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【完結】読心術と物理法則で、青春の嘘を完全論破する ~空気を読まない怪物が、仮面の聖女を「論理的」に救うまで~  作者: こころよみ
『嘘(くうき)』だらけの教室と、聖女の仮面の剥がし方

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19/102

沈黙という名の「異常データ」 ~妹が隠したエラーコード~

 帰宅した時、時刻はすでに午後七時を回っていた。


 ドアを開けると、玄関の明かりが点いていた。


 どうやら、あの帰りたがらない「避難民」は、今日もここに居座っているらしい。


 僕は靴を脱ぎ、リビングに入った。


 霜月凛がソファにうつ伏せになり、ハーゲンダッツのカップを片手に、退屈なバラエティ番組を眺めていた。


「よっ、お帰り」


 彼女は物音に気づき、こちらを一瞥した。


 口調は軽快だったが、僕は彼女の目元に隠しきれない疲労の色と、床に置かれたスクールバッグの異変を鋭敏に捉えた。


 バッグの口が開き、中の教科書が乱雑にはみ出している。普段の彼女は無造作に見えて几帳面な性格であり、これは彼女の行動パターンと一致しない。


 僕は鞄を置き、ネクタイを緩めた。


「昨日は来なかったし、連絡もなかったな。何かあったのか?」


 僕は努めて何気なく尋ねた。


 これはあくまで、兄妹間の基本的な情報確認ステータスチェックだ。


 凛がアイスを掬う手が、一瞬止まった。


「あー……別に。友達とちょっとゴタゴタしてて、その処理してただけ」


 沈黙。


 僕は眉をひそめた。おかしい。


 凛の性格モデルに基づけば、彼女は絶対的な「言行一致」の人間だ。


 単なるトラブルなら、彼女の反応は「あーあいつマジうざい!」とか「学校マジ疲れた!」といった大声での愚痴になるはずだ。彼女は不満をストレートに言語出力するタイプであり、今のように言葉を濁すことはあり得ない。


 だが今回、その曖昧な「ちょっとゴタゴタ」の後、彼女は何も言わなかった。


 愚痴もない。説明もない。


 それどころか、心声さえもが空白だった。


 まるで信号伝送が突如として切断され、不気味なほどの死寂だけが残されたかのようだ。


「……そうか」


 僕は彼女を見たが、深追いはしなかった。


 システム異常バグは検知したが、彼女から救難信号(SOS)が発信されていない以上、僕に強制介入する理由はない。


 凛もまた、この話題に触れられることを拒んでいるようだった。


 彼女は素早く状態をリセットし、スプーンで僕を指差し、強引に話題を転換した。


「それより兄さん、あんた今、学校で有名人よ」


「あの『反逆のヒーロー』って何よ?」


「……その気持ち悪い呼び方はやめろ」


 僕はキッチンへ行き水を注ぎながら、彼女の話に乗った。


「それに、情報の伝播期間が長すぎる。あれは昨日の出来事だぞ」


「はあ? JKの情報網ナメすぎ」


 凛はいつもの早口に戻っていた。先ほどの一瞬の空白など、存在しなかったかのようだ。


「発酵には時間がかかんのよ。昨日はみんなビビってただけだけど、一日経って議論されて、あんたの評価が反転したの。今じゃ二年だけじゃなくて、私たち一年生の間でも噂になってるわよ」


 彼女はソファから起き上がり、背もたれに顎を乗せて僕を見た。その目には揶揄の色が戻っていた。


「『あの嫌な鬼塚を、正論でボコボコにして赤っ恥かかせた猛者がいる』ってね。しかも『教師のパワハラを論理的に指摘した』って尾ひれまでついてる。一年の女子数人があんたの連絡先知りたがってるわよ。『普段は無口だけど、いざとなったら女子のために身体を張る』っていうキャラ設定、まるで漫画のダークヒーローだってさ」


「それは彼女たちの認知バイアスだ。眼科の受診を推奨する」


 僕は水を飲み、キッチンカウンターに寄りかかった。


「僕は誰かのために身体を張ったわけでも、キャラを演じたわけでもない。あれは単なる、過失によるデータ損失に対する論理的修正デバッグだ」


「また出た。『帳尻合わせ』でしょ?」凛が笑った。


「その通りだ。僕の論理では、あれは等価交換の取引だ」


「はいはい、等価交換」


 凛は肩をすくめ、再びソファに寝転がり、天井を見上げた。


 しばらくの沈黙の後、彼女は不意に、独り言のように呟いた。


「でもさ、兄さん」


「理由が何であれ……結果として、あんたは彼女を救った」


「一昨日は私、あんたの目には人間が映ってないって言ったけど」


「昨日は……あんたは確かに彼女の困ってる姿を『見て』、そして選んだ。そうなんじゃない?」


 僕は凛の背中を見つめた。


「……そうかもな」


「すぐにあんたがまともな人間になれるとは思わないけど……今のあんた、少しだけ『人間臭く』なったわよ」


 彼女はスプーンを掲げ、乾杯するように軽く振った。


「その調子で頑張んな、バカ兄貴」


 そう言い終えると、彼女は壁の掛け時計を見て、残りのアイスを一気に平らげ、立ち上がった。


「さて、そろそろ帰らなきゃ。母さんから『ちょっと具合悪いから病院行きたい』ってLINEきたし。私がついててあげないと」


 彼女は鞄を掴み、玄関へ行き、靴を履いた。


 ドアを閉める直前、彼女は背中越しに手を振った。


「じゃあね」


 カチャリ。


 ドアが閉まる音。


 部屋に再び静寂が戻った。


 僕はキッチンに立ち尽くし、手の中のコップを見つめた。


 この二日間で起きた全てを反芻する。


 気象観測部で苦いコーヒーを飲んだ時の千夏の表情。佐伯先生の「慣性」理論。そして今、去っていった凛の背中。


 特に、凛のあの不自然な沈黙。


 彼女には明らかに何か悩みがあった。だが、言わないことを選んだ。


 単一音声モノラルの人間にとって、「言わない」という選択自体が、最大の異常データだ。


 僕はコップを置き、電気を消した。


 明日の学校は、また騒がしくなるだろう。


 次に訪れる制御不能な未来に対応するため、今はスリープモード(休息)が必要だ。

妹の凛、再登場です。

いつもはうるさいくらい喋る彼女が「沈黙」している。

理人の言う通り、これは明らかな異常事態バグです。


彼女が何を抱えているのか……それはもう少し先のお話。


**本日まだまだ更新します!次がラストです!**


次は**【本日 20:10】**に更新します。

(翌朝の教室。重苦しい空気をぶち壊す「あのバカ」が登場します)

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