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【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
『嘘(くうき)』だらけの教室と、聖女の仮面の剥がし方

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21/102

空が青い理由と、入部届

 放課後の掃除時間。


 当番に当たっていた僕は、普段より二十分遅れて教室を出ることになった。


 ゴミ捨てから戻った際、教室の後ろのドア付近で動きがあった。


 女子Aが鞄を背負い、星野千夏の前に立ちはだかっていた。


「本当に行かないの? 今日は隣のクラスのイケメンも来るんだよ?」


 女子Aの声には、隠しきれない苛立ちが混じっていた。


星野千夏(表):「ごめんね、最近ちょっと家が厳しくて……門限過ぎると怒られちゃうから」


星野千夏(裏):『行きたくない。噂話とコスメの話しかしない集まりなんて、今の私にはしんどすぎる。』


 千夏の拒絶には依然として慣性的な媚びが含まれていたが、その態度は以前よりも遥かに堅固だった。


 女子Aはしばらく彼女を凝視していたが、最後には肩をすくめた。


「あっそ。いい子ちゃんぶっちゃって」


 口ではそう言ったが、背を向けた瞬間の心声は極めて刺々しかった。


『何様だよ。最近付き合い悪いし、マジしらける。』


 千夏は安堵の息を吐いたようだった。


 彼女は鞄を整え、顔を上げた時、ちょうど入り口に立っていた僕と視線が合った。


 彼女は何も言わず、すぐに目を逸らし、鞄を抱えて誰よりも早く教室を出て行った。


 向かった先は、特別教室棟だ。


 ……


 二十分後。


 僕は気象観測部のドアの前に到着した。


 その人影は、やはりそこにいた。


 鍵を持っていないため、廊下でただ立っているのではなく、屋上へと続く外階段の踊り場の手すりに寄りかかり、頭上を仰いで、静かに空を見ていた。


 風が彼女の前髪を揺らし、窓から射す陽光が横顔を照らしている。まるで静止した油絵のようだ。


 僕の足音を聞き、彼女が振り返った。


 どこか虚ろだった瞳に瞬時に焦点が戻る。そこには安堵と、僅かな緊張が混ざり合っていた。


「……遅い」


 彼女は小さく不満を漏らした。まるでここで一世紀も待っていたかのような口ぶりだ。


「当番の職務にはゴミ捨てと黒板掃除が含まれる。必要な物理的時間消費だ」


 僕は鍵を取り出し、錆びついた鉄扉を開けた。


「入れ」


 ベランダを通り、部室に入る。中には相変わらず、古びていて、どこか安心感を誘う匂いが充満していた。


 千夏は慣れた手つきでボロい回転椅子を引き、鞄を置いた。


 僕は部屋の隅にある長机へ行き、電気ケトルのスイッチを押そうと手を伸ばした。


 だが、千夏が突然、僕とケトルの間に割って入った。


「あの、私にやらせて!」


 彼女は両手を後ろに組み、瞳を輝かせていた。


「インスタントだけど、淹れ方には自信あるんだよ。前の夏休み、結構こだわってるカフェでバイトしてたから」


『ただ座ってるだけじゃ申し訳ないし。』


『役に立つところを見せないと! 「プロ」のテクニック、見せてあげるから!』


「……ただの粉末だぞ」


 インスタントコーヒーに技術が必要なのか甚だ疑問だったが、すでにカップを手に取り、カップの温めまで始めようとしている彼女の気迫に押され、僕は譲歩を選択した。


「そこまで言うなら、好きにしろ」


「任せて!」


 千夏は鼻歌交じりに作業を始めた。


 確かに、僕の「湯を入れる、粉を入れる、振る」という乱暴なプロセスよりは、遥かに優雅な手際だ。


 彼女はまず少量の湯で粉を溶き、それからゆっくりと湯を注ぎながらスプーンで優しく攪拌し、水面の泡立ちまで確認しているようだった。


 二分後。


 彼女は僕の専用マグカップを両手で捧げ持ち、恭しく僕の前に差し出した。


「はい、どうぞ。星野特製・黄金比率インスタントブラックです」


 彼女はテーブルの横に立ち、少し身を乗り出して、大きな瞳で僕をじっと見つめていた。


 その瞳孔には「早く褒めて、早く褒めて」という期待の文字が書かれている。


 僕はカップを持ち上げ、一口飲んだ。


 液体が舌先を流れ、食道へと落ちていく。


「どう?」千夏が待ちきれない様子で尋ねた。


