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【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
『「みんな」に飲み込まれた真実』

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沸騰する悪意と、退場させられた猛獣

 水曜日の朝、7時50分。


 目覚めた時、時計の針は予想外の位置を指していた。

 予定より二十分も遅れている。


 体調不良はない。夢も見ていない。

 まるでシステムの起動プロセスに原因不明のラグが生じたかのようだ。

 最近のデータ処理量が過多だったせいか? それとも……あの「安心感」という環境が、僕の警戒レベルを低下させたのか?


 僕は最速で支度を済ませ、パンを咥えて家を飛び出した。


 神楽坂高校の正門に着いた時には、予鈴が鳴り始めていた。

 本来なら生徒の大半は教室に入り、校内は比較的静かなはずだ。


 だが今日、大気中の振動周波数は異常に高かった。


「おい、聞いたか? 今朝のあれ」

「マジ怖すぎでしょ……あの鬼道」

「3年C組に殴り込んだって! 先生たちが来なきゃ、あの佐藤先輩殺されてたかもよ!」


 もはやコソコソ話ではない。

 口元を隠して笑う陰口でもない。

 生徒たちは三々五々群がり、憚ることなく大声で議論している。


 恐怖、怒り、興奮。様々な感情が混ざり合い、空気を汚濁させている。


 これまでの鬼道が「触らぬ神に祟りなしの不良」だったとすれば、今の彼は衆目において**「公共の安全を脅かすテロリスト」**へと完全に転落していた。


 僕は人混みを抜けた。


 周囲の生徒が僕の存在に気づくと、沸騰していた議論は電源を切られたようにピタリと止んだ。

 代わりに向けられたのは、無数の警戒、嫌悪、そして犯罪者を品定めするような視線だ。


モブA(裏):

『……あ、霜月だ。』

『鬼道が連行された直後に来やがった。』

『見ろよあの目、根暗そうで、いかにもヤバそうじゃん。』

『鬼道の恐喝リスト作ったのこいつらしいぜ……人は見かけによらねーな。』


モブB(裏):

『鬼道が狂犬なら、こいつは飼い主ってか?』

『キモッ。なんでこんな奴がまだ退学になってないわけ?』


観測ログ:

【世論環境:極度に悪化。】

【自己評価:「変人」から「共犯者/首謀者」へ降格。】


 僕は無表情で上履きに履き替え、教室へ向かった。

 心拍数に変化はないが、脳内はフル回転している。


 鬼道が教室に殴り込んだ? 佐藤という生徒を襲った?

 あの傲慢な単細胞生物は、短気ではあるが、自身が弱者と見なす相手を理由もなく攻撃するような真似はしない。

 よほど……その佐藤とやらが、彼の理性を吹き飛ばす何かをしない限りは。


 ……


 二年B組に入る。

 教室内の空気は廊下よりもさらに澱んでいた。


 僕が席に着くなり、前の席の田中洋平が勢いよく振り返った。

 いつもの能天気な笑顔はない。今日の彼の顔には、かつてない深刻さと懸念が張り付いていた。


「霜月……やっと来たか」


 彼は周囲を警戒し、声を潜めて早口で言った。


「お前が関係ないならいいんだけど……もし本当に鬼道と付き合いがあるなら、最近は近づかない方がいいぞ」


「何があった?」僕は鞄を置き、知らぬふりをして尋ねた。


「今朝、七時半くらいのことだ」


 田中は唾を飲み込んだ。ホラー映画のワンシーンを語るかのように。


「鬼道が発狂したみたいに3年C組に突っ込んでったんだ」


「当時、佐藤って先輩が席に座ってたんだけど、鬼道がいきなり胸倉掴んで『ふざけんな!』とか怒鳴り散らして」


「佐藤先輩は椅子から転げ落ちて、泣きながら『もう金はない』とか『殴らないで』って土下座して……」


「それで?」


「通りかかった体育教師と警備員に取り押さえられたよ」


 田中はため息をついた。


「あの時の鬼道……マジで殺しかねない顔してた」


「男数人がかりでも暴れ回って……今はもう停学処分くらって家に帰されたらしい」


「みんな言ってるぜ……恐喝未遂がバレて、逆ギレしたんだろうって」


理人(裏):

『逆ギレ?』

『否。あれは嵌められた者の狂乱だ。』


 僕は田中の心配そうな目を見た。


「鬼道は金のためにそんなことはしない。彼の行動ロジックに反する」


「え? でも……」


 田中は頭を掻き、困惑した様子を見せた。


「みんな見てたんだぜ……それにあの佐藤先輩、あんなに泣いてたし……」


 その時、教室の前扉が静かに開いた。


 星野千夏が入ってきた。

 職員室かどこかへ行っていたのか、顔色が少し悪い。


 彼女は教室の空気を一瞥し、迷わず僕の方へ歩いてきた。


「……霜月くん」


 彼女は僕から一メートルほどの距離で立ち止まり、小さな声で言った。

 周囲の視線が一斉に突き刺さる。


「あの……朝のこと、私も聞いたよ」


 千夏は指を絡ませ、瞳に困惑を滲ませていた。


「鬼道先輩は怖い人だし……こないだ部室でも怒鳴られたけど……」


「でも……『お金が取れない』って理由だけで、教室で暴れるような人には見えない気がするの」


星野千夏(裏):

『あの人の目……怖いけど、真っ直ぐだった。』

『私に面と向かって「偽善者」って言うような人が、コソコソ恐喝なんてするかな?』

『それに……もしそんな人なら、霜月くんがとっくに部活から追い出してるはず。』


 彼女は僕を見ていた。確認を求めるように。


「なにか……誤解があるんじゃないかな?」


「誤解があるのは確実だ」


 僕は淡々と答えた。


「だが現在の空気成分は、『誤解』という解釈を受け付けない。誰かが入念に舞台を整え、鬼道という大根役者が、完璧に脚本通りに演じて自滅したんだ」


「脚本……」


 千夏は一瞬呆け、僕の意図を理解したようだった。


 彼女はそれ以上多くを語らず、ただ頷き、踵を返して女子グループの方へと戻っていった。

 今の彼女にはまだ、クラス全体の空気に逆らって公然と僕の側に立つ力はない。


「千夏ぅ、なんであんな共犯者と話すわけ?」


 女子Aが机に座り、スマホをいじりながら、聞こえよがしな声量で言った。


「気をつけてよ、いつの間にか売られてるかもよ?」


 千夏は笑顔を保った。「ううん、ちょっと宿題のこと聞いてただけ」


女子A(裏):

『フン、まだイイ子ぶって。』

『鬼道は終わった。次は霜月の番ね。』

『さあ、あんたが誰を頼るか見ものだわ。』

『ざまあみろ……あんな見下したような態度とって、泣きっ面かかせてやる。』


 玲奈は僕を見なかったが、彼女の底に沈殿する粘着質な悪意が、鬼道の失脚によって勢いづき、より奔放になっているのを感じた。


 彼女は他人の不幸を蜜の味として楽しんでいる。

 僕も共に破滅すれば、千夏は「味方」を失い、また自分たちの元へ堕ちてくると期待しているのだ。


 僕は視線を戻し、窓の外の無人のグラウンドを見つめた。


 鬼道は停学になった。

 つまりこの学校において、物理的手段で局面を打開できる「猛獣」が一時退場させられたということだ。


 そして闇に潜む「狩人」は今、「被害者」という免罪符と、全校生徒の支持という最強の盾を手にしている。


 最悪の盤面だ。

 だが同時に、最もクリアな盤面でもある。

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