『聖女』
私は、星野千夏。
どこにでもいる、ごく普通の平凡な中学二年生。
成績は良くも悪くもなく、容姿だって特に印象に残るようなものじゃない。クラスの中心人物でもなければ、独自の路線を行く変人でもない。
クラスの集合写真の中から私を探そうとしても、並んだ曖昧な笑顔の上を視線が滑っていくだけで、私の顔で一秒たりとも止まることはないと思う。
今日は木曜日。私は学校の近くに新しくできた大型ショッピングモールにいる。
別に誘われたわけじゃない。ただ、壊れた追従機能付きロボットみたいに、習慣的に『友達』の後ろをついて歩いているだけ。
ドラマみたいに髪を掴み合ったり、頬を叩いたりするような劇的な喧嘩があったわけじゃない。
ただ、何度か小さく首を横に振っただけ。
「ごめん、宿題は自分でやりたいの」――それで『優等生ぶってる』というレッテルを貼られた。
「合コンはパスで。そういうの苦手だから」――それで『すました女』になった。
「カラオケはちょっとうるさいから、また今度」――それで『ノリの悪い変人』扱いされた。
周りの空気が変質していることに気づきもしないまま、私がうつむいて拒絶を繰り返した後で。
ふと気づいた時には、もう境界線は引かれていた。
私は、孤立した。
本当に、特別な理由なんてない。
ただの孤立。
それなのに、今の私には一回一回の呼吸が、喉が詰まるほど苦しい。
まるで完璧なパズルの中に紛れ込んだ不要な紙切れみたいに、どうあがいても馴染めず、むしろ邪魔な存在になっている気がする。
「ねぇミキ、あのお店見てみない?」
先頭を歩くミキは振り向かない。隣の女子と腕を組んで、大げさに笑っている。
私の声は届く前に雑踏にかき消された。
あるいは聞こえていて、無視されたのか。
私はうつむいて、自分のスニーカーのつま先を見つめながら、機械的に足を動かす。
ついていけばいい。
はぐれなければいい。
まだ彼女たちの一員であるふりをしていればいい。
幽霊みたいに足を引きずって、モールの中央広場にある自販機コーナーを通りかかった時だった。
視界の端に、小さな影が飛び込んできた。
足が止まる。
それは、五、六歳くらいの女の子だった。
一人でそこに立ち尽くし、スカートの裾を両手で強く握りしめている。
周囲には談笑しながら行き交う大人たちや、煌びやかで騒々しいネオンの光。けれど、誰の目も彼女には向いていない。
泣いてはいなかった。
正確には、必死で泣くのを堪えていた。
涙はすでに瞳の縁で震えていて、顔は真っ赤で、体は小刻みに震えている。それでも彼女は唇をきつく噛み締めて、声を漏らすまいとしていた。
ドクン。
心臓を何かに強く叩かれたような気がした。
その瞬間、モールの喧騒が消え失せた。
陰で必死に耐えているその少女が、記憶の奥底にある影と、完全に重なったからだ。
それは、幼い頃の私自身。
同じように迷子になって、でも誰かに迷惑をかけるのが怖くて、捨てられたと認めるのが怖くて、唇を噛んで泣けずにいた私自身。
あの時、無力な私に手を差し伸べてくれた人がいた。
もしあの時、誰も助けてくれなかったら……あのちっぽけな私は、きっと壊れてしまっていただろう。
思考よりも先に体が動いた。
前を行くミキたちのことも、自分が無視されているという状況も忘れた。
私はそのコーナーに入り込み、しゃがみこんで、震える子供と視線の高さを合わせた。
「……大丈夫だよ」
自分の声が震えているのがわかった。でも、それはひどく優しかった。
「泣きたいなら、泣いてもいいんだよ。お姉ちゃんがここにいるから」
女の子は呆然と私を見た。
次の瞬間、堤防が決壊した。「わぁっ」と声を上げて泣き出し、私の胸に飛び込んでくる。
私は彼女を抱きしめた。まるで、あの頃震えていた自分自身を抱きしめるみたいに。
この冷たいショッピングモールの中で、迷子になった私たち二人だけが、お互いの唯一の体温だった。
……
三十分ほど経っただろうか。
女の子の母親が慌てて駆けつけてきて、何度も頭を下げて子供を連れて行った。
騒がしかった片隅に、再び静寂が戻る。
手の中に残った、まだ少し温かいプラスチックのブレスレットを握りしめ、私は馬鹿みたいにその場に立ち尽くしていた。その親子の背中が人混みに消えてしまうまで。
また一人に戻った。
モールの冷気が四方八方から押し寄せ、さっきまでの僅かな体温を一瞬で吹き飛ばしていく。
スマホを見る。
画面は何の通知もなく、空っぽだ。不在着信も、メッセージもない。
ミキたちはとっくにいなくなったのだろう。
たぶん今頃、どこかのスイーツ店で大笑いしていて、グループから星野千夏という幽霊が一人消えたことなんて、誰も気にしていない。
帰ろう?
