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【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
『嘘(くうき)』だらけの教室と、聖女の仮面の剥がし方

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白衣の天使の「黒い本音」と、嘘をつかない「天敵」の妹

数秒後、病室のドアが開いた。


 入ってきたのは、先ほど激昂していた担任ではなく、若い女性の看護師だった。マスクをしていて表情は伺えないが、三日月のように細められた目は、彼女が穏やかに微笑んでいることを示唆していた。


「霜月くん、ナースコール押した? どこか具合悪い?」


 まるで壊れ物を扱うかのような、優しい声音。


 しかし、その声が鼓膜を震わせると同時に、もう一つの声が――より低く、早口で、苛立ちに満ちた声が、僕の脳内に侵入してきた。


『……マジうざい。あと五分で休憩だったのに。どうせ肋骨やっただけの軽傷でしょ? 寝たきり老人じゃあるまいし、いちいちコールすんなよ……』


 僕は彼女を見つめる。


 ベッドの足元に立つ彼女は、変わらず三日月の目で笑っている。


 口は動いていない。


 だが、声は聞こえている。


 常人であれば、統合失調症か、あるいは霊現象を疑う場面だろう。


 だが、僕は違う。


 僕の脳は瞬時に論理モジュールを起動し、現状の解析を行った。


 担任の声が聞こえた時、彼はすでに室内にいなかった。


 現在聞こえている看護師の声は、彼女が口述した内容と完全に矛盾しているため、単純な「幻聴による反復」は除外される。


 その余分な声には、極めて個人的な感情とプライベートな情報が含まれている。


 結論は一つ。僕は「彼らが口に出していない言葉」を聞き取っている。


 超能力? 脳波受信異常?


 原因は不明だ。


 だが重要なのは「なぜか」ではなく「現状そうだ」という事実のみ。


 起きてしまった以上、受け入れるしかない。


「気が狂ったかもしれない」と喚くより、この新機能の精度を確認する方が優先だ。


「どうしたの? じっと見て」


 僕の視線に居心地が悪くなったのか、看護師が無意識にマスクの縁を触る。


『……なんなのこの目。あー、上級生の腕を折ったっていう不良か。陰気くさくてキモ。因縁つける気じゃないでしょうね?』


「シーツが汚れました」僕は布団に付着した唾液の痕跡を指差した。「さきほどの男が撒き散らしたものです。この上で寝るのは不快なので、交換してください」


 看護師の視線が、僕の指先に向けられる。一瞬、その目が凍りついた。


『は? それだけ? たかが数滴の唾で? ティッシュで拭けばいいじゃん。めんどくさ……』


 脳内では盛大に毒づいているが、彼女の口からは正反対の音声が出力された。「あら、本当。確かに不衛生ね。分かったわ、すぐに新しいの持ってくるから待ってて」


 彼女は手際よく棚からリネンを取り出し、僕に起き上がるよう促す。


 肋骨の鈍痛に耐えながら、僕は体を横に向けた。


 人間とは、なんと複雑な生物なのだろう。


 彼女が手慣れた様子でベッドメイキングをする間も、僕の脳内には、彼女の彼氏への愚痴、今日のランチの唐揚げ定食への執着、そして僕への嫌悪感がループ再生されている。


 こんな「裏表」のある操作オペレーションをしていて、疲れないのだろうか?


 やりたくないなら、僕が面倒なら、笑顔など作らずにそう言えばいい。


 不快なら、はっきり言うか、拒絶すればいいだけではないか?


「はい、終わり」


 看護師は腰を伸ばし、枕をパンパンと叩いた。依然として、プロフェッショナルな微笑みを崩さない。「他に用事はある? ないなら戻るけど」


『無いって言え。早く無いって言え。腹減って死にそう。唐揚げ定食が売り切れたらどうしてくれんのよ、この暴力男』


 彼女の心のノイズが、僕の脳幹を直接殴打するようで頭が痛い。


 彼女はそんなに食事に行きたがっていて、かつ僕を嫌っている。ならば、彼女の時間を節約し、ついでに僕への精神攻撃ノイズを停止させるために、手助けをする必要があると感じた。


 そこで僕は、彼女の目を真っ直ぐに見て、平坦な口調で提案した。


「食堂に行っていいですよ。それと、僕のことがそんなに嫌いなら、次は無理に笑わなくていいです」


 ワゴンの整理をしていた看護師の手が、ピタリと止まった。彼女が振り向く。その目には驚愕の色が浮かんでいた。


「……え?」


「大好物の唐揚げ定食を食べに行けばいいと言ったんです」僕は出口を指差した。「それと、あなたの心の声はうるさすぎます。僕を『キモい』『暴力男』と罵りながら、表面では心配するふりをする。その矛盾した行動は表情筋の不自然な歪みを引き起こしています。僕の担当が嫌なら変更を申請してください。僕は構いませんので」


