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【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
『「みんな」に飲み込まれた真実』

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孤独なライオンは虫に殺される

 気象観測部内に満ちていた「ほのぼの」とした暖色が、一瞬にして砕け散った。


 バンッ!


 鈍く、重い衝撃音。

 施錠されていない鉄扉が、再び乱暴に蹴り開けられた。

 今度の衝撃はこれまでより強く、扉を開けた人物の、行き場のない激情を物語っていた。


 笑い合っていた凛と千夏の動きが止まる。

 僕も記録帳を置き、眉をひそめて入り口を見た。


「……おい、霜月。いるんだろ」


 そこに立っていたのは、見慣れた黒いTシャツの大男。

 鬼道蓮だ。


 だが、今日の彼は何かが違っていた。

 相変わらず顎を上げ、「俺様最強」のポーズを崩してはいないが、彼が纏う烈火のようなオーラはどこか精彩を欠き、焦燥による濁りを含んでいた。

 拳は白くなるほど握りしめられ、呼吸は荒く、重い。


鬼道(裏):

『クソッ……クソッ……』

『誰だ? どこのどいつだ?』

『あの気持ち悪い感触……洗っても洗っても落ちねえ。』


「……またお前か」


 僕は嫌悪感を隠さずに言った。


「昼寝場所を探しているなら満室だ。一階の図書室へ行け。あそこなら冷房が効いている」


「あ? 誰が寝るかよ」


 鬼道は苛立たしげに髪をかきむしり、室内を見渡した。

 凛と千夏を見つけ、さらに眉間の皺を深くする。


「なんだ、人が増えてんじゃねーか。ここは託児所か?」


 千夏は首をすくめ、反射的に凛の背後に隠れた。

 この数日で多少図太くなったとはいえ、殺気を撒き散らす鬼道を前にしては、恐怖が勝るようだ。


 しかし、凛は動じなかった。

 椅子にふんぞり返り、足を組み、ペン回しをしながら、珍獣でも見るような目で鬼道を値踏みした。


「よお。誰かと思えば、随分ご機嫌斜めじゃん」


 凛は口角を歪め、挑発的な声を上げた。


「噂の『恐喝犯』、鬼道センパイでしょ? なに、今日はカツアゲ失敗して八つ当たり?」


 空気が凍りついた。

 千夏が息を呑み、必死に凛の袖を引く。


 鬼道の動きが止まった。

 ゆっくりと首を回し、充血した目で凛を睨みつける。


「……あ?」


 獣の唸り声のような低音が響く。


「女、死にてえのか?」


「図星突かれて逆ギレ?」


 凛は一歩も引かず、むしろ立ち上がって睨み返した。


「一年生の間じゃ噂でもちきりよ。金のために下級生カツってるって。全校生徒の目が変わってるの、気づかないほど鈍感?」


「あんなクソデマ……知るかよ!」


 鬼道が腕を振り回し、危うく気圧計をなぎ倒しそうになった。


「誰がはした金巻き上げるかよ! 俺をそんじょそこらのチンピラと一緒にしてんじゃねえ!」


「知るか? じゃあ何よその負け犬みたいなツラは」


「てめぇ――!」


 爆発寸前だ。僕はため息をつき、本を閉じた。

 凛がこの単細胞生物を再起不能になるまで論破する様を見たい気もするが、部室の備品の安全と、室内の騒音レベル、そして震える千夏を考慮し、介入することにした。


「そこまでにしろ」


 僕は二人の間に割って入った。


「凛、挑発をやめろ。噂とはいえ、現在の情報環境は彼にとって極めて不利だ」


「それと鬼道」


 僕は彼を見た。


「今日の精神状態は『極めて不安定』と判定される。何があった?」


 鬼道は深く息を吸い、殴りかかりたい衝動を無理やりねじ伏せているようだった。

 凛を一瞥して鼻を鳴らし、長机の空いているスペースにドカッと腰を下ろした。


「……リンゴだ」


 彼は歯ぎしりしながら吐き捨てた。


「リンゴ?」


「ついさっきだ。帰ろうとして下駄箱を開けたんだよ。靴を出そうと手を入れたら……腐った泥みたいなモン掴まされた」


鬼道(裏):

