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【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
『嘘(くうき)』だらけの教室と、聖女の仮面の剥がし方

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20/102

距離感バグのサッカー馬鹿 ~俺のATフィールドが無効化される件~

 翌朝。


 二年B組の教室に足を踏み入れた時、「空気」という名のデータストリームは依然として揺らいでいたが、僕が想定していたような劇的な化学反応は起きていなかった。


 僕は窓際の席へ行き、腰を下ろした。


 鞄をフックに掛けた直後、前の席の背中が猛烈な勢いで回転してきた。


 運動部特有の、制汗スプレーの匂いを伴って。


「よう霜月! おっはよー!」


 田中だ。昨日初めて会話したばかりだというのに、まるで十年越しの親友のような口調で挨拶をしてくる。


「……おはよう」


 僕は基本的な社交儀礼に基づき、短く応答した。


「なあなあ、折り入って頼みがあるんだけどさ」


 田中は両手を合わせ、模範的な「おねがいポーズ」をとった。顔には媚びるような笑顔が張り付いている。


「坂本ちゃんの数学の宿題、ちょっと見せてくんない? 昨日部活が長引いてさ、帰って即行で爆睡しちまって。一限目チェックなんだよ、助けてくれー!」


『ヤベエヤベエ! あの「鬼の坂本」は宿題忘れに一番厳しいんだよな……バレたら絶対廊下で立たされる。』


『霜月なら真面目にやってそうだし……ちょっと怖いけど、頼むだけならタダだし!』


 僕は彼を見た。


 打算もなければ、「俺たち友達だろ?」といった虚偽の話術による道徳的脅迫モラル・ハラスメントもない。


 あるのは純粋な、怠惰が生んだ生存の危機だけだ。


「断る」


 僕は平坦かつ断固として却下した。


剽窃ひょうせつ行為はアカデミック・オネスティに反するだけでなく、校則違反だ。加えて、君の知識習得には何の寄与もしない。非効率かつ誤った損切り(ロスカット)だ」


「うわっ! ド正論!」


 田中は目に見えない弾丸を食らったかのように、大げさにのけ反った。


 だが、彼は怒らなかった。


 他の人間のように、「ケチくさい」という表情も見せなかった。


「ハハッ、やっぱダメかー! まあそりゃそうだよな、お前、鬼塚にも噛み付くくらいのガチ勢だもんな」


 彼は頭をガシガシと掻き、実に爽やかに諦めた。


「しゃーない、今日は『廊下の守護神』になる運命か。坂本ちゃんの機嫌が良いことを祈るしかねえな」


『やっぱ断られたか。ま、当たり前か。』


『こいつ、堅物だけど意外とスジ通ってるよな。』


 彼は前を向き、教科書を漁り始めた。口元では知らない流行歌をハミングしており、迫り来る処罰など全く気にしていない様子だ。


 僕は彼の背中を見つめた。


 異常データだ。


 拒絶されても負の感情(怨恨、気まずさ)が発生せず、感情的な揺さぶりもかけてこない。


 この「断られても気にしない」という鈍感力、そして根拠のない馴れ馴れしさ(距離感のバグ)は、顔色を窺うことだけに特化したこの教室において、異質ですらある。


 だがそれ故に、僕の中での彼に対する分類タグは、「路人モブ」から「無害な生物」へとわずかに上方修正された。


 この小さな挿話を処理した後、僕はいつものように、視線を観測対象へと向けた。


【観測対象:サンプルA(星野千夏)】


 彼女は教室の反対側の席に座っている。


 表面的には、平常運転だ。


 周囲の女子と談笑し、顔には微笑みを浮かべている。


 だが、継続的な観測者オブザーバーである僕は、データの偏差ズレを鋭敏に感知していた。


「千夏、このノートの束、教員室に持ってってくんない? ちょうど日誌出しに行くでしょ?」


 昨日の女子Aが近づいてきて、重そうなノートの山を無造作に千夏の前へ押しやった。


『フン、昨日はよくもドタキャンしてくれたわね。』


『今日は分からせてやる。誰が主導権を握ってるのか。早く受け取りなよ、いつもみたいに笑顔で「いいよ」ってさ。』


 明白な試金石であり、懲罰だ。


 以前なら、千夏はこの瞬間に受け取り、「うん、いいよ」という承諾の言葉を付加していただろう。


 反応時間は約0.1秒。脊髄反射レベルだ。


 しかし、今日。


 千夏はノートの山を見つめ、その視線が一瞬凝固した。


『……また?』


『私だって忙しいのに……自分で持ってけば二分で終わるのに。』


『霜月くんの言ってた……これが、マイナス収支。』


『断らなきゃ、ずっとこのまま……』


 彼女の手が、空中で止まった。


 わずか1.5秒。


 凡人の目には単なる呆けに見えるだろうが、僕の観測において、これは巨大なシステム遅延レイテンシだ。


 新しい論理(拒絶)が、古い慣性(服従)と激しく衝突している証拠だ。


「……千夏?」女子Aが片眉を上げ、声に苛立ちを滲ませた。「なに? 嫌なの?」


 その催促の声で、千夏は弾かれたように我に返った。


 古い慣性が、辛うじて新しい論理をねじ伏せたのだ。


「あ……ううん、平気」千夏はノートを受け取った。笑顔の硬直度は以前より5%増している。「ちょうどついでだし。任せて」


女子A(裏):『チッ、何ボサッとしてんのよ。』


『受け取ったけど、なんか最近あいつ変……あの目、なんかムカつく。』


 結果は変わらなかった。


 だが、あの「1.5秒の遅延」こそが、星野千夏が慣性から脱却しつつある兆候サインだ。


 ……


「おい、霜月」


 前の田中が突然また振り返った。先ほどの僕の拒絶など完全に無視し、苦悩に満ちた顔で教科書を指差している。


「写すのがダメならさ、教えてくんね? この問題……『xを正の整数とする』って……これ一体どういう意味? サッカー用語で説明してくれね?」


 僕はため息をついた。


 どうやら千夏の崩壊を観測する前に、まずこの単細胞生物の補習問題を解決しなければならないらしい。


「xを、お前たちのゴールキーパーだと仮定しろ……」


「おお! 分かった!」


 田中のパッと輝いた顔を見て、僕は認めざるを得なかった。


 あちら側の、いつ爆発してもおかしくない女子グループに比べれば。


 こちらの「空気」は汗臭く、馬鹿の匂いが充満しているが、確かに……「人間」があるべき単純さに満ちている。



「距離感バグのサッカー馬鹿」、田中くん初登場です。

ギスギスした教室の中で、彼の存在は清涼剤ですね(笑)。理人ともいいコンビになりそうです。


そして千夏が見せた「1.5秒の遅延」。

結果は変わりませんでしたが、これは彼女の中で「拒絶」のプログラムが起動し始めた証拠です。


本日の更新はここまでです!

一気読みにお付き合いいただき、ありがとうございました!


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明日は**【12:10】**に更新予定です!

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