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【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
愛は猛毒の泥沼、あるいは『優しさ』という名の絞首台

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/102

硝子越しの「重い愛」 ~四万二千円のドレスと、友情という名の借金契約~

 『カフェ・ソラリウム』。


 その名の通り、駅前の一等地に構えるその店は、巨大なガラス温室のような外観をしていた。

 四方は開放的なガラス張りで、店内には熱帯観葉植物が生い茂り、天井からはフェイクグリーンの蔦が垂れ下がっている。

 陽光は惜しげもなく店内の無垢材のテーブルに降り注ぎ、空気中には高価なコーヒー豆の香りと、焼きたてのパンケーキの甘い匂いが充満していた。


 ここは、この街で最も『リア充』濃度の高い場所の一つだ。

 隅々まで談笑が満ち、誰もが『幸福』という名の表情を展示している。ここに座っているだけで、ファッション誌の1ページになれるかのように。


 午前10時40分。

 僕は店舗の最奥、巨大なモンステラの鉢植えに遮られた死角の席に陣取っていた。

 テーブルの上には、カモフラージュ用の気象学の参考書と、アイスアメリカーノ。


 僕からそう遠くない窓際の席に、二人の少女が座っていた。


 一人は凛だ。

 今日は薄化粧をし、お気に入りのライダースジャケットを着ている。見た目は生き生きとしており、フォークで皿の上のイチゴパンケーキを切り分けている。

 注意深く観察しなければ、昨夜の今にも崩壊しそうだった姿など想像もつかない。


 そして対面に座っているのは、小柄で、黒髪のロングヘアを持ち、病的なまでに肌の白い少女。

 彼女が、いわゆる未央(みお)だろう。

 フリルの多い淡い色のワンピースを着ており、まるで精巧だが壊れやすい陶器の人形のようだった。


「……ねえ、凛ちゃん」


 未央が口を開いた。

 声は甘く、いつでも溶けてしまいそうなほど糖度が高い。


「このパンケーキ、すっごく美味しいよ。凛ちゃんも食べる?」


 彼女はたっぷりとクリームを乗せた一片をフォークに刺し、凛の口元へ差し出した。


「あーん」


「いいよ、自分のがあるから」


 凛は笑って手を振り、軽く断った。「それに私、クリーム多すぎなの苦手だし。胃もたれする」


 心声がない。

 凛の内面は静寂に包まれている。

 『うざい』も、『食いたくない』も、なんの負の感情もない。

 まるでごく普通の、仲の良い友人に接するかのように、自然に拒絶し、自然に微笑んでいる。

 その完璧さが、逆に僕の背筋を寒くさせた。


「……そっか」


 未央は手を引っ込め、一瞬寂しげな顔をしたが、すぐにまた熱っぽい瞳に戻った。

 彼女は手を伸ばし、テーブル越しの凛の左手をそっと握った。


「大丈夫だよ。凛ちゃんがクリーム苦手なら、私が全部食べてあげるから」


 未央の指は細長く、爪は丸く整えられている。

 彼女は凛の手の甲を優しく愛撫した。稀代の宝物を愛でるように。


「凛ちゃんが楽しければそれでいいの。凛ちゃんが一緒にいてくれるだけで……私、すごく幸せだから」


未央(裏):

