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【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
愛は猛毒の泥沼、あるいは『優しさ』という名の絞首台

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「お前の目には、彼女が映っていたか?」

「……捕まえたッ!」


 手首が悲鳴を上げ、ギプスの下の骨が再び砕けていくような感覚が走る。


 空中にぶら下がった未央の身体は、まるで重たいセメント袋のようだった。

 「人体」というリアルな質量が腕を伝い、僕ごと道連れにしようと下へ引く。


「兄さん!!」


 ようやく凛が反応した。

 彼女は手すりに身を投げ出し、上半身を大きく外へ乗り出して、未央のもう片方の腕を死に物狂いで掴んだ。


「未央! 掴まって! 力を入れて!」


 凛が泣き叫ぶ。その顔は必死さで歪み、形相が変わっている。


 二人の力が合わさる。

 暴風吹き荒れる深夜の屋上で、僕らは死神との綱引きを演じていた。


未央(裏):

『……痛い。』

『腕が痛い……千切れる。』

『死にたくない……下が暗い……怖い。』


 そこには「美しく散る」美学も、「永遠の呪い」というロマンもない。

 今の未央の脳内にあるのは、疼痛への恐怖と、生存への渇望という動物的本能だけだ。


 彼女が入念に編み上げた「ロマンチックな自殺シナリオ」は、重力の暴力の前で、あまりに滑稽で醜悪な現実に塗り潰されていた。


「……あが、れぇッ!!」


 凛の裂帛(れっぱく)の気合いと共に、僕らは同時に引き上げた。


 未央の身体がようやく手すりを越える。

 支えを失った積み木のように、三人まとめて埃だらけのコンクリートの床に転がった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 荒い呼吸音だけが、屋上に木霊する。


 誰も喋らない。

 心臓が肋骨を内側から殴りつける音だけがうるさい。


 未央は床にうずくまり、ガタガタと震えていた。

 あの高価なレースのワンピースは手すりに引っ掛けて無惨に裂け、全身埃まみれになっている。それはもう精巧な人形ではなく、ゴミ捨て場から拾ってきたボロ切れの人形のようだった。


 彼女は顔を覆い、声にならない嗚咽を漏らしている。


 凛はその横で膝をつき、肩で息をしていた。

 未央を見るその目からは、以前のような狂信的な「守護欲」も「罪悪感」も消え失せ、九死に一生を得た後の、空っぽの茫然自失だけがあった。


 僕は仰向けに転がり、夜空の月を見上げた。


 肋骨の激痛で、視界が点滅している。

 左腕の疼痛増大。肋骨は再骨折の疑いあり。即時休眠(スリープ)が必要だ。


 身体は悲鳴を上げているが、まだ休息の時間ではないことは理解している。


 「外科手術」はまだ半分しか終わっていない。

 腫瘍は切除したが、創口を縫合しなければ、感染症を起こして死ぬ。


 僕は歯を食いしばり、地面に手をついて、ふらつきながら立ち上がった。


 僕の動作を見て、凛が弾かれたように顔を上げた。


「……兄さん? どこ行くの?」


 その声には狼狽が混じっていた。

 この状況をどう処理していいか分からず、パニックになっているのだ。


「帰る」


 僕は服の埃を払い、コンビニに水でも買いに行ったかのような口調で言った。


「死人が出なかった以上、僕のタスクは完了だ。ここは寒いし、傷が痛む」


「ま、待ってよ!」


 凛は震える未央を一瞥し、明らかに困惑した目を僕に向けた。

「このまま行くの? 彼女を……私たちを置いて?」


「だったらなんだ」


 僕は彼女を見下ろした。


「僕に彼女をおんぶして帰れとでも? それとも、温かいお茶でも淹れてやれと?」


「でも……」


 凛は唇を噛み、視線を泳がせた。未央を直視できないのだ。


「私……今、あの子になんて言えばいいか分からない」


 先ほどの対峙、未央の呪詛、そして死の淵。

 全てが重すぎた。

 かつての「妹を守る姉」という関係は粉砕され、今の二人は、互いに傷つけ合った剥き出しの魂でしかない。


 凛は恐れているのだ。

 本性を晒した未央と向き合うことを。そして、未央に糾弾された自分自身と向き合うことを。


「なんて言えばいいか、か」


 僕はその言葉を反芻し、完全に向き直り、凛を見据えた。


「凛」


「……なに?」


「昨日の夜、そしてここへ来る途中、僕はずっとある疑問について思考していた」


 僕はうずくまる未央を指差した。


「お前は以前、僕に警告したな。『あんたの目には人間が映ってない』『人の心が分からない』と」


「お前は正しい。僕はデータしか見ない怪物だ」


「だがな、凛」


 僕は動揺する凛の瞳を見つめ、「論理」という名のメスを、彼女の手に握らせた。


「お前の目に、『未央』という人間は、本当に映っていたのか?」


 凛が息を呑んだ。

「……え?」


「お前は彼女を『守られるべき弱者』として、『自分がいなければ生きられない可哀想な子』として扱ってきた」


「だが、本当の彼女を見ていたか?」


「その可哀想な皮の下にある貪欲さを。お前に対する嫉妬を。お前を所有物として見る、あの視線を見ていたか?」


 僕は一呼吸置き、さらに声を低くした。


「見ていなかったはずだ」


「お前は、自分が見たいものだけを見ていた――自分を崇拝し、依存してくる『いい子』を」


「お前はヒーローごっこの快感に浸り、無意識に彼女の歪みを無視した。お前のその『鈍感さ』と『包容力』が、彼女を怪物に育て上げたんだ」


「それが、お前の言う『人を見る』ということか?」


 凛は口を開けたまま、顔面蒼白になった。

 反論しようとして、声が出ない。


 花火大会の日の未央の目。カフェでの未央の表情。

 本当は何度も違和感を感じていたはずだ。だが、彼女はそれを無視した。

 「良き姉」という自己像を維持するために、不都合なノイズを遮断していたのだ。


「よく見ろ」


 僕は背を向け、もう二人を見なかった。


「仮面は全部割れた。死にたくないなら、今のうちに、普段言えなかったこと、聞きたくなかったこと、全部吐き出せ」


「完全に決裂するも、やり直すも、お前らの選択だ」


「僕を女子高生の人間関係トラブルに巻き込むな」


「面倒くさい」


 それだけ言い捨て、僕はひしゃげた鉄の扉を押し、階段の闇へと消えた。


 背後からは、凛の荒い呼吸音と、未央の抑えきれない、崩れ落ちるような泣き声が聞こえてきた。


 僕は振り返らない。


 壁に手をつき、脇腹の激痛に耐えながら、一歩ずつ階段を下りる。


 これでいい。


 「外力」は限界まで加えた。


 ここから先、「共生」という名の慣性を打ち砕けるかどうかは、凛自身がその血塗れの真実を直視する勇気を持てるかどうかにかかっている。


【あとがき:共犯者の告発】


作者「命を救った直後に、妹の心をメッタ刺し……。理人くん、アフターケアって言葉を知っていますか?」


霜月「これは『外科手術』の続きだ。 未央の暴走の原因は、凛の『無自覚な優越感』にもある。 自分を崇拝してくれる『可哀想な子』を愛玩し、怪物が育つまで放置した責任。それを直視させない限り、完治はない」


作者「『お前の目に人間が映っていたのか?』という問いは、未央以上に凛にとって致命傷ですね。


それでは、また明日(19:10)にお会いしましょう!」

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