 死寂。


 今回の沈黙は、先ほどの担任の時よりも徹底的だった。


 看護師の瞳孔が激しく振動している。彼女はまるで未知の恐怖生物を見るような目で僕を見ていた。張り付いていた職業用マスク(ペルソナ)が、音を立てて崩れ落ちていく。


『……なんで? なんで心の中で罵ってたことがバレてるの? 変質者……こいつ絶対ヤバイ奴だ!』


 嫌悪よりも鋭い、恐怖という名の感情が彼女の内側から溢れ出す。


「変質者ではありません」僕は説明を試みた。「あなたの声が、勝手に入ってくるだけです」


 だが、その事実は逆効果だったようだ。


「あんた……頭おかしいんじゃないの!?」


 看護師の声が裏返った。彼女はワゴンもそのままに、まるで疫病神から逃げるように後ずさりし、転げるように病室を飛び出していった。


 廊下を走る足音と共に、パニックになった彼女の絶叫が脳内に響いてくる。『師長に報告しなきゃ! 部屋変えてもらう! こんなキチガイの担当なんて無理! 怖すぎる!』


 また、取り残された。


 病室には静寂が戻ったが、空気には「決定的な失敗エラー」の重苦しさが漂っている。


 僕は理解できずにドアを見つめた。


 僕は彼女の希望通りにしたはずだ。


 彼女は飯を食いたい、僕を嫌っている。だから行っていい、演技をしなくていいと言った。これは双方にとって最高効率の解決策ソリューションだったはずだ。


 なぜ彼女は逆に怒り、恐怖した?


「人間は……」


 清潔になったシーツに横たわり、目を閉じる。


「……やはり、理解不能だ」


 この『読心』という新機能は、僕が想像したような、世界を理解する説明書マニュアルにはなり得ないらしい。


 それどころか、人生の難易度ゲームバランスを『ベリーハード』に書き換えるバグだったようだ。


 ◇


 看護師が逃走し、病室は物理的な静寂を取り戻した。


 だが、その安らぎは長くは続かなかった。


 およそ五分後、病室のドアが再び開かれた。


 ノックも、ドアノブを回す躊躇いもなく、ドア板が勢いよく押し開けられ、戸当たりのゴムに激突し、バンッという乾いた音が響く。


 入ってきたのは、僕と同じ高校の制服を着た少女だった。リボンの色は下級生のものだ。


 彼女には見舞客特有の心配そうな表情は一切ない。むしろ、刺々しいほどの存在感を放っている。校則違反ギリギリまで短くしたスカート、スクールバッグには流行りのアクリルキーホルダーが何個もぶら下がり、歩くたびにジャラジャラと音を立てた。


 霜月凛しもつき りん。生物学上、僕と50%の遺伝子を共有する個体だ。


 似ているのは顔の基本構造ベースくらいだろう。


 しかし表現形式は正反対だ。


 僕は表情筋の扱いが下手で、視線は常に焦点が合っていないか待機状態で、周囲からは「死んだ魚の目」や「深淵」と呼ばれる。対して彼女は違う。目は大きく明るく、常に強い光を宿し、研ぎ澄まされたナイフのように鋭い。見つめられると、内心を見透かされているような錯覚に陥る目だ。


 今、その「ナイフ」が病室の空気を切り裂き、僕の全身をスキャンし、最後にギプスで固定された左腕で止まった。


 彼女はベッドサイドまで歩み寄ると、ソファに鞄を放り投げた。


「肋骨二本に、左腕の骨折」彼女は口を開いた。損害データを読み上げるような、怜悧な声だった。「あんたバカなの? あんな価値のないクズのために、自分の体を壊して」


 僕は無意識に身構えた。


 先ほどの担任と看護師のデータから推測するに、こうした攻撃的な発言には、必ず『本音』という名の別音声トラックが付随する。


 悪意、嘲笑、あるいは正反対の含み。それらが脳に過負荷オーバーロードをかけるように強引に侵入してくるはずだ。論理的に推測すれば、彼女が口で「バカ」と言えば、脳内の副音声では『心配した』『痛くないか』あるいは『死ねばいいのに』といった補足説明が流れるはずだ。


