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【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
愛は猛毒の泥沼、あるいは『優しさ』という名の絞首台

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帰りの傘と、計算外の宿泊客 ~効率厨の兄が、ずぶ濡れの野良猫たちを拾う~

「……立てる?」


 私は手を差し出し、まだへたり込んでいる未央の腕を引いた。


「うん……ちょっと脚が笑ってるけど」


 未央は私の力を借りて立ち上がったが、膝はまだガクガクと震えていた。

 あの高価なワンピースは完全にダメになっていた。濡れて肌に張り付き、泥まみれだ。

 私も人のことは言えない。ライダースジャケットが鎧のように重くのしかかっている。


「ったく、これじゃ帰り道で絶対風邪引くわ」


 私はくしゃみを一つし、袖の水を絞った。「明日熱出たら、治療費請求するからね」


「凛ちゃんが風邪引いたら、私が学校休んで看病しに行くよ」


 未央は私の腕に絡みつき、顔色は悪いままだったが、瞳はキラキラと輝いていた。


「お粥作ってあげて、身体拭いてあげて……ああ、想像しただけで幸せ」


「却下」私は呆れて白目をむき、彼女の妄想を容赦なく叩き潰した。「あんたが風邪引いたら、私はあんたを家に放置して、一人で楽しく学校行くから。私にうつすなよ」


「えーっ、凛ちゃんひどい!」


「バカへの罰よ」


 私たちは顔を見合わせ、再び吹き出した。

 三十分前には想像もできなかった、栄養価皆無の口喧嘩。それが今、こんなにも自然にできる。


「行こ。ここ寒すぎ」


 私は未央を支え、あの半開きの鉄扉へと向かった。


 ドアを開ける瞬間、私は無人の廊下を覚悟していた。

 あの人は「タスク完了」と言い切ったのだ。彼の性格なら、一秒でも早く帰宅して着替えて寝ているはずだ。


 しかし。


「……遅い」


 ドアの外の踊り場は、無人ではなかった。


 薄暗い非常灯の下、パジャマ姿で髪のボサボサな人影が、壁に寄りかかっていた。

 彼の足元には、ビニール傘が二本転がっている――恐らく下の職員室か忘れ物コーナーから適当に調達してきたものだろう。


 霜月理人。彼は帰っていなかった。


 私は呆気にとられた。


「兄さん……?」

「ずっと待ってたの?」


「降水時間の継続予測と、濡れて帰宅した場合の肺炎発症リスク(コスト)を計算していただけだ」


 彼は無表情で傘を拾い上げ、一本を差し出した。


「ほら。明日病院の待合室で時間を浪費したくないなら、さっさと差せ」


 私は傘を受け取った。プラスチックの柄は冷たかったが、胸の奥には熱いものが込み上げてきた。


 あんなに冷たいこと言って、あんなに突き放して帰ったくせに。

 結局、心配して待ってたの?

 本当に……素直じゃないバカ兄貴なんだから。


「あの……霜月先輩」


 私の背後に隠れていた未央が、おずおずと顔を出した。

 ついさっき自分を論破し、物理的に引きずり戻した男を前に、彼女は明らかに委縮していた。


「ごめんなさい……さっきは、ひどいこと言って」

「それと……助けてくれて、ありがとうございました」


 未央は深々と頭を下げた。


 理人は彼女を一瞥した。

 その死んだ魚のような目には、謝罪を受け入れる寛容さも、恩着せがましい傲慢さもなかった。ただの「無」だ。


「どうでもいい」


 彼は背を向け、階段を下り始めた。


「二度とあの高デシベルの騒音を撒き散らさないなら、僕に異存はない」


 二段ほど下りて、彼は振り返らずに言った。


「解決したのか?」


 私は彼の背中を見つめ、未央の手を強く握り直した。深く息を吸い、笑顔で答えた。


「うん! もう大丈夫!」


「なら、帰るぞ」


 彼はそれだけ言い捨て、歩き出した。


 帰る。

 なんて単純な二文字だろう。

 だが今この瞬間、その言葉は何よりも強固な保証となって、宙ぶらりんだった私の心を、ストンと腹の底へ着地させてくれた。


 ……


 校舎を出ると、雨は依然として激しく降っていた。


 私たちは昇降口の屋根の下に立った。


「あ……ヤバ」


 私は重大な問題に気づき、スマホを見た。


「もうこんな時間……終電、終わってるかも」


 未央の家は隣の区だ。電車で四十分はかかる。

 この時間、しかもこの豪雨。バスも電車も望み薄だ。


「えっ?」未央の顔色がサッと白くなった。「ど、どうしよう? タクシー?」


「ここからだと数千円かかるよ……」

 それに、こんな嵐の深夜にタクシーが捕まるとも思えない。


 どうする?

