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【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
『嘘(くうき)』だらけの教室と、聖女の仮面の剥がし方

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「あんたの目には、人間が映ってない」

 学校を出た後、僕は路上で一切の寄り道をしませんでした。


 起こりうる後続のトラブルを回避するため、最速の歩行速度で、父が借りた「家」という名の単身用マンションへ戻りました。


 ドアを開けると、本来は死寂であるはずの玄関に、生活感に満ちた匂いが漂っていました。


 レトルトカレーを温めた時の、濃厚なスパイスの香りです。


 玄関には、磨かれた制服のローファーが、無造作に脱ぎ捨てられていました。


「……お帰り、『表情筋分析マスター』」


 リビングから清涼な声が聞こえます。


 霜月凛がソファの上であぐらをかき、カレーライスを片手に、退屈なバラエティ番組を眺めていました。


 僕と同じ高校の制服を着ていますが、リボンは緩められ、学校で維持している「リア充」オーラは完全に解除され、顔には揶揄の色だけが浮かんでいます。


 僕は靴を履き替え、リビングに入りました。


「情報の伝播速度が想定より早いです。伝播学のモデルに基づけば、この時点では、君は僕が復学したことしか知らないはずですが」


「はあ? JKの情報網ナメすぎ」


 凛はスプーン一杯のカレーを頬張り、モゴモゴと、しかし明瞭に言いました。


「あんたの『表情筋学によれば』発言、一年生の間ですでに爆速で拡散されてるわよ。おかげでこっちは午後ずっと友達から質問攻め。こんな目立つ兄貴がいるとかマジ災難。今じゃみんな、あんたがあと何日で退学になるか賭けてるわよ」


