表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
愛は猛毒の泥沼、あるいは『優しさ』という名の絞首台

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/102

腐ったケーキと、独占欲のスイッチ ~その少女は、笑顔で「殺意」を抱いていた~

 凛は一万円札を数えて渡し、その動作は錆びついたロボットのようにぎこちなかった。


「……うん、じゃあ、行こっか」


 彼女がそう言った時、その目は完全に死んでいた。

 未央が満足げにお金をしまい、凛の腕に手を回して立ち去ろうとした、その時だった。

 閉鎖的だったその場の空気に、活気に満ちた声が突然介入してきた。


「あれ? 凛じゃない?」


 凛が固まり、振り返った。

 通路に立っていたのは、ジャージ姿でポニーテールの女子だった。

 たまたま通りかかった同級生のようだ。


「あ、由美(ゆみ)!」


 来訪者を見た瞬間、凛の死んでいた目に光が戻った。


「奇遇じゃん! 由美も買い物?」


 凛は立ち上がった。その声は、いつもの快活なトーンを少し取り戻していた。

「来週バレー部の試合でしょ? 練習どう?」


 心声はない。

 必要ない。

 彼女の晴れやかな目を見るだけで、彼女が『日常』を取り戻したことは明白だった。


 しかし。

 対面に座る未央は、動かなかった。

 彼女はティーカップを持ったままの姿勢で、顔には変わらず甘い微笑みを浮かべている。

 だが、僕の観測視野において、彼女から放射されるデータストリームは、この瞬間、劇的な変質(ケミカル・チェンジ)を起こしていた。


 先ほどまでの彼女の心声が、凛への甘ったるい愛に満ちたふわふわのイチゴケーキだったとするなら。

 今、そのケーキは下水道に投げ捨てられ、高温下で急速に発酵し、腐敗し、悪臭を放つ黒い汚泥へと変貌していた。


「……凛ちゃん」


 未央が口を開いた。

 声は大きくないが、背筋が凍るような冷気を帯びていた。


「あれ、誰?」


 凛は我に返り、慌てて紹介した。

「あ、こちらは隣のクラスの由美。由美、こっちは私の友達の未央」


「初めまして!」由美という女子は何も気づかず、笑顔で挨拶した。「未央さんも凛の友達なんだね、よろ……」


「……泥棒猫」


 極めて低い声。

 未央の可愛らしい唇から吐き出されたのは、その外見とはあまりに不釣り合いな、汚辱に満ちた単語だった。


「え?」由美が固まった。「なに?」


 未央は答えなかった。

 彼女はわずかに顔を上げた。潤んでいた大きな瞳は、今や濁って深く沈み込み、由美の顔を死んだように見据えていた。

 瞬き一つしない。

 それはまるで、餌を守る毒蛇が、領土に侵入したネズミを威嚇する目だった。

 隠そうともしない悪意と排他性が、周囲の温度を氷点下まで叩き落とす。


 由美の笑顔が引きつり、無意識に半歩後ずさった。「えっと……私、お邪魔だった?」


「あ、ごめんごめん!」


 凛は慌てて二人の間に割って入り、気まずそうに、しかし慣れた様子で苦笑いを浮かべた。


「未央……ちょっと人見知りでさ。知らない人が苦手っていうか、悪気はないんだけど」


凛(裏):

『……まただ。』

『目は怖いけど、単に緊張してるだけでしょ?』

『未央には友達が私しかいないから……こういう時は私がフォローしてあげなきゃ。』


 凛の判断には致命的なバイアス(偏り)がかかっている。

 彼女はこれを『人見知り』だと解釈した。だがそれは違う。『殺意』だ。

 彼女は自身の善意によって、未央の悪意に保護色を塗ってしまっている。


「そ、そうなんだ……」由美は違和感を覚えつつも、凛の顔を立てて頷いた。「じゃあ、邪魔しちゃ悪いし行くね」


 彼女は背を向けて歩き出したが、二歩進んで何かを思い出したように振り返った。


「あ、そうだ凛! 明日のボランティア活動、一緒に行くって約束忘れないでよ! 絶対だからね!」


「うん! 任せて、絶対行くから!」


 凛は力強く頷き、眩しい笑顔を見せた。

 それは、明日は『普通の時間』を過ごせるという期待による笑顔だった。


 しかし。

 その一言が、ラクダの背骨を折る最後の一本となった。


 未央は座ったままだ。

 彼女は、凛が他人と『未来』の約束を交わすのを見ていた。

 凛が、自分には決して見せない、安堵に満ちた笑顔を他人に向けるのを見ていた。


 プツン。


 彼女の中で、『理性』という名の弦が断ち切れる音がした。

 由美が去った。

 凛は席に戻り、申し訳なさそうに未央を見た。「ごめんね未央、さっきのは……」


「ううん、いいの」


 未央が遮った。

 彼女は顔を上げた。そこには再び笑顔が張り付いていた。

 だが、その笑顔は変質していた。

 先ほどまでの蕩けるような甘さは消え、そこにあるのは死んだ水面のような静けさだけだ。

 口角は上がっているが、瞳の奥は虚無と冷気で満たされている。


「凛ちゃんは人気者だね。みんな凛ちゃんが好きなんだ」


 彼女は手を伸ばし、優しく凛の前髪を整えた。

 壊れ物を扱うような、繊細な手つきで。


「でも……凛ちゃん」


 彼女は心の中で、低く囁いた。


未央(裏):

『なんで?』

『なんで他の人に、そんなに楽しそうに笑うの?』

『私がこんなにしてあげてるのに……こんなに頑張ってるのに。』

『やっぱり、翼がある限り、凛ちゃんは外を見ちゃうんだね。』

『「友達」っていう鎖じゃ、まだ緩すぎたんだ。』


 彼女の指先が凛の髪を滑り落ち、首筋に触れ、そこを愛おしげに摩った。


未央(裏):

『凛ちゃん。私のお姉さま。』

『そんなに外に行きたいなら……』

『もう……あなたの目を、私だけで満たしてもらうしかないんだね。』

『翼を折って、籠の中に閉じ込めて……そうすれば、凛ちゃんはずっと私だけを見てくれるよね。』






【あとがき:翼を折るという発想】


作者「『友達』という鎖では緩すぎるから、物理的に翼を折って籠に入れる。……未央ちゃん、思考回路が完全にヤンデレのそれなんですよ」


霜月「非効率かつ短絡的だ。対象の自由意志を剥奪すれば、一時的な拘束は可能だが、関係性は『依存』から『飼育』へと劣化する。だが、凛の認知バイアス(善意の解釈)が邪魔をして、彼女自身はその危機に気づいていない」


作者「凛ちゃん、優しさが仇になってますね……。


さて、明日は【2話更新】を予定しています!

それでは、また明日(12:10)にお会いしましょう!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