『あぁ……凛ちゃんの手。』

『あったかい。生きてる凛ちゃん。』

『昨日は本当に怖かった……凛ちゃんからもらった大事な宝物、なくすところだった。』

『でも凛ちゃん、あんなに探してくれた。』

『やっぱり凛ちゃんは私を愛してるんだ。凛ちゃんは私の救世主(メシア)。』


 純度の高い、病的な依存。

 計算も陰謀もない。

 彼女の心声は、窒息しそうなほどの『愛』で満たされている。

 彼女は自分が凛に迷惑をかけているなど微塵も思っていない。心から、凛は光であり、自分はその光に寄り添わなければならない影だと信じている。


「なによそれ、大げさな」


 凛は手を振り払うことはせず、困ったように笑い、空いた手で紅茶を飲んだ。

「友達なんだから、付き合うのは当たり前でしょ」


 依然として心声はない。

 凛の表情には一点の綻びもない。

 彼女は『頼れるお姉さん』の役割を完璧に演じ、目の前の脆弱な少女を包み込んでいる。


「あ、そうだ凛ちゃん! これ見て!」


 未央は何かを思い出したように、足元の紙袋から恭しく綺麗な包装箱を取り出した。


「さっきデパートで買ってきたの! 凛ちゃんへのプレゼント!」


 彼女は箱を開けた。

 中に入っていたのは、淡いピンク色の、リボンとレースがふんだんにあしらわれたワンピースだった。

 明らかに凛が着る系統の服ではない。凛はクールな中性的なファッションを好む。それに、あのブランドロゴを見る限り、値段は決して安くないはずだ。


「……え?」


 凛が固まり、ティーカップを持つ手が止まった。


「これ……エムズグレイシーの春夏新作じゃん? 高いでしょ?」


「うん! だってこれ、絶対凛ちゃんに似合うと思ったから!」


 未央の瞳はキラキラと輝き、頬は興奮で紅潮していた。


「凛ちゃんがこれを着たところが見たいの……きっとお姫様みたいに可愛いよ。世界で一番可愛いものを、凛ちゃんにあげたいの」


未央(裏):

『早く着て、凛ちゃん。』

『これは私が選んだ色。私の好きなデザイン。』

『凛ちゃんが私の色に染まるところが見たい。』

『これを着てれば、誰が見ても凛ちゃんは私の友達だって分かる。』

『お金なんてどうでもいい。凛ちゃんのためなら、なんでもいいの。』


 重く、自己中心的な愛。

 凛の好みなど一切考慮せず、ただ一方的に自分の美学と欲望を凛に投影しているだけだ。

 凛はその服を見つめ、わずかに眉をひそめた。


「未央、私こういうフリフリなのは着ないって知ってるでしょ……」


「でも……」


 未央の目元が瞬時に赤くなった。涙が、まるで最初から準備されていたかのように溢れてくる。


「これ買うために、すごく並んだんだよ……凛ちゃんが着たら絶対素敵だと思って、だから……」

「凛ちゃん……嫌い? 私の余計なお世話だった? ごめんね……私、バカだから……」


 声が震え出し、「今にも壊れそう」な儚さがテーブル全体を支配した。


未央(裏):

『拒絶しないで。』

『お願いだから、拒絶しないで。』

『いらないなら、この服を切り刻む。いや、私自身を切り刻む。』

『なんで凛ちゃんは私の気持ちを分かってくれないの? 凛ちゃんをもっと可愛くしたいだけなのに。』


 制御不能になりかけたその場を前に、凛は小さく溜息をついた。

 怒りも、呆れもない。心の中で『めんどくせぇ』と毒づくことさえしなかった。

 彼女はただプログラムのバグを処理するように、迅速に最適解を出力した。


「……分かった」


 凛は自分の財布を取り出した。


「服はもらう。私も……結構好きだし」


「本当?!」未央が破顔した。


「でも、お金は私が払う」


 凛の口調が少し強くなった。それは彼女が『対等な友人』であろうとする、最後の、微かな抵抗だった。


「高すぎるよ。こんな高いのもらっちゃったら、対等に付き合えない。だから、お金は払わせて。ね?」


 未央はしばらく凛を見つめた。


未央(裏):

『凛ちゃん……カッコいい。』

『こういう強がりなところも大好き。』

『あげたいけど……凛ちゃんがそう言うなら、言うこと聞いてあげようかな。』

『どうせ着てくれればいいし。凛ちゃんが、私のあげた物を身につけていてくれれば、それでいいんだ。』


「分かった……凛ちゃんには敵わないなぁ」


 未央は妥協し、蕩けるような甘い笑顔を見せた。


「凛ちゃんがそこまで言うなら、いいよ」


「ふぅ……」


 凛は安堵の息を吐き、少し擦り切れた財布を開いた。

 出費は痛いが、金を払えば境界線は引ける。『対等な友人』という最低ラインは維持できる。


「で、これいくら?」


 凛は財布を開きながら何気なく尋ねた。

 彼女の感覚では、高校生が買う服など、せいぜい一万数千円程度だと思っていたのだろう。

 未央は瞬きをし、手柄を自慢するかのような明るい口調で答えた。


「これ今季の限定モデルなんだけど、会員カード使ったからすごくお得だったよ!」


《《「四万二千円!」》》


 カチャ。

 凛の指が空中で止まった。

 空気が凝固した。


「……え?」


 凛の表情が一瞬空白になった。「よん……いくら?」


「四万二千円だよ」


 未央は無邪気に繰り返した。その数字が一般的な高校生にとって何を意味するのか、全く理解していないようだ。


「安いでしょ? 定価だと六万超えるんだよ!」


凛(裏):