 彼女を一人で暴雨の中に立たせてタクシーを待たせる? 危険すぎる。

 親に電話させる? 彼女の家庭環境を考えれば、この時間に連絡すればまた罵倒されるだけだ。


 私は歯を食いしばり、雨の壁の前に立つ兄さんを見た。


 これは越権行為だ。彼が何よりもプライベート空間の侵害を嫌うことは知っている。

 でも……。


「兄さん」私は恐る恐る切り出した。「あのさ……電車ないし、未央を……ウチに泊めてもいいかな?」


 未央がギョッとして手を振った。「い、いいよ! 迷惑だよ! 霜月先輩絶対嫌がるし……」

 彼女はまだ理人にトラウマがあるようだ。


 私も断られる覚悟はしていた。

 兄さんにとって、ついさっきまで発狂していた「干渉源」をテリトリーに入れるなんて、効率の原則に反する最悪の選択肢だ。


 しかし。


 兄さんは振り返り、未央の無惨な姿と、外の雨足を、データ解析するような目でスキャンした。


「現在のタクシー配車システムは、悪天候時には30%以上の割り増し料金サージ・プライシングが発生する」


 彼は平然と言った。


「対して、家には予備の布団と給湯設備がある。経済的コストと時間効率の観点から、宿泊が最適解だ」


「……え?」私と未央は顔を見合わせた。


「本当に……いいの?」私は信じられずに確認した。


「その泥だらけの服を僕のソファに擦り付けないならな」


 理人は傘を開き、雨の中へ歩き出した。


「行くぞ。眠い」


 私は雨に煙る彼の背中を見て、笑わずにはいられなかった。


 何が効率よ。何がコストよ。

 ただ単に、甘いだけじゃん。

 あんなボロボロの未央を見て、雨の中に放り出せなかっただけでしょ?


「行こ、未央」


 私はもう一本の傘を開き、未央を引き寄せた。


「今夜はあの『ロボット』の巣穴にお邪魔することになりそうだよ」


「……うん」


 未央は理人の背中を複雑そうな目で見つめていたが、最後には大人しく頷いた。


 雨の幕の中。


 三つの人影が無人の通りを歩く。


 兄さんが一人で傘を差し、先頭を歩く。

 私と未央は一つの傘に身を寄せ合い、お互いの体温を分け合いながら、その後ろをついていく。


 雨音は激しく、傘を叩き続けている。

 だが不思議と、その音はもう冷たくなかった。むしろ、私たちの生還を祝う、優しい子守唄のように聞こえた。


 長い一日が、ようやく終わる。

 泥だらけで、傷だらけだけど。

 私たちは、生きている。


 そして……私は前を行く背中を見た。

 いつも「面倒だ」と文句を言いながら、結局は先頭に立って風除けになってくれる、不器用な背中を。


凛(裏):『……サンキュ、兄さん。』




【あとがき:嵐の後の相合傘】


作者「理人くん、傘を二本持って待っていたなんて……。どこまでツンデレなんですか」


霜月「誤解だ。ずぶ濡れの人間を家に招き入れると、床の清掃コストが発生する。これは予防措置だ」


作者「はいはい、そういうことにしておきましょう(笑)。 泥だらけの服、傷だらけの心。でも、雨音はもう冷たくない。 『共依存』という病から抜け出し、歪な三角形はようやく安定した形へと着地しました


長かったこの第2巻も、【残り2話】で完結となります!

★明日からは「冬休み爆更キャンペーン」として、【毎日最低2話更新】を行います!★」

明日の更新(12:10)もお楽しみに!」

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