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【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
『「みんな」に飲み込まれた真実』

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「俺はただここでコーヒー飲んでただけで」

「鬼道のところへ行くのか?」


 千夏が心配そうに尋ねた。


「ああ。だが今じゃない。このタイミングでの早退は、教師にマークされるだけで得策ではない」


 僕は頷いた。


「あの単細胞生物は、今頃家で不貞腐れているだろう。自分がどんな罠に嵌められようとしているかも知らずにな」


「彼に理解させる必要がある。彼がこれから対峙するのは『虫』ではなく、本気で対処しなければ喉を食い破られる『狩人』なのだと」


「なら……私も行く!」千夏が一歩踏み出した。


「手伝えることがあるかも! 私、霜月くんみたいに口達者じゃないけど、女子が一緒なら、鬼道先輩も少しは落ち着くかもだし……」


「却下だ」


 僕は彼女を遮り、ポケットから鍵を取り出した。気象観測部の合鍵だ。さっき佐伯先生から申請して預かったものだ。


「持っておけ」


 僕は鍵を放った。


「これからの場面にお前の参加は不適切だ。鬼道は現在、手負いの獣だ。お前を連れて行けば交渉の効率が下がる」


「それに、僕と一緒に行動すれば、お前まで噂に巻き込まれる」


「でも……」千夏は鍵を受け止め、なおも反論しようとした。


「言うことを聞け」


 僕は彼女を見据え、語調を少し和らげた。


「放課後は部室で待機しろ。帰りたければ直帰してもいい。これは命令だ」


 千夏は口をつぐんだ。

 手の中の鍵を見つめ、次に僕の揺るぎない目を見る。

 その鍵は単なる解錠ツールではなく、僕が彼女に与える「信頼」と「安全地帯」の証だ。


「……分かった」彼女は鍵を握りしめ、引いた。


「じゃあ……絶対気をつけてね。鬼道先輩に殴られないでよ」


「確率は低い。間合い(レンジ)は管理する」


 僕は佐伯先生に向き直った。「先生、情報感謝します」


「はいはい、行った行った」佐伯先生は手を振り、新しい飴の包み紙を破りながら「私のサボり時間を邪魔しないで」という顔をした。


「死ぬなよ。あと学校爆破すんなよ」


「物理法則の許す範囲で善処します」


 ……


 二年B組の教室に戻る。

 まだ予鈴前だったので、大きな騒ぎにはならなかった。

 僕は席に戻り、教科書を取り出し、「忍耐」という名の長い待機時間を開始した。


 一時間目。

 二時間目。

 昼休み。


 時間が異常に遅く感じられた。

 教室の空気は依然として濁っている。

 鬼道に関する噂、僕が軍師だという囁き声が、ハエのように耳元でブンブンと羽音を立てている。


 佐藤という男の心声は聞こえない――彼は今頃、三年生の教室か保健室で被害者を演じているはずだ――だが、彼が編み上げた網が徐々に狭まっているのは肌で感じた。


 鬼道は停学になった。

 僕は孤立した「共犯者」。

 現在の盤面は、完全に佐藤の脚本通りに進行している。

 彼は恐らく僕の見えない場所で、強者を足元にひれ伏せさせる快感に浸っていることだろう。


 精神力を激しく消耗する対峙だ。

 時限爆弾のタイマーが進んでいるのを知りながら、「授業」という不可抗力によって身動きが取れない。


 放課後まで、全員が去るまで待たなければ、打開策(ブレイクスルー)を探しに行けない。


 キーンコーンカーンコーン――


 ようやく。

 午後の最後のホームルーム終了のチャイムが鳴った。


「よし、今日はここまで。解散」担任の一声で、教室が一気に騒がしくなる。


 僕は一瞬の躊躇もなく、素早く鞄をまとめ、席を立った。

 前の席の田中が話しかけようとしたが無視した。

 後ろの千夏が心配そうに僕を見つめ、鍵を握りしめているのが見えた。


 僕は彼女に微かに頷き、教室を出た。

 好奇心や悪意のこもった視線を全て無視し、廊下を抜け、学校を後にした。


 目的地:鬼道蓮の自宅。

 ファイルによれば、学校から二駅離れた古い住宅街にある。


 ……


 午後四時半。


 僕は住宅街へと続く一本道を歩いていた。

 そこには少し寂れた公園があり、自販機とベンチが並んでいる。

 普段は人通りが少なく、サボりの学生や野良猫のたまり場になっている場所だ。


 脳内で鬼道との会話ツリーをシミュレートする。

 どうやって彼を冷静にさせるか?

 どうやって佐藤の脅威を信じさせるか?

 どうやって協力関係を結ぶか?


 その時だった。


 僕の足が止まった。


 前方の公園のベンチに、二人の人影があった。

 正確には、一人が座り、一人が立っている。


 座っている人物は、洗濯を繰り返して色のあせたグレーのパーカーと安っぽいジャージを着て、足元は古いサンダル履きだ。

 髪はボサボサで、飲みかけの缶コーヒーを手に持っている。


 制服姿ではないし、その格好は貧相そのものだったが、あの広い背中は見紛うことなき彼だった。

 鬼道 蓮。


 彼は家でふて寝しているのではなく、ここにいた。


 そして彼の前に、僕も見覚えのある制服――神楽坂高校の一年生の制服を着た、小柄で痩せた男子生徒が立っていた。

 その男子生徒はガタガタと震えながら、ポケットから財布を取り出しているところだった。


男子生徒(裏):

『……鬼道だ。本物の鬼道だ。』

『怖い……睨んでる。金待ってるのか?』

『金さえ出せば帰してくれるよな? 金さえ出せばあばら骨折らなくて済むよな?』

『あげる……全部あげるから……頼むから殺さないで。』


 男子生徒は震える手で、財布を鬼道の前に突き出した。


「あの……鬼道先輩……これ、僕の全財産です……ど、どうぞ!」


 空気が凍結した。


 鬼道はベンチに座ったまま、缶コーヒーを握っていた。

 手を出そうともせず、言葉も発しなかった。


 彼はただ顔を上げ、普段は暴力と傲慢に満ちているはずの瞳を、今は大きく見開いていた。


 愕然。衝撃。

 そして……深く、理解不能な不条理感。


鬼道蓮(裏):

『……は?』

『こいつ何してんだ?』

『俺はただここでコーヒー飲んでただけで……何も言ってねえ、何もしてねえぞ。』

『なんで俺に金を寄越すんだ?』

『もしかして俺……本当に、乞食から金巻き上げるような野獣に見えてんのか?』


 彼は恐怖で泣き出しそうな男子生徒の顔を見、次に目の前に差し出された財布を見た。


 この瞬間。

 かつて天下無敵を誇った「最強の不良」の顔に浮かんでいたのは、怒りでも得意でもなかった。


 それは……茫然自失だった。


 僕は少し離れた木陰から、その光景を見ていた。


 傲慢に弱者の声を無視し続けた結果、弱者はお前をこのようにして、完全なる怪物(モンスター)へと仕立て上げたのだ。

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