は教師の威厳ゼロで一番いい回転椅子を占領し、足を横のダンボールに乗せ、キャンディを舐めながら謎の書類で顔を仰いでいる。
「あー……働きたくねぇ……この部屋の埃になりてぇ……」
そんなダメ大人の発言をしながら、彼女はテーブルの上の角砂糖入れに手を伸ばす。
その横に立つ霜月君が、無表情のまま――パシッ、と先生の盗っ人の手を叩き落とした。
「先生、あなたの血糖値はすでに警戒ラインです。それにそれは部費で購入した物資です」
彼は冷淡に教師を説教しながらも、手慣れた様子で凜と鬼道が飲み干した空のカップを回収し、コーヒーメーカーへ向かう。二杯目の『おかわり』を淹れるその背中は、まるで苦労性のオカンのようだ。
うるさい。
混沌としている。
秩序なんてない。
不良少年の怒声、美少女の爆笑、重い女の無言の凝視、ダメ教師の愚痴、そして変人の冷静なツッコミ。
もし教室にいたら、この人たちは絶対に交わらないカーストに分断され、一生関わることもなかっただろう。
けれど、ここでは。
この舞い踊る金色の埃の中で、彼らはまるで一つの家族みたいに、当たり前に存在している。
「ふふっ……」
その光景がおかしくて、私は口元を押さえて笑ってしまった。
「ん? どうした、星野」
佐伯先生と椅子の取り合いをしていた霜月君が振り返り、訝しげに私を見た。
「ううん、なんでもない」
私は首を振り、気象部のロゴが入ったマグカップを両手で包み込んだ。
陶器越しに伝わる熱が、指先から心の底まで温めてくれる。
窓の外を見る。
明日学校へ行けば、待っているのはきっと冷たい孤立と無言の悪意だ。
でも……もう大丈夫。
たとえ外が嵐でも。
この鉄の扉を開ければ、ここに戻ってくれば。
私は『人間』に戻れる。
「ただ……コーヒー、すごく美味しいなって思っただけ」
私は彼に笑いかけた。
霜月君は少し虚を突かれた顔をして、それからまた存在しない眼鏡を押し上げ、背を向けてコーヒーメーカーをいじり始めた。
背中越しだけど、彼の肩の力が少し抜けたように見えた。
「……なら、いい」
琥珀色の夕暮れの中。
私たち六人の、騒がしくて優しい時間は、まだ続いていく。




