トイレの制裁と、歪んだ崇拝 ~私が助けたのは、私を喰らう「怪物」だった~
廊下の突き当たりにある女子トイレ。
私はドアを蹴り開け、よろめく山田を中へ放り込んだ。
そして一番奥の個室へ引きずり込み、内側から鍵をかけた。
狭い空間には、私たち二人と、彼女の荒い呼吸音だけがある。
「あ、あんた頭おかしいんじゃないの!? こんなとこ連れ込んで何する気!」
山田は隅に縮こまり、虚勢を張ってはいるが、声は震えていた。
「言っとくけど、手出したら先生に言いつけるから……」
「先生?」私は鼻で笑った。
「いいアイデアだ。だがその前に、まずはお前の体調チェックが必要だな」
ドスッ。
狭い個室に、鈍い音が響いた。
余計な動作はなく、最短距離で放った拳が、彼女のみぞおちに突き刺さる。
もちろん、力加減と角度は計算済みだ。
これはあの霜月理人という名の兄から学んだ(あいつは護身用としか使わないが)技術だ。
腹腔神経叢への打撃は、横隔膜の痙攣を引き起こし、激しい苦痛と窒息感をもたらすが、目に見える痣や傷は残らない。
「か……はっ……」
山田の目が飛び出しそうになり、腹を押さえて膝をついた。顔は赤黒く変色し、口をパクパクさせているが声が出ない。壊れたふいごのような喘鳴だけが漏れる。
「さっきの牛乳、あんたがやったんだろ?」
私はしゃがみ込み、苦痛に歪む彼女の顔を覗き込んだ。
「牛乳がそんなに好きなら、この『吐きそうな感じ』も大好きだよな?」
「う……げほっ……」
彼女は必死に私の手首を掴んで逃れようとし、爪が私の皮膚に赤い線を描くが、私は微動だにしない。
私は手を伸ばし、彼女の顎を掴んで強引に口を開かせた。
そして、恐怖に見開かれた彼女の目の前で、指を深く――彼女の喉の奥へと突っ込んだ。
「オエッ――!!」
腹部の激痛に加え、強烈な咽頭反射が彼女の生理的防衛線を決壊させた。
山田の身体が激しく痙攣するが、壁に押し付けられているため屈むこともできず、苦しげなえずきを漏らすしかない。
「牛乳は美味いか?」
私は顔を近づけ、声を落として囁いた。
「さっきは『啞なのか』って聞いてたよな? なんで今度はあんたが喋らないんだ?」
私は彼女の目を見た。そこには純粋な恐怖しかなかった。
「よく聞け。私はあの木島未央なんて知らないし、正義の味方ごっこをするつもりもない」
「だがな、あんたらのその集団でイキってピーピー喚いてるツラが、マジでムカつくんだよ」
私は指をさらに奥へ押し込んだ。
「次にあんなつまんないことしてるの見かけたら……」
私は横の便器を指差した。
「あんたの頭をここに突っ込んで流すぞ。嘘だと思うなら、試してみな」
その瞬間、山田の心が完全に折れた音がした。
狭い個室に、生温かく、鼻を突くアンモニア臭が漂い始めた。
スカートの色が変わっていく。
極限の恐怖と生理的刺激により、彼女は失禁したのだ。
私は手を離し、汚いものを触ったかのように彼女の服で指を拭った。
山田は壁伝いに崩れ落ち、自身の尿だまりの中に座り込んだ。
私を見る目は、地獄から這い出た悪鬼を見るようで、泣き声を上げることさえ忘れている。
私は鍵を開け、個室を出た。
ちょうどその時、廊下から慌ただしいヒールの音が近づいてきた。
「何事!? ここで何してるの!」
C組の担任――普段はいじめを見て見ぬふりをし、問題が起きた時だけ飛んでくる中年女教師が、息を切らせて飛び込んできた。
私が手を洗っているのを見て、そしてあの臭いに気づき、教師は眉をひそめた。
「霜月凛! またあなたね! 山田さんは?」
彼女は個室の中を覗き込み、座り込んでいる山田を見つけた。
「あなた、何をしたの!? これは暴力行為よ!」
教師は山田に向き直り、正義の味方ぶった口調で言った。
「山田さん! もし彼女に殴られたなら言いなさい! 先生が守ってあげるから! 学校は暴力なんて絶対に許しません!」
「先生」
私は蛇口を閉め、振り返り、彼女の茶番劇を中断させた。
手についた水滴を払い、笑みのない笑顔を浮かべる。
「来るのが早すぎやしませんか?」