 僕はカップを置き、脳内で過去の味覚ログを検索し、詳細な比較分析を行った。


 温度:92度(適温)。


 苦味:標準。


 酸味:標準。


 カフェイン摂取効率:変化なし。


「僕の味覚センサーからのフィードバックによれば」


 僕は彼女を見据え、最も客観的な評価を下した。


「僕が普段作成しているサンプルと比較して、化学組成は完全に一致している。口当たり、覚醒効果ともに誤差の範囲内であり、有意な差は認められない」


「……は?」


 千夏の笑顔が凍りついた。


「違いがない? そんなわけないじゃん! 注湯速度も攪拌周波数も制御したのに!」


『こいつの舌、絶対壊れてる!』


『なにが誤差の範囲内よ? 風情のかけらもない!』


『一言くらい「美味しい」って聞けると思ったのに……ムカつくー!』


「事実だ」僕は記録ノートを開いた。「インスタントコーヒーの上限値ポテンシャルは工業生産ラインによって決定されている。人力で物理的限界を突破することは不可能だ」


「それはあんたが分かってないだけ!」


 千夏は頬を膨らませて背を向け、鞄から自前の猫柄のマグカップを取り出すと、自分用の一杯を作り始めた。


 今度はテクニックなど無視し、牛乳を半パックもドボドボと注ぎ、さらにスティックシュガーを三本も破って投入した。


「これこそ人間が飲むべきものよ」


 彼女はその糖度過多の特製カフェオレを一口飲み、至福と鬱憤晴らしの混じった表情を浮かべた。


「ん〜っ、美味しい! やっぱ糖分こそ正義。あんたみたいに苦い泥水しか飲めない味覚音痴には一生分からないわよ」


 口では僕を音痴と罵っているが、聞こえてくる心声の波形は、本気で怒ってはいない。


 むしろ、こうして遠慮なく軽口を叩き合うことで、より平穏でリラックスした状態へと移行している。


 彼女は湯気を立てるカフェオレを抱え、椅子に深く腰掛け、背もたれに身体を預けた。


 口論によって生じた室内の熱が、潮が引くようにゆっくりと退いていき、代わりにより長く、心地よい静寂が満ちていく。


 僕は向き直り、再び百葉箱と対峙した。ペン先が紙の上を走る音だけが響く。


 千夏はカフェオレを両手で包み込み、柔らかい椅子に沈み込んでいる。


 誰も喋らない。


 だが、無理に話題を探して埋めなければならないような、気まずい沈黙ではない。


 西日に照らされた狭い空間で、埃の粒子とコーヒーの香りが漂う空気は、特別に粘度が高く、緩やかに流れているようだった。


 時折吹く風が、古いアルミサッシを微かに震わせるが、それがかえって室内の静けさを際立たせている。


 僕は横目で彼女を盗み見た。


 スマホをいじるわけでもなく、ただ呆けているわけでもない。


 彼女はカップの温もりを手のひらで感じながら、普段は周囲の顔色を窺うことに忙しいその目を、今は瞬きもせず窓の外へと向けていた。


 そこには、広大な空が広がっていた。


 先日の低気圧が空中の不純物を持ち去ったのか、今日の大気は異常なほど透明度が高い。


 陽はすでに傾いているが、空は非現実的なほど深く、澄み渡った群青色ウルトラマリンを呈していた。頭上には巨大なサファイアが懸かり、遥か遠くの地平線だけが、淡い金色に縁取られている。


 彼女は長い間、何かの暗号を解読するかのように、その景色を凝視していた。


 その瞬間、彼女の心の中から雑音が完全に消滅した。


 未来への不安も、過去への後悔もない。ただ純粋に、眼前の圧倒的な景色を映し出す鏡のような静けさだけがあった。


 この静謐な空気は、僕にとっても意外なほど快適だった。


 どれくらい時間が経っただろうか。彼女が小さく息を吐き、白い吐息が薄暗い空気の中に溶けた。


「ねえ、霜月くん」


 彼女の声はとても小さく、静寂を壊すのを恐れているようでもあり、単なる独り言のようでもあった。


「なに?」僕はペンを止めた。


「どうして今日の空は……こんなに青く見えるのかな」


 何気ない口調だ。


 ただ天気の良さに感嘆しただけかもしれないし、空白を埋める話題を探しただけかもしれない。


 だが僕の論理において、質問とは解を求める行為だ。


 僕は窓の外を一瞥した。


「太陽高度角の変化によるものだ」


 僕は抑揚なく答えた。


「黄昏時に近づいているが、今日の大気透明度は極めて高く、エアロゾル濃度が低い。太陽光が大気層を通過する際、波長の短い青紫光がレイリー散乱を起こしやすくなっているため、君の網膜には青の信号が強く届いている」