 しかし。一秒。二秒。


 何も起きない。


『……あんたバカなの? あんな価値のないクズのために、自分の体を壊して』


 二秒遅れて認識したのは、彼女の思考(本音)だった。


 声がないのではない。彼女の心の声は、口から出た音声信号と、内容も、口調も、さえも、完全に一致していたのだ。まるで同一の録音データを二つのチャンネルで同時再生し、完璧な位相の重なり(フェーズ・シンク)を実現しているかのように。


 雑音ノイズがない。裏の意味がない。


 推測し、解読しなければならない感情の不純物が、一切ない。


「なに? 殴られて耳までイカれた?」反応のない僕に苛立ったのか、凛が片眉を上げ、顔の前で手を振った。爪に塗られた透明なネイルが、照明を反射して光る。


 同時に、脳内にも全く同じ音声トラックが響く。『なに? 殴られて耳までイカれた?』


「……いや」僕は答えた。それは安堵ではなく、この異常現象への驚きだった。「確認していただけだ。お前の言語出力と思考活動は、完全に同期している。これは稀有な例だ」


「は? やっぱり頭やってんじゃん」凛は椅子を引き寄せ、ドカッと座った。


 その直球の嘲笑は、不快ではない。検証の結果、それが「ただの嘲笑」であり、そこに「悪意」や「善意」という名の混ぜ物が含まれていないと分かったからだ。


 彼女は鞄からキャッシュカードを取り出し、サイドテーブルに叩きつけた。「今週の生活費と治療費」


「父さんと母さんは?」僕は尋ねた。


 この『遅延ゼロ(ロスレス)同期』の安定性を確認するため、僕は追加のデータを求めた。


 凛はコンビニで買ったミントタブレットを口に放り込み、ガリガリと噛み砕きながら明瞭に言った。「親父は『会社でそれなりの地位にいるのに、暴力沙汰を起こす息子の親だとバレたら昇進査定に響く』から来ないって。お袋は『あんたの反省のない死んだ目を見ると偏頭痛がするから、心身の健康のために聞いたことにする』ってさ」


 以前なら、この言葉にどれだけの「建前」が含まれているか、あるいは「ツンデレ」や「隠蔽」という名の修飾成分が含まれているかを論理モジュールで分析する必要があった。


 だが今は不要だ。これが生データ(Raw Data)だ。


 凛は間に「気遣い」というフィルターも、「焚き付け」というノイズも挟まない。ただ高忠実度ハイファイな伝送媒体として、あの両親の思考をそのまま転送してきただけだ。


「なるほど」僕は頷いた。「彼らの価値観と利益最大化の原則に基づけば、合理的な選択だ。ここに見舞いに来ても僕の骨折は治らないし、彼らの時間的コストと精神的リソースを浪費するだけだ。来ないのが正解だ」


 凛は僕を見て、またタブレットを噛み砕いた。未知の宇宙生物を観察するような、鋭く細められた目だった。


「ほんっと、救いようのない変人」彼女は立ち上がり、スカートの埃を払った。「あんたがやったことは間違ってないと思うけどね――私なら、あのいじめっ子の金的を直接蹴り上げてたし。でも、この社会じゃ『正解』が『正義』とは限らない。親があんたをあのアパートに放置するのも、そういう性格を直さないと、いつか取り返しのつかないことになるって分かってるからでしょ」


 彼女はドアノブに手をかけ、振り返らずに言った。


「それと。あんたのやり方は嫌いじゃないけど、学校で私のサポートは期待しないで。私もあの『空気』だらけの学校でサバイブしなきゃいけないの。『狂人の妹』なんてレッテル貼られたら迷惑だから」


 心声と発話が、再び完璧に重なる。彼女は保身というエゴイズムを、あまりに堂々と宣言した。


「賢明な判断だ」僕は評価した。


「チッ」凛は僕の反応がつまらなかったのか、舌打ちをして出て行った。


 部屋に再び静寂が戻る。


 僕はテーブルの上のキャッシュカードを見つめた。


 翻訳はいらない。推測もいらない。聞いたままが、そのまま真実。


 もし全人類が彼女のような『可逆圧縮ロスレス転送』を行えるなら、この世界のコミュニケーション効率は少なくとも300%は向上するだろう。それが、僕の霜月凛という個体に対する評価だ。


 そして、それに比べて――これから戻らなければならない、ノイズと不純物に満ちた外の世界が、いかに非効率で面倒な場所か。

読んでいただきありがとうございます!


嘘が通じない兄と、嘘をつかない妹。

ある意味、最強(最恐)の兄妹かもしれません。


もし「少しでも面白い!」と思っていただけたら、

**ページ下の【ブックマーク】登録をしていただけると嬉しいです!**


次は**【16:05】**に更新します。

(退院、そして学校へ……)

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