第九十二話 奇襲成功
第九十二話
エリスの姿を目にした瞬間、背筋が冷たくなるのを感じた。
――あれは、以前、九人で挑んで、それでも“撃退”しかできなかった相手だ。
僕だけじゃない。クラリスも、レオも、アイゼンも、アネッサも、セラフィリアも。
みんな、息を呑んで緊張している。
ただ、彼女は微笑んでいた。
かつてと同じ、あの――狂気と慈愛が混じったような瞳で。
「……嬉しいですよ、こんなにたくさん連れて来てくださって」
「ッ……」
足がすくむ――そのとき。
「リアンくん」
とろりとした声が横から聞こえた。
ネレイアが、にこーっと、楽しそうに笑っていた。
「ねぇ。あれ、すっごく強そう。……あたしに食べさせて?」
ぞくりとするほど無邪気な声だった。
だけど僕は――迷う必要はなかった。
七曜魔――魔王ヴァレリアが直々に組織した、七人の怪物。
エリスがどれだけ異常でも、ネレイアもまた、あの魔王の直属の部下だ。
「ああ……任せる。僕たちは雑兵を削る!」
「うん♡ 本命はあたしにちょうだい?」
ネレイアはふわりと前へ滑り出す。
その粘度を感じさせない、柔らかい動き。
エリスもそれがただの歩みではないと察したのか、微かに目を細めた。
「……邪魔をする気ですか?」
「やだなぁ。食べたいだけだよ?」
次の瞬間――両者がぶつかり合った。
エリスの体術は流れるようだった。
関節を殺す角度、最短で急所を抉る蹴り、指先だけで首を折る刺突。
どれも洗練された“人間狩り”の技。
――だが。
「ん~、意味ないんだよねぇ」
その全てが、ネレイアの体に触れた瞬間、
ずぶり、と吸い込まれる。
関節を折るはずの手刀が、腕ごとめり込む。
蹴りも投げも、全てスライムの体に“沈む”。
エリスの表情が――初めて、苦く歪んだ。
「……相性が、悪いですね」
「うん。すごーく相性がいいね♡」
ネレイアは笑いながら、そのままエリスの腕を拘束しようと膨張する。
エリスは即座に後退し、距離を取った。
――今だ。
「全員、雑兵を減らせ! 押し返すぞ!」
「了解!!」
僕たちは動いた。
焔刃が閃く。僕とアネッサで前線を押し上げ、レオが魔法で援護射撃、クラリスが味方を強化し、アイゼンとセラフィリアが後衛を守る。
敵はまだ多いが――押せる。
そのとき、戦場を貫くようにグレンの声が響いた。
「魔法部隊! 頃合いだ、開門の準備に入れッ!!」
アルボレアが根を伸ばし、魔法部隊の周囲に天然の防壁が生まれる。
詠唱が始まる。空気が震える。
エリスはそれを見て――殺気だった睨みを効かせる。
「逃がしませんよ」
「行かせないよ?」
ネレイアが、エリスの前に立ち塞がる。
エリスは苦々しげに舌打ちをする。
戦場のあちこちで叫び声と衝撃が響く。
僕たちも押し寄せる敵を捌きながら、少しずつ後退していく。
そして――詠唱、完了。
「――開門ッ!!」
空間が裂け、白い光が満ちる。
陸戦軍が突入、次に機戦隊が続く。
鬼族が最後尾で敵を押さえながら後退し――
「ネレイアァ! さっさと来やがれ!!」
「はーい♡」
ネレイアはエリスにひらひらと手を振った。
「決着は、また今度ね♡」
「…………ええ、必ず」
エリスの瞳に、はっきりと“殺意”が灯っていた。
僕たちも最後に飛び込み、魔法部隊とアルボレアが門を閉じた。
光に向かって走り抜いた先は、王城の中庭。
地面にへたり込む者、深く息を吐く者、武器を握り直す者。
その全てに、“生還”の実感が宿っていた。
今回の奇襲は、成功といえるだろう。
王城に戻った直後は、誰もが無言だった。
戦場の熱と血の匂いが、まだ肌の奥に残ったまま。
待機の兵から飲み物を出されるとようやく呼吸が楽になる。
短い休息のあと、僕たちは再び歩き出した。
向かうのは作戦室――次の戦いを決める場所だ。
扉を開けると、すでにロザリンド、ノワール、老参謀が席についていた。
グレン、ネレイア、アルボレア、カリーナ、ヴァルディスも僕達と前後して入室してきた。
「では、今回の奇襲の報告を」
カリーナが前に出て、淡々と、しかしどこか誇らしげに口を開く。
「五芒星の撃破はなりませんでしたが、敵兵の損耗は甚大。
こちらの損害は軽微……死者はなく、負傷者が数名、重傷の者はいません。総合して、大打撃を与えられたと判断します」
ロザリンドは静かに頷いた。
「十分な成果だ。よくやった」
膨らみかけた空気を、すぐに一言で締める。
「――だが、気を緩めるな」
場が再び引き締まる。
「次の奇襲は“二番目の座標”から行う。王宮により近い地点だ。
敵にまだ動揺が残っているうちに叩く。日時は……明日とする」
その言葉に、部屋の空気がわずかに揺れた。
休む暇は、ほとんどない。
でも――それでいい。
引き返す余裕なんて、最初からないのだから。
「以上、各自準備と休息を。解散」
報告が終わると同時に、全員が静かに立ち上がった。
読んでくださってありがとうございます。
ネレイアとかいう癖を詰め込んだキャラ。




