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【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
『「みんな」に飲み込まれた真実』

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獅子の敗北宣言と、拒絶された謝罪

 佐藤は論破された。

 彼の瞳には無念と、そして僕の自傷行為及び鬼道の出現に対する驚愕が満ちていた。


 だが、その衝撃は長くは続かなかった。


「……はっ」


 佐藤雄大は乾いた笑いを漏らした。

 彼は地面に座り込んだまま、もはや震えることも、泣き喚くこともしなかった。

 袖で顔面の血を乱暴に拭うその動作には、投了した棋士が盤面を崩す時のような、異常なまでの潔さが漂っていた。


「お前の勝ちだ、霜月」


 彼は僕を見上げ、微かに疲労の色を帯びた笑みさえ浮かべた。


「論理も、布陣も、あの忌々しい運も……全部お前に負けたよ」


 彼は顔を背け、傍らで呆然と立ち尽くす体育教師を見た。


「先生、連れてってください。全部俺の自作自演です。鬼道は関係ない、霜月も関係ない」

「処分でも退学でも、好きにしてください」


「え? あ、ああ……」


 体育教師はまだ状況の急転についていけていない。

 僕を取り押さえようとしていたホイッスルを握りしめたまま、この血まみれの「犯罪者」と対峙せざるを得なくなっていた。


「佐藤、お前……本当に……」


「行きましょう」佐藤は立ち上がろうとしたが、出血のせいで少しふらついた。


 僕はその「従容として死に就く」かのような態度を見て、眉をひそめた。


 違う。

 これは僕が想定した結末(エンド)ではない。

 彼はもっと狂乱し、もっと足掻くべきだ。

 この唐突な悟りは、逆に論理的な断層を感じさせる。


「……僕に言うことはないのか?」と思わず問うた。


 佐藤は動きを止め、僕を横目で見た。「ないよ」


 彼は首を振った。その瞳には荒野のような虚無だけがあった。


「お前の理性は俺の想像を超えてた。お前みたいな化け物相手じゃ、負けるのも当然だろ」


「たぶん……お前らみたいな強者にとって、俺なんて掃除すべき『障害物(ロードブロック)』に過ぎないんだろ。俺がどんだけ足掻いたって、お前らの経歴(キャリア)における酒の肴になるだけだ」