『あの感触……思い出すだけで吐き気がする。』

『グズグズに腐ったリンゴ。アリがたかってやがった。』

『下駄箱中、あの酸っぱい腐臭が充満してて……』


「腐ったリンゴだ」


 彼は拳を握りしめ、爪を掌に食い込ませた。


「それだけじゃねえ。カミソリの刃が仕込んであって、指切った」


「俺はブチ切れて、『誰がやりやがった! 出てこい!』って叫んだんだよ」


 鬼道の目が暗く沈んだ。


「そしたら……誰も答えねえ」


「全員、化け物を見るような目で俺を見て、コソコソ逃げていきやがった」


「あの目……まるで、発狂したピエロを見るような目だった」


 僕は彼を見た。


 脳内プロセッサをフル回転させ、新情報と既存データを統合する。


 【データ統合中】

 事象A:ネット上の匿名誹謗中傷と捏造写真。

 事象B:現実空間における靴箱への悪戯と物理的加害。


 両者のタイムラインは高度に重複しており、攻撃対象も一致している。

 確率論的に言えば、同一人物(または同一グループ)による犯行である可能性は95%を超える。


 だが、ここには巨大な論理的欠陥(ホール)が存在する。


 ――動機の収益率(ROI)だ。


 僕は目の前の、荒れてはいるが、「噂」そのものにはダメージを受けていない鬼道を見た。

 こいつの精神防御力(あるいは鈍感力)は異常に高い。

 「孤立」や「誤解」といった精神攻撃に対するダメージ判定はほぼゼロだ。


 他人の評価など気にしない。空気など読まない。


 ならば、噂を流すことに何の意味がある?

 評判を気にしない人間の評判を落とすのは、極めて非効率的な徒労だ。

 写真の合成や長文の作成、リスクを冒しての腐敗物の設置……それだけのコストを投じて得られるのが、鬼道の数回の怒号だけ?

 費用対効果が合わない。


理人(裏):

『理解不能だ。』

『彼を苦しめる目的なら、手段が手温すぎる。』

『退学させる目的なら、証拠として致命的ではない。』

『単なる憂さ晴らし? それとも……より大きな計画への布石か?』


 終着点が見えない。

 明確な利益誘導のない悪意は、僕にとって解析不能なバグのようなものだ。


「……チッ」


 思考が行き詰まる。

 「目的」から逆算できないなら、「手段」そのものに立ち返るしかない。


 相手が何を企んでいるにせよ、その行動パターンは特徴を露呈している。

 手段は単なる「嫌がらせ(虫の死骸)」から、「物理的傷害」および「公開処刑」へとエスカレートしている。

 さらに重要なのは、鬼道の短気な性格を正確に利用している点だ。

 鬼道が暴れれば暴れるほど、周囲の恐怖心は増し、噂の信憑性が高まる。

 完璧な悪循環(ループ)だ。


「……で?」僕は動機への疑問を一時棚上げし、鬼道に向き直った。


「犯人が見つからず、鬱憤を晴らす場所もないから、僕に戦術指導を乞いに来たわけか?」


「ケッ……人聞きの悪い言い方すんじゃねえ」


 鬼道はバツが悪そうに顔を背けた。


「俺はただ……胸糞悪いんだよ。正体不明の敵ってのは、正面からのパンチより一万倍ムカつく。誰が俺をハメようとしてんのか知りたいだけだ」


 僕は少し沈黙した。

 「自業自得だ」と突き放したいところだが、現状、黒幕は僕をもターゲットにしている(軍師説の流布)。

 ここで鬼道のトラブルを放置すれば、いずれ火の粉は僕にも降りかかる。


「直接証拠はない」


 僕は紙を取り出し、簡易的な相関図を描いた。


「だが、攻撃の頻度と手段(陰湿さ、行動パターンの把握、世論の利用)から見て、犯人は依然として前回のプロファイリングに合致する――お前の身近にいて、お前が無視している『弱者』だ」


