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【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
愛は猛毒の泥沼、あるいは『優しさ』という名の絞首台

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兄妹会議(カンファレンス) ~その関係は「友情」ではなく、ただの「癌」だ~

 帰宅した時、時刻は午後五時半だった。


 窓の外はまだ完全に暗くなっていないが、電気はつけなかった。


 僕はリビングのソファに座り、スマホ画面が発する微弱なブルーライトだけが、僕の顔を照らしていた。


 画面はLINEのトークルームで停止している。


僕:『現在の座標は?』

凛:『は? 今未央と別れて駅向かってるとこ。』

凛:『なんなの急に。オカンみたいなんだけど』

僕:『帰宅予定時刻は?』

凛:『六時半くらいかな。コンビニでなんか買ってく。』

僕:『了解。早急に帰還しろ。処理すべき議題アジェンダがある。』

凛:『……変なの。』

凛:『りょ。』


 会話終了。


 極めて簡潔、かつ感情色彩の欠如したやり取りだ。


 だが、凛は必ず異常を察知したはずだ。

 僕が自発的に帰宅を促すことなど殆どないし、「議題」などという単語を使うこともないからだ。


 ……


 六時二十八分。


 玄関で鍵が回る音がした。


 カチャリ。


 ドアが開き、廊下の灯りが射し込み、見慣れたシルエットを長く伸ばした。


「……ただいま」


 凛の声は少し籠もっていた。


 彼女は靴を脱ぎ、リビングに入ってきた。

 手にはコンビニのビニール袋。中にはおそらく、あの高価で場違いなレースのワンピースが入っているはずだが、今は着替えているようだ。


 彼女は暗闇に座る僕を一瞥し、壁のスイッチを押した。


 パッ。


 リビングが瞬時に白い光で満たされた。


 凛は眩しそうに目を細め、視線を僕に二秒間留めた。


「……なによ、その顔」


 彼女はビニール袋をダイニングテーブルに置き、探るような口調で言った。


「その死んだ魚の目が、いつもより濁ってるわよ。何かあった?」


 僕は軽口には応じなかった。


 立ち上がり、彼女の目を直視した。


「凛」


 名前を呼んだ。


「あの未央という人間についてだが」


 凛の動きが凍りついた。

 コーラを取り出そうとしていた手が、空中で止まる。


 僕は回避の隙を与えず、結論を提示した。


「あの個体が示しているのは、単なる依存ではない。高リスクな、病的な独占欲だ」


「彼女は過剰な供給と感情的恐喝エモーショナル・ブラックメールによって、君の全人生を買収しようとしている」


「この関係を維持し続ければ、君の自我境界(バウンダリー)は完全に浸食される」


「僕の提案はこうだ。即時損切り(ロスカット)。物理的隔離を実行しろ」


 前置きはない。

 遠回しな説得もない。


 僕は冷徹な医師のように、患者の家族に対して患部の切断通告を突きつけた。


 凛は背を向けたまま、長い間沈黙していた。


 部屋には冷蔵庫のコンプレッサー音だけが響いている。


「……ははっ」


 やがて、彼女は短く、自嘲気味に笑った。


「やっぱりね」


 彼女は振り返り、テーブルに寄りかかった。その顔に驚きはなく、むしろ予想通りだと言わんばかりの諦観があった。


「昨日の電話……やっぱり気づいてたんだ。さすがだね、兄さん」


凛(裏):

