「被害者」という最強の盾 ~逆恨みする弱者に、俺は道を譲らない~
現在時刻は午後五時半。
校門の人流統計に基づけば、現在は下校のピークタイムにあたる。
靴箱での不必要な身体接触を回避し、かつ人目と煩わしい心声を避けるため、僕は予備ルートを採用することにした。
旧校舎の渡り廊下を抜け、通用門から出るルートだ。
距離は150メートル増加するが、通行効率は40%向上すると予測される。
しかし、事実として証明されたのは、データに基づく最適解であっても、制御不能な変数が存在するということだ。
旧校舎の渡り廊下は薄暗く、普段は滅多に人が通らない。
だが今日、前方の曲がり角から、不快な雑音が聞こえてきた。
角を曲がると、目の前の光景に一瞬の既視感を覚えた。
着崩した制服の生徒三人が輪になり、地面にうずくまった物体に対して不規則な蹴撃運動を行っている。
囲まれている中心の影は、頭を抱え、押し殺したような嗚咽を漏らしていた。
佐藤雄大。
つまり二週間前、僕が「肋骨を二本損失する」という結果を招いた、間接的要因だ。
「おい佐藤、パン買いに行けなくなってんだって?」
「あのキチガイがバックにいるからって調子乗ってんのか?」
「喋れよ! ああん?」
「梶原さんが入院してんだぞ。この落とし前はテメェにつけてもらうしかねえんだよ!」
鈍い肉体の打撃音が、狭い廊下に反響する。
僕は足を止め、眉をわずかにひそめた。
正義感からではない。同情心からでもない。
単に――道が塞がれているからだ。
旧校舎の渡り廊下の幅員はわずか2.5メートル。この三人と地面の佐藤が、通行スペースの大部分を占有している。
通過するためには、彼らと物理的に接触しなければならない。
僕が「口頭で排除する」方が効率的か、「遠回りして本校舎に戻る」方が効率的かを計算していた時、見張りをしていた下っ端の一人が偶然振り返り、僕を見た。
その瞬間、彼の顔面筋が激しく痙攣した。
瞳孔が急激に収縮し、顔色は瞬時に蒼白へと変わる。
まるでジャングルで頂点捕食者に遭遇した草食動物のようだ。
「ひっ……あ、あれ……」彼の声が裏返り、恐怖に震える指で僕を指差した。「霜月!? あのキチガイだ!」
「はあ? 何言って……ひっ!?」
他の二人も動きを止め、振り返った。
ヘッドホンを首にかけ、左腕を吊ったその人影が間違いなく僕であると確認した瞬間、「恐怖」という名の空気が瞬時に爆発した。
『ヤバいヤバいヤバい! なんでこんな所にいんだよ!?』
『梶原さんの腕、まだ治ってねえんだぞ!』
『こっち見んな! 来んな! 腕折られたくねえ!』
暴力に対する恐怖は、どうやら僕の想像以上に深く刻まれているらしい。
僕が口を開くより先に、その内の一人は恐怖のあまり後ずさり、壁に激突した。
「に、逃げろ!」
「でも……佐藤がまだ……」
「構ってられるか! あの人に知らせろ! あの化け物を相手にできるのは鬼道先輩だけだ!」
『早く鬼道先輩を探せ! あの三年生の狂人なら、この狂人に興味を持つはずだ!』
混乱した心声と足音を残し、先ほどまで威張り散らしていた不良少年たちは、幽霊でも見たかのように、転がるようにして逆方向へと逃走していった。
瞬く間に、廊下には僕と、依然として地面にうずくまっている佐藤だけが残された。
「鬼道先輩?」
僕は聞き慣れないキーワードを捕捉した。
新たな脅威源のような響きだが、現在の僕の処理範囲外だ。
障害物が自然に排除された。それは良いことだ。
僕は再び歩き出し、その人影の横を通り過ぎようとした。
道が開いたなら、帰る。僕にとって、この件はそれで終了だ。
しかし、地面の人間が突然動いた。
佐藤雄大が勢いよく顔を上げた。
眼鏡は歪み、口元には痣ができ、顔は鼻水と涙でぐしゃぐしゃになっていた。
その充血した目には、僕が想像していた安堵はなく、代わりにどこか歪んだ怨毒が満ちていた。
「……何見てんだよ!」
彼が僕に向かって叫んだ。
声は枯れ、泣き混じりで、追い詰められたネズミのようだ。
僕は足を止め、彼を見下ろし、平坦な口調で言った。「歩いているだけだ。お前が道の真ん中にいる」
その言葉は、彼の心にある歪んだ導火線に火を点けたようだった。
佐藤は地面の鞄を掴むと、何かを発散するかのように力任せに地面に叩きつけた。
「全部お前のせいだ……全部お前のせいだ!」
彼はヒステリックに絶叫した。
「なんで現れたんだよ! あの時なんで助けたんだよ! なんでまた戻ってきたんだよ! お前さえいなきゃ、僕はただ我慢してりゃやり過ごせたのに!」
同時に、彼の内面の真実が、黒い泥のように僕の脳内へ雪崩れ込んでくる。
『ふざけんな! 「助けてやった」みたいな顔すんな! 反吐が出る!』
『お前が梶原さんを病院送りにしたせいで、僕は「告げ口野郎」って言われて、いじめが酷くなったんだぞ!』