 彼は自嘲した。その笑みは、心底冷えるほど寂寥としていた。


 僕は口を開きかけた。否定したかった。


『違う。』

『お前は障害物なんかじゃない。』

『僕をここまで追い詰め、鬼道を停学にまで追い込んだ……お前は僕にとって最大の難敵であり、尊重すべき敵対者(ライバル)だった。』


 だが、その言葉を発するより早く。


「おい、霜月」


 大きな手が僕の肩に置かれ、発言を遮った。

 鬼道蓮が歩み出てきた。


 彼の表情は奇妙だった。

 いつもの傲慢さも、勝利の凱歌もない。


「少し喋らせろ……いいな?」


 僕は彼の凪いだ瞳を見て、頷き、半歩下がった。

「……好きにしろ」


 鬼道は佐藤の正面に立った。

 巨大な影が、痩せこけた血みどろの人影を覆い隠す。

 佐藤は居心地悪そうに首をすくめ、またあの自嘲の笑みを浮かべた。「なんだよ? 嘲笑いに来たのか? それとも一発殴りたいか? いいぜ、どうせ俺はもう……」


「黙って聞け」


 鬼道が遮った。

 声量は大きくないが、拒絶を許さない重みがあった。


 周囲で囁き合っていた生徒たちも、自然と口を閉ざした。

 夕陽が燃え尽きようとする薄暗いグラウンドに、風の音と鬼道の低い声だけが響く。


「この数日……俺はずっと考えてた」


 鬼道は誰を見るでもなく、虚空の一点を見つめていた。


「家に閉じ込められて、スマホ没収されて、どこにも行けねえ間、ずっと考えてたんだ……なんで俺がこんな目に遭うのかって」


「知っての通り、俺はクソ野郎だ」


 彼は自嘲気味に口元を歪めた。


「俺は力が全てだと思ってた。強者が好きで、本音で生きる奴が好きだ。弱者が嫌いで、愛想笑いする奴が嫌いで、陰でコソコソする虫ケラが大っ嫌いだった」


「そんな奴等は踏まれて当然だと思ってた。俺の拳さえ硬けりゃ、この学校で誰にも文句言わせねえと思ってた」


 だが。

 鬼道の目が変わった。

 鋭く、しかし深い悔恨を宿した目へ。


「結果はどうだ?」


 彼は両手を広げ、今の自分の無様さを晒した。


「俺は一番嫌いな『弱者』に殺されかけた。霜月がいなけりゃ、こんなイカれた手段を使わなけりゃ……俺は今頃強盗犯のレッテル貼られて、少年院行きだった」


「これは俺の傲慢だ。俺の過失(エラー)だ」


「弱者なんて無力だと思ってた。ただ尻尾振るだけだと思ってた。だが……」


 彼は拳を握りしめた。


「俺は見下してた弱者に負けたんだ。霜月が来るまで、俺は何が起きてるかも分からず、公園でマヌケにジュース飲んでたんだからな」


 鬼道は深く息を吸い、再び佐藤を見た。

 今度こそ、その目に軽蔑も無視もなかった。

 かつてない、対等な人間への眼差しがあった。


 佐藤もその視線に戸惑っていた。


「佐藤」


 彼はその名を呼んだ。「虫」でも「ゴミ」でもなく、名前を。


「お前は弱者だが、強い弱者だ」


「お前の執念、計画、そして自分自身をここまで傷つける根性……俺はお前に一番キツい授業を教わった」


「弱者が喉元に食らいつけば、天狗になってるライオンなんて一瞬でバラバラにされるってな」


 鬼道は佐藤に向かって、ゆっくりとその高い頭を下げた。


「だから、礼を言う」


「目を覚まさせてくれて、ありがとう」


 どよめきが起きた。

 あの最強の不良、決して頭を下げない鬼道が、自分を陥れた人間に礼を言っているのだ。


 しかし。


 その「強者の風格」に満ちた承認を前にして。

 佐藤は感動もしなければ、救われもしなかった。


 彼の表情が凍りついた。

 次いで、最も忌まわしい呪詛を聞いたかのように、顔面が激しく歪曲した。


 死んでいたはずの瞳の奥で、「屈辱」という名の燃料が投下され、消えかけていた火種が爆発的な怒りの炎となって燃え上がった。


「……ふざけんな」


 佐藤の声は喉の奥から絞り出され、血の泡を含んでいた。


「ふざけんなよッ!!!」


 彼は突然暴発し、狂犬のように鬼道に向かって吠えた。


「クソが! このクソ野郎が!」


「今さら……今さら何イイ子ぶったこと言ってんだよ!?」


「ありがとう? 認める? 誰がてめぇの承認なんか欲しがったよ!!」


 佐藤は自分の髪をかきむしり、ヒステリックに叫び続けた。


「そうやって『俺は成長しました』って顔すりゃ、自分が崇高に見えるとでも思ってんのか? 自分の傲慢さがチャラになるとでも思ってんのか?」


「その『許してやるよ、理解してやるよ』ってツラが……一番反吐が出るんだよ!!」


「殴るならまだマシだ! 罵倒されるならまだ人間扱いされてる! だがなんだその態度は?」


「俺を哀れんでんのか!? 俺に施しを与えてんのかよ!?」


 鬼道の「成長」と「寛容」は、佐藤の目には最上級の侮辱として映った。

 それは佐藤の復讐の意義を根底から否定するものだった。

 憎しみさえ包容されてしまえば、彼のやってきたことは何になる? ただのピエロの余興か?


「鬼道蓮!!」


 駆けつけた他の教師たちに押さえつけられながらも、佐藤は必死に首を伸ばし、夕陽に染まる血まみれの形相で睨みつけた。


「認めねえ! 死んでも認めねえぞ!」


「待ってろ……覚えてろよ!」


「絶対許さねえ! 退学になろうが、地獄の底だろうが……俺が生きてる限り、一生お前を狙い続けてやる!」


「絶対に噛み砕いてやるからな! 絶対だ!!」


 その凄惨な呪詛はグラウンドに反響し、全員の背筋を凍らせた。


 鬼道は彼を見つめ、長い沈黙を守った。

 最後に、彼はただ静かに頷いた。


「ああ。待ってる」


「噛みつきたきゃ、いつでも来い」


 佐藤は教師たちに引きずられていった。

 その姿が校舎へ消えるまで、怨嗟の咆哮は微かに聞こえ続けた。


 グラウンドには死のような静寂だけが残った。

 僕は鬼道の横に立ち、その横顔を見た。


理人(裏):

『……これが現実か。』

『大団円の和解も、相互理解のハグもない。』

『あるのは死ぬまで続く呪いと、その呪いを背負って生きる覚悟だけ。』


「……行くぞ、霜月」


 鬼道は背を向け、しゃがれた声で言った。


「これが俺の払うツケだ。あいつに一生恨まれるのも……自業自得だ」


 僕は彼を見た。

 依然として不良の制服を着ているが、今の鬼道は、ただ吠えるだけの獣には見えなかった。

 彼は、本物の人間になったのだ。

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