第九十三話 束の間の休息
第九十三話
僕たち六人は、共用の部屋に戻った。
扉を閉めると、ようやくみんなの表情が“いつもの”色を取り戻す。
「……いやー……生きて帰ってくると、実感わくね……」
レオがベッドに倒れ込み、伸びをする。
「敵の動揺があったから抵抗もあってないようなものだったが……明日はそうはいかんだろうな」
アイゼンは肩を回しながら淡々と言う。
「でも、今日の連携は良かったと思うよ!」
アネッサが微笑むと、
「ええ……それに、私たちならまだまだ戦えるでしょう」
セラフィリアが静かに続けた。
「そうね……でもまだ……エリスは、強い」
クラリスは拳を握りしめる。
「ああ。今回はネレイアが受けてくれたけど……次は、僕たちも向き合わなきゃならないだろうね」
僕がそう言うと、みんなは一度息を吸って――頷いた。
話し合いは自然と反省点に移り、そして――一区切りがついたところで。
「とりあえず、ご飯にしない?お腹空いちゃった!」
アネッサが手を叩いた。
「うん、僕もお腹ペコペコだよ」
「……スープが飲みたいわ」
「肉を食いたいな」
「甘いもの……あるでしょうか」
「いや、みんなバラッバラじゃないか……」
でも、こういうやり取りが、心を軽くする。
笑いながら食堂へ向かい、腹を満たしたあと、
僕たちは早めに部屋へ戻った。
「明日も、きっと生きて帰ろう」
その言葉も誰が言ったか、もう覚えていない。
けれど――全員が、眠りに落ちる前に、確かにそう思っていた。
そうして夜は静かに更けていった。
side:アビス
玉座の間の空気がピンと張り詰めている。俺は苛立ちを抑えきれず、肘掛けに拳を叩きつける。
「奇襲……か。ふざけたことを……!」
振動が大理石に響き、侍る者たちの背筋が伸びる。ついでに、腹の底から怒気が湧き上がるのを感じた。侮られたというより、俺の領域を踏みにじられたような不快さだ。
隣にいるヴェイルが、冷静に一歩後ろへ出る。長く細い指先で資料を弄りながら、淡々と諭すように言った。
「落ち着け、アビス。今まで我々がやってきたことをやられただけだ。意趣返し……といったところだろう」
あいつの声は氷のように冷たく、だが説得力がある。俺は息を整え、振りほどくように胸中の炎を抑え込む。とはいえ、報告を聞けばさすがに顔が曇った。被害は想像よりも深刻だ。
ヴェイルの口調は変わらないが、数字は容赦ない。
「死亡した兵と重傷で戦えない兵を合わせて約五千。加えて得体の知れない技術や相手を目の当たりにした兵士たちの士気は低下している。建造物の破壊も甚大で、復旧には相当の人手と日数が必要となるだろうな」
五千――。数字が俺の脳に落ちると、木製の玉座の肘掛けを折りそうな力で握り締めていた拳が一瞬だけ緩む。被害の幅を思えば、苛立ちが増すだけだ。舌打ちが喉からこぼれた。
そこへ、いつもと変わらぬ軽やかな足音でリザが前へ出る。しかしその顔は珍しく申し訳なさそうだった。
「ごめん、ボクが――もう少し上手くレーちゃんを扱えてれば……あの魔王を堕とせていれば、こんな苦労しなかったのに」
その言葉は、俺の胸を少しだけ刺した。いつも生意気で自分勝手なリザだが、素直さを持ち合わせていることは知っている。王として一臣下に責任を押し付けるような真似はできん。俺は一呼吸置き、ゆっくりと答えた。
「お前のせいではない、リザ。確かにゴルド・レグナを早々に失ったのは痛手だが……あの戦いを見て確信した。あの魔王相手では、奴をぶつけるしかなかった。俺たちの太陽がそんな顔をするな」
リザの表情がふっと和らぐ。小さな安堵の笑みが頬を撫でるのを見て、多少は気が紛れた。ヴェイルが横目で俺を見る。あまり甘やかすな、とでも言いたげだが、今回は咎めはしない。今は策が先だ。
エリスが膝を折り、しなやかに俺に傅くように前へ出た。眼差しはいつものように柔らかいが、その瞳には怒りの炎が渦巻いている。
「申し訳ありません、アビス様。……次こそはやつらを無事では返しませんわ」
その声は甘美で、しかし心底の狂気と冷たさを含んでいた。
俺は軽く頷く。怒りは復讐へ向けねば意味がない。ヴェイルを促すと、すぐさま冷徹に次の戦略を綴り始めた。
「おそらく近日中、早ければ明日にでも再侵攻があると見ていいだろう。こちらを更に揺さぶりたいだろうからな。同じ裂界門を使うとは限らんが……先日奴らが偵察時に通ったルート上にしか門は開けないはず。重点的に警備を強化し、厳戒態勢を敷く」
ヴェイルの言葉は実務的で正鵠を射る。俺は黙って頷き、次の一言に耳を傾けたとき、胸が重くなるのを感じた。
ヴェイルがさらに低く付け加えた。
「それから、ヘルゴートの封印を解く。……文句はないな?」
一瞬、時間が止まった。ヘルゴート――アイツはできれば自由にしたくない。しかし状況が状況だ。早めに手を打たねば被害は更に拡大する。眉根を寄せるが、反論する気は起きない。合理性が勝ったのだ。今は勝利のために何でも用いるべき時だ。
「……仕方ない。なりふり構っていられる状況ではない」俺は吐き捨てるように言った。「リザ、制御は頼むぞ」
リザは少し震えながらも、決意を固めるように頷いた。
「……うん、任せて」
ヴェイルが再び顔を上げ、冷たい決意を滲ませる。計画は練られ、手は動き出す。俺は玉座の背にもたれを戻しながら、低く宣言した。
「次は、やつらの好きにはさせん。迎え撃つぞ」
言葉が終わると同時に、玉座の間に渦巻く緊張が、一斉に刃となって研がれていくのを感じた。復讐の鐘は、もう鳴らされたのだ。
読んでくださってありがとうございます。
寝落ちで投稿できなくなる事態の防止には早めに投稿するのがよいと思いました。