『……隠し通せなかったか。』

『ま、そうよね。こいつは木石(ぼくせき)のくせに、こういう変なところだけは怖いくらい鋭いし。』

『バレて……逆にちょっと、気が楽になったかも。』


 彼女は反論せず、怒りもしなかった。


 ただ、ひどく疲れているように見えた。


「とりあえずご飯にしよ」


 凛はテーブルの袋を指差した。


「お弁当買ってきたから。話は、腹ごしらえしてからにして。私今……喧嘩する気力もないの」


 ……


 テーブルには温められた二つの弁当が並んでいる。

 一つはトンカツ、もう一つはハンバーグ。


 僕らは向かい合って座った。


 通例なら、テレビで騒がしいバラエティ番組が流れていて、凛が芸人のファッションにツッコミを入れながら僕の弁当のおかずを奪っている時間だ。


 だが今日、テレビの画面は黒いままだ。


 空気中には、プラスチックの箸が紙箱に当たる微かな音と、咀嚼音だけが漂っている。


 沈黙。


 だがそれは心地よい阿吽の呼吸ではなく、嵐の前の低気圧のような重苦しさだった。


 僕らは機械的に「摂食」という動作を行っていた。来るべき対話のためにエネルギーを備蓄するためだけに。


 凛の箸は遅い。

 うつむき加減で、前髪が目を隠し、表情は読めない。


 だが、彼女の心声は聞こえる。

 空白ではなく、混沌とした、灰色のノイズだ。


『なんて言えばいい?』

『未央が可哀想だから? 見捨てられないから?』

『兄さんはどう思う? 私のこと、馬鹿だって思うかな。』


 二十分後。


 凛が箸を置いた。弁当箱は空になっていた。


 僕も箸を置き、片付けようと立ち上がった。

「洗ってくる」


「置いといて」


 凛の声が遮った。


 彼女は手を伸ばし、僕が弁当箱を掴もうとした手を上から押さえた。


「洗わなくていい。そんなことは後でいいから」


 彼女は顔を上げた。

 その鋭い瞳は、今は少し光を失っていたが、真っ直ぐに僕を捉えていた。


 シグナルだ。


 【議題開始】。


 僕は手を引っ込め、椅子に座り直した。


 僕らの間には、狭いダイニングテーブルと、二つの空の弁当箱だけがある。


「で」


 凛が口火を切った。

 彼女は腕を組み、防御姿勢をとった。


「どこまで知ってるの?」


「全部だ」


 僕は答えた。


「全部って?」


「今朝、十時三十分。駅前のカフェ・ソラリウム」


 僕は淡々とデータ羅列した。


「奥の死角の席。四万二千円のワンピース。そして分割払いの約束」


「加えて……あの未央という女が、その後に見せた目も」


 凛の瞳孔が小さく収縮した。


 薄々感づいてはいただろうが、まさか僕が現場にいたとは思っていなかったのだろう。


「……ストーカー?」


 その口調に怒りは少なく、むしろ脱力感が勝っていた。


「観測だ」


 僕は訂正した。


「昨夜の異常データに基づき、干渉源の性質を確認する必要があると判定した。だから現場へ行った」


「……最悪」


 凛は苦笑し、背もたれに身体を預けた。抵抗を諦めた容疑者のように。


「『天気しか見ない』兄さんに、あんな情けないとこ見られるなんて……妹としての威厳、丸潰れじゃん」


『全部見られてたんだ……』

『私の情けない顔も、無理やり買わされたところも。』

『そりゃ「切れ」って言うわけだわ。傍から見たら、私たちの関係って相当異様なんでしょ。』


 彼女は「なんで勝手に見に来たの!」とヒステリックに叫ぶことも、「あれは誤解だ」と言い訳することもしなかった。


 ただ、事実を受け入れた。

 諦めにも似た静けさで。


「全部見たならさ」


 凛は天井を見上げ、声を落とした。


「分かったでしょ? 兄さん」


「切りたくないんじゃない……切れないのよ」


「なぜだ?」僕は問うた。


「だって……」


 凛が語り始めたのは、「不良と猫」の物語だった。



──────────────────────


【あとがき:損切り(ロスカット)推奨】


作者「妹の人間関係を『投資』に例えて損切りを迫るお兄ちゃん……。理人くん、いくらなんでもドライすぎません?」


霜月「感情論で解決できるフェーズは過ぎている。壊死した組織を切断するのに、躊躇は不要だ。……だが、彼女にも『切れない理由(サンクコスト)』があるらしい」


作者「それが最後に出てきた『不良と猫』の話ですね。 次回、凛と未央の過去編です。なぜ凛は未央に従うのか? その原点が明かされます」


霜月「心して待て」


作者「(なんで偉そうなんだ……)


さて、本日ラストの更新は【21:10】です!」

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