『元々はパシリでパン買うだけで済んでたんだ! 笑って二、三発蹴られてりゃ終わってたんだよ!』
『お前が僕の日常を壊したんだ! この自己満足のキチガイ野郎!』
彼のヒステリックな告発に対し、僕はすぐには答えなかった。
僕はただ静かに彼を見ていた。
今の佐藤雄大は、まるで溶けかけた汚泥のようだ。
先ほどの絶叫のせいで、彼の胸はふいごのように激しく上下し、濁った喘鳴を漏らしている。鼻水と涙が、尊厳のかけらもなく青あざだらけの顔に塗れている。
踏まれて歪んだ眼鏡が耳に掛かり、ひび割れたレンズが、極度の恐怖で散大し、かつ怒りで充血した目を屈折させて映している。
彼は全身を震わせていた。
その震えは単なる寒さや痛みによるものではなく、弱小生物が理解不能な巨獣と対峙した際に起こす、本能的な生理的痙攣だ。
彼は僕に殴りかかりたいと思っているが、身体の本能が彼をその場に縫い止めている。逃げ出したいと思っているが、歪んだ自尊心が彼をこの場に留まらせ、僕に吠えさせている。
実に醜悪だ。
外見のことではない。自身の弱さを被害者という身分で包装し、それを攻撃の武器とする、その生存姿勢のことだ。
「お前は二つのことを誤解している」
僕は怒りと恐怖で歪んだ彼の顔を見つめ、検死報告書でも読み上げるかのように穏やかに言った。
佐藤の喉から「ひゅっ」という音が漏れた。何かが詰まったような音だ。
あれほど激しい告発に対し、僕の反応があまりに波風のない陳述だったことが、彼の予想を超えていたのだろう。
「第一に、お前の生死は、僕にとって何の価値もない」
僕は淡々と事実を述べた。
その言葉を聞いた瞬間、佐藤の引きつっていた口元が凍りついた。
顔に張り付いていた虚勢の怒りが凝固し、「信じられない」という名の空白へと変わっていく。
僕は彼の反応を無視し、指を伸ばして、まず足元の狭い渡り廊下を指し、次に二週間前に衝突が起きた場所を指した。
「二週間前のあの日、僕が手を出したのは、お前を助けるためでも、いわゆる正義のためでもない」
あの日も、この場所だった。
連中が道を塞いでいて、僕は通りたかった。だから「どけ」と言った。
結果、梶原という男がそれを挑発と受け取り、僕に拳を振るった。
僕の脳内判定は攻撃行動の感知 → 自衛プログラムの起動 → 主要脅威の無力化を優先。
それだけの話だ。
僕は思考を戻し、冷ややかに佐藤を見た。
「あの日、単にお前たちが僕の帰路を塞ぎ、通行効率を阻害していたからだ。僕はただ、路上の障害物を排除したに過ぎない」
「そしてお前も、当時はその障害物の一部だった」
佐藤は口を大きく開け、極度の衝撃で身体を硬直させた。
彼は自分をずっと「被害者」の位置に置き、僕を「独りよがりの英雄気取り」だと思い込むことで、僕を逆恨みする正当性を保っていたのだろう。
だが、僕の目には、彼が「救うべき対象」としてすら映っていなかったことは想定外だったようだ。
『障害物……?』
「第二に」僕は彼に息をつく暇を与えずに補足した。「お前は跪いて偽りの安穏を維持することを選び、立ち上がって抵抗することを拒んだ。その生存戦略は哀れだが、一つの選択ではある」
「僕は、お前の選択を尊重する」
僕は深く彼を一瞥した。
「だから、そこで這いつくばっていろ。僕の邪魔はするな」
言い終えると、僕はもう彼を見なかった。
僕は体を横に向け、地面に散らばった教科書を跨ぎ、校門へと歩き続けた。
背後から、身の毛もよだつような、押し殺した喘鳴が聞こえてきた。
『……またその目だ。』
『鬼道の野郎と全く同じ……』
『お前らみたいな奴は……他人を虫ケラとしか見てないんだ。』
『死ね。お前らみたいな傲慢な強者は、全員死ねばいい。』
それは極めて微弱だが、高濃度の悪意だった。
彼は僕を誰かと重ね合わせ、その行き場のない弱さを、すべて「強者」への憎悪へと変換したようだ。
だが、僕は振り返って確認しなかった。
他人の呪詛など、僕にとっては無意味なデータの残留物に過ぎない。時間と共に自然消滅する類のものだ。
僕はヘッドホンを装着し、ホワイトノイズの音量を上げ、あの粘着質な視線を遮断した。
人間の感情とは、実に複雑で非効率だ。
被害者が、加害者を排除した人間を憎み、あまつさえ虐げられていた「日常」を懐かしむ。
この論理モデルはあまりに歪んでいて、僕のプロセッサでは一時的に完全な互換性が取れそうにない。
理人による「被害者意識の完全論破」、いかがでしたでしょうか。
佐藤くんには可哀想ですが、理人の論理には一切の「情」がありません。
**★本日は「なろう」投稿記念として、このあと【第10話】まで一気に5話更新します!**
サクサク読めますので、ぜひお付き合いください。
次は**【本日 14:10】**に更新します!
(理人が家に帰ると、そこには意外な人物が……?)