 前回と同じく、心声(副音声)はありません。


 あるいは、心の中の不平と口に出す言葉が完全に重なり、遅延もなければ、隠された裏の意味もありません。


 僕はブレザーを脱ぎ、ハンガーに掛けました。


「あれは解剖学に基づいた事実の陳述に過ぎません。それに、無効な社交を切断するための必要な手段でした」


「はいはい、事実ね」


 凛は呆れたように白目を剥き、テーブルの上にある、まだ湯気の立つもう一皿のカレーを指差しました。


「食べなよ。片手じゃ自炊も不便でしょ。ついでに買ってきた」


 僕はそのカレーを見ました。


 口では災難だと文句を言いながら、彼女は晩飯を買い、温めてさえくれています。


 僕は席に着き、まだ動く右手でスプーンを握りました。


「父さんと母さんは?」僕は事務的に尋ねました。


「親父は接待。たぶん今夜は帰らない。お袋は頭が痛いって部屋に引きこもってる」


 凛は肩をすくめ、隠そうともしない嫌悪感を瞳に宿しました。


「あの家、空気が淀んでて嫌なのよ。あの二人、責任を押し付け合う時しか喋らないし、見ててウザい。だからこっちに避難しに来た」


「ああ」僕は人参をスプーンで切り、口に運びました。「好きにすればいい」


 会話はそこで自然に途切れました。


 狭いリビングは、テレビのバラエティ番組の誇張された缶詰の笑いラフトラックと、金属のスプーンが陶器の皿を擦る音に支配されました。


 僕らは喋りません。


 ですが、気まずくはありません。


 この空間には、「喋らなければ空気が冷える」といった類の社交的圧力は存在しません。


 凛はソファであぐらをかき、画面を見つめながら大口で咀嚼しています。


 僕はダイニングテーブルで、一定のペースで食事を摂ります。


 カレー皿から湯気が立ち上り、天井の照明に照らされて薄い白霧を作り、僕らの距離を曖昧にしています。


 これは、心地よい静寂です。


 世辞も、今日の出来事の共有も、視線の交錯さえ必要ありません。


 僕らはまるで、嵐の中で同じ洞穴に逃げ込んだ二匹の小動物のように、互いに「疲労」という名の毛並みを舐め合い、干渉せず、しかし体温だけを共有しています。


 やがて、ソファの方から、スプーンが皿の底を擦る最後の音がしました。


 凛は傍らの麦茶を手に取り、半分ほど一気に飲み干すと、満足げな息を吐きました。


 彼女はティッシュで口を拭き、不意に体を反転させ、冗談の色が消えた瞳を僕に向けました。


「ねえ、兄さん」


 彼女の口調は少し真面目になり、先ほどまでのからかうような響きは消えていました。


「なに?」


 僕はスプーンを置き、彼女の言葉を待ちました。


「あんたのクラスの委員長。知ってるよ、一年生でも有名だし。確かに偽善的だし、八方美人な態度は見ててイラつくけど……」


 凛は僕の目を、まるで物分りの悪い石ころでも見るように見つめました。


「でも、あんたのあのやり方、本当にただの八つ当たりじゃないの?」


「八つ当たり?」僕は動作を止めました。「僕に感情はありません。八つ当たりなど不要です。僕はただ環境を最適化しただけです」


「ほら、それ」


 凛は溜息をつき、背もたれに体重を預けました。「だからバカだって言うのよ」


 彼女は指を伸ばし、空中で僕の目を指しました。


「あんたの目には、人間が映ってないのよ」


 僕の咀嚼が止まりました。


「あんたは星野さんを騒音発生機、佐藤を通行の邪魔なバリケードとしてしか見てない」


 凛の声は冷たいですが、鋭く核心を突いていました。


「あんたの論理じゃ、彼らは『人間』じゃなくて、処理すべきデータパケットか、あるいは不良品なんでしょ。だから躊躇いもなく、一番傷つく方法で『処理』して、自分では効率的だと思ってる」


「何が問題だ?」僕は問い返しました。「効率は問題解決の最適解だ」


「大ありよ」


 凛は立ち上がり、僕の前に来ました。


「あんたが人間である限り、この人間社会で生きている限り……『人心』を無視した効率は、遅かれ早かれあんた自身を傷つけるわ。いつか頭をぶつけて血を流すことになる」


 彼女は僕を見ていました。その目には、純粋な、歯がゆいような焦燥感がありました。


「自分のためだと思って、少しは頭を使って『なぜ』を考えなさいよ」


「なぜ委員長は必死に作り笑いをするのか? なぜあの佐藤って奴は、不良じゃなくてあんたを恨むのか?」


「それすら考えるのが面倒なら、あんたは一生、孤立した怪物のままだわ」


 凛は背を向け、キッチンへと歩き出しました。


「食べ終わったら皿洗っといて。毎日家政婦しに来ると思わないでよね」


 そう言い捨てて、凛はドアを開け、マンションを出て行きました。


 リビングには再び、バラエティ番組の笑い声だけが響き渡りました。


 僕は額に手を触れました。そこには、彼女の視線の温度が残っているような気がしました。


『あんたの目には、人間が映ってない』


 その言葉が、脳内でリフレインしています。


 僕は今日起きた全てを回想し始めました。


 正体を見抜かれて恐怖した委員長の顔。佐伯先生の「たまには雨に打たれるのも悪くない」という言葉。佐藤の怨毒に満ちた目。そして凛の言った――「『なぜ』を考えなさいよ」。


 もしかして、僕には何らかのバグが存在するのだろうか?


 以前の僕には、確かにそれらの情報を得る手段が欠落していました。


 僕は行動の結果しか見えず、行動の背後にある論理ロジックを理解できませんでした。


 だが今は、あるいは状況が違うのかもしれない。


 凛は僕が心声を聞けることを知りません。ですが彼女の助言は、意外にも僕に新たな思考回路ルートを提示しました。


 突然手に入れた、この『読心』という名の受信機。


 僕はこれを生存を阻害する騒音源と見なし、必死に遮断し、無視しようとしてきました。


 だが、もし……。


 これを騒音ノイズとしてではなく、「人間」という複雑なサンプルを解析するための観測ツールとして扱ったらどうだろう?


 気象部で、気圧や湿度を記録するように。


 もし彼らの心の声を聞き、そこから行動の背後にある論理アルゴリズムを解析できれば、今日の佐藤の一件のように「路上の障害物をどけたのに逆恨みされる」という非効率な結果を回避できるのではないか?


 感情を理解するためではない。彼らと仲良くなるためでもない。


 単なる生存戦略としての、サンプル観察実験。


 二度と今日のように受動的にトラブルに巻き込まれないために、この嘘まみれの世界でより高効率に生存するために。


 僕がすべきことは、耳を塞ぐことではない。


 学ぶべきは――データ解析アナリティクスだ。


「……了解ラジャー


 僕は虚空に向かって低く答えました。


 手の中のスプーンが再び動き始めます。


 このコンビニのレトルトカレーは、いつもより少しだけ、味が濃厚に感じられました。



妹の凛、再登場です。

口は悪いですが、兄のためにカレーを買ってくるあたり、実は一番の理解者かもしれません。


彼女の言葉がきっかけで、理人は「読心」を「データ収集」として使うことを決意しました。

ここから物語が動き出します。


**続きが気になる方は、ぜひブクマ登録をお願いします!**


次は**【本日 16:10】**に更新します。

(いよいよ、理人による「聖女・千夏」の解析が始まります)

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