「……」千夏はぽかんとした。


 彼女は数回瞬きをして、それから「ぷっ」と吹き出した。


「あはは……やっぱり」


 彼女は笑いながら首を振った。


「私が聞きたかったのはそういうことじゃないけど、その教科書みたいな答え……本当に霜月くんらしいね」


『ほんと、木石ぼくせきみたいな人。』


『でも……不思議。なんの感情も混じってない説明だからこそ、逆にすごく気が楽になる。』


「文学的な修辞表現を求めているなら、図書室で詩集を探すことを推奨する」


 僕は再び視線を落とした。


「ここには物理学しかない」


「はいはい、物理学マスターさん」


 千夏は机に突っ伏し、顔だけこちらに向けて、口元の笑みを消さなかった。


 そのリラックスした雰囲気は、彼女をようやく、年相応の女子高生らしく見せていた。


 その時だった。


 ドアの方から、気だるげな欠伸あくびの音が聞こえた。


「……あーあ、しんど。あの教頭の説教、円周率より長えよ」


 ドアを開けて入ってきたのは、疲労困憊の佐伯涼子だった。


 相変わらずトレードマークの棒付きキャンディを咥えている。椅子に倒れ込もうとした彼女は、千夏の姿を認めて動きを止めた。


「……お?」


 佐伯先生は片眉を上げ、僕と千夏を交互に見た。


「珍客だな。B組の優等生委員長じゃないか」


 千夏も驚いて慌てて立ち上がり、頭を下げた。


「さ、佐伯先生! お邪魔してます!」


『わっ、佐伯先生だ!』


『いつもやる気なさそうで、校則違反も見逃すけど、みんなからは好かれてる先生……』


『ヤバい、こんなとこにいたら……怒られる?』


 佐伯先生は手をひらひらさせ、座るように促した。


「そんな硬くなんなくていいよ。ここは職員室じゃねえんだから」


 彼女は自分の席に行き、千夏の机の上の牛乳と砂糖、そしてデータを記録している僕を見た。


「どうやら、ロボットしかいなかったこの部活に、ようやく人間が一人混ざったようだな」


 佐伯先生は意味深にニヤリと笑った。


「どうした? 霜月もついに色気づいたか? これがいわゆる『アオハル』ってやつ?」


「誤解を招く表現は控えてください」


 僕は淡々と反論した。


「彼女はサンプルAです。現在長期観測状態にあり、時折ここへデータ交換に来ているだけです」


「……サンプルA?」


 千夏はカップを持ったまま小さく呟き、眉をひそめて怪訝な顔をした。


星野千夏(裏):


『なにその変な呼び方? 私、実験用マウスかなんかなの?』


『それに「データ交換」って何……まさか私が牛乳と席を交換したこと?』


『こいつの脳回路、やっぱり理解不能……』


 内心では文句を垂れ流しているが、僕の物言いに慣れてきたのか、彼女は呆れたようにため息をついただけだった。


「サンプルAねえ……」佐伯先生は呆れ顔をした。「お前は相変わらず可愛げがないな」


 彼女は千夏に向き直り、大人特有の見透かすような目をした。


「でもまあ、星野。ここが気に入ったなら、いつまでも『お客様』でいるよりさ……」


 佐伯先生は引き出しから皺くちゃの紙を取り出し、テーブルに放った。


「いっそ入部届、書いちゃえば?」


「ちょうどいいだろ。こいつは根暗すぎて空気が澱むから、正常な人間の中和剤が必要なんだよ。それに四人揃えば、部費増やしてコーヒー豆のランク上げられるしな」


「え? 入部?」


 千夏はその紙を見て、固まった。


『入部……』


『ここに入れば……堂々とここに避難できるってこと?』


『でも……そんなことしたら、玲奈たちがもっと怒るんじゃ……』


『でも……』


 彼女は迷っている。


 「既存のコミュニティからの完全な離脱」への恐怖と、「居場所」への渇望との間での綱引きだ。


「急いで答えなくていいよ」


 佐伯先生は彼女の葛藤を見抜いたように、新しいキャンディの包み紙を破った。


「この紙はここに置いとく。外の空気が吸いづらくなって、酸素ボンベが欲しくなったら、いつでも書けばいい」


 千夏はその紙を見つめ、長い間沈黙していた。


 最終的に、彼女は書かなかった。だが、拒絶もしなかった。


 彼女は丁寧にその紙を折り畳み、自分のノートに挟んだ。


「……ありがとうございます、先生。ちゃんと……考えます」


 夕陽が完全に沈んだ。


 気象観測部の中に、コーヒーの香りと、ページをめくる音、そして時折交わされる雑談が、一種の「日常」という名の旋律を奏でていた。


「空が青い理由」を物理学で語る理人。

ロマンチックのかけらもありませんが、今の千夏ちゃんには、その嘘のない言葉が一番の癒やしかもしれません。


**★本日は第一部完結に向けて、このあと【第26話】まで一気に6話更新します!**

クライマックスまでお付き合いください!


次は**【本日 14:10】**に更新します!

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