私は彼女を見据え、隠そうともしない嘲笑を目に浮かべた。
「さっき木島さんが牛乳かけられてた時、先生どこにいました? なんでその時は『守って』あげなかったんです?」
「いじめっ子がちょっと痛い目見たら飛んでくるなんて、先生の正義感って随分と偏ってるんですね」
「な……何を適当なことを!」
図星を突かれた教師は顔を真っ赤にし、逆ギレ気味に怒鳴った。「私はあなたが暴力を振るったのかと聞いているの! 山田さん、言いなさい!」
個室に沈黙が落ちた。
数秒後、震える、泣き出しそうな声が聞こえてきた。
「……ち……違います……」
「じ、自分で滑って……転んで……霜月さんが助けてくれて……」
言えるわけがない。
教師の薄っぺらい保護よりも、私の今の目の方が遥かに恐ろしいのだから。
私は両手を広げ、顔色を青くしたり赤くしたりしている教師を見た。
「聞きました? 先生」
「生徒が体調不良で、漏らすほど具合悪いみたいですよ。担任なら保健室に連れて行って着替えさせてあげるべきじゃないですか? それとも、ここで無駄話続けるのがお好きで?」
「っ……」教師はぐうの音も出なかった。
私の一歩も引かない目を見て、最後には悔しそうに歯噛みした。
「……もういい! 解散! 山田さん、来なさい!」
教師はそそくさと山田を連れて出て行った。
野次馬の女子たちも、疫病神から逃げるように散っていった。
トイレにようやく静寂が戻った。
「ケッ。くだらな」
私はトイレを出て、教室に鞄を取りに戻ろうとした。
そして、廊下の影に、また彼女を見つけた。
木島未央。
彼女はずっとそこに立っていた。
私が山田を引きずり込んだのも、中の悲鳴も、さっき私が偽善教師を論破して追い返したのも、全て見ていたのだ。
怖がると思った。
私のやり方は、どう見ても普通の女子高生のそれじゃない。
だが、違った。
彼女はそこに立ち尽くしていた。
元々死んだように虚ろだった大きな瞳に、今は青白い鬼火のような、背筋が凍るほどの光が宿っていた。
彼女は私を見ていた。
人間を見ているのではない。神の奇跡を見ている目だ。
「……あの」
彼女が近寄ってきた。声は蚊の鳴くようだが、そこには狂信的な熱が帯びていた。
「あ、ありがとう……凛ちゃん」
私は眉をひそめた。
「礼には及ばない。あいつがムカついたから、ついでにゴミ掃除しただけだ」
「すごい……」彼女はうわごとのように呟いた。蒼白な頬に異常な紅潮が差し、両手を強く握りしめている。
「凛ちゃん……本当にすごい。私のヒーローだ」
私を祭壇に上げて崇めるようなその姿を見て、私は少し可笑しくなり、同時に奇妙な充足感を覚えた。
こんなに可愛い顔をしてるのに、雨に濡れた捨て猫みたいに行き場のない奴。
放っておいたら、こいつは三日と持たずに死ぬだろう。
「強者の責任感」という名の余計な感情が、この瞬間に芽生えてしまった。
これが、私が檻に足を踏み入れる最初の一歩だとは知らずに。
「おい」私は彼女の呆けを破るように声をかけた。
「礼を言うなら、そこで突っ立ってないでついて来い。昼飯まだだろ? お礼にパンでも奢りな」
未央は一瞬きょとんとし、次の瞬間、花が咲くような満面の笑みを浮かべた。
その笑顔には、私一人の影しか映っていなかった。
「……うん!」
あの日から、私の背後に振り払えない影が一つ増えた。
私は自分が彼女を救ったのだと思っていた。
あの日のトイレの前で、「捕獲」された獲物が、実は私の方だったと気づくのは、ずっと後のことだ。
【成敗完了(物理)】
陰湿なイジメを、圧倒的な「暴力」で粉砕する。
凛らしい、容赦のない解決法でした。
「スカッとした!」「ざまぁみろ!」
「でも、ここから歪んじゃうのが切ない……」
そう思ってくださった方は、
ぜひ下の【★★★】を押して、凛の「正義(?)」を評価してください!
物語はここから、さらに歪な「共依存」へと加速していきます……!
さて、本日ラストの更新は【19:10】です! 歪な共依存関係、その結末を見届けてください!