「今回の『腐ったリンゴ』は、ただの悪戯じゃない。宣戦布告だ」


 僕は分析結果を突きつけた。


「奴はお前を挑発している。お前が暴走するのを待っているんだ。さっきの下駄箱前での絶叫は、まさに相手の思う壺だ」


「じゃあどうしろってんだよ!」


 鬼道が苛立って机を叩いた。


「黙って耐えろってか? それともアホみたいに一人一人カバン検査でもしろってか?」


「……バカね」


 沈黙していた凛が、不意に口を挟んだ。

 腕を組み、「救いようがないわコイツ」という顔で鬼道を見ている。


「下駄箱狙われてるって分かってんなら、張り込みすりゃいいじゃん」


「誰かに頼むか、カメラ仕掛けるかして、二十四時間監視すれば? ネズミの一匹くらい捕まるでしょ」


 僕は虚を突かれた。

 それは前回、僕が「面倒だから」という理由で却下したプランBだ。

 まさか凛が直接提案するとは。


 鬼道も虚を突かれたようだった。

 だがすぐに、軽蔑の色を浮かべた。


「張り込み? 変質者みたいにコソコソ隠れろってか?」

「それに、そんな暇あるかよ」


「じゃあ誰かに頼みなよ」


 凛は当然のように言った。


「あんた『最強』なんでしょ? 舎弟ぐらいいっぱいいるじゃん。適当な奴二人くらい捕まえて、交代で見張らせれば?」


 その言葉が出た瞬間。

 鬼道の表情が凍りついた。


鬼道(裏):

『……頼む?』

『誰に?』

『いつも俺の後ろにくっついてくる連中……今日俺がキレた瞬間、蜘蛛の子散らすみたいに逃げてったぞ。』

『まともな奴なんて……一人もいねえ。』


 「孤独」という名の寒気が、強者の瞳の奥を一瞬だけよぎった。


「……ケッ」


 鬼道は凛から視線を逸らし、声を落とした。


「あんなクズども……役に立たねえよ。細かいことやらせたら、すぐバレてオジャンだ」


「はぁ?」


 凛は鋭く彼の虚勢を嗅ぎ取り、口元に冷笑を浮かべた。


「役に立たない、じゃなくて……ホントは頼める相手なんて一人もいないんじゃないの?」


「いわゆる『最強の不良』サマが、背中預けられる友達一人もいないなんて、笑えるわね」


「黙れ! アマ!」


 鬼道が顔を真っ赤にして怒鳴った。


「俺一人で十分なんだよ! 誰の手も借りねえ!」


「はいはい、おひとり様でどうぞ」


 凛は肩をすくめ、興味を失ったように千夏の方を向いた。


「ライオンさんも大変ね。虫に噛み殺されそうなのに、群れに入れてもらえないなんて」


 鬼道の額に青筋が浮かんだが、反論は来なかった。

 事実だからだ。


 噂にまみれたこの学校で、彼は最強の拳を持っているが、人脈という点では砂漠に独りぼっちだ。


 僕はその様子を見ていた。


 【観測結論】

 鬼道の窮状は構造的なものだ。

 傲慢さが孤立を招き、孤立が情報不足を招き、情報不足が受動的な被弾を招いている。

 彼がこの「一匹狼」スタイルを変えない限り、闇に潜むハンターは、間もなく網を絞ってくるだろう。


「……とにかく」


 僕は膠着状態を破った。


「当面、行動を自重しろ。相手はミスの誘発を狙っている。これ以上、公共の場で暴力を振るえば……」


 僕は窓外を指差した。


「次は停学じゃ済まないぞ」


 鬼道は何も言わなかった。

 苦虫を噛み潰したような顔で立ち上がり、椅子を蹴飛ばした。


「……うっせえ。分かってるよ」


 彼は凛を一瞥し、複雑な感情(不快感と、図星を突かれた気まずさ)を滲ませながら、大股で出て行った。


 鉄扉が閉まると同時に、室内の張り詰めた空気が霧散した。


「……こ、怖かったぁ」


 千夏が胸をなで下ろした。今の今まで息を止めていたらしい。

「凛ちゃん、よくあんな風に言えるね……心臓止まるかと思った」


「あんな奴、言わなきゃ分かんないのよ」


 凛はフンと鼻を鳴らし、座り直した。


「でもさ……兄さん」


 彼女は僕を見て、少し真面目な目になった。


「あの鬼道って人……見た目は凶暴だけど、なんか……ちょっと可哀想かも」


「可哀想?」


「うん。だって、ハメられてるのに、味方が一人もいないんでしょ?」


 凛は頬杖をついた。


「もし犯人が本当に身近な人間なら……身内に刺されるって、結構クるもんがあると思うんだよね」


 僕は答えなかった。

 窓の外を見る。夜の帳が下りている。


 犯人が誰かはまだ分からない。

 だが一つだけ確かなことがある。奴は鬼道を熟知している。

 彼の傲慢さも、孤独も、その着火しやすい気性も。


 見えない悪意の包囲網は、確実に狭まっている。

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