脳裏にそんな考えが浮かぶ。
今ここで引き返して、反対方向の電車に乗れば、この息苦しい場所から逃げ出せる。
でも、それが何を意味するか、私は知っている。
それは月曜日に学校へ行った時、『友達』という名の足場を完全に失い、またあの息をするのにも顔色を窺わなければならない透明人間に逆戻りすることを意味する。
私はうつむいて、手首にはまった赤と緑の不格好なビーズを見つめた。
『お姉ちゃんは、英雄だね』
あの子の言葉が耳に残っている。
ヒーロー。
ヒーローというのは、みんなに必要とされる人のことでしょう?
必要とされるから、価値がある。
価値があるから、存在を許される。
スマホの画面の上で、指が長く止まった。
親指が震えている。
自尊心が悲鳴を上げていた。電話なんてするな、自分から恥をさらしに行くなと叫んでいる。
でも、かけなければ……私は本当に、何者でもなくなってしまう。
私は深く息を吸い込んだ。戦場に向かう兵士のような気分で、通話ボタンを押す。
『プルル……プルル……プルル……』
長い呼び出し音。その一つ一つが神経を叩くようだ。
『……もしもし?』
ようやく繋がった。向こうからはミキの少し不機嫌そうな、そして背後の雑音が混じった声が聞こえてくる。
『千夏? なにしてんの? 急にいなくなって』
私は彼女が言い終わるのを待たずに、これまでの人生で一番明るく、前向きで、そして媚びを含んだ声を作ってかぶせた。
「ごめんごめん! さっき人が多すぎて、うっかりはぐれちゃって!」
嘘をついた。
捨てられたくせに、自分の不注意だったことにした。
「ミキ、駅にできた新しいスタバに並ぶつもりだったよね?」
私は拳を握りしめる。爪が皮膚に食い込む痛みを感じながら、ほとんど懇願するような響きで言った。
「あそこ、すごく並ぶらしいから……私、今近くにいるし、走って先に行って場所取っとくよ! みんなは他のお店見てていいからさ!」
電話の向こうが一瞬沈黙した。
そして、ミキの声色が変わった。
冷たい苛立ちは消え、代わりに便利な道具を見つけた時の喜びと、それが当然だという響きに変わる。
『は? マジ? ウチら季節限定のフラペチーノ飲みたいんだけど』
『じゃあ千夏にお願いしちゃおっかな~。いやー、ホント助かるわ』
「うん! 任せて!」
通話を切る。
暗転した画面を見つめ、私は肺の底から濁った空気を吐き出した。
成功した。
『チケット』を買えたのだ。
『便利』という名の通貨で、あの輪の中に居続ける資格を買い取ったのだ。
私は駅のスタバに向かって走り出した。
手首のプラスチックビーズが動きに合わせて骨に当たり、カチカチと音を立てる。少し痛い。
その日から。
ただうつむいて黙っているだけの、存在感のない星野千夏は死んだ。
代わりに生まれたのは、いつ呼んでもすぐに来て、いつも笑顔で、いつも他人を優先する『完璧な女子』。
「千夏、バッグ持ってて!」「いいよ!」
「千夏、日直代わって!」「任せて!」
「千夏って、ホントいい子だよね!」
孤立は消えた。
私はクラスで一番の人気者になり、みんなが優しいと褒めてくれて、みんなが私なしじゃダメだと言ってくれる。
私はこの偽物の温もりに溺れた。
彼女たちが「千夏のおかげ」と言うたびに、私は手首のブレスレットの重みを再確認する。
ほら。
私には価値がある。
私は必要とされている。
みんなのトラブルを『救って』いる私は、あの子が言った通り、ヒーローなんだ。
いいや。
たぶん、あの言葉の方がお似合いだ。
これが私――星野千夏。
この残酷な教室で生き延びるために、自ら茨の冠を被り、便利で、安っぽくて、代わりの利かない……。
『聖女』になったのだ。