『……は?』

『よんまんにせん!?』


 出た。

 ずっと死んでいた単一音声(モノラル)が、金銭的衝撃によってようやく再起動した。

 凛は満面の笑みの未央を見つめ、次に自分の財布に入っている数枚の千円札を見つめた。

 口元が引きつっている。それは理性が現実と激突した後の生理反応だ。


 断りたい。

 「誰が買えるかそんなもん!」と叫びたい。

 だが、未央の『安くしといてあげたよ』という期待に満ちた目を見ると、言葉が喉の奥で詰まって出てこない。

 買わなければ、未央は間違いなく「いいよ、あげる」と言うだろう。そうなれば巨大な『借り』を作ることになる。

 だが、買うとなれば……。


 凛の手が震えている。


「……あのさ、未央」


 凛の声は、砂を噛んだように乾ききっていた。


「私今……そんなに持ち合わせないんだけど」


「え? じゃあどうする? やっぱり凛ちゃんにあげるよ?」


 未央は小首をかしげた。

 凛は深呼吸をし、泣き顔よりも悲痛な笑顔を浮かべた。

 それは彼女が『姉御肌』として保てる最後の尊厳であり、最も惨めな妥協だった。


「……分割払い、いいかな?」


 彼女は辛うじてその単語を絞り出した。


「とりあえず一万払うから……残りは、三ヶ月かけて返す……いい?」


凛(裏):

『殺してくれ。』

『なんで好きでもないフリフリの服のために、三ヶ月も借金背負わなきゃなんないの?』

『これから三ヶ月、霞食って生きるしかない……』

『スイッチのソフトも……漫画も……全部終わりだ。』


 この世の終わりのような顔をする凛を見て、未央は逆に何か嬉しいことでも聞いたかのように、さらに甘く微笑んだ。


「もちろんいいよ!」


 彼女は嬉しそうに手を叩いた。


「本当は返さなくてもいいんだけど……凛ちゃんのお願いなら、聞くしかないね」


未央(裏):

『やった。』

『これで凛ちゃん、これから数ヶ月はずっと私にお金返すこと考えなきゃいけないんだ。』

『直接あげるつもりだったけど、こっちの方がいいかも。』

『毎月会って、毎月お金を返す。これってまるで……離れていても、私が凛ちゃんの生活を支配してるみたい。』

『たった四万でこんな絆が買えるなんて、安すぎるよ。』


 窒息しそうな支配の論理。

 凛は一万円札を数えて渡し、その動作は錆びついたロボットのようにぎこちなかった。


「……うん、一万円ね」


 彼女がそう言った時、その目は完全に死んでいた。

 僕はその光景を見ていた。

 心が血を流しているのに、歪んだ関係を維持するために借金を背負う凛。

 金を使って新たな鎖を編み、凛をより強く縛り付ける未央。


 これは友情ではない。

 無自覚な狩猟だ。

 未央は金になど興味がない。彼女が欲しいのは『凛が自分に借金がある』という事実だ。

 債務が存在する限り、凛は彼女の前で永遠に頭が上がらない。


理人(裏):『……不快だ。』


 胸の奥にある『混乱』という名の気団が、再び膨張を始めた。以前よりも激しく。

 たかが四万円のために絶望する凛の姿を見て、僕は単なる苛立ち以上の、そのふざけた領収書を引き裂いてやりたいという衝動に駆られていた。


 僕は手元の本を閉じた。

 参考書は手に入れたが、読む気になど全くなれない。

 この原因不明のシステム過熱(オーバーヒート)感は……一体なんなんだ。



【あとがき:四万二千円という名の鎖】


たかが四万、されど四万……。

高校生にとってこの金額は死刑宣告に等しいです。

しかも好きでもない服のために、これから毎月借金を返さなきゃいけないなんて……。


理人の論理回路も、この理不尽な状況にエラー(フリーズ)を起こしてしまいました。


**さて、この続きが気になる方へお知らせです!**


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【カクヨム版では、最新話を先行公開中!】


現在、コンテスト参加中のため、カクヨム版は「なろう」よりも【2話】先まで進んでいます!


カクヨム版ではすでに、

① 未央が本性を現す戦慄の「泥棒猫」発言

② ついに理人が動き出す「反撃」のターン

まで公開されています!


「このモヤモヤしたまま待てない!」

「早く理人に論破してほしい!」


という方は、ぜひ以下のリンクからカクヨムへ飛んで、続きを読んでみてください!

(そして、ついでに**★で応援**していただけると、作者が泣いて喜びます!)


カクヨム版(続きはこちらから!)

https://kakuyomu.jp/works/822139840331926779

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なろう版も毎日更新していきますので、引き続きお付き合いください!

明日は19:10に更新予